留美を中心に3人で写真を撮ってから、俺たちは再びそれぞれの場所に戻った。留美は小学生の群れへ、俺たちはボランティアスタッフの仕事へ。そうしてしばらく経った後、林間学校のイベントである肝試しの時間がやってくる。
開始時間までの間、コースの見回りだのイベント中の役割だのを相談しながら、スタッフ一同頭を捻らせて留美の件に対して考えを巡らせた。
昨晩から考え、俺が用意した案としては──留美の班に対して葉山グループの中から不良役を差し向け、グループ内の人間関係に亀裂が入るよう脅す、というものがあった。
俺は過去、肝試し中の不良に出くわした結果追い回された経験がある。その時抱いた恐怖心は今でも思い出すほどだ、脇目も振らずに逃げ出す、なんて体験はあれが唯一にして最たるものだろう。
つまり、留美の属する小学生グループに戸部なんかをけしかけて脅せば、トラウマレベルの恐怖を与えることが出来る。そのうえで「半分は見逃す、残るメンバーをそっちで選べ」などと、生贄を差し出すように追い込むのだ。
なんとなくで友達をハブるような性根の持ち主たちだ、その間に強固な絆などありはしないだろう。互いに言い争い、自分だけが助かろうとするだろうことに疑いはない。その末に、留美のみならず、あの子を取り巻く人間関係は崩壊するはず……というのが狙いだ。
これは個人的に有力な作戦だったが──スタッフの面々に話す前に、アイに相談したところ、結局は無しになった。
「わたしたちでやろっ?」
それは単に、
まぁどちらにせよ、だ。スタッフ全員の前で説明し、それは認められた。肝試しの最中、俺とアイは2人だけで、留美の現状を打破するべく動くことになったのだった。
出発地点から班ごとに順番で送り出される小学生たち。留美たちの順番が最後になるようスタッフ間で細工をし、ついにその時が訪れた。順路に沿って歩く5人グループ、その足が作戦決行場所に到達したのである。
『うふふ、たのしそうだねぇ。ごにん、みんな、なかよしなのかなぁ?』
さて、俺とアイの2人でどう小学生を驚かせたものか……そう悩んでいた俺に、アイはあっけらかんと言ってのけた。わたしがやる、と。
視線の先で、留美を含む小学生5人のグループがある。肝試しのコースを歩いていたその前で、アイは立ちふさがった。わざとらしく三角の布を頭につけたりはしていないが、テンプレ通りの白装束である。
『いいなぁ……うらやましいなぁ……』
しかしテンプレと侮るなかれ……木陰に隠れて様子を窺う俺の視線の先では、ホラー映画も真っ青なレベルの悪霊が存在したのだ。
白装束に黒の長髪。足も普通に生えている彼女は、一見すればただの驚かせ役のスタッフだ。だが……その表情は、とても人間とは思えないものだ。
曲がった背に流されて、長い髪を前に垂らして。その間からは──藍に淀んだ、大きな瞳が小学生を射通している。分かりやすく言えば──ガンギマッているのだ。
アイを照らすライトの光が震えている。先ほどまで班を先導していた女子は、それまでの快活さを無くして怯えていた。彼女と共に、表面上は和気藹々と燥いでいた子たちも同様だ、異常な様相のアイに言葉を失っている。
「……」
思わず、唾を呑んだ。あまりの迫真さに、正体を知っている俺ですら怖気が走っているのだ。彼女たちがどれだけ怯えているかなんざ考えるまでも無いだろう。……留美だけは正体に気づいていて、状況を訝しんでいるようだったが。
『ねぇ──ちょうだい?』
かくりと人形のように首が傾いて。アイの言葉に、子供たちはびくりと肩を跳ねさせた。中には短く、「ヒッ」と声を漏らしている子も居る。
『たくさん、いるし。ひとりくらい、いいでしょ? ──ちょうだい? ……ともだち、ちょうだい?』
さく、と。アイが一歩砂を踏めば、小学生グループもひとつ距離をとる。
『うふふ……こわがらなくて、いいよ? みぃんな、にがして、あげる──ひとり、くれたら。にげても、いいよ?』
その時、ようやく彼女たちはアイの言葉を理解したらしかった──そう、1人。1人だけ生贄を差し出せば、自分は助かるのだ、と。
誰が選ばれるのか、それこそ考えるまでも無かった。
『っ、つ! 鶴見! ぁあんた残りなさいよっ!!』
ライトを持って先頭に立っていた女子が声を荒げる。留美の腕を掴んでぐいぐいとアイの方に引っ張る。他の女子も応じて留美の背中を押して──アイと小学生グループの間に、留美が放り出される形になった。
さく、と。アイはゆっくり留美に近づいて……その頭を、胸に抱きながら。彼女は小学生たちを見た。
首を可動域限界まで傾けて。ほぼ90度横になった顔が、大きく開いた濁った眼が、小学生4人に向けられた。その口が、開かれた。
『うふふ──いいよ? にげて、いいよ。このこはもう、わたしのもの』
そう言って、アイは──口が裂けんばかりに嗤ったのだ。
『『────────ッ!!!!』』
瞬間、4人は弾かれたように走り出す。脇目も振らず、来た道を引き返していく。グループのメンバーを、生贄に捧げて。
数秒経って、足音が聞こえなくなって……その場には、アイと留美。少し距離を置いた木陰に潜んでいた俺の3人だけが残された。
「…………」
おそるおそる、俺は2人に近づく。勿論今までの言動がアイの演技なのは百も承知だ。けれど、状況を把握している俺でさえ恐怖するような迫力が、それまでのアイにはあったのだ。
「お、お疲れさん」
声をかけた瞬間、パッとアイの顔が跳ねる。そこには……見知った女の子の嬉しそうな表情があって、俺は人知れず胸を撫で下ろしたのだった。
「うんっ。思ってたより上手くいったねー」
「まぁな……お前、演技上手すぎだろ。ホラー映画の出演経験とか無いよな?」
「えへへ、お仕事来たら受けようかな」
俺とアイのやり取りに、それまで黙り込んでいた留美が動き出す。アイの腕の中から逃れ、俺を睨みつつ言った。
「何がしたかった訳?」
実行役のアイではなく俺に問いかけてくる留美の姿に、なんとなく俺とアイに対する好感度の差を感じた。
キャンプファイヤーを囲んで、小学生たちが歌っていた。アイを含めて脅かし役としてコスプレしてた面々は着替えに行っており、俺は1人で小学生たちを眺めている。
その中には勿論留美のグループも居て、一応は視界に5人を収めることが出来る。
逃げた4人は、離れた場所に座っている留美へとしきりに目を向けていた。自分たちが逃げてからどうなったのか知りたいのだろう。が、後ろめたいから声をかけられない。そりゃそうだ。
「問題の方は、上手く解決したのかね?」
いつの間にか、隣に平塚先生が立っていた。まぁ気になるよな、俺とアイは奉仕部とやらの仕事を横取りしたようなもんだし、平塚先生はその顧問だし。
「……どうなんでしょうね、まだ終わってないんで」
「なに?」
質問に返すと、平塚先生は眉を寄せた。どういうことかと詰め寄ろうとした平塚先生を片手で制して、そのまま指を留美のグループから少し離れた、広場の入り口側に向ける。
そこには、アイが居た。
白装束から着替えた彼女は、俺の目から見ても幽霊役と同一人物には見えない。帽子を被っているからなおさらだ。そのアイは、軽い足取りで留美のグループに向かっている。
一応は作戦を立てた身だ、行く末を見届けるべく俺も歩き出す。怪訝な顔を浮かべながらも、平塚先生も続いた。
アイは……帽子を脱いだ。目を留美に向けながら、わざと足音を鳴らして近づいている。まだ留美には距離があったが、その間に居た4人は──アイに、気づいた。
「……え?」
「えっウソ」
アイは、キョトンとした表情で、思わずと言った風に足を止めた。……本当に演技の上手いヤツだと思う。4人にしか気づかれないタイミングで顔を晒して、彼女たちにその正体が分かるよう立ち回って、気づかれれば目を丸くして見せる。
釣り糸に、彼女たちは見事に引っ掛かったのだ。
ワーキャー言いながら、4人はアイを取り囲んだ。これは留美から聞いた話だが……この場にいる小学生たちは、全員がB小町というアイドルグループを知っているそうだ。ファンが多いことも事実だが、興味のない子供たちも存在は認識している。昨今の学校行事では、B小町の楽曲が当然のように使われるからだ。
急に騒ぎ出した女子に視線を向ける子たちも居るが、アイの正体には気づかない。4人に気づかれた瞬間に帽子を被ったし、キャンプファイヤーには……小学生が集まっている広場の中心には背を向けているのだ。
この場でアイの正体に気づいているのは、留美を含めた小学生のグループ1つだけ。
アイを囲んでいる女子たちは、矢継ぎ早にあれこれ騒いでいる。それは質問だったり、自分はB小町やアイについてこれだけ知っている、というファン視点の自己顕示だったりした。
その
そして、すぐにそれは訪れる。有名人に対して、それに憧れていたり、分かりやすくファンだったりすれば、簡単に思いつくことだ。
「あの、握手してください!」
サインくださいでも、アイを知っているなら、ぶっ飛んだ頼みとして連絡先くださいでも、まぁなんでもよかった。彼女たちから、アイに対して何かしらを要求して欲しかったのだ。
それが口から飛び出せば、あとは作戦通りに口にするだけ。
アイは──肝試しの際に見せたような、濁った瞳をその子に向けたのだ。
「────ッ」
装いが変わっても、それは簡単に思い出せただろう。気づけただろう。あの幽霊の正体は──この、目の前のアイなのだと。
「いやだよ。ともだちのこと、みすてるようなこに、さわりたくないよ」
自分を囲んでいる4人を、アイは順番に見た。それぞれと、目を合わせた。
「ほんとうは、みんなとなかよくなりたかったのに。ひとりさしだすんじゃなくて、みんなで、ともだちになってくれればよかったのに」
子供のような。それでいて色のない、空虚な言葉をアイは吐いた。
「いいの? きみたち」
絶対に忘れられない記憶を、4人に刻み付けた。
「となりの、オトモダチ。きっときみのこと──いつか裏切るよ?」
「「「「…………っ!?」」」」
言葉の最後で、アイは普段の様子に戻った。つられて4人も、アイから目を離して互いに目を向け合った。目を、耳を奪うようなアイの言動から解放された4人は、けれどアイ本人から解放されてなどいない。
アイの言葉は耳から、脳から。しばらく離れることは無いだろう。だって、彼女たちは知っているのだ──他の3人が。窮地に陥った時、誰かを切り捨てることに躊躇のない人間だと。
それを横目に、アイは軽い足取りで4人の輪から抜け出した。その行く先は、言うまでもないことだろう。どこか納得した様子の平塚先生に目礼して、俺もアイの後を追う。当然4人の傍を俺も通り過ぎたが──しばらく彼女たちが、互いに気安く接することは無いように予感した。
「うーみちゃん♪ おーどろ?」
「台無しじゃねぇか……留美だっつの。なぁルミルミ」
どういう訳かと聞かれたとき、簡単にではあるが、俺とアイが何をしようとしているのかを留美には話していた。だから彼女は、俺とアイが直前にしていたことを知っている。
彼女はあまり歓迎しなかったが……アイが、友達のためにどうしてもしたいと言って。俺も、それに追従した。俺たちは留美の現状に、エゴで勝手に行動を起こしたのだと。
顔を上げた留美は、どこか諦めたような顔で──それでも、どこか嬉しそうな表情で、アイを見た。続けて俺に視線を移し……。
「そのルミルミって言うのやめて。キモい」
蔑む様に言ってくれやがった。どこか親しみを感じさせる物言いだったので、不快に思うことも無く肩を竦める。むしろどこかの界隈ではご褒美かも知れないしな。
「ね、踊ろうよ留美ちゃん」
再度のアイの誘いに、留美はどこか照れたように頷いて立ち上がる。その時彼女の胸元で揺れたそれを受け取るべく、俺は留美に手を向けた。
「それ貸してくれ、撮っといてやるよ」
「あ……うん」
留美はデジカメを手渡して、俺の顔を見てひとつ頷いた。お願い、とでも言うような仕草に、俺も頷いてカメラを構える。
キャンプファイヤーの前で、小学生に混ざって帽子のアイが。どう見ても年上の誰かが、留美と踊っている。曲に合わせる気も無い適当なそれは、周囲の子供の視線をそれなりに集めたが……楽しそうな様子につられて、周りの賑わいは増していく。
目に見えて楽しそうなのはアイだけで、留美はそれに引きずられているようにも見えたが……好き勝手なアイに翻弄される留美の表情は、決して悪いものではなかった。
小学生の林間学校の夜は。高校生のボランティアの夜は
「こんどは八幡が踊ってよー。写真撮ってあげる!」
「……八幡、踊れなさそう」
「あまり俺を舐めない方がいい。エアオクラホマミキサーの威力を味わうことになるぞ」
俺とアイには、少し年の離れた友達が出来たのだった。