「それからお母さん、窃盗で捕まっちゃってさ? わたしは施設に預けられたんだけど……お母さん、釈放されても迎えに来てくれなかったんだよね。殴られたりしなくなったのは良かったのかも知れないけど」
多少なり闇を抱えているのは間違いないだろう、なんてとんでもない見込み違いをしたものだと後悔する。同情や共感なんて絶対示すべきじゃない。アイドルとかいう以前に、アイは……俺と一つしか変わらない女の子は、文字通り見てきた世界が違う人間だった。
「……今も、施設の世話になってるのか?」
だが、もっとも忌避すべきなのは、気まずい表情で黙り込むということだろう、ってのは俺でも予想がついた。意を決して悩みを打ち明けて、それで苦笑いでもされようもんなら、二度と相談なんてしなくなる。少なくとも、俺はそう思った。
とにかく言葉を途切れさせず、この刹那的に生きているアイドルをもっと知るべきだ。それが俺の保身にも繋がるだろうしな。
「ううん? 今は佐藤……本人いないからいっか。斎藤さんって人が面倒見てくれてるんだ。事務所の社長さん」
……? 物言いに違和感を覚え、少し追求してみることにする。
「斎藤、が本名だよな。あだ名が佐藤なのか?」
「違うよ? わたし他人の名前覚えるの苦手でさー? 長いこと、斎藤さんのこと佐藤って呼び間違えてたんだよね。結構お世話になってるから、さすがにもう覚えてるんだけど──間違った呼び方すると、反応が面白いんだよねっ。だから本人の前では覚えてないフリしてるんだー」
……やはり、この女からの斎藤
まぁ、信頼する人間にだって、何もかも腹の内を晒せるかと聞かれれば俺は否と答えるが。こいつもその類なんだろう。
「それで、斎藤さんがどうかした?」
「いや、なんでもない。それで……生い立ちが特殊なのは理解したが、他に吐き出したいことは?」
俺の物言いは、少なくない人間から反感を買うものだっただろう。辛い幼少期の出来事を、さも何も思いませんという態度で先を促す行為。
「──っ。それでねっ、その斎藤さんがアイドルにスカウトしてくれたんだよ。その時も、今みたいに小さい頃の話したっけなー」
しかし、彼女はどういう理由か不快になった様子はなく、それどころか少し嬉しそうに話を続ける。
「なんでスカウトされて──虐待されてたことなんて話すんだよ」
言葉を濁そうかとも思ったが、自分が受けていた行為がどういうものかなんて彼女が一番よく理解しているだろう。ストレートに言ったが、やはりアイは気にしていないようだった。
「お引き取り願おうと思ったんだよ。親から愛された記憶もないし──愛した記憶もないし。そんな人間がアイドルなんて出来っこないってみんな思うでしょ? だから話したの、こんなの聞いたら……誰だって引いちゃうよ」
少し寂し気な色が彼女の顔に差したが、俺はそれを見なかったことにした。
「だが、今ではアイドルやってる。どういう理屈だ?」
「私がアイドルやるって言うのは、嘘をつくことなの。ファンに愛してるよーって、思ってもないことを言うこと。そんなの始める前から分かってて、出来っこないって言ったんだ」
でも、と。アイは嬉しそうに微笑み、真っ直ぐに俺を見据えて続ける。
「嘘でもいいって。いつかそれが本物になるかも知れないって、斎藤さんは手を差し伸べてくれたんだ」
その瞳には──やはり、大きな星が煌いているように見えた。
「本当は君も、人を愛したいって思ってるんじゃないかな? 斎藤さんの、その言葉で気づいたんだよ。あぁ、わたしって──誰かを愛したいんだなぁって」
「──」
ぞくりと。背筋から大きな波が全身に広がり、鳥肌が立つのを実感した。ライブの時。大きな瞳に眼球を覗き込まれたとき。そのどちらとも違う感情の飛来──。
「だからわたしは、アイドルなの。ファンに嘘で固めた愛を振りまいて、そうしていつか──本当に誰かを愛せるようになるって。そう信じてる」
ようやく、理解した。
どうしてこの女のライブを見て、俺が気圧されたのか。死んでしまうような予感があったのか。
こいつのアイドルとしての振る舞いは、何もかもが嘘で──しかしそこに悪意は無く。他人を騙そうという意図すら無い。
純粋に。ただ愛が欲しくて、それらしくコーティングした
いつかそれが、本物になると信じて──。
「…………」
「どうしたの? すごく顔色が悪いよ。それに……今までで一番、
こちらが嫌悪感丸出しの視線を向けているとわざわざ指摘してくれたが……この女、何故だか嬉しそうに目を細めている。俺の体調不良を喜んでいるのでは無い、
「……ライブの時から。どうしてお前の姿に嫌な予感を覚えたのか分からなかった。だが……やっと、言語化できそうだ」
『君は直感で相手の仮面を見破る天才だよ』
アホな妄想だと断言したかった。しかし、このアイドルの意見にはある程度の信憑性があったと認めざるを得ないだろう。そうだ……俺は確かに、初めてコイツを見たあのライブの時点で。こいつの言動にどうしようもなく嘘を感じ取っていたのだ。
「お前は──盛大な
目を離せば死ぬ。その銃口から、いつ
「ただ空撃ちされた側は幸せだろうよ。そこだけを切り取れば、ファンがアイドルから愛を投げかけられただけだからな。だが……それがヒットするってのは、お前が嘘を本物に変えた時」
例えば、だ。あのライブ中、急にこの女が愛に目覚めたとしよう。嘘が本物になったとしよう。それがファン全員に分け隔てなく向けられたとしよう。それなら万々歳だ。……では、そうでなかったら?
星の如く頭上を輝いていたアイドルは……隕石となって、それに関わっていた多くの人間に甚大な被害をもたらすだろう。
「今までで一番イヤそうな眼をしてるって? そうだろうな……ここまで関わりたくないと思った──いや、
罵倒にも聞こえる俺の言葉に──やはりそのアイドルは、嬉しそうに笑った。