推しガイル   作:TrueLight

32 / 65
俺が引き返す訳が無い

 比企谷八幡史上最も波瀾万丈と言えた高校1年の夏休み。それが明けてからと言うもの、驚くほど呆気なく平穏な日常は舞い戻ってきた。具体的に言えば、例のプロダクションやそこに所属するタレントと一切接触することなく2年に進級出来てしまったくらいであった。例外があるとすれば、バイトを辞めてから出会った某劇団所属の少年くらいか。彼とはちらほら連絡を取り合う程度の繋がりがある。時折来るメールに返す程度のものではあるが。

 

 とにかく、そう。俺はあのグループの動向に不安を抱えつつ半年以上を過ごしたものの、ついに呪縛から解き放たれたのだ。俺のこれまでの人生において、ひと月も連絡が途絶えれば関係はデリートされたと言って過言ではない。それが半年以上……より正確に言えば9か月近く接触が無いのだ。

 

 もはや完全にあのグループ、およびそこに所属するアイドルとの関係を断つことが出来たと言えるだろう。

 

「そう言えば比企谷。聞いてるとは思うが、お前のバイト先からご提案いただいてな。今年の職場見学、お前が所属する班は行き先決まってるから、そのつもりでな」

 

「エ?」

 

 そう思っていた時期が僕にもありました……。

 

「それは、どういう……?」

 

「ん? なんだ聞かされてないのか。不定期とはいえバイトは続けてるんだろう? 先方が好意で職場見学の選択肢にと事務所を提示してくれたんだ。まぁ、1グループのみ、かつ比企谷が居るグループに限定するとのことだったが。業務形態上仕方のないことではあるな。それでも貴重な前例が出来る、有難い話さ」

 

 職員室の一角。生徒との面談用にと用意されたスペースで、俺はそんな死刑宣告にも似た話を聞かされていた。対面しているのは平塚静先生。現国教師であり生活指導を担っている人でもある。

 

 2年に進級してから、俺はどうにもこの先生に目を付けられていた。学校生活を送っていると様々な場面で作文の提出を要求される訳だが、それに目を通した平塚先生本人は俺の文才に大層感動したらしく、こうしてよく構おうとしてくる。

 

 まぁ、嘘なんですけどね。俺の提出した文章は何度もリテイクを喰らってきたし、なんなら現国以外の授業で書いたものすら処置なしとこの人に押し付けられ、結果目を付けられてしまったらしい。はい、自業自得でした。

 

 さて、なぜこの平塚先生の中で、俺が未だバイトをしていることになっているのか。それは先月、進級したばかりの4月に遡る。『高校生活を振り返って』というお題目の課題に対して俺が書き上げた作文は、この人の指導対象となった。どうやらテロリストの犯行声明に見えたらしい。

 

 そこで罰として、奉仕部とかいう怪しげな部活に入部させられそうになったのだが、そこで俺は一つ虚偽の報告をした。昨年の夏休みから始めたバイトを、連絡を貰った時だけ不定期で続けている、と。短期集中型、かつ突然仕事が舞い込む可能性があるので部活動に時間を割くと都合が悪いことを必死に説いたのである。

 

 俺の足掻きは功を奏し、その時は作文の再提出と職員室内における軽い雑用程度で事なきを得たのだ。

 

 ……まさか、その時のツケをこんな形で払わされるとは思っていなかったが。っつーか、おそらく高校に連絡を入れたのはあのオッサンだろう。そして、話の中で俺がバイトを続けているかの事実確認はされたに決まっている。なのに嘘が露呈していないということは、オッサンがアドリブで凌いだということ。

 

『断ればどうなるか、分かってるよなぁ八幡?』

 

 くっ、オッサンの勝ち誇ったような顔が目に浮かぶ。今回の職場見学、俺に苺プロダクションを固辞するという選択肢はない。断ったが最後、バイトをとっくに辞めていることが平塚先生に露見し、そして件の奉仕部とか言う場所に放り込まれることになるのだ。絶対嫌だ、部活動なんざ。

 

「今年の職場見学は3人1組になる。残り2名、バイト先に迷惑がかからない人間を選ぶと良い」

「ぐ……了、解……」

 

 この人は俺がボッチであることを知っている。どこか得意気な彼女の表情に、歯噛みしつつも頷くほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ好きな者同士でグループを組んでくれー。決まったら日程と行き先を用紙に書いて、提出するようになー」

 

 ざわつく教室の中、雑談を咎める気もない教師の間延びした声で、生徒たちは立ち上がって思い思いに集まり始める。……俺は、黙々と手元の用紙を埋めていた。

 

「あぁそうだ、比企谷はバイト先に行くんだったな? 比企谷と組むヤツは行き先決まってるから、そのつもりでなー」

「──」

 

 一瞬。本当に一瞬だけ、クラスが静まり返った気がする。顔を上げてはいないが、多少なり注目を集めてしまったのは間違いないだろう。すでにそれが過ぎていることは肌で感じたが、それでも居心地の悪さが半端じゃなかった。くそ、変なこと言わないでくれよ先生。ボッチは突然衆目に晒されると呼吸できなくなるんだぞ。関心が向いてしまう時はあらかじめ本人に教えて、呼吸が止まる心の準備をさせてください。どっちにしろ止まっちゃうのかよ……。

 

「…………」

 

 アホなことを考えつつも、用紙に書くべきことはすぐに埋まる。班長……放り出したいがそうもいかず、俺の名前を記入。行き先は──苺プロダクション。忌々しいオッサンとアイドルの根城。

 

「…………」

 

 ちらりと、教室の中に視線を巡らせた。……すでに、ほとんど班は出来ているように見える。まぁそうだろう、1年時から仲の良い人間も居れば、進級してここひと月で出来たグループも当然ある。この状況で班が決まっていないのは俺のように孤立している人間か、あるいは組んでいるものの欠けているかのどちらかだ。

 

「やぁ比企谷君。ちょっと良いかな」

隼人(はやと)君マジー? やっぱ大和か大岡と組んだ方が良くねー?」

「それだと1人余っちゃうだろ? こうして2組に分かれた方が楽しめるさ」

 

 すると、騒々しくも俺に歩み寄ってくる2人が。……正直、意外な顔ぶれだった。俗にいう学内カースト、その最上位に居ると言っても過言ではない2人だったからである。最初にグループが決まるなら、間違いなくこいつらだろうと考えるまでもなく思い込んでいたような連中。

 

「それで比企谷君。まだグループ決まってないよね? どうかな、俺たちと。と言っても、もう決まってるようなものだけど……」

 

 爽やかに言ってくれるのは学年のトップカーストグループの頂点に君臨する金髪男、サッカー部のエースこと葉山隼人(はやまはやと)。言葉を切って教室を見渡す彼に倣いもう一度目を向ければ……確かに、他の男子連中はとっくにグループとしてまとまり、話し合いつつ用紙を記入しているようだった。

 

「まーこれもなんかのエンってヤツっしょ! よろしくぅヒキ、ヒキガヤ? クン!」

 

 陽キャと言うか、DQNの権化と言おうか。あまりにもチャラい言動の茶髪野郎は……戸部、だったか。確かそんな名前だったはずだ。……ここに至って、俺はこの二人と職場見学することが決まってしまったらしかった。

 

「あ、あぁ。よろしく……」

 

 頬を引き攣らせながらも、どうにか愛想笑いを浮かべる。

 

「それで、行き先はどこなのか教えてもらっても良いかな?」

「それそれぇ! どこ行くか分かんないとぉ、打ち上げ場所も決めらんないっしょぉ!」

 

 こいつらが普段つるんでいるグループ内では、職場見学の後に打ち上げパーティすることまで決まっているらしい。俺の平穏な日常生活が再び腹の黒いオッサンに侵されているというのに、それも知らず青春とやらを謳歌しようと言うのだ。砕け散れ、愚か者ども……!

 

「んでっ、どこなのよヒキガヤ君! もしかして怪しい系だったり?」

「学校が許可出してるんだから、そんな訳ないだろ? なっ、比企谷君」

 

 2人して俺の机を囲み、俺が持っている用紙を覗き込もうとしてくる。

 

「……わ、分かった。教える。ただ……頼むから、騒がないでくれ」

 

 あまり周りに知られたくないと意思表示をし、葉山と戸部に視線を送る。葉山は……どうやら意図を汲んでくれるようで、神妙に頷いていた。戸部は……ダメだ。間抜けな表情で小首を傾げてやがる。

 

「……ここだ」

 

 意を決して、俺は記載済みの用紙を机に置く。2人はすぐにそれを覗き込んだ。

 

「────! ここは……!」

 

 どうやら葉山は心当たりがあったらしい。アイドルが有名でも事務所の名前はそうでもないという可能性に賭けたかったがそうもいかず。どうやら彼はしっかり把握しているようだ。意外なことだが、もしかしてこいつもファンだったりするのか?

 

「ん~? ナニするとこなん? これ」

 

 幸いなことに、戸部は知らなかったらしい。あのアイドル連中に興味が無いのか、はたまたプロダクションにまでは関心が向いていないのか。どちらでも助かった。

 

 ──そう、安堵した瞬間だった。

 

「……ん? んん──? なんか見たことぉ……あぁっ! ここアレじゃね? B──」

「なっ、おいバカ──ッ」

 

 思わず。そう、思わず俺は、突き合わせた頭の片方。茶髪野郎の口を手で塞いだ。目を丸くして俺を見る茶髪野郎こと戸部。だが驚いたのは俺も同じだ。この単細胞の反応も、それを咄嗟に止めようとした己の行動も。どうしよう、この後校舎裏に呼び出されたりしたら。

 

「しぃー……」

 

 不安が鎌首をもたげ始めていたところ、突き合わせた頭のもう片方。金髪イケメン様が戸部に向かって、口の前に人差し指を立てていた。戸部がコクコク頷いてるのを手で感じた俺は、すぐにそれを解く。……うえ、野郎の(よだれ)が……。

 

 そんなことよりも、と周りに目を向ければ。戸部の声もあって多少は視線を集めたようだが、すぐにそれは散ったらしかった。どうにか騒ぎにはならなかったらしい。

 

「……ふぅ。それにしても……その。これ、俺たちが考えてる場所で間違いないのかな」

「まっ、マジなん? っべー、部室で見たことあんだけどぉ」

 

 葉山だけでなく、たしか戸部もサッカー部だったか? 部室にあの連中の写真集でも転がってるんだろうか。だとすればこの2人が知ってるのも納得……か? いや、葉山と戸部がどれくらいあのアイドル連中に関心を向けているかはどうでも良いんだが。

 

「その想像で間違いない……はずだ。とにかく、ここで良いな? あと、見学が終わるまで周りに吹聴しないでくれ、向こうに迷惑がかかる……納得してもらえたら、この用紙に名前記入してくれ」

 

 俺の言葉に、葉山と戸部は視線を合わせて頷き。各々名前を書いてくれたのだった。

 

 ……こうして俺は、またもあの連中と顔を合わせることになってしまったのである。余計なオマケ付きで。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。