推しガイル   作:TrueLight

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母と子

 とある総合病院の、とある産婦人科。そこに、1人の医師が居た。

 

「お待たせしました。えっと……星野さんは初めてですね」

「はい」

 

 述べるまでも無くその医師は産婦人科医であり、名を雨宮吾郎と言った。診察室で口を開いた吾郎に応じたのはお腹が膨らんだ女性であり、その用件もまた論じるべくも無い。

 

 星野、と呼ばれた女性の隣には、金髪にサングラスの男性が座っている。彼と言い帽子の(つば)で表情を隠した女性と言い、一見して怪しいことこの上ない。

 

「貴方は親御さん?」

「まぁ戸籍上は……彼女は施設育ちなもので、実質後見人と言うか。身元引受人と言うか……」

 

「なるほど」

 

 吾郎は女性の保護者らしい男性の言葉を聞きつつ、手元のバインダーに視線を落とす。そこに記されている文字を読むというよりは、既視感を覚える情報に思いを巡らせるためだ。16歳、施設育ち。吾郎は1人のアイドルを想起していた。

 

 数秒で既視感の正体に思い至った吾郎は視線を上げ、改めて女性に視線を向ける。

 

「────」

 

 女性は、帽子を脱いでいた。そして──吾郎は、その少女の正体に気づいたのだ。

 

 解散したグループの、とは言え。その少女は間違いなく、元ではあれどアイドルだった。

 

「先生……どうなんでしょう? もの凄い便秘という可能性は……」

「だとしたら死んでますねぇ……」

 

 吾郎の困惑に気づかない保護者は、何かの間違いではないかと僅かな希望に縋ろうとするが。ショート寸前の吾郎の脳は、辛うじてではあるものの、男性の問いに偽りなく返した。

 

「とりあえず検査してみましょう。準備がありますのでお待ちください」

 

 傍目には冷静に言いつつ席を立ち、吾郎は2人を残して診察室の外に出る。

 

(ちょいちょいちょいちょい!? えっ? 本物!!?? アイのそっくりさん!? いや長年のファンの俺が見間違える筈がない!!)

 

 その内心は、冷静とは程遠いものだったが。僅かに開いたままの診察室のドア、その隙間からアイの顔を窺って確信し、悶える。間違いなく彼女は、自身が推していた元アイドルなのだと。

 

(え~~~~っ! リアルアイちょ~~~~かわい~~~~っ……じゃねぇ!!)

 

 見悶えていた吾郎はすぐさま現実を直視し、勢いよくその場に両手をついた。通りかかった別の患者がびくりとしているのも意に介さず、彼は大きなショックを受けていた。

 

(推しのアイドルが妊娠しとる!! ショック過ぎてゲボ吐きそうなんですけど!!)

 

 彼の中で、未だアイは推しのアイドルだった。

 

「アイ……」

 

 またも吾郎の内心に気づくことなく、室内の男性がアイに語りかけた。盗み聞くつもりは無くとも、吾郎は2人の会話を耳にしてしまった。

 

「本当にどうしてこうなった……どうして俺に相談しなかった。()()()は知ってるのか……?」

 

(アイツ……?)

 

 アイツが指す個人を吾郎は予想することも出来ないが、少なくとも、そのアイツこそが、アイのお腹にいる子供の父親であることだけは理解できる。

 

「んー? ……もちろん、知らないよ。あっ、佐藤さんも言わないでね?」

「言わないでって、お前……」

 

(…………)

 

 アイの口調にはどこか憂いがあり。何やら複雑な事情があるのは間違いなく、これ以上立ち聞きしてしまうのは患者のプライバシーと言う意味でも、検査の準備が滞るという意味でもよろしく無いのは確かだ。吾郎は静かにその場を離れ、そして間もなく検査は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「検査結果ですが……20週目、双子ですね」

「「双子……」」

 

 吾郎が検査室での結果を2人に伝えれば、呆然とした様子で同じ音を発する。

 

「双子……」

 

 どこか嬉しそうな表情で繰り返したアイに対して、彼女に佐藤と呼ばれた保護者の男性は焦ったようにまくし立てる。

 

「アイ──本気で産む気なのか? 16歳で妊娠なんて世に知られたら……! 活動再開どころの騒ぎじゃないぞ……!!」

 

「…………」

 

 喜色の見えていた表情が無を映す。佐藤の言に、アイも思うところはあるのだろう。

 

「……先生は、どう思う?」

 

「──最終的な決定権は、君にある。よく考えて、自分で決めるんだ。医者としては、そうとしか言えないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファンの意見てのは身勝手だよな……そう思うだろ。さりなちゃん」

 

 アイと、その保護者である佐藤の2人に話し合う時間を与えて。吾郎は1人病院の屋上で黄昏ていた。時刻もまさに黄昏時であり、スマホに映った過去の患者を呼ぶ彼の姿は、逢魔したが如しだ。

 

 あまりに間の良い……あるいは悪いことに、屋上までの道すがら、エントランスのテレビではアイドルの結婚発表が映されていた。それを見ていた2人の男性、その片割れが口にしたのだ。男と子供が居るアイドルを推せるか? と。

 

 たった1人、愛を確かめられる相手と出会いたいと。言ってしまえば彼氏が欲しいと口にしてグループを解散したアイは、厳密に言えばアイドルではない。しかし、既に再出発しているB小町の面々がメディアで発した言葉や、先ほどの佐藤氏の言葉を鑑みれば、アイが何らかの形で芸能界に舞い戻るのは確定的だ。

 

 そんな時。アイがもし子供を産んで、その上で芸能活動を続けたとしたら。彼女に向けられる言葉はきっと、祝福だけではないのだろう。むしろ貶めるような、それどころか攻撃するような言葉が向くのは想像に難くない。

 

 吾郎は自身もファンであるとはいえ。アイの今後を思えば、どうしても今回の件を明るくとらえるのは難しいように感じていた。

 

 彼が物思いに耽ってしばらく、背後でぎぃ、と。扉の開く音が聞こえた。

 

「あっ、センセ」

「星野さん……夜風が体に障りますよ」

 

 12月下旬。決して暖かいとは言えない空の下、屋上の手すりに足を進めるアイを気遣えば、

 

「厚着してるからだいじょうぶ」

 

 と。取り合ってはくれなかった。

 

「社長の勧めでここを選んだんだけど、良い所♪ 夕暮れでも星が凄くよく見える……東京じゃこうはいかないなぁ」

 

 両腕を広げて楽しそうに語るアイ。吾郎は少しの沈黙の後、口を開いた。

 

「……わざわざこんな田舎に来たのは。東京だと人目につくから?」

 

 敬語を止めて。医師としてではなく、個人として吾郎は言う。思いもよらなかった彼の言葉に、アイもまた数秒沈黙して話す。

 

「あれ? わたし、仕事のこと言ったっけ?」

 

「昔……患者に君のファンが居たんだよ」

 

 自身がそうであることは言わず。彼がそうなる原因となった少女のことを口にした。

 

「あちゃー……ここならお医者さんもおじさんばかりでバレないと思ったんだけどなぁ。やっぱ溢れでるオーラ隠せないね☆」

 

 吾郎は、アイの口調に違和感を覚えた。彼の知る、アイドルとしてのアイに間違いはない。その振る舞いも、彼が映像で何度も見たものに相違ない。けれど……診察室の外で聞いてしまった、彼女の声音を思えば。どこか空元気のように、吾郎の目には映ったのだ。

 

「君は……相手に隠して産むのか?」

「────なんで、そう思ったの?」

 

 アイの表情に咎めるような色は無い。本当に、ただ疑問を口にしただけだろう。しかし吾郎には、盗み聞いた彼を責めているように感じられた。無論、彼が勝手に罪悪感を覚えているが故の錯覚だった。

 

「……産婦人科の診察には、夫婦……そうでなくても相手と一緒に来ることが多いから。そうでないなら、訳アリなのかと思って」

「ふぅん……?」

 

 一応の納得を見せたアイに対し、吾郎は内心で息を吐いた。彼がアイに返した言葉は嘘ではないが、正確でもない。事実として、産婦人科に相手が付き添うケースは意外と多いのだ。

 

 しかし、初診は妊婦が1人で来るケースが多数を占める。妊娠が確定した訳でもなし、内診には本人以外の立ち入りが認められない場合がほとんどだからだ。

 

 立ち聞きしたことに言及される恐れが無くなり、密かに安堵していた吾郎に気づく様子もなく、アイは吾郎の疑問に話を戻した。

 

「うん、隠すよ。わたしが勝手に作っちゃったみたいなものだし」

「勝手にって……少なくとも同意はあった筈だろう」

 

「うーん……いちおー、そうだけど。無理強いしちゃった感じなんだ」

 

 それを聞いて、吾郎は少なからず驚いていた。聞く限り、アイとその相手で性交渉が成り立ったのは、アイがそれを強く願ったからであり……そして、その相手は行為を忌避していたように受け取れるから。

 

 目の前の、推しの元アイドル。贔屓目を抜きにしても、10人に10人が目を奪われるだろう美少女が誘い、それを無下にした男性が居る。それだけでも驚愕に値した。

 

「わたしもねー、そんなつもりじゃ無かったんだけど。でも、出来ちゃったものは仕方ないよね」

 

 少しおどけた様子でアイは言った。対して吾郎が口にする言葉は、医師としての予定調和。

 

「……君は現在、妊娠20週だ。今ならまだ、産まないと言う選択肢がある。意図せずと言うなら、周りのためにも。何より……自分のためにも。子供を諦めるのは決して、責められる謂れのない決断だ」

 

 双子だ。16歳の身では、何よりアイのような細身の身体では負担が多いのは目に見えている。

 

 それに──吾郎は、自身の出生に際して、母親を亡くしていた。

 

 彼の母親は、親──つまり、吾郎の祖父母に隠して、自宅で吾郎を生んだのだ。その時の出血が原因で母は亡くなり、その上父親を知らぬままに、彼は祖父母の家で育った。

 

 母親を犠牲にして生まれてきたという後ろめたさを抱えて、彼は生きてきたのだ。

 

 産婦人科の医師の元で、しっかりとした環境での出産なのだから、吾郎の母親と同じ道を辿る可能性はそう高くは無いだろう。

 

 しかし、彼は考えてしまった。もしアイが、双子の出産が原因で命を落としてしまったら。子供は自分と同じように、父親を知らず、母親を犠牲に生まれた罪悪感を抱いてしまうのではないか、と。そんな杞憂を抱いてしまったのだ。

 

「──わたし、家族って居ないから。家族に憧れ、あったんだ」

 

 噛み締めるように言うアイに。吾郎の憂慮が伝わっている様子は見られない。

 

「お腹に居るの、双子なんでしょ? 産んだらきっと、賑やかで楽しい家族になるよね!」

 

 楽しそうな表情と声色で。けれど──どこか寂しそうに、アイは吾郎に向き直った。

 

 まるで、彼が居なくても、と。そう続くように、吾郎には感じられたのだ。

 

「……相手は、子供のことを認めてくれないと思うから、隠すのか?」

 

「──どうだろうね?」

 

 紛うことなく、アイは笑顔だった。どっちでも関係なく、自分は相手に伝えず1人でも子供を産むのだと。それでも明るい家族を築くのだと、そう言わんばかりに。

 

 けれど──吾郎は、アイが泣いているように幻視した。

 

「──和解した」

「えっ?」

 

 推しの"アイドル"ではなくなってしまった彼女。吾郎の目には……アイは迷子で。それでも誰にも助けを求めららず、強がっているように映った。

 

 解散しようが、引退しようが。そんなことは関係ない。

 

 ファンとして。医者として。

 

 ──母を犠牲に生まれた子供として。

 

「星野アイ──僕が産ませる。安全に。元気な、子供を」

 

 アイを、その子供を守る。それこそが己の使命だと、吾郎は確信したのだった。

 




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