推しガイル   作:TrueLight

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俺は悪びれない

「やってくれたなお前……」

 

 そして日曜の午後。薄い雲に覆われた比較的涼しい昼下がり。ミーティングスペースでの会議を邪魔しないよう、あるいは巻き込まれないよう屋上に退避していた俺に、たった今来たばかりのオッサンは疲れた声でそう言った。

 

 B小町と別れた後、俺は帰宅してから報告書の作成にとりかかった。内容は当然彼女らについて。俺の主観だが、B小町がどういう状態にあり、各メンバーについてはこういうことが分かっている、等々。

 

 それを踏まえて、昨日彼女らに吹き込んだ内容と、その後オッサンに向かうであろう嘆願および相談の予想。これに対してオッサンが取れる対応を複数推察し、それぞれにメリットとデメリットを導き出して記載。多分にこちらの思惑に沿うような書き方をしたが悪びれるつもりもない。

 

 日曜、つまり今日の午前中に事務所に来るようにとメッセージを送る傍ら、以上を書き出したテキストファイルを送り付けて、俺もこの場に臨んだのである。

 

 結果──オッサンの反応からして、それなりに事は俺が望んだ方向に転がってくれたようだ。

 

「舐め腐ったレポートでお前の考えは粗方把握したつもりだけどな、この場で、お前の口から聞かせてくれや。どういうつもりで、こんなことをしたのか」

 

 どかりと俺の隣に腰を下ろしたオッサン。苛立った様子に内心でざまあみろと呟きつつも、上司の命令として聞き入れた。

 

「まず前提として。俺は星野に脅される形で雇われている。苺プロで働かなきゃ家に毎日押し掛けるなんて言いやがったアイドルを止めるために、仕方なくバイトを始めた」

 

「ああ」

 

「これは当時、星野がB小町に何の未練も無かったから出来た捨て鉢だ。俺の家に通い詰めて、身バレしたところで構わないと考えていたからそんなアホな真似をした」

 

「……そうかもな」

 

 淡々と聞こうとしていたようだが、さすがに自分がプロデュースするグループで、リーダー格がその立場を軽んじていたのだから、多少はダメージが入ったらしい。それに構わず、俺は先を続ける。

 

「バイトを始めて星野と顔を合わせていれば、いずれ飽きるはず……それがどうも上手くいかなかった俺は、現状を再確認してこう作戦を立てた。B小町が星野にとって価値のある居場所になれば、俺にかかずらってられなくなるってな」

 

「それで、今回の暴走行為かよ……」

 

 それは俺に対してであり、B小町のメンバーたちにであっただろう。オッサンは深くため息を吐いた。

 

「それぞれの問題行為を他のメンバーに認識させて、全員に爆弾の起爆スイッチを握らせた。だが、あいつらはそれを押すことを避けた。あんな惨状でも、続けたいと願っていた……だから、狙いをあんたに向かわせた」

 

「そこがわからねぇんだよ……どうしてだ? どうして俺に……"アイドル想いだけど不器用な社長"なんて寒い役割を押し付けやがったんだ……!?」

 

 珍しく気弱な表情で、懊悩する様子を見せるオッサン。憐れむ気持ちなど微塵も湧かない。むしろ嗤いつつ俺は告げた。

 

「こっちを裏切った仕返しだ。いざという時結託出来るとか言った癖に、簡単に問題を放棄しやがって……それに責任を押し付けるなら打って付けの存在だったしな。なんせもともとグループに対して責任を負うべき存在なんだから」

 

「だからと言ってなんだあの設定は! やってもねぇことで感謝されることの居心地の悪さったら……!」

 

()()()()()。あんたは目的の為ならB小町の現状を些細なこととして放置できるくせに、いざ当人に絆されれば見て見ぬフリが出来ない。重ねて他人の手柄を横取りすることを嫌う小悪党だ」

 

「お前とんでもないこと言うな? 一応社長だぞ俺は」

 

 思わずという風に目を丸くしたオッサンに、さすがに言い過ぎたかと俺も反省する。どうやらこの社長に対して敬意とかそういうモンは疾うに消え失せていたらしいのだ。相手は一応大人だ、表面上は敬うべきだろう。敬うべきだろうか? いや必要ないな。

 

「けど、小悪党であっても利に聡い人間なのは間違いない。放置はしていてもB小町の問題自体はそれなりに把握していたあんたは、この機会を絶対に逃せない。仮に不本意な形であっても……自分はうすら寒い善人を演じることになるとしても、転がり込んできた好機を逃すことはしない。そういう一番性質の悪い大人だ」

 

「よくまぁ罵倒と称賛を一緒に口にできるな……怒る気にもなれんぞ」

 

 その発言は鼻で笑って流した。怒る立場にあるとすればそれは俺であり、B小町であり……そして、マネージャーであるはずなのだから。

 

「B小町がオッサンに対する心象を好転させてくれたのならこっちのモンだ。俺を辞めさせるよう嘆願させる。……一応確認だが、そうなったよな?」

 

「あぁそうだよっ。勝手に事務所のPCからB小町の情報抜いて脅してきたってな!」

 

「ただの事実だな……あんたは俺が、B小町の連中が言った通りのことをしたなんて思ってなかっただろうが、その願いを切り捨てることは出来なかった。俺の罪を認めず立場を庇えば、俺が仕立て上げたあんたの立場そのものの信憑性を下げるからだ。今後そのポジションを活用するにあたって、俺というバイトをクビにするのは既定路線」

 

「何もかも掌の上かよ……クソ、とんでもねぇガキだぜ……!」

 

「クソはこっちの台詞なんだよ。どれだけ俺があんたと星野に振り回されたと思ってんだ。窮鼠猫を噛むってことわざ知ってるか?」

 

 今までのあれこれを想起して睨みつければ、オッサンはバツが悪そうに目を逸らした。まぁ、罪悪感というより俺のヘイトを買い過ぎたことを悔いているだけなんだろうが。このオッサンはそういう人間だ。

 

「B小町が自分の認識より遥かにボロボロだったことをあんたは再認識した。けど同時にプロデューサーとして振舞いやすい心象を獲得したし、しばらくはアイをプッシュすることについても大義名分を得た」

 

 まとめに入れば、オッサンは悔しそうに自分の足元を睨んでいた。

 

「星野については──あいつはそもそも、心から俺に恋愛感情を抱いていた訳じゃない。家族も友達も居なくて、仕事として所属するグループの状態も劣悪。結局のところ……安心できるような居場所を欲してただけだ」

 

 むさ苦しいオッサンからは視線を外して、俺は逆に雲が広がった空を見上げる。

 

「今までは俺に傾いていた天秤が、再起する芽の出たB小町とで釣り合った。釣り合っているのなら、わざわざリスクを生んでまで俺に固執する必要はない……今なら、俺が辞めたとしても星野が駄々をこねることは出来ない」

 

「……どこまでも、そういう考えか。気に食わんが、結果としてはお前の思惑通りって訳だ、ふざけやがって」

 

 その吐き捨てるような口ぶりに心がささくれ立った俺は、今回の計画を成功させるにあたって収集した情報の中から生じた疑問を言葉にした。

 

「ひとつ、気になったことがある。あんた……星野の身元引受人なんだってな。"アイ"を優先して売り出すのは、そういう贔屓目もあるのか?」

 

「お前──!?」

 

 どこでそれを、とでも言おうとしたのだろうか。途中で止めたくらいだし、すぐに察したようだが。そして、きっとその予想は正しい。

 

「……全くない、とは言えねぇよ。売り上げが、B小町全体としての成功が第一なのは断言するけどな。……もう、それなりに長いこと面倒を見てる。舞台の裏から、あいつがセンターで輝いてるところを見てると……拾って良かったって、心底そう思うのさ」

 

 目元を和らげてオッサンは言った。まるでそれは……本当に、娘の活躍を喜ぶ父親のようで。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ささくれはそのままひん剥かれた。それほどの鋭い不快感が鳩尾で渦を巻いていた。

 

「──他のメンバーは見なかったのかよ」

「……何が言いたい?」

 

 不機嫌そのままの声を出せば、オッサンはこちらの真意を測ろうと身を起こす。──真意も何もあるか、クソオヤジが。

 

「マネージャーが保存してたライブの動画を見た。ステージ裏からのな……俺には、全員必死に見えた。グループとしてはバラバラでも、舞台では一つになって、運営の意図した通りに動いていた」

 

 こちらも姿勢を正し、いかにそれをオッサンが知るべきなのかを態度で示す。視線を合わせて強く言葉にする。

 

「"アイ"を飾るために『凡庸であれ』って扱われてきたメンバーが、それでも足掻いてるのはすぐに分かったんだ。たった数秒のソロパートに全部賭けて、デカイ会場から少ない自分色のサイリウム見つけて、全力でファンサしてたんだよ……自腹切って自主練して、関係者の目に留まればって努力してたんだ……!」

 

 全員がそうでは無かったろうし、努力が報われるなんてのも都合の良い妄想だ。だが、気に食わない。B小町のアイドル連中が報われないことがじゃない。まず努力すべきこのオッサンが、彼女らの努力を認めなければならない責任者が。ただ一人に夢を見て、目を背けて。その末に全員を孤独に追いやったのだ。

 

「お前……」

「──チッ」

 

 熱くなり過ぎた。俺の表情に何を見たか、意外そうな顔を浮かべたオッサンから再び顔を逸らして、けれどそれだけは最後まで続ける。

 

「あいつらの努力も。その成功も失敗も知ったことか。あんたの星野贔屓だってそうだ、勝手にしてろ。でもな、被害者として言わせてもらう。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それだけは、肝に銘じてくれよ。同じ過ちを起こさないためにも」

 

 このオッサンが星野を特別視し、そう扱って。メリットだけを都合よく拾い上げ、デメリットを放置した結果、あいつは孤立してしまったのだ。根本的な問題はそこにあり、そして絶対に繰り返すな、と。俺はそう念を押した。

 

「…………」

「…………」

 

 曇り空の下、風が吹く。八月にしては涼しい日和だ。そんな中で……話を終えた俺に対し、オッサンはしばらく沈黙する。こちらの言葉を咀嚼しているのか、あるいは次の話題を口にする契機を探しているのか。柄にも無いことを宣った自分を落ち着ける時間が欲しかった俺には好都合で、それを破ることはしなかった。

 

 さらにしばらくして、ようやくオッサンは話し始める。それは俺とオッサンの立ち位置を決定づけるもので、俺が目指した終着点だった。

 

「──なぁ八幡。高校、中退しねぇか? ウチで働けよ、悪いようにはしない。この業界じゃあ中卒なんて珍しくもない」

 

「…………はぁ? ふざけんな、何のためにここまで面倒なことしたと思ってる? 何もかも事務所を辞めるため、星野から離れるためだ。それにあんたみたいな、ろくでなしの下で働き続けるなんざ断固拒否する」

 

「ひでぇ言われようだ……だが、まぁ。そうだよなぁ……はぁ」

 

 オッサンは立ち上がり、この場を去ろうとする。俺はそれを引き留めようとはしなかった。

 

「退職についてはミヤコから話を持って行かせる。望み通りクビだ……じゃあな、八幡。──もしもその気になったら、いつでも戻って来いよ」

 

「そんなもしもはねぇよ」

 

 俺の言葉には返さず、オッサンは事務所に戻る。屋上には俺の影ひとつだけが残り……やり残したこともまた、ひとつだけになった。

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