『ボランティアスタッフとして千葉村に行くんだけど、一緒に来てくれないか? 戸部も一緒なんだけど、聞きたいことがあるから誘って欲しいって言ってるんだ。内申点も貰えるし、どうかな?』
「…………」
8月も中旬になり、今日はのんびり過ごそうと自宅の定位置でだらけていると、珍しく携帯が震えた。手に取れば葉山からのメッセージが目に入り、俺は眉を寄せつつ唸る。
職場見学の折、連絡が取り合えないと不都合だからと言う理由であの二人とはアドレスを交換していたが、まさかそれ以来連絡が来るなどと思っていなかった。
だが、戸部が俺を呼びたがっているという点に関して、少しばかり納得がいくのも確かだ。俺が二人と職場見学に赴き、B小町のステージを舞台裏から鑑賞したその日の夜。彼女らが解散するという報道があってから、意外なことにも、学校で事情を問い詰められることは無かったのだ。
それどころか見学先が苺プロダクションだったということも言い触らしてはいないらしく、おそらく葉山が戸部の手綱を握ってくれているらしいことが推測できる。戸部としては学校にいる間、俺に対してB小町のあれこれを詮索することは難しかったわけだ。
単なる予想だが、間近でB小町の活躍を目にした戸部はその解散について知りたいと思っていて、彼の中で苺プロのバイトと言うことになっている俺に聞きたいことがある。これを葉山は事あるごとに止めてくれているが、そろそろ歯止めが利かなくなってきた。あるいは面倒くさく感じ始めたか。
そんな中でこのボランティア活動だ、葉山にとっても戸部にとっても、あるいは俺にとっても都合の良い催しだと言える。学外で他の生徒の目もなく、内申点という餌もあるので俺が参加する意義もない訳ではない。
……まぁ、正直なところ、学校で吹聴されることを覚悟していた俺にとって、彼ら二人の自制は大変ありがたかったことも確かであり、このボランティアとやらでそれに報いることが出来るのなら、参加することは吝かでは無いのだ。2学期になってから詰め寄られることに怯える必要もなくなる訳だしな。
『了解。詳細を教えてくれ』
職場見学の際には共に行動し、一緒に弁当を食ったりした程度の関係値はある。その時にも特に問題なく会話は出来ていたし、そこまで気まずい思いをすることも無いだろう。面倒くせぇという気持ちに蓋をして、短く参加する旨を返信した。
「楽しみだねー♪」
「…………」
どうしてこうなったんだろう……そんな思いを胸に、俺は隣でニコニコ笑うアイにジト目で視線を送った。
振り返ることはそう多くない。俺が外出の準備をしていると、夏休みの宿題に勤しんでいたらしい妹がリビングに現れた。家を空けることを知らせると、どうやら小町も俺と外出しようと考えてくれていたらしく、寂しい顔をさせてしまったのである。……何故か行き先が千葉村だと伝えると、嬉しそうに破顔していたが。あれはどういう意味だったんだろう?
気を取り直した妹に背中を押され、あるいは玄関を追い出された俺は、すぐにそこでエンカウントした訳である。何にと敢えて口にする必要は無いだろう、俺を尋ねてくる人間なんて多くは無い。と言うかコイツしかいないし、なんなら外出先までくっついてくる輩も然りだ。
「……もう一度確認しておくが、良いんだな? 俺の高校の連中も一緒だぞ」
「うんっ。八幡と一緒なら、どこでも良いよ」
炎天下をものともせず、俺の腕を抱くアイ。自身の顔に熱が集まることを実感して、俺は彼女から視線を逸らした。
──これも、敢えて口にする必要はない……と言うか、誰に教えてやるようなことでも無いのだが。先日、俺は誕生日を迎えた。その際、俺はこの女からプレゼントを貰っている。
互いに好意を抱いていると、感情のベクトルを確認して。それから迎えた17歳の日に、俺は、それを受け取ったのだ。──その過ちを、犯してしまったのである。
話を変えよう、高校生男子なんてみんなエロいよね! 話は変わってませんね、高校に進学しなかった女子はみんなテロいかについて改めて討論する場を望みます。
……まぁ、後悔はしていないけれど、やはりそれは、明確に過ちではあったのだ。初めて、己の好意を確信して。その相手が、「プレゼントはわたし♡」などと宣うのだ。
それが、コミカルに。全裸にテープを巻いてだのと茶目っ気があったのなら、きっと俺は固辞することが出来ただろう。けれど……どうにか怯えを隠そうと。拒否されたらという恐怖を見せまいと、それでも僅かに声を震わせながら、自分のすべてを貰って欲しい、などと言われれば──どうしてそれを、受け取らずにいられようか。
情けなくも、用意周到なアイに任せるばかりではあったが。避妊したうえではあったが──結論から言ってしまえば、俺は彼女と一夜を共にしてしまったのである。
「えへへ……」
抱きしめられた腕に、熱を。彼女の柔らかさを覚える。声音から、わざとらしくも人生の絶頂とばかりの幸福を感じとってしまう。年齢を、そして身体を重ねてしまったあの日には、すでに分かっていたことではあったが。
もはや比企谷八幡という人間は、星野アイという人間に勝てはしないのだ。勝ったところでそこに喜びは無く、負けたところで不幸にはならないということを、本能レベルで悟ってしまったのだ。まかり間違って俺の名が図鑑の類にのることがあれば、ぜひ天敵の欄には彼女の名前を記載してほしいところである。
「……あれっぽいな。いったん離れてくれ、さすがに気まずい」
「はーい」
メッセージで葉山から知らされていた特徴のワンボックスカーを視界に捉える。有難いことに、アイは特に愚図ることもなく腕を離してくれた。……この程度のことで有難がってる自分に今更驚く。人が来るから離れてくれるだけで。そんな常識的なことでこんなに嬉しくなれるのね……意味が分からないよ。でも梃でも離れないパターンも全然あり得るんだよなぁ……素直に有難がっておこう。
調教されたとすら表現できる己の心境を情けなく思っていると、すぐに車は俺とアイの目前に止まってくれた。勝手にドアが開き、中から葉山が顔を見せる。
「お待たせ比企谷。そっちの子は初めましてだよね? 葉山隼人です、今回はよろしく」
相変わらずのコミュ力に舌を巻いた。俺も気づかぬ間に比企谷と呼び捨てにされてるしな……整った顔で爽やかに、葉山はアイに微笑んだ。一応連絡しておいたとは言え、急な人員増加に嫌がる様子もない。
素肌を隠すようなパーカー。ジーンズにスニーカー、頭には目深に被った帽子。アイの装いからは長髪の女子ということしか分からないだろうが──ふと、直後に彼がどんな表情をするのかと、そんなことが気になった。
俺が葉山の顔を観察する横で。
「はじめましてっ。よろしくお願いします♪」
帽子を脱いだアイは、快活に挨拶して見せた。誰も彼もを虜にした、飛び切りの笑顔で、声を弾ませた。
「────ッ!?」
俺はしばらく、葉山の顔を忘れないだろう。目をまん丸にして、間抜けにも半分口を開いて硬直する、葉山隼人の表情を。