一年ぶりに、俺とその女は相対していた。L字型のソファで、去年のように。妹はひとまず部屋のベッドで休ませている。しばらく経っても起きてこないようなら親と救急に連絡する予定だ。
「……それで、結局どういうつもりだ。俺が状況を把握してると勝手に思い込んでるようだが、お前の口から聞かせろ」
「うーん……ホントに必要かな? わたしは言いたいこと全部言ったし、君はそれを勘違いせずに理解してくれてると思うんだけど」
「それが思い込みだっつってんだよ」
互いにひとつ歳を重ねて、それでも俺たちの間には変化が無いように思える。特にアイに関しては、去年とはまるで取り巻く環境が違うだろうに、スタンスが一貫している。つまり……俺に対する執着が、まるで薄れていない。むしろ悪化しているようにすら映る。
「そうかなぁ……まぁいいや。じゃあ八幡から聞いて? わたしは君が、わたしのことを理解してくれてるって信じてるから、何が気になってるかピンと来てないんだよね。だから、質問してよ」
嬉しそうに笑いながら、アイはそう言った。……その発言に違和感はないし、嘘をついてるようにも見えない。妹がアイを盲目的に信じているように、こいつも俺に対して思考をロックしているようだ。
「それじゃあ聞かせてもらうが……B小町は、上手くやれたのか?」
俺が事務所を辞めてからの、彼女たちの歩んだ道。画面越しには順調に見えていたが、過程はどうあれその結末は解散だ。その道中は、アイにとって……事務所スタッフや他のアイドルにとって納得いくものだったのか。話はそれからだ。
──と、俺は思っていたんだが。
「……なんだよ」
アイは……呆気にとられたように目を丸くして、俺を見つめていた。
その反応に俺が口を挟めば──。
「──ふふっ。あっはっはっは! そうか、そこかぁーっ。八幡は……
その女は笑った。面白い、可笑しいと言うよりは……心底嬉しそうに笑って、表情を喜色で埋め尽くす。……俺にとっては、あまり愉快な反応では無かった。
「うん、ちゃんと上手くいったよ。みんなで話し合ってお仕事受けて、嫌なことがあったらお互いに文句言って。社長にも遠慮なくいろいろお願い出来るようになって──こうやって、わたしのワガママも叶えてくれたよ?」
俺に向かって頬を緩めながら、アイは首を傾けつつ答える。ソファの上で、軽く上半身を前後させながら語る様からは、偽りを見出せそうもなかった。
「……そうかい」
アイの発言を咀嚼して、苺プロダクション内部の状況に思いを馳せた。マネージャーの口ぶりからもある程度は察していたが、解散するグループの当事者からの話であれば、より正確に受け止めることが出来る。B小町は真実、栄転のために解散することになったのだろう。
「ありがとね? 八幡」
──不意に。そんな言葉を口にされて、俺は膝の間で手を組みつつ苦言を呈した。
「何度も言わせるなよ、そんな的外れな感謝はクソくらえだ。その先の言葉も聞きたくない」
だがしかし。
「何度だって言うよ。八幡が居たから、わたしたちはみんなでドームに立てたんだもん。全員が納得いくかたちで解散できたんだもん」
今までと同じように。この女は俺の言葉なんぞで止まってくれはしなかった。
「みんな感謝してるんだ。さ──いとうさんもそうだし、スタッフの人も、B小町のメンバーも。全員が八幡のしてくれたことで救われてる。だから……わたしが八幡のこと、好きだって伝えたとき。みんな納得してくれたんだよ?」
……この期に及んで疑ってなどいなかったが。やはり、あの事務所は全員グルでこのアイドルのイカれた願望を支持したようだ。
「……狂ってる。俺なんかに付き纏うお前も、それを吞み込んで解散するB小町も、最終的にゴーサイン出したマネージャーもオッサンも……お前ら全員どうかしてる」
「
「──!」
ソファの前。ほんの少し彼女を視界から外し、テーブルに目を落としていた。真実瞬く間の、そのわずかな瞬間に──アイは、俺の隣に迫っていた。
「変にワルぶってて、なんかやり方がメンドくさくて、ぶっきらぼうで──そのくせ、すっごく優しいんだもん」
俺の右大腿に手を置いて、その顔を寄せてくる。互いの吐息がかかるような距離で──その大きな瞳と視線が重なった。
「自分のことしか考えてないみたいな態度とってさ? 周りに不満ばっかり言っててさ。なのにいつの間にか──ひとりだけで。みんなのために、ヤなことぜんぶ受け入れて頑張ってる」
その女の左手が……労うように、俺の頬を撫でた。
「
「……酷い責任転嫁だ。それも俺より年長の連中もひっくるめて。自分らの行動の理由を無関係の高校生に押し付けてんじゃねぇよ」
俺が苺プロダクションのスタンスを責めれば、意に介した様子もなく、アイはくすりと笑みを漏らす。
「八幡が今までの自分を否定して、無関係だって言い張るのは別に良いけどさ? これからはもう、そんなこと言ってられないよ? それくらいは、分かってくれてるんだよね」
えいっ、などと茶目っ気を見せながら、アイは俺の肩に自らの身体を押し付けてくる。……思春期の女子とは思えないような言動。一年も会ってなかった野郎に対して、警戒心も無く、それどころか腕に頬擦りまでしてくる始末。歳をひとつ重ねた程度では、このアイドルの貞操観念は微塵も矯正されなかったらしい。
「……一応、確認だが。あの茶番で撃ち出した6発の中に、連絡先が入ってる1発はあったのか?」
「んー? 入ってたでしょ?」
「
何が面白いのか、こちらの苦言にはくすくすと、楽しそうにその女は笑う。しかし、シラを切るつもりは無かったようだ。
「もちろん無いよ、そんなもの。最初は入れようかと思ったんだけど、事故があったら怖いでしょ? それに八幡が言ってくれたもんね、
「とんでもねぇ曲解してやがる……」
だが実際のところ、アイの作戦通りに事は運んでしまっている。連絡先は手に入らずとも、その可能性があったファンとして、ヒットした5発の持ち主は自己顕示欲やら承認欲求丸出しでSNSに公開したし。そして──。
「俺がもし、ネットでカプセルが空だったことを報告してたらどうするつもりだったんだ。既に上がってるものと合わせて6発。お前の嘘は簡単に露見しただろ」
「そんなこと考えもしなかったなぁ。だってどうせ、その
そして。俺の行動まで、読まれてしまっているのだ。
「君だけが、わたしの嘘に気づけた。それを嘘のままにするか、それとも──本物にするか。八幡に決定権があった。そして君は……本物に、してくれたよね」
『これで最後。わたしの
最後の1発を撃ち出す直前。確かにアイは、そう言っていた。
「君が……八幡が。わたしに、愛をくれたんだよ?」
その女は告げる。自分が来たのは、他でもない俺が。比企谷八幡の行動こそが原因なのだと。俺がカプセルの正体を秘匿したことこそが、紛れもなく。彼女が欲していた愛そのものなのだと。
──しかし、だ。当然俺は、そんなアイにとって都合の良い解釈を認めなどしない。
「そうか、お前の目論見は分かった──けどな。残念ながら……お前の嘘は、嘘のまんまだ。見込み違いなんだよ、その愛とやらはな」