そこまで気まずい思いはしないだろう。そんな楽観的思考で今回のイベントに参加したさっきの俺を呪いたくなった。葉山の父親が運転してくれているワンボックスカーの、一番奥の席に俺とアイは座っている。
アイの顔を見て数秒硬直した葉山だったが、その類まれなるリア充生活の経験ゆえかすぐに復帰し、俺とアイを車に乗せてくれた。しかし、彼以外の同乗者はそうはいかなかったのだ。
車内には葉山とその父親以外に、戸部と2人の女子が同乗していたのである。さきに何人参加するのか確認しておくべきだった……金髪のいかにもなギャルに、眼鏡をかけた文学少女と言った容姿の女子。
葉山と戸部はこの際置いておこう。その他の女子2人は俺とアイの前の席に並んで座っているんだが、時折ちらちらと俺たちに視線を送っており、さらには小声で何やらささやき合っていた。これで居心地良いドライブだなどと抜かせるほど、俺のハートは強くないのだ。むしろ脆いまである。
「♪」
「…………」
輪をかけて悪いのは横に座るアイだ。俺なんかより他人の視線に敏感だろう彼女は、前2人の関心を買っておきながら気にした様子は欠片も見せず……どころか、俺の手を取ってにぎにぎしては、機嫌良さそうに頬を緩めていた。目が合った時なんかは「えへへ」と小さく笑みを漏らす始末。なんだこの女、可愛すぎんだろ……。
しかし、俺は他人の注目を浴びながら女子とイチャつけるほどハートが強くない。むしろ以下略。握られた手のひらは終始脱力したままで、アイの振る舞いに応じることも無く車の外へ視線を逃がし、千葉村に到着するまでの間、現地での身の振り方を模索していたのだった。
千葉村とは、ざっくり言えば保養施設というヤツだ。レクリエーションに富んでおり、宿泊することも出来る場所。俺も中学の頃に自然教室で訪れたことがある。ちなみに千葉村と言う名に反して群馬県の施設だ。某夢の国みたいなもんだな。
もちろん俺も着替えやら何やらを持ってきている──飛び込みで参加したアイは、途中で適当なショッピングモールに寄ってもらって一通り揃えていたが。さすが元人気アイドル様、金の使い方が雑だった。
さて、気まずい道中にそんなこんなありつつ、葉山父に見送られて群馬県の高原千葉村に降り立った俺たちだったが。
「で、なんで先生がここに居るんすか……」
「逆に聞くが、引率の教員が居ないなどと本気で考えていたのかね?」
そこには我が高校の教師、平塚先生が当たり前のように佇んでいた。周りには、彼女が連れてきたと思われる生徒が数人……おや? おかしいな、何故か俺を見送ってくれたはずの妹の姿が見えるぞ? まさか幻覚を見るほどに妹が恋しくなろうとは、まだ小町成分の残量には余裕があった筈なんだが……。
そんな推定我が妹の幻覚は、俺を見つけるとわざとらしい笑みを見せたが──次の瞬間、俺の隣を見て固まっていた。そこには当たり前のようにアイが佇んでいる。まるで推しアイドルの幻覚でも見てしまったかのような反応だ……幻覚が幻覚でってもう面倒くせぇな。理由は分からんが、とにかくその場には妹の小町も来ていたのだった。
……そういえば、出かける前に小町も俺を何処かへ誘おうとしてくれており、俺が千葉村に行くからと断れば、笑顔で送り出してくれた訳だが。どうせ後から合流できるからと、そういう考えで笑っていたのであれば理屈は通る。これまたどういう経緯かは知らんが、小町は平塚先生、あるいは彼女が連れてきた3人の女子の誰かと以前から知り合いのようだ。後で事情を確認する必要はあるが、ひとまず妹に関しては大体予想することが出来たので、とりあえず場の流れに任せることにする。
「さて、全員揃ったようだし、活動内容について説明してやろう」
俺とアイ、葉山グループの6人。そして平塚先生が連れてきた小町を含む4人。この10人には、小学生の林間学校のサポートスタッフとして働くことを求めているらしい。しっかりと仕事をこなせば内申点を貰えるし、自由時間は好きに過ごして良いとのこと。思っていたより面倒そうだが、動き方次第では拘束時間を縮めることも出来そうだ。
「わくわくするね」
こしょこしょと。耳のそばで吐息交じりに言われ、思わず肩が小さく揺れる。やめてください、衆人環視の中で秘密のやり取りとか。恥ずか死んだらどうしてくれるんですか……!? 恨めしい内心を露わに犯人を見やれば──言葉通り。本当にこの後の時間に楽しみを見出しているようで、大きな瞳をきらきらと輝かせていた。
「似たような行事は参加したことあんだろ……そこまで愉快なイベントじゃねぇよ」
気怠そうに、自分が監督役をさせられている恨み節を吐いている平塚先生を横目に返せば、アイはぱちくりと目を瞬かせた。そして少し考えるような素振りを見せて──やはり楽しそうに、こう言った。
「……たしかに、あんまり楽しくなかったかも。でもね? やっぱり──楽しみ、だよ?」
ズボンのポッケに突っ込んでいた手を。その腕を両手で握り、アイは微笑む。……まぁ、その意図するところを思えば、彼女がこのボランティアに抱いている期待は──俺にとってもまた、実現することが望ましいのだと。そう、思えてしまったのだった。
「さて、そろそろ時間だ。まずは本館に荷物を置きに行こうじゃないか──あとそこ、あまりイチャイチャするなよ……」
教育現場の縦社会に対する鬱憤は多少晴れたのか。俺がアイと共に、ボランティアに対しての向き合い方をすり合わせたと同時、ついに活動開始となった。……その言葉尻には、また別の怨嗟が込められていたけれど。
施設の本館に荷物を置き、小学生でごった返した広場に集合して、静かになるまで云々と言う定型文までしっかり網羅した企画説明が行われると、班で分けられた子供たちは楽しそうに散っていった。
彼らが行うレクリエーションとは、カジュアルなオリエンテーリングモドキである。エリア内の指定ポイントでクイズに答え、ゴールを目指す。正解数とゴールまでの到着タイムを競うらしい。
もちろん俺たちスタッフは参加しない。俺たちの仕事は子供たちの昼食を準備することである。エリア内でグループごとにレクに取り組む子供たちを横目に、真っ直ぐゴール地点へと歩いていく。
「みんなはりきってるねー」
隣を歩くアイの言葉に、彼女の目が向かう先へ意識を向ける。我先にと駆けていく男子グループ、計画的に回ろうと頭を突き合わせて地図を開いている女子グループ。はて自分の時はどうだっただろうかと過去を振り返りかけて、すぐにやめた。答えを知っていても、回答権のないグループに属していたことを思い出しただけで十分だった。
「……暑くないか?」
「うんっ。暑いね!」
俺の腕をとるアイは、こちらの言いたいことなど察しているだろうに、満面の笑みで自分の感情を押し付けてくる。「暑いから離してくんない?」「暑いけど楽しいね!」そんな感じだ。互いに通じ合っているように見えて、根本的なところで食い違っている。それを良しとしてしまっていることが、尚
そして──やはり、視線を感じる。
ゴールに向かって木々の間を先導するのは葉山たち4人。その後ろを小町たち4人。そこからいくらか距離を開けて、俺とアイが続いている。前からはちらちらと、誰からともなく注目されていることを実感する。
もしアイが居らず、俺だけだったのならきっと、葉山にフォローを受けながら、彼らのグループに混ざっていたのだろう。あの4人が普段からつるんでいるのは明白で、もしかしたら女子2人も交えて職場見学のことを、解散したB小町のことなんかを話したりしたのかも知れない。
小町にしても、兄妹なのだから、あいつが混ざっている女子グループと挨拶くらいは交わしていた筈だ。むしろどういう交友関係なのか根掘り葉掘り聞いていたまである。平塚先生が連れてきたということは、あの女子3人は総武高の生徒だろう。俺と同じ高校の生徒と小町がどう繋がったのかまるで分からん。そこに危険が無いか確認しないと、お兄ちゃんとしては心配せざるを得ないのだ。
だが、それもこれもアイが居なかったらの話だ。現実にアイは居て、葉山グループの無遠慮な視線から、そして推しの元アイドルの一挙手一投足に過敏に反応する妹から逃れるために、こうして距離を取らなければならない状況だ。
平塚先生が、「はいスタッフのみんなは最初に親睦を深めてねー」などと言って場を設けてくれるならともかく、建前上俺たちには仕事があり、勝手に集まって互いのパーソナリティを開示するのは躊躇するところだ。いつもなら、教師の命令で仲良くなれだなんてふざけんなと言うスタンスだし、我ながら都合の良い展開を願っている自覚はある。
まぁつまり。要約すると──こんな特殊な状況ですら、俺とアイは集団から浮いてしまっているのだった。
それでも時は流れる。いくらか俺とアイが遅れても、葉山を先頭として道を進む。彼らの背中を見ていると、ボランティアスタッフとはかくあるべしと言う姿を目の当たりにできる。
子供達には葉山グループのような派手な連中は憧憬を向けるに十分らしく、何度も繰り返し話しかけられていた。そのたびに歩幅が緩やかになるから分かりやすいものだ。
それを見てか、あるいは何も見ていないのか。アイは俺の隣でにこにこと微笑むばかり。
金魚の糞も同然な道中で……ふと俺は、ひとりの小学生を視界に捉えた。その有り