推しガイル   作:TrueLight

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こうして俺は、アイを──

「八幡は……アイと釣り合う人間じゃないから」

「……あぁ、そうだ」

 

 アイドルグループB小町のリーダー、アイ。売り出し方が変わり、不動のセンターとは呼ばれなくなっても、世間で若年層に「アイドルと言えば?」と聞けば十中八九名前が挙がる存在。

 

 例えば彼女が……俺が好意を抱いた少女が、アイドルではなく。高校で出会った後輩だったりしたならば、俺はもう少し自身の感情を優先できただろう。過去のトラウマと向き合い、それを乗り越えて星野に想いを伝えられたのだろう。

 

 しかし、彼女はアイドルだった。一度ステージに立てば、それを目にした誰も彼もを虜にする天性の才能を持っていた。

 

 彼女は──俺のような一般人が。多少お節介を焼くことで状況が好転するような環境に置かれていた、それなりに不幸な身の上の女の子であり。

 

 同時に、俺のような高校生男子がおいそれと近づくことは許されない、絶対不可侵の偶像だったのだ。

 

 あらゆる意味で、俺と星野は釣り合いが取れていない。主観的理由にしても、客観的事実に基づいても。

 

 それを本能的に理解していたからこそ、俺は彼女を遠ざけるべく言い訳を重ねてきた。無意識に虚言を弄し、唾棄すべき欺瞞で互いの感情を否定し続けたのだ。

 

 けれど──もう、それは通用しなくなった。星野が貫いた意志が、それによって自覚せざるを得なくなった己の感情が、それを許してはくれなくなった。この期に及んで嘘を上塗りすることは……人間関係とはこうあるべしと定義してきた俺の価値観全てを否定することと同義なのだ。

 

 青春を謳歌しています、と。周囲にアピールする連中を見下げ果ててきた。そんな自身の過去を貶めることであり──心中で砕け散れと呪った同級生たちよりも、下等な生き物に堕することなのである。

 

 ゆえに。だからこそ俺に残された道は、一つしかない。

 

 星野の気持ちを理解し。俺の感情を肯定してもらい。そして恋人関係になる──当然、そんなことではない。今更どの面下げて、そんな都合の良い契約を申し出ることが出来るだろうか。

 

 まだだ、まだ終わらんぞ星野アイ。比企谷八幡という男がどれだけ女々しくて卑屈な人間なのか思い知らせてやる……。

 

「俺は……ただの高校生だ。アイ──B小町のセンター。天才アイドルと並び立てるような人間じゃない。誰も俺と言う存在を認めない」

 

「……うん、八幡は、そう考えるだろうなって。だからわたし、アイドル辞めたよ? 応援してくれたファンのみんなに、恋人を見つけたいって説明したんだよ。まぁ、B小町としてってだけで、ソロアイドルとして再デビュー予定だけど」

 

 ……そんなことだろうとは思っていたが、本人の口から聞くと改めてとんでもないことだ。こいつは以前、別れ際に言った。アイドルを辞める気など無かった、と。今回の解散は、男を作るために筋を通しただけ。それが叶えば、彼氏持ちアイドルとして開き直ってデビューする気でいやがる、ということなのだ。

 

「だがそれは屁理屈だ。説明したから、法や倫理に反している訳じゃないから納得しろって言う一方的な都合の押し付けだ。仮に俺がその相手になったとして、誠意たっぷりに報告したところで。許さない連中はとことん許さない」

 

「うーん、それは前提がおかしいね。だって、それって八幡じゃなくても同じ話だよね? 例えば俳優さんとか、アーティストの人とか。八幡の思ってるような釣り合いが取れてるお仕事でも、認めない人は認めないよ」

 

 ……本当に、改めて手強い女だと思う。出会ったばかりの頃は、こっちの都合も配慮も、何もかもどうでも良いとばかりに暴れていたくせに。準備を整えて、腰を据えて。段階を踏んでこの場に臨んだ星野は、俺の弄する理屈をノータイムで跳ね返す。こっちの武装を解除するどころか、向こうがその分厚みを増してるようにすら思えた。

 

「お前の言い分だと、その相手は俺で固定してるだろうが。ならこの場で語るべき前提は全部比企谷八幡って一般人と、星野アイっていうアイドル様なんだよ」

 

「元、アイドル。だよ?」

「復帰する気なら同じことだ」

 

 茶目っ気を見せて。ウインクしつつ舌を出しやがる、自称元アイドル様に対し、敵愾心を燃え上がらせる。ここまでの軽口は前哨戦だ、本番はここからである。

 

 俺が尽くせる最後の攻撃。ただ一つ残された可能性。

 

「なぁ、星野」

「……うん。なぁに? 八幡」

 

「俺は──お前のことが、好きだ」

「……う、うん」

 

 照れもクソもない、真面目な表情で──俺は、本心からその言葉を口にした。星野は……多少頬を赤らめながらも、神妙な面持ちで背筋を伸ばす。俺の態度から、これが正念場だと察したのだろう。

 

「本当に……好きだ。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。……さっき話した、昔好きだった女子。その時の感情がまるで見当はずれだったと断言できる。それほどに明らかで、確信的で、揺るぎようもない想いだ」

 

「え、うっ、うん……!」

 

 頬を染めていた朱は顔中に広がり、それどころか首が、露になっている肌のすべてが紅潮している。俺の告白に──星野は、目に見えて歓喜していた。

 

「お前のことが好きだ。好きだから──俺は、お前を傷つけたくはない」

 

 俺の腹の上で。星野が身体を硬直させるのが分かった。

 

「俺という人間を恋愛の相手にして。それで──ファンの反感を買ってほしくない。バッシングなんざ以ての外だ。好きな人間には幸福でいてもらいたい。俺は──お前と恋人になんて、なりたくないんだ」

 

「…………」

 

 顔色を窺えば、星野は──俯いて、長い髪に表情を隠していた。これ幸いと、俺は言葉を重ねる。今言ったことも、これから言うことも──俺にとっては、ただの事実。

 

「妹と大差ない歳の、可哀そうな女の子だ。それでいて見た目が良い。そんなアイドルが俺に迫ってきて、バイトに引きずり込んで……俺には大義名分がいくらでもあった。好きな女の子を、琴線に引っかかるだろう方法で手助けする手段が」

 

 事務所に優遇され、孤立した彼女だから。B小町の面々に、自らを含めて、ある意味対等に接する姿は好意的に映っただろう。己を過剰に応援せずに、境遇を認めて助けてくれる様はさながらヒーローのようですらあっただろう。

 

「俺にとって、お前に対する感情は無意識だった。だからきっと、無意識だったんだろう……訂正する、誰にだって同じことをした筈だと言ったが──嘘だ。きっと俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは、前提の話。彼女が俺に対して抱く、理想の正体。比企谷八幡と星野アイの間に交錯する理屈と感情、その出発点の粗探しだ。

 

「お前は俺の行動を深読みすると理解して。迂遠に格好つけて、手助けして。無償の愛だなんて笑わせる、俺は──お前に理解して欲しくて。好かれたくて、星野を助けたんだ」

 

 優しい俺のことが好きだと、彼女は言った。それが自身の為であれ、そう見えるから好きだと。なら……その認識が間違いだったのなら?

 

 比企谷八幡という人間が、初めから彼女と言うアイドルに対し、下心を抱いていたのなら? B小町を崩壊寸前に追い込んだ、アイ贔屓の事務所スタッフらと何ら変わらない存在だったのなら。

 

 彼女の前提はひっくり返り、俺と言う人間の浅ましさを理解して、愛想を尽かす。その可能性は十分あるだろう──。

 

「……もう、ダメだよ八幡。()()()()()()()()()()()()? それが本当だったとしても、遅すぎるよ──ちゅ」

 

「むぐ……」

 

 ──まぁ、捻りだした微粒子レベルの可能性の話だ。馬鹿な口は塞いでやると言わんばかりに唇を落としてきた星野。俺は抵抗する気すら起きず、されるがままだ。

 

「んぅ────」

「……………………っ。いやなげぇよ……!」

 

 顔を振って強引に解けば、「あんっ」などと言いながら起き上がり。星野は物足りなさそうに自分の口元を触っている。

 

「えへ、やっぱりこれ、いいね……♡」

「…………っ」

 

 上気した顔で、蕩けるような声で、元アイドルは呟いた。さすがの俺も、多少なり気持ちが落ち着かなくなってくる。しかし有難いことに、他でもない彼女が本題に戻ってくれた。

 

「今日までのことが全部、八幡が言った通りだったとしてもね、今更過ぎるよ。君はたぶん嘘ついてないけど、ホントのことも言ってない。自分の気持ちを認めて。その上で、今思えばこんな気持ちで行動してたんだろうなーって自己分析を、それらしく言ってるだけ。でしょ?」

 

 ……俺は、他人に理解されたような顔をされるのが大嫌いだ。こちらの意志を、感情を決めつけて。行動を定義して。分かったような……すべてを掌握したような、上から目線で型にはめられることが。虫唾が走るほどに、嫌悪している。

 

 けれど──星野は。彼女は俺の、自覚しているそれを言い当てる。分かったような口を利くな、などと言えない。図星を突かれてしまうのだ。

 

 他人に理解者を気取られることより尚気色が悪い、己の理想。自らを理解し、受け入れて欲しいという欲求に、彼女は応えてしまっている。

 

「今になって。こんなに好きになったキミに、最初から好きでしたって言われても。嬉しいだけ、なんだよ?」

 

 だからこそ……俺は彼女に、こんな感情を抱いてしまったのだろう。好きなどと言う気持ちには縁が無いから、自信は無いけれど。おそらく、そういうことなのだ。

 

「……お前の勝ちだ、星野」

 

 全身から力が抜けて。俺は苦笑を彼女に向けた。俺は装備を奪われ、素っ裸にされて。そのうえで念入りに心臓を穿たれたのだ。死ぬ間際に毒を仕込んだ歯で噛みついたが、奴は解毒剤を見せびらかして笑みを浮かべた。完敗だ、完全に俺が敗北したのだ。

 

「──♡」

「ぐっ……」

 

 なら黙って受け入れろと。彼女は三度(みたび)、キスをした。

 

「……ぷはっ。えへへ……ねぇ八幡。アイって呼んで? 君にとってはきっと、ただのアイドルの名前だったよね。これからは星野アイ(わたし)のことを、アイって呼んでほしいな……」

 

 すぐに口付けは終わったが、勝者はそんな要求を突きつける。もはや骸であるところの敗者に、断る道理などありはしない。

 

「…………あぁ、アイ」

「…………も。もぅいっかい」

 

 どうしてかちょっとした抵抗があったが、それを無視して名を口にする。どういう感情か、星野は……アイは。恥ずかしそうに身じろぎし、それでも尚求めてきた。

 

「アイ」

「……う、うん。もいっかい……」

 

「ちっ……アイ」

「~~~~っ。ね、ね。好きって、言って欲しぃ……」

 

 ……自身の感情に向き合った今となっては、俺の上で顔を赤くし、嬉しそうに。恥ずかしそうにはしゃぐ少女は、可愛く思える。

 

 が、それ以上に面倒くさい女だと感じざるを得ない。なんだこの女? 稀に見かけるカップルの片割れがこんな感じだが、それはもう不快に感じるものだ。

 

 しかし、腹立たしいことに俺は敗北者である。この場においてはこの女の要求を呑まないことには状況が変わらないのだ。まずはこの面倒くさい元アイドルを満足させなければ……。

 

「──アイ。好きだ……がっ!?」

「~~~~♡♡♡」

 

 満足どころか拍車がかかったらしいアイは、俺の顔を両手でホールドし──前歯をぶつけてきやがった!

 

 キスなんて可愛らしい愛情表現じゃないそれは、俺にそれなりのダメージを与えた。当然向こうも反動を受けているだろうが──。

 

「ん、ちゅ~~♡」

 

 まるで動じた様子もなく続けてきやがる……!

 

「────ッ」

 

 言うまでもないことだが、俺にこんな経験はない。作法なんざ知らない。接触が始まってからしばらく、呼吸を止めていた俺はついに限界を覚え、アイの背中を手でタップする。離してくれ……!

 

「──♡ れろ……」

「────ッ!?」

 

 舌入れてくるんじゃねぇ──!?

 

 そんなタイミングで、良くも悪くも闖入者が現れる。

 

「お兄ちゃんおはよ~。小町変な夢見ちゃった。アイがね、急に玄関に──え??」

 

 その瞬間、俺は色んな意味で死んだのだった。




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この辺で締めてもいい気はしますが、要望多そうならあとは蛇足編って感じで続けます。とりあえず読んでいただきありがとうございました!!
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