「そうか、お前の目論見は分かった──けどな。残念ながら……お前の嘘は、嘘のまんまだ。見込み違いなんだよ、その愛とやらはな」
「──じゃあ、聞かせて? 君がわたしのこと、どう思ってるのか」
俺が彼女にくれてやったなどと嘯く『愛』。それがまるで見当違いだと断言してやったが、堪えた様子もなく、続きを促してくる。……話の流れを誘導されているようにも思えたが、そこに乗るのは吝かではない。結局のところ、彼女が考えを正さなければ、追いつめられるのは常にこちらなのだから。
「大前提として、お前の勘違いを指摘しておいてやる。去年も言った気はするけどな……俺が優しいだの、1人で苦労を背負いこんでるだのってのは──全部お前の押し付けだ。理想の男性像、妄想に俺の言動を無理やり当て嵌めてるだけだ」
こいつと出会ったあの日から、それは一貫している。例の少年に求めようとしたものを、偶然目についたライブの客でも試してみた。そしたら殊の外フィルターに沿っていたから、盲目的に。作り上げた金型に嵌ったと決めつけたのだ。
「全部自分のためだ、何もかも。俺が目の前で起こった何かしらに対処するのは、それを見過ごした後にふと思い出して、寝覚めが悪くなるからなんだよ」
俺の行動を他人がどう捉えようとも、それはすべて俺の利己的な考えこそが根底にあり、そこから外れる解釈はすべて勘違いだと切って捨てられる。
「目の前にゴミが落ちていて、すぐ隣にゴミ箱があれば拾って捨てるくらいのことはする。けどな、道路を挟んで同じ状況だったとして、わざわざ道を渡ってゴミ拾いなんざしない。俺の目の前で起こった事柄だから、それを無視すると後々思い返して不快になるから手を出すだけだ。地域を綺麗にしたいなんて言う高尚な意思が根っこにある訳じゃない」
何もかも、俺のため。それは──隣で話に耳を傾けている少女に。彼女に対し起こした行動についても、変わらない。
「それと同じことだ……お前のためにやったんじゃない。
肩に、腕に。確かな熱を感じながらも、俺はそれを無視し続ける。目前のテーブルを見つめて、意図して淡々と告げてやった。
「俺からお前にくれてやる愛なんて──存在しない」
「…………そっか」
俺が言い放ってから、数秒の沈黙がリビングを包んだ。しかし、俺の言葉に続きが無いことを確かめるためだったのか。アイは納得したようにひとつ呟く。
次いで……彼女は俺の隣から立ち上がった。まさか、俺の言葉を受け入れてくれたのか? ──そんな、それこそ見当違いな希望を、一瞬抱いてしまう。
「よいしょ」
こちらの願望なんぞ知らんとばかりに、彼女は……ソファに座ったままの俺に対し。
──馬乗りになってきた。
「…………は? なっ、なにしてんだお前……っ」
あまりにも予想外の行動だった。え? お前今の話聞いてたか? ……っつーかなんつぅ接触の仕方しやがる──!?
思考に
「言いたいことはそれだけ? なら──次はわたしの番だね」
「────ッ」
いつかぶりに、間近に迫った大きな瞳が、それを許すまいとこちらを見据えていた。……目を逸らせば、無理やりに彼女を押し退ければ。それは敗北を認めることなのだと──彼女が俺に対して抱く理想は潰えないのだと、そう直感する。
「……なんだよ」
「大前提として、君の勘違いを指摘してあげるよ。わたしは──八幡が好きなの。
「──」
確かに彼女は、笑っていた。その顔を見れば、十人中十人が、その中に明るい感情を見出すのだと思う。しかし──何故か。俺にはこの女が、双眸に怒りを秘めているように映った。
「わたしに優しくしてくれた。わたしのために頑張ってくれた。そう見えたのは嘘じゃないよ? それで気持ちが膨らんだのは間違いじゃないよ」
俺の指摘を認めるようでいて。でも、と。彼女は異論を唱えるのだ。
「でもね? それが勘違いで。それだけが理由で君に執着してるなんて。それは全部──
「──ッ」
思わず瞠目する。呼吸が止まる。それを察して、その女は──僅かに目を細めて、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「わたしはね……君が好き。優しい八幡が大好き。わたしの目に、そう映る君のことが好きなの。去年も言ったかもだけど、君が自分をどう思っててもわたしのキモチは変わらないし──周りがどう思ってても、関係ないんだよ。君のことでも、わたしのことでも……ね?」
まるで
俺が自身をどう定義しようとも。彼女の気持ちを推し量り、あるいは決めつけようとも。第三者が俺と彼女に対し、どのような評価を下そうとも。
そのいずれもが──彼女の言動に何ら影響を与えないのだと。そう説いてみせるのだ。
「誰のためでもない、自分のためにやってる。君はそう言ったよね──ねぇ、気づいてる?
馬乗りのまま。俺の首に腕を回し、額を合わせてくる。俺の視界を彼女の前髪が。そこから覗く鮮烈な赤が埋め尽くす。
「いつか本物になりますように、って。そうやって嘘をついてきたわたしだって、想像したこともないようなモノ──
僅かな光を反射して、星のような眼光が俺を射貫く。有り
「ハッ、
妄想に等しい都合の良い概念の登場で、俺は自らの勝利を悟った。この女がいかに俺へ執着しようとも、根底にあるのが間抜けな思い込みであることが明らかになったのだ。ゆえに、仮に外堀を埋められて。最悪家族からすらも、この女との関係構築を促されたとしても。この一点を根拠にすれば、いくらでも盤面をひっくり返すことが出来る。
「あはっ♪」
そう──確信したと言うのに。
語るに落ちたな、とばかりにその女は笑った。その表情は、俺が浮かべている筈のものだった。
「斎藤さんに聞いたよ? 八幡、高校では友達が居ないぼっちだーって。ひとりぼっちって──
鼻先を触れさせて──瞳を蕩けさせて。
それでも口調だけは、僅かたりとも揺るがず言葉を紡ぐ。
「カミサマなんていらないよ。だってここに──君がいる」
何をされるかすぐに分かり、俺はそれを……拒めなかった。
俺とアイの──星野の唇が、重なった。