自らが置かれた現状に。それが好転するはずだと願っていた、されど望み絶たれた未来に。留美は瞳に諦念を宿して同級生たちを見ていた。
その少女に何を思ったか、アイは──顔を隠すように目深に被っていた帽子を脱いで、留美に対し友だちになろうなどと言いだしたのだ。
留美は……アイを、知っているようだった。目を見開いて、口を開けては閉じて。視線を泳がせて……最後には、俯いてしまう。
「わたしもねー、学校でうみちゃんみたいな感じだったんだぁ」
目前の少女の混乱など知らぬとばかりに、アイは語りだした。
「可愛くて、普通じゃないから。嫉妬されるし、何気なく言ったことで凄く嫌われるし、それどころか言ってもやっても無いことで怒られたりもするしねー」
知らない男子に告白されて、知らない女子に怒鳴られたときはびっくりしたなぁ、などと。アイは通っていた学校で、自分がどれだけ周囲に馴染めていなかったかを語った。
いつの間にか──留美は、アイの顔を凝視していた。
「わたしとうみちゃんって、きっと仲良くなれると思うんだ。相性は悪いかもだけどね。うみちゃんが仲間外れにされてることとか、助けてあげられないけど……わたし、うみちゃんと友達になりたいな」
留美の前で屈み込んで。目線を合わせて、「ね?」と。誰もが目を奪われるような笑みを向ける。
「……留美、です。名前」
真っ赤にした顔を背けて、少女は不満げに、そして恥ずかしげに言った。
「うん、よろしくね? るみちゃん」
そうしてアイと留美は、友達になったらしい。
「こっちは八幡だよ」
「…………おう」
ついでとばかりに、俺も。
晩飯の時間になって、留美は顔を赤らめたまま自分の班に向かう。俺とアイも、スタッフに宛がわれたベースキャンプへと戻った。定番の長い木製テーブルで、これまた葉山たちに気を遣われながら、端の方で向かい合う。俺の前にアイ、隣に戸部。アイの隣であり戸部の対面が葉山という席割だ。
いざいただきますをすれば、各々思い思いに小中学生時代のカレー談議に花を咲かせ始めた。男子はカレーが好きだよねーだの、給食の時にこぼして叩かれるヤツ居たよなーだの。
実体験を交えて口を挟みたい気持ちは多少あったが、俺はアイから目を離せずにいた。初めて一緒に食事をした時から思ってはいたが……アイは、決してお行儀が良いとは言えない食べ方をする。今だって、口の周りに米とルーがついていた。
「……おい、口元ついてんぞ」
こんなんでも有名人なのだ、すぐ近くにはさして親しい訳でもない男連中もいる。恥をかく前にと注意してみれば──。
「ん? ……!」
俺の発言に、そして戸部や葉山に向けてちらちら送っていた視線に。アイはこちらの意図を汲み取ったようで……しかし、斜め下の行動に出やがった。
「んー……♪」
アイは机に乗り出して、目を瞑ってこちらに唇を突き出してきたのである。隣の人間が奇行に及べば目を向けるのは当然で、葉山はギョッとした様子でアイを、次いで俺を見た。
「この……!」
目の前のバカが何を思ってそうしているのかは分かる。その性根を考えれば、とっとと行動に移さないといつまでもそのままだろうと言うことも。俺は皆がとりやすいようにと机の真ん中側に置かれたティッシュ箱を雑にかっさらい、勢いよく数枚取り出してアイの口に押し付けた。
「ん~……」
丁寧とは程遠い所作で拭ってやれば、アイは不満そうに眉を寄せながら、それでもされるがままだ。視界の端で、目をカッ開いてがくがく震える愚妹が見えた気がしたが、気のせいだろうと無視して拭き続ける。
「えへ、ありがとぉ」
気の抜けた表情で礼を言い、またはぐはぐ食べ始めるアイに、もはや処置なしとため息を吐いて、俺は黙々と残りのカレーを平らげていく。どれだけ注目を集めたかは、考えたくも無かった。
食後、机を囲む俺たちボランティアスタッフの雰囲気は、とてもではないが良いとは言い難かった。
誰かが、あの子大丈夫かな、と呟いた。それを拾ったのは平塚先生だ。何かあったのかね? と、そう訪ねて。葉山が「孤立している女の子がいる」と答え、話は広がった。
あの孤立している少女を目にしたのは、何も俺とアイだけではないのだ。よほど他人に興味が無いか、極まった楽観主義者でもなければ、件の女子グループを見て状況を察せないということは無いだろう。
平塚先生は、俺とアイが2人して小学生の女子と話していたところを見ていたらしく、そしてその女子こそ件の女の子だと見抜いたようだ。俺に対し、彼女の状況を知っているだけ話すよう求めてきた。
勝手に言い触らすことに抵抗はあったが、もし情報を共有せずに、この場にいる面々のいずれかが、留美に対して無神経に問いただすようなことがあれば後悔するだろう。
端的に、留美がハブられていること。そういう遊びが流行って、次は留美がそのターゲットになってしまったことを、俺は彼ら彼女らに話したのだ。
可哀想だねーと、誰かが言った。ただそう憐れんでいれば、こんな空気にならなかったに違いない。葉山は言った、「可能な範囲で何とかしてあげたい」と。彼は良い奴だ。俺のようなボッチにも声をかけてくれ、職場見学から今日までに、アイに纏わるあれこれにも気遣ってくれている。
しかし、やはり根っこのところでは共感し難い感性の持ち主である。まぁ性根が悪いのは俺の方で、善人サイドなのが葉山であるところを思えば、この場合共感できない俺の方に非があると言えるが。
が、である。今回の件について、彼の振るい得る可能な範囲の力とやらが、現状を好転させ得るかと言えば否なのだ。レクリエーションの際、葉山は孤立していた留美に話しかけ、班の4人に混ざるよう促してやっていた。あれをしてしまう時点で、彼は決して留美に共感することが、当事者に寄り添って行動することが不可能なのだ。
奉仕部。俺が平塚先生からの罰として入部させられそうになった部活。今回ボランティアスタッフとして参加している葉山グループの他3人の同級生は、そこに所属しているらしかった。どうやら小町もその関係でついてきたようだ。
部長を務めているという少女は、葉山の言葉を鋭く否定した。「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」と。苦い顔を浮かべた葉山を見るに、その少女と過去に何かあったようだ。
雪ノ下雪乃。葉山の言をぶった切った女子の名前を、俺は知っていた。有名人なのだ、国際教養科という偏差値が高く、女子が9割を占める派手なクラスに所属している。中でも成績優秀なのが彼女であり、ある意味葉山と同等かそれ以上に名が知られている。
俺は国語が得意科目でテストの折には学年3位だったが、常に2つ上に彼女が名を連ねている。それもあって、俺は彼女のことを知っていたのだ。奉仕部とか言う怪しげな部活に入っているとは思いもしなかったが。
葉山と雪ノ下のやり取りを経て、俺たちボランティアスタッフの間には重苦しい空気が流れていたのである。葉山とか言うトップカーストに
もし平塚先生にバイトを続けていると嘘をついていなければ、今頃あの少女と同じ部活に所属していたかも知れないと思うと背筋が凍る。ありがとうマネージャー、学校にもう辞めたってバラさないでいてくれて。
さて、そんなことより留美の件だ。葉山に言い捨てた雪ノ下に対し、平塚先生が意思を問うと、「女の子が助けを求めるなら、あらゆる手段を以て解決に努めます」と、そう宣言した。イケメン過ぎだろ、これでは葉山も形無しである。
しかしその彼女であっても、留美の孤立をどうこう出来はしないだろう……そう思っていた時。
「ゆきのん。あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな」
同じく奉仕部なのだろう、凛とした雪ノ下に比べて快活そうな女子が、反して悩まし気に口を開くのだ。
曰く、誰かをハブるような遊びが流行ったのなら、留美もまた、誰かをハブったことがあるのだろう。だからこそ、自分だけが助けを求めることなど出来ないのではないかと。
その所感に、俺は感嘆の息を吐く。同意見だ、留美は俺とアイに対して、改善する方法を求めたり、助けて欲しいなどと一切口にしなかったのだから。ただただ、時間が流れて、中学に上がって。自然に解消されることだけを願っていた。
『留美が助けを求めるなら、解決に努める』という意思表示に、同じ部活仲間の少女が『助けを求めてはこない』と意見した。
「では……奉仕部として、女の子の問題解決を目指します。例え、助けを求めては来なくとも」
「ふむ……雪ノ下の結論に反対の者はいるかね?」
反対の声は上がらなかった。そりゃそうだ、「みんなで女の子を助けよう」という呼びかけに対して否を唱えれば、どういう目で見られるかなど簡単に予想できる。それに、葉山が雪ノ下の言葉を黙って聞いているのだ。もう流れは決まっているようなものだった。
結論として、俺たちボランティアスタッフは鶴見留美がハブられている現状を打破すべく行動することが決まったのだった。