「今も、ライブの時も。なんで君は、そんな咎めるような……嘘つきを見るみたいな目で、わたしのことを見るんだろう? ってね」
ようやく、アイというアイドルの本質が掴めてきたような気がする。つまるところ彼女は──。
「……まさかとは思うんだが。ライブに来てるファンの中に、つまらなそうな顔で鑑賞してる人間がいるのが気に食わなかったってだけで俺を連れ込んだのか?」
「んー? んー……そんなとこかなっ」
俺は思わず脱力し、がくりと頭を落とした。もちろんそれが全てでは無いんだろうが、焦点は概ねそこだ。この女は、自分のステージを鑑賞した人間が笑顔で帰らなければ気が済まない人間なのだろう。
「自信家にも程があるだろ……どんな人間にだって相性ってもんがある。俺とアイドルって存在が水と油だったってだけだ。ライブに行ったのだって偶然だ。お前がファンの期待に応えられなかったって話でもない。事故みたいなもんだろ」
だから、頼むから帰してくれませんかね? そんな願いを抱きつつ話せば、アイは「いーや」と腕を組んで大袈裟に首を横に振る。見ててうざい。
「そう単純じゃないんだなぁこれが。言ったでしょ? 君は
「言いがかりだ。そもそも嘘つきを見るみたいな目ってなんだ。死んだ魚みたいな目って言われたことはあるけどな、そんなの初めて言われたぞ。それともなんだ、お前は
「────」
アイの顔から、笑みが──消えた。
そして逆に……俺は自分の頬が歪に吊り上がるのを自覚する。ようやく主導権を多少なり引き寄せられそうだった。
「なるほどな、合点がいった。お前は大噓つきで、それを自覚している。そこに自信すら持っている。だから俺みたいなファンでも無い人間からの否定的な視線を
「すごいね、キミ」
直後、彼女は──アイは素早くテーブルに身を乗り出し、俺の頭を掴んで引き寄せた──!
「っ!? なにしやがる……!」
「わたしの目に狂いは無かったね。気づいてる? わたしが自意識過剰だって言うけど、そういう君は自分から目を背け過ぎ。自分の何かを認められた時、反射的にそれを拒絶してる。まるで──
「────ッ」
「何度も痛めつけられた? 自分を認めてくれた人たちが、揃いも揃って嘘つきだった?」
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。ニーチェのそんな言葉が脳裏を過ぎる。俺はこの女を探り過ぎ、そしておそらく彼女の琴線に触れてしまったのだ。彼女の指摘に過去のトラウマがいくつか頭を流れ、不快指数が加速度的に上昇する。
瞬く間に笑みなど失せ、もはや彼女を睨みつけている俺に、それでもアイは口を閉じてはくれなかった。
「君は最初から、わたしが嘘つきだって見抜いてた。ライブの時からね。でもそれは感覚的なもので、ここに来てから確信したんだ。君は直感で相手の仮面を見破る天才だよ。でも自分にそんな力は無いと思ってる。でもでも、本能で見破っちゃうものだから、理性的にその答えにたどり着くまでの道筋を作っちゃう。無意識にね」
さらに顔が近づく。互いの鼻はとうに触れ、瞳の距離は瞳孔の収縮が視認できるほどに近い。鼓動が加速する。青春なんてモノとは程遠い、醜悪な気配に肌が粟立つのを感じた。
「うーん……君にうまく伝えるにはどうすればいいのかなぁ?」
俺の頭を拘束していた両手、その右を離して人差し指を顎に。斜め上に視線を向けて可愛らしさを演出するようにアイは呟いた。引き寄せられた状態を脱することは出来たはずなのに、俺は指一本たりとも動かすことは出来ない。
この女の顔面の下で、何かが──蠢いている。
「君は嘘つきに傷つけられたことがあるから、本能的に嘘を嫌ってる。君だって嘘はつくだろうから、たぶん人間関係に限るのかな? えぇと……その嘘は君自身の価値だとか誇りを傷つけるようなものだったんだろうね」
口を開いたと思えば、その語り口は今までと違っていた。辿々しくはあったが……先ほどまでの突飛な言動に比べれば、幾分理路整然としているように思えた。──気持ちが悪いとしか言いようが無い。
「だから君は自分の価値を他人に肯定されると、お世辞だと受け取る。嘘だって決めつける。アイドルにご飯誘われても思い上がらないし、相手が歩み寄っても、うーん……ダサン? そういうのがあるって思い込んでる。才能があるって言われても、そんなものは無いって吐き捨てるんだ」
再び顔を彼女の両手が包み込む。頭ではなく、今度は頬を。細い指が撫でるように。──いい加減吐いちまいそうだ。
「君は──自分のことが、嫌いなんだね」
その言葉で──俺は久しぶりに、怒りと言うものを覚えた。
「ッ──!」
「あだぁ!?」
間近に迫ったアイドルの額に己のそれをぶつける。こんな時でも理性は働くものだ、突き飛ばす程度の軽い接触。それでもアイは大仰に叫び、テーブルの上にぺたんと内股に座り込んだ。
「っ
可愛らしく頬を膨らませる女。こんな時でもアイドルムーブはやめられないらしい。
「俺を他人の仮面を見破る天才なんてズレた評価してくれたけどな、お前は他人の神経を逆撫でする才能があるぞ」
ずりずりと背後の壁に背中がつくまで距離を取り、襟を正しながら彼女を睨め付けた。
「大層な人物眼だが、勘違いを訂正しておいてやる。いいか? 俺は自分のことが大好きだ。誰に何と言われても、他人に迎合しない自分がな。お前が俺のことをどう評価してどんな人間だと思い込もうが勝手だけどな、それは全部お前の願望だ。俺に勝手な期待を押し付けるな。それが裏切られそうになって、どっかのアイドル様が落胆しようが、俺が俺を変えてまでその期待を取り繕ってやることなんて無い」
指さして決め台詞を吐いてやりたかったが、ついさっきのコイツと行動が被る上、ミラーリングの話題が思い起こされて躊躇した。それでも、ハッキリと断言してやるのだ。
「
言い終える前に。尻すぼみになって個室に吸い込まれる自分の声を自覚は出来なかった。
「…………っ」
口に両手を当てて──泣いていたのだ。大粒の涙を流して、そのアイドルは瞳を輝かせた。
潤んだそれに部屋の灯りが反射しただけかもしれない。目の錯覚だろう。彼女の大きな瞳には──星が、瞬いていた。
「ねぇ、市ヶ谷さん……」
「ひき、がやだ……。っ!?」
はじめての経験だった。俺は見惚れてしまったのだろう、彼女の瞳に。だから気づかなかった。鼻がつくどころか……いつの間にか、その女が俺の胸にしなだれかかっていたことに。
それに気づき、飛び退こうとするも。輝き続ける大きな星が、それを許さないようにと俺を照らし続けている。
その女は、今日最大の爆弾発言をした。
「比企谷、さん……