推しガイル   作:TrueLight

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こうして俺は殺された

「ラ・イ・ブー♪ ラ・イ・ブー♪ B小町っのっラ・イ・ブー♪ ……これが最後なんだよなぁ……はぁ」

 

「……」

 

 一瞬で高校2年の一学期を駆け抜け、暦は8月を迎えていた。夏休みである。そして(きた)るXデー、俺は妹の小町と共にドームへ向かっていた。

 

「でもでも、予約サイトにも行けなかったのにチケットが手に入るなんてね! 持つべきものは豪運の兄だね♪ ……でもB小町解散しちゃうんだよね……」

 

 十歩けば棚ぼたでライブに参加できることを喜び。二十歩けば推しのアイドルグループが解散することを嘆く。俺の隣には、喜びと悲しみを交互に表現する面倒くさい妹の姿があった。

 

「……公式じゃあメンバーそれぞれ別路線で活動継続するって発表してんだから、解散してからも応援くらい出来んじゃねーの」

 

「そうだけどさー? 小町は去年のライブでファンになったんだから、グループが解散しちゃうのは寂しいよ……それになぁ。友達と一緒に行けたら良かったんだけどなぁ……」

 

 そこでチラリと、不服そうに俺を見上げる小町。妹の不満は十分に理解できるところではあるので、俺としては言い訳をするしかない。

 

「仕方ねぇだろ、先輩が行けないからって譲ってくれたんだ。感想聞かせろって頼まれてんだよ、他に譲れるのは1人分だけだ」

 

 そういうことにしている。去年バイト先で世話になった先輩がどうしても行けなくなったために譲ってもらった、と。小町にはそう説明していた。感想聞かせろ云々もそこからだ。この設定が無いと、妹からすればB小町に興味が薄い俺は行かず、妹とその友達の2人分譲ってくれって話になるからな。

 

 くそっ、どうして俺が身内に嘘の上塗りをし続けなきゃならないんだ……。これがもし、事務所のオッサンやアイドル連中のためだとすればとうに放り出しているところだが、チケットを用意してくれたのはマネージャーなのだ。彼女に対しては義理を通したい気持ちがある。

 

 苦い顔をしつつも、俺は妹に対して事情を偽り続けていた。

 

「もぅ、冗談だよお兄ちゃん。そりゃあ友達も一緒に行けたら一番だったけど、お兄ちゃんと行くのが嫌な訳ないよ。あっ、これ小町的にポイントたーかい♪」

 

「自分で落として上げてる時点でマッチポンプなんだよなぁ……だが、そんなあざとい妹のことも、お兄ちゃんは愛してるぞ……これって八幡的にポイント高いかもな」

 

「いや、そのシスコンっぷりは結構キモイけど……」

「さいで……」

 

 いつもの適当なやりとりをすれば妹の情緒は多少安定したようで。それでもそわそわと落ち着かない様子の小町に手を引かれて、俺はライブが行われるドームに向けて足を進めた。

 

『苺プロダクションの、夢の終着点を。新しい始まりを。あなたも、見に来てちょうだい』

 

 これで本当に最後だ。B小町の解散ライブを見届けて、俺は本当に苺プロダクションから距離を置くことが出来る。すでに関係を断つことに成功しているオッサンやアイドルは勿論、マネージャーとさえも接点は無くなるだろう。

 

 この日を以て、俺の平穏な高校生活は真に舞い戻るのだ。

 

「お、お兄ちゃん。ホントにここで合ってるの……?」

「……チケットにはそう書いてある、な……」

 

 ステージ正面、アリーナ最前列中央席──俺が受け取ったチケットに指定された場所は、どうにも平穏とは程遠いモノであるように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──愛してる──』

 

 目が離せなかった。

 

 彼女はその言葉を、応援してくれたファンに向けて送っていた。

 

 ただただ──客席で俺は、背筋を凍らせていた。

 

「うあぁあああん! アイちゃぁああああん!!」

 

 少し前までは、隣で鼻水垂らしてる妹と同じく。多少はその内情に関わったアイドルの晴れ舞台に、一抹の寂しさと。それ以上にパフォーマンスへの感動があったと言うのに。

 

『──愛してる──』

 

 彼女の……B小町のセンター──アイの言葉に。俺は心臓を掴まれたような恐怖を感じていたのだ。

 

 セットリストを順調に消化し、アンコールにも応え、その末に……B小町のフィナーレを告げる挨拶の場で、彼女は告白した。

 

『わたしは、アイドルに相応しくない人間でした。誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともない、そんな子供でした』

 

 そんな自分を、社長はスカウトしてくれたのだと。嘘でも良いからファンに愛を表現して。ファンからの愛に触れて、そうしていつかは本物の愛を掴めると、そう祈って活動してきたのだと。

 

 ステージの上で。彼女は右方向に向かって、手を広げた。

 

『愛してるって嘘をついてきました。今だってきっと、アイドルに相応しい人間ではないと思います』

 

 ステージの上で。彼女は左方向に向かって、手を胸にあてた。

 

『でもね? それでもわたしは、愛に触れられたって思うんだ。だって、みんながたくさん、わたしのことを愛してくれたから』

 

 だから──そう言いながら、ステージの上で。彼女は正面に向き直って。

 

『だから、誰かを愛したいんだ。アイドルって聞いてみんなが想像するような、たくさんの人を愛するのは難しいけど。でも──たった一人となら。それを確かめられるような人間になれたって、そう思うんだ』

 

 みんなの応援のおかげだよ、なんて茶目っ気を交えながら。

 

 そのアイドルは衣装のどこからか、一つの小道具を取り出す。

 

 それは──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『じゃーん☆ これからみんなに向けて6回、この銃を撃ちまーす! 装填されていますのはー? 空っぽのカプセル!』

 

 楽しそうにシリンダーを回転させるアイドルの言葉に、ドームに集った全員が耳を傾けている。

 

『たった一人。それを確かめられるような人と、これから出会うって言うのは想像できないんだよね。もし一緒に確かめてくれる人が居るなら、これからよりも、これまでの。今までわたしたちを愛してくれた人たちの中に、居て欲しい』

 

 かちり、と。銃を弄ぶ手を止めて──再び右方向を向き……撃鉄を引き起こす。

 

『これはわたしのワガママ。ここまで一緒に頑張ったメンバーに送る6発の祝砲──っていう建前で。カプセルの中には……ひとつだけ、わたしの()が入ってる。具体的に言うとね? ──携帯の番号が入ってまーす☆』

 

「「「…………。────!!!???」」」

 

 その発言に、涙ながらに声を静めていた観客は爆発的な声を上げた。驚愕、困惑、唖然。あまりにも突飛な言動に、会場に響く声から欠片の喜色も聴きとることは出来なかった。

 

『あっ、開けるのは家に帰ってからにしてね? ここで分かっちゃうと大変だと思うから。いっくよー?』

 

 ぱぁん、なんて軽々しい音を鳴らして、1発目の弾が発射される。続けざまに2発、3発。

 

『こっちにもー、えい。えいえい』

 

 左を向いて4発、5発。弧を描いて客席に飛び込んだ小さな弾丸。それを手にしたらしいファンたちは雄叫びを上げている。誰かの手元に届く寸前に周囲は手を伸ばし、被弾した者は胸に抱えるように背を丸めている。

 

 俺は右に居る小町の手を取り、通路を左に逃げようとした──が、その時左腕を掴まれる。そうして初めて気が付いたのだ。

 

「いやぁ……本当にこうなるとは」

 

 俺の左に居た男性が呟いた。他のファンの顔になんざ興味が無い俺は、つい今しがたまで、横に居るのが誰かなんて考えもしなかった。見知った人間が居る可能性なんてゼロに等しいからだ。

 

「っ、あんた……!」

 

 その人は、何度か見かけたことがあった──()()()()()()()()()()()()()だった……!

 

「みんなで無茶を通したんだ、最後まで付き合っておくれよ」

 

 がっちりと拘束された腕を見て、彼の顔を見る。もはや考えるまでもない、この男性はあのアイドルの協力者だった。

 

「────ッ」

 

 俺がもう一度ステージに目を向けたとき。

 

『これで最後。わたしの()に触れて。それを本物にしてくれるのなら──わたしに()を、送ってね?』

 

 正面(こちら)を向いて──そのアイドルは、最後の1発を撃ち出そうとする寸前で。

 

『それじゃあみんな、今まで応援──ありがとー!!』

 

 ──()()()()()

 

「────!」

『──ぱぁん☆』

 

 放物線を描く。それは狙い違わずこちらへ飛来する。

 

 ──こつん。

 

 自分の額で軽い音がした。俺は目を閉じることも、足元に落ちた弾を拾い上げることも出来ず。ステージの上で銃口を向けているアイドルを睨みつけていた。

 

『────☆』

 

 アイがウインクすると同時──今度こそ本当に最後とばかりにエンディングBGMが流れる。B小町メンバーが、軽やかな足取りでステージを跳ね、ドームの至る所に手を振る。笑顔を飛ばす。

 

 二分と経たず、その場にはアップテンポな楽曲と観客だけが残された。

 

「お、お、おにぃちゃん……」

 

 未だファンの叫びが鳴りやまない中、すぐ横で震える小町の声は辛うじて聴きとることが出来た。すでにステージを去ったアイドルの残像から目を移せば……そこに差し出されていたのは、安っぽい赤色のプラスチックカプセル。

 

「──」

 

 お前にやる、と言いかけて。周囲の視線を感じ取った。……たったひと時でも、妹に危険が及ぶのは看過出来なかった。

 

「…………っ」

 

 歯を食いしばって、弾丸を受け取る。他に撃ち出された5発と合わせて、計6発。その中に何が入っているのか──そんなものは考えるまでもない。

 

「……帰るぞ、小町」

「えっ、う、うん……」

 

 妹の手を引いてその場を去る。直前に、左隣の男性を睨みつけた。

 

「今度は事務所でね」

「────!」

 

 何かを言い返したい気持ちはあったが。妹の手前そういう訳にもいかず、そんなことよりこの場を去ることが最優先だと断じ、小走りでドームから逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃんっ! はやくはやく!!」

 

 帰宅後、俺の部屋で。机に置いたブツを前に、俺と小町は佇んでいる。1/6であのアイドルの()とやらが入っているらしいそれを、妹は俺のものだと言いはするものの、今すぐに開けと急かしてきた。

 

「……どうせ何も入ってねぇよ」

 

「そうかも知れないけど! そうじゃないかも知れないじゃん!! もし入ってたらお兄ちゃん、アイと連絡とれるかも知れないんだよ!? 彼氏彼女は無理かもしれないけど、一生の思い出になるよ!!??」

 

「分かったよ開けりゃいいんだろ開けりゃ……」

 

 やかましい妹の声に眉を顰めながら、俺はカプセルを手に取った。片手の握力で簡単に割れたそれの中身を確認して──小町の目にもわかりやすく、結果を見せてやる。

 

「──()()()()()

「………………はぁ~……。そっか、そうだよね……」

 

 目を見開いて、俺の机の周りを様々な角度から見て。本当にカプセルには何もないかを確かめて……そうしてようやく、小町は肩を落として諦めた。

 

「一回くらい、握手とかしてみたかった……」

 

 とぼとぼと、俺の部屋を後にする妹。その背中を見送って、俺はカプセルに目を戻した。その後すぐに、椅子に座ったまま天井を仰ぐ。

 

「……これからどうするつもりだ、あの女……」

 

 俺が今後、またあのアイドルに付きまとわれるのは決まってしまった。妹は……いや、あの場に居たすべてのファンは、あの女の嘘に騙されている。

 

『お前は──盛大な()()()()()()()()()をやってる訳だ……。タチが悪いのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。()()()()()()()()()()()()()。そして……当たったかどうかは、その時の()()()()()()()()()()()だ』

 

 あの日、関わるべきじゃない人間だと言い放った意趣返しなのだろうか。今日のライブで行われた蛮行は、どう考えても俺の発言に起因している。

 

 アイが撃ち出した6発の弾丸の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。すべては──俺を殺すための、茶番に過ぎなかったのだ。

 

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