推しガイル   作:TrueLight

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俺にたよりはない

 今年の夏は、去年のバイトを鑑みても例年に比べてイベントの多い季節だった。

 

 戸部と葉山と苺プロダクションへ職場見学に行き。その時マネージャーから貰ったチケットを手に、B小町のドームライブを妹と観に行った。B小町解散と共にアイの口から飛び出した爆弾発言の標的となって、結局はアイと想いを重ねることとなった。

 

 その後の──まぁ、これは置いといて。さらに数日後には、アイと2人で、葉山に誘われたボランティアスタッフとして千葉村へ。そこで出会った小学生の鶴見留美と友達になり、連絡先を交換した。

 

 実はボランティアの現地で戸部や葉山と話したいことがあったが、当時は難しく流れてしまい。今度は夏休みの課題を終わらせるためと言うお題目で葉山の家にお邪魔し、今度こそ3人で言葉を交わした。と言っても、主に俺が彼らの疑問に答えるのが大体だったが。

 

 B小町が何故解散したのか、だとか。俺とアイの関係だとか。事務所の面々に迷惑のかからないよう当たり障りのない事柄だけを説明したつもりだが、それでも2人を驚かせるには十分だったようだ。千葉村での俺とアイの様子を見ているだけでも察していたようだったが、関係を明言すると、戸部はどういう訳か大袈裟に俺を持ち上げるようになってしまった。まぁアイドルとそういう関係にある人間と言うのは、それだけで大それた存在に映るのかも知れない。まるで見当違いの評価なのは言うまでもないだろうが。

 

 夏が過ぎて秋を迎えると、それまで俺の周囲で起こっていた出来事が嘘のように平和な生活が戻ってきた。アイも再デビューに向けての活動で頻繁に顔を合わせることは無くなっていたし、小学生である留美ともそこまで会う機会はない。俺の日常生活でわざわざ述べることがあるとすれば、そのほとんどが高校での出来事になる。

 

 大抵の例にもれず、我が総武高にも文化祭というものがあった。出し物やら実行委員やらを決めるHRで後者を押し付けられそうになったが、葉山の助け舟のおかげで回避することが叶った。

 

 が、これは葉山の罠だった。いやこう言うとアイツが主犯のようだから訂正しよう、道連れにされたのだ、と。

 

 クラス内で葉山を中心としたグループの中に、海老名という女子が居る。その海老名さんがどうしても演劇をやりたいということだったんだが……ここで、メインキャストに葉山を据えようとしていたらしいのだ。

 

 後になって詳細を詰める時に発覚したのだが……その演劇は、言ってしまえばボーイズラブだった。海老名さんは腐女子だったのである。

 

 ここで思い出すべきは──不本意ながらも、俺は葉山に借りがあるということだ。職場見学でのことを学校で漏らさず、戸部の手綱も握ってくれ。腰を据えて事情を話す場を作ろうとボランティアスタッフに誘ってくれた。そこで話し合う機は逸したが、アイも含めて色々気遣ってくれ、後日改めて家に招いて話を聞いてくれたのだ。

 

 葉山は俺に面倒を押し付けようとまでは考えていなかっただろうが、グループの外からの援護射撃くらいは望んでいた筈だ。俺が葉山に多少の謝意を抱いていることは察していただろうし、打算で俺を文化祭実行委員……文実から外させたのである。

 

 葉山に誤算があったとすれば、BLと言うからには野郎が2人必要であり、結局その片割れを演じることから逃れられなかったことだ。忌々しいことに、主役が俺、相手が葉山のBL演劇を行うことが決まってしまったのだ。

 

 過ぎてみれば思い返したくも無いが、結果的には海老名さんにも葉山にも恩を売ることが出来た。葉山に対しては返した、が正しいか。

 

 海老名さんの台本はまぁあからさまだった。BLという言葉の意味を知らない人間が観劇しても、その類の話だと分かってしまう内容だった。俺はこれの修正案を大量に提出したのだ。海老名さんに対しての提案を要約すると、「分かる人間にだけ分かるBL表現」である。

 

 男性同士の恋愛に造詣が浅い人間が見れば普通の劇に見えるが、貴腐人が見ればすぐその意図に気づき、同好の士と共にニヤニヤ出来るという絶妙なラインを狙ったのだ。こうすればBLの男役なんぞ演じたくない俺と葉山の精神的負担を減らせるし、海老名さんの表現したいものを、誰でも楽しめる=集客が見込める作品として広く見てもらうことが出来る。手応えは上々で、俺はどうにか文化祭を乗り切ることが出来たのだ。

 

 ……学校が休みの留美と、スケジュールを空けたアイが2人して観に来たのは中々にキツかったが。演劇に興味を持った留美が、文化祭後にアレコレと質問してきたのも同じく。まぁルミルミが楽しめたなら良いんだけどね、うん。

 

 ちなみにアイは自分が俺の相手役を演じたいと駄々を捏ねていた。こればかりは断固として拒否させてもらった。体のラインが出ない、ゆったりとしたワンピースで清楚な装いのアイには中々男心をくすぐられたが、どうにか羞恥プレイを避けることには成功した。

 

 文化祭が終われば、次に来るイベントは修学旅行だ。俺は1人で色々見て回るつもりだったが──葉山と戸部から相談を受け、彼らと行動を共にすることになった。

 

 戸部は、海老名さんのことが好きだった。修学旅行中に、海老名さんに告白しようと考えていたのである。そこで、まぁ……一応アイと言う相手が居る俺に協力するよう頼んできた、ということだった。

 

 この件についてはそれなりにそれぞれと面倒なやり取りがあったので割愛するが──目指すべきは、戸部に旅行中の告白を諦めさせること。この一点に尽きた。

 

 戸部は勿論、海老名さんに告白して付き合いたいと言うのが目的だ。しかし、海老名さんにその気は無かった。戸部が嫌いだとか、他に好きな人間が居るとかではなく。現時点で、自身は誰とも恋愛をする気は無い、と。

 

 葉山はと言えば、とにかくグループの人間関係の維持を願っていた。恋愛感情の告白と言うのは、言ってしまえば人間関係改変スイッチである。

 

 成就してカップルが成立することは喜ばしいだろうが、例えばグループ内の別の人間が、成立したカップルのどちらかに想いがあれば本人は傷心するし、周りは気まずくなるだろう。そうでなくても、あるコミュニティで1組のカップルがイチャついてれば、メンバーの中に不快感を覚える人間が居ても不思議じゃない。

 

 告白が失敗すれば、それこそ告白した人間も、それを断った人間も気まずい思いをすることになる。戸部が告白して、それが報われようが報われまいが、葉山のグループはこれからも関係を続けるのだ。恋愛の渦中に居らずとも双方と関りが深い葉山にとって、この件は極力白紙にしたかったのである。

 

 ……個人的には、誰かの感情を押し殺すことでしか続けられない人間関係なんぞ薄っぺらい上っ面のモノでしかなく、故にその程度で瓦解するモノなら大事に取り繕うことも無いと思うが……まぁ、葉山がそういう性質(たち)なのはそれなりに理解している。葉山にも戸部にも大なり小なり世話になっていることだし、彼らの意に沿う形に落ち着くよう協力することにしたのだ。

 

 葉山は戸部に対して、海老名さんが今心を開くことは無いだろうから告白は見送った方が良いと何度も言ったが、戸部は諦められないと今回告白に臨むことを曲げなかったらしい。

 

 それは何故かと考えれば、所詮葉山の言うことに責任が、当事者意識が伴っていないからだ。葉山グループ内での恋愛沙汰だからと表現すれば、渦中の人間かのように映るが。この話の中心人物は、結局のところ戸部と海老名さんであり。告白するしないの意思決定と、それについて回る結果を最も真剣に思い悩んだのが戸部であることに疑いはない。

 

 本人たちには意識出来ないことだろう。戸部は葉山を心から慕っている……少なくとも、その自覚がある。葉山からの忠言は真面目に受け取り、その上で決行を決めた。葉山にしても、戸部が親しい友人である自身の言葉を受けつつも折れない芯を持っていると、そう受け取ってしまったのだろう。

 

 だから彼らは気づかないのだ。互いの考えや意思が強固だと思い込んでしまうのだ。どうすれば戸部が、今回の告白を諦めるかという答えに辿り着かない……いや、簡単に辿り着いてしまうからこそ、最初に辿り着いてしまった道筋以外の道程に考えが至らないのだ。

 

 簡単な話だ。戸部が諦めるのは、告白が失敗した時だ。なら、告白する前に失敗させてしまえばいい。

 

 葉山に手伝わせれば、グループ内の人間を思うまま分断するのは容易だった。修学旅行2日目に訪れた龍安寺は方丈庭園に戸部と海老名さんと向かい、話をすることにした。この時点で戸部は俺が告白に協力してくれてると思っているし、海老名さんはそれを回避してくれることを願っている。俺の不自然な口の開き方に疑問は挟まれなかった。

 

 海老名さんに話したのは、「比企谷八幡には彼女が居るが、女子は彼氏に何をされたら嬉しいのか」という相談だ。別に本心からそんなことを聞きたい訳じゃないし、海老名さんも俺の意図はすぐに察してくれた。戸部の前で、恋愛について話せるならなんだって良かったのだ。

 

 海老名さんは俺にこう返した。勿論、その場にいた戸部もそれを耳にする。曰く、

 

「今は恋愛に興味無いからなぁ、誰に告白されても断るし。それを聞くなら、恋愛に興味がある女の子にした方が良いかもね」

 

 と。強調された海老名さんの答えを聞いて──思惑通り、戸部は今回の告白を諦めたのだ。恋愛感情ひとつでたくさんの人間を振り回した少女のことを思えば、その決着はあまりにも呆気ないものだった。

 

 そんなイベントがあったような無かったような修学旅行を終えれば、12月までは特筆すべきことも無かった。アイは本腰入れて再デビューに向けて事務所で活動しており、顔を合わせる機会はさらに減った。留美にしてもそうだ、俺と留美が顔を合わせる場と言うのは、そこにアイも居るのが当然だったから。

 

 けれど、アイを抜きにして顔を合わせる機会が巡ってきた。それが12月のことだ。聞けば総武高の生徒会がクリスマスイベントを企画しているらしく、そこに留美の小学校からも参加者が募られたらしいのだ。地域のお年寄りや保育園の子供を招いて出し物をする企画で、そこに留美も参加する、と。

 

 いざ当日を迎えて会場となるコミュニティセンターにお邪魔すれば、思ったより人が多くて驚いたものだ。どうやら総武高と留美の小学校の他にも提携している高校があったようで、それらの関係者に招かれた客……主にお年寄りの方々に、関係者の友人と思しき学生連中。なんなら葉山たちまで来ていた。

 

 ──1人、顔を合わせるのは勘弁願いたい人物が紛れていたが。この時は運よく関わらなかったし、今後も関わらないだろうから割愛させてもらう。

 

 葉山に招かれたテーブルに有難くお邪魔して、俺は留美の活躍を見守るのみに終始した。

 

 留美は──小学生たちが歌い踊る中でセンターを務め、何ならソロパートまであるほど子供たちの中心に居た。どうやら俺が主役をやらされた文化祭の演劇に影響されたようで、熱心に取り組んでいたようなのだ。

 

 頬が緩むのを抑えられないくらい、俺は留美の舞台に夢中だった。いざイベントが終わり、外に出てきた留美と合流してから思いつく限りの賛辞を述べれば、耳まで真っ赤にしたルミルミにボディブローされたくらいだ。やり過ぎた感は否めないが、俺にとってそれほど留美の舞台は素晴らしいと思えるものだった。

 

「ま、なんにしてもお疲れさん。ほら、荷物貸せよ。家まで送ってやる」

「ん……」

 

 未だ赤ら顔のまま、留美は手荷物を俺に押し付けた。さほど重くも無いそれを持ってやり、留美の家へと並んで歩く。

 

「……アイは、来られなくて残念だったな」

「……うん。しょうがないよ、忙しそうだもん」

 

 俺と留美、そしてアイの3人はグループチャットでやり取りをすることがある。しかし、最近のアイは反応が悪く、ゆえにそれは仕事が忙しいのだろうと考えさせた。これまではグループチャットへの書き込みが最も多いのはアイだったし、些細なことでも書き込んで、どうでも良い書き込みにもいちいち反応していた。

 

 まだ活動を再開していないとはいえ、全国的に人気のアイドルだったのだ。新しいスタートを切るための準備がどれほど大変なのかは想像するしかないが、チャットのやり取りが難しくなることそのものに、そこまで違和感は抱かなかった。

 

「来年は、一緒に初詣とか、行けたらいいな……」

「そうだな。まぁ、行けるなら向こうから連絡してくるだろうし。気長に待ってようぜ」

「うん……」

 

 少しばかり寂しそうに呟く留美に気休めを言って、軽く背中を叩いた。留美も思い直したように俺を見上げて微笑む。今回のクリスマスイベントについても、来れないことを何度もチャットで嘆いていたアイだ。3人で初詣に行くとなれば、誰より意欲的だろうことは間違いない。予定が空けば向こうからマシンガンばりにチャットが送られることだろう。

 

 おそらく同じように考えただろう留美は、以降表情に陰りを見せず、家に向かって俺の数歩先を歩いた。いつもより楽し気に跳ねる留美の長い髪を見て、俺もどこか心が浮ついた。

 

 この時の俺も、当然留美も。考えもしなかったのだ。

 

 年が明けて1月どころか──半年近くに渡って、アイが音信不通になることなど。知る由も無かったのだ。

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