推しガイル   作:TrueLight

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俺のおかげな訳が無い

「うぉすっげー……この棚ぜんぶB小町系なんですけどぉー!」

「これは……すごいな。赤坂先輩が見たら喜びそうだ」

「だべ? 部室の写真集もセンパイんだし、もしここ居たらマジテンアゲっしょ!」

 

 不安を抱えつつも職場見学当日を迎えた。この日までのどこかしらで戸部が情報を漏らすことを危惧していたが、葉山が手綱を握っていたのか、はたまた意外に口が固かったのか。見学先を知られて騒ぎになるなんてことは無く、俺たち3人は苺プロダクションを訪れていた。

 

「……で、今回はどういう事情なのか。教えてくれませんかね、マネージャー」

 

 棚から好きに取って読んでいいと言われ、作業用のデスクに写真集やら何やらを広げる葉山に戸部。どうやらサッカー部の先輩にB小町のファンが居るらしく、その赤坂先輩とやらのために目ぼしいページを写真に収めているようだ。

 

 それを横目にマネージャーへ話しかけた。俺はこの日、社長が案内するものとばかり考えていたが、意外なことに出迎えたのは彼女だけだったのだ。マネージャーにしか今回の事情は尋ねられないし、ここに居たのだから当然把握している筈。

 

 俺の視線を受けて、マネージャーはにこりと笑って答えた。

 

「事情も何も、私があなたを招待したかっただけよ。今回の件に壱護やアイは絡んでいないわ」

「…………はい?」

 

 意図が読めず目を丸くすると、彼女は苦笑して続ける。

 

「あなたが今、B小町の活動をどれくらい知ってくれているかは分からないけど──壱護も、私も、もちろんあの子たちも。あなたが居なくなってから随分変わったわ……当然、良い意味でね」

 

「……俺が居なくなって事態が好転したのなら、逆説的に俺が居たから事務所の状態が悪かったのでは?」

 

「分かってるでしょう? どれだけウチが切羽詰まっていたか。あなたはB小町の状況を打破するための計画を立てて、その最後の一手が自分の退職だっただけ。結果だけを見て全体を語るのは良くないわよ、それに退職だってあなただけが望んでいたことでしょう」

 

 まぁ別に、俺がバイトに入ったことでB小町や事務所に悪影響を及ぼしたなどと欠片も思ってはいないが。だからと言って、プロダクションの躍進を俺のおかげだなどと言われても反応に困るだけだ。結局のところ、当人らが努力しなければ何も成し得ないのだから。

 

「それで、結局のところ何なんですか? 社長やアイドルに隠れて俺を呼びつける理由がマネージャーにあるとは思えませんけどね」

 

 奇声を上げながら水着写真と思しきページを撮る戸部。読み物として興味があるのか、記事のスクラップをめくっている葉山。直接連絡が来たところで俺が応じることは無かっただろうが、かと言って学校に連絡を取り、無関係の男子高校生が2人も入り込んでくることを容認してまで俺と接触する意味が分からない。

 

「……そうよね。あなたにはきっと、分からないわよね……」

「──?」

 

 マネージャーは俺の言葉を受けて、少し寂しそうな表情を見せた。その理由も、俺にはまるで想像がつかない。

 

「ま、今はいいわ。見学の本番は午後だし、それが終わったら教えてあげる」

「……そういうことなら、大人しく流されておきますけど」

 

 茶目っ気たっぷりにウインクしてくるマネージャーに、俺は不満を隠さずため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「B小町のライブを裏から見れるとかガチアツいんですけど! っべー、こんなん言ったら先輩にコロされんべ?」

「確かにな。赤坂先輩には黙ってた方が良いかもな」

 

 そういうことらしかった。午前は事務所で中の案内を受けたり、納められているB小町関連の書籍だのグッズだのを見学していたが、本題はB小町のライブを鑑賞することだったようだ。

 

「ほら、喜んでくれるのは嬉しいけどお喋りは後。段ボールを運搬するだけの簡単な仕事なんだから、パパっと済ませましょう」

 

「うっすミヤコさん!」

「わかりました、スタッフさんに付いていけば良いんですよね?」

 

「そうよ、2人ともお願いね? ……あなたもよ比企谷君。荷物、運んでって」

「職場『見学』じゃねぇのかよ……」

 

「飛ぶ鳥落とす勢いのB小町のライブを、タダで見られる訳無いでしょ? それに、少しくらい手伝っておいた方があなたたちのためよ。ホントにステージ裏から見てるだけだとスタッフの目が痛いわよ?」

 

「その辺はマネージャーの仕事でしょ、そもそも俺は別にライブなんざ──」

 

「つべこべ言わないの、早くしないと置いてかれちゃうわよ? あ、私も少し離れるから、ここの段ボール無くなるまで往復お願いね?」

 

「……詐欺だろ、コレ」

 

 マネージャーの口ぶりとは裏腹に大きくはない会場だったため、運搬距離はさほどでもなかったが。それでも俺は、運動部2人と楽ではない肉体労働を強いられた。周回遅れになったことは強調しておきたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっくよー! サインは──?』

『『『B──!!!!』』』

 

 そして俺たちは、B小町のライブを裏方から見ていた。

 

「「────」」

 

 葉山も、戸部も。今までは軽口を叩いていたが、曲が始まってからは無言でステージを見つめている。

 

「比企谷君。あの子たちを、見てあげて」

 

 マネージャー、と。背後に話しかけようとした矢先にそう言われた。肩に置かれた彼女の手のひらが、振り返ることを許すまいとしているようだった。

 

「……うす」

 

 未だ意図は分からない。だが、まぁ。別にライブを鑑賞して、それで事が済むのなら言うことなど無いのだ。

 

『テレビの前で、心の中で応援くらいはしといてやるよ』

 

 あのアイドルと別れた日、口にした言葉。あれは嘘じゃない。小町に付き合う形ではあっても、確かに彼女らが画面に映れば、その活躍を祈って眺める程度のことはしてきた。

 

 だから……まぁ。これは、その延長だ。

 

「こっちに」

「……おう」

 

 俺が近づくのに勘付いた葉山が、横に詰めて場所を譲ってくれる。有難く隣に立ち、俺たちは3人並んでB小町の背中に視線を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぱねぇ……」

「あ、あぁ。すごかったな……」

 

 戸部が呟き、葉山が応じた。そのため息交じりの短い感想に……同意することは、(やぶさ)かでは無かった。

 

 ライブはあっという間だった。文字通り……瞬く間に過ぎ去ったと、そう表現出来た。

 

 ──全員だ。

 

 いつか、同じ画角で撮られた映像とは違う。1人だけが特別な舞台じゃなかった。全員に等しくスポットが当たり。会場のサイリウムは──明らかに比率が多い色があったとは言え──7色に彩られていた。これは確かに、B()()()()()()()だったのだ。

 

「楽しんでもらえた? それじゃあ戻りましょうか。撤収は手伝わなくて良いから、そのまま事務所に帰るわよ」

 

 葉山と戸部の──いや。俺たちの反応に満足した様子で、マネージャーは駐車場に向かい歩き出す。我に返ったように葉山と戸部は続き、意気揚々と裏方から見たライブの感想を言い合っていた。

 

 俺も何度か話を振られた気がするが……どう答えたかは、覚えていない。どこか浮ついた足取りのまま後ろに続き。いつの間にか、事務所に戻ってきていた。

 

「大丈夫? 比企谷君」

「あ──は、はい。大丈夫っす……」

 

 それどころか解散まで済ませており、俺がボーっとしている間に葉山も戸部も帰ってしまっていた。事務所にはすでに、俺とマネージャーしか残っていない。

 

「そう。で、どうだったかしら? 生で見たB小町のライブは」

「……良かった──んじゃ、ないすかね」

 

 マネージャーの問いに……不用意な。無駄口を叩きそうになった俺は、すんでのところでそれを飲み込んだ。何が口を衝きそうになったか、自分でも判然としない。だがその言葉は──ひどく気持ちの悪いものだという実感だけがあった。

 

「──アイ。きらきらしていたでしょう? もちろん、他のみんなも。好きを、強みを伸ばして、活かして。みんなが輝いていたでしょう?」

 

「……まぁ、はい」

 

 誇るような口ぶりで。けれど視線は、俺の目を真っ直ぐに、射貫くように向けてくる。言葉を重ねるマネージャーからは目を逸らし、デスクチェアに座る俺は自らの膝だけを視界に入れていた。

 

「あなたのおかげよ」

「…………そんなことは」

 

「あるの。あなただけの、なんて言うつもりはないわ。一番頑張ったのはあの子たち。引っ張ったのは社長だし、支えたのは私を始めとしたスタッフたち。でもね──間違いなく、あなたが居なければ実現しなかった舞台に、彼女たちは上り詰めた」

 

「────」

 

 マネージャーは……俺が座る椅子の前に膝をついて、俺の顔を見上げてきた。

 

「わたしは──あなたのことを、仲間だと思ってる。だから嬉しいの、今のあなたの気持ちが」

「……なんすか、俺の気持ちって」

 

「B小町のステージを見て喜んでくれた、あなたの気持ちよ」

 

「っ、別にあの場に居たみんなそうでしょ。あの連中に対して、俺だけが特別な感情を持ったなんてことはない。B小町の舞台はクオリティが高かった。誰だって似たような感想を抱いた筈だ」

 

 吐き捨てた俺の手を──マネージャーは咎めるように、両手で握った。

 

「誰かの感想じゃない。あなたの気持ちが大事なの。あなただからこそ、あの子たちに抱いた気持ちがあるはずよ。──わたしたちと同じ目線で、あの子たちに抱く想いがあるって。確信してるわ」

 

「…………仮に、そんなものがあったとしても。俺みたいな部外者がそれを口にするのは気持ち悪いでしょ。自意識過剰も良いところだ」

 

「わたしが言って欲しいのよ。あなたなら理解してる。こう言い換えても良いわ──今私が望んでいる答えを。嘘でも良いから、たった一言でも良いから、口にしてほしい」

 

 逃がすまいと、掴んだ両手の力が強まる。

 

 ……マネージャーの求める言葉に、察しはついた。だが俺にとって、それは口にしたくはない言葉だ──反吐が出るほど、気色の悪い感情だ。

 

 ──でも。俺がそれを言わなければ、この状況が変わらないと言うのならば。一刻も早くこの場を後にするためにも、認めてしまうのが早いのだろう。

 

「……良かったって、思いましたよ。()()B()()()が、こんなに……って。()()()()()()()()()()()()()()んですよ」

 

 言葉だけは綺麗なものだ。それを受けてマネージャーも、口元を綻ばせている。──そう、()()()()()()()()()。さらに、この上なく傲慢な言葉だった。俺は自覚できるほどに、苦い表情を浮かべていた。

 

 昨年の夏。不動のセンターと呼ばれるアイドルを知った。B小町というアイドルグループの状況を知った。その上で、俺は行動を起こし──その結果が、今のB小町に反映されている。

 

 B()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。そんな愚かな、的外れな達成感のようなものが、ライブを見た直後の俺を包んだのである。

 

 あるコンテンツのファンが宣うことがある。「あれは自分が育てた」のだと。馬鹿馬鹿しい、あまりにも身勝手な自尊心。醜い自己顕示欲。

 

 そんなものを──自らが抱くなどと。そんなことは認めたくなかったのだ。

 

「どの立場で、んなこと考えてるんでしょうね。気色悪い」

「マネージャーの立場で認めます。比企谷君──あなたのおかげで、あの子たちはまとまったのよ」

 

 ──認めたくなかったのに。誰よりも彼女たちの活動を見守ってきただろうマネージャーに、真正面からそんなことを言われては。俺とて渋面を苦笑に和らげざるを得ないのである。

 

「……少なくとも。俺のしたことは無駄じゃなかったって、そんな自己満だけは持ち帰りますよ」

 

「欲が無いんだから。でも……そう思ってくれるのなら、ようやく本題に入れるわ」

「本題……?」

 

 これよ、と。そう言いつつ立ち上がり、マネージャーは紙片を2枚差し出してきた。

 

「チケット……?」

「ええ。B小町の──()()()()()()()()()()()よ」

 

「──!」

 

 イベントの存在は、知っていた。今年に入ってすぐに決まったライブで、チケットの予約は1日と経たずに完売したと聞いている。予約ページに入ることすら出来なかったと妹が嘆いていた。

 

「……これを、どうしろと」

 

 困惑した俺の言葉に、マネージャーは吹き出しながら──俺の胸に、押し付けてくる。

 

「招待に決まってるでしょ? わたしたちの夢──ドームをサイリウムで染め上げるの」

 

『まぁ、言うほど辛いものでもないわよ。みんなで夢に向かってる……そう思える限り、時間外労働なんて屁でもないわ』

 

『夢って、どんな?』

『ヒミツ♪ もっと仲良くなったら教えてあげるわ』

 

 そんないつかの会話が、脳裏を過ぎった。

 

「苺プロダクションの、夢の終着点を。新しい始まりを。あなたも、見に来てちょうだい──妹さんも、一緒にね♪」

 

 本日二度目のウインクと共にくれたチケットを──俺は浅く頷き、財布の中にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウソ……」

 その日の夜。夕食の席で、妹は放心したように呟いた。からん、と軽い音を立てて、箸がテーブルの上に転がる。

 

「────」

 

 俺も、小町の視線の先。テレビに表示されているテロップから目が離せずにいた。

 

『大人気アイドルグループのB小町! 8月のドームイベントが解散ライブになることが決定!!』

 

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