推しガイル   作:TrueLight

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俺の

 電車を降りてからも、俺とアイは手を繋いだまま歩いていた。最初こそ照れていた様子だった彼女だが、それも数分経てばすぐに無くなったようで。歩くのに合わせて大きく振ってみたり、思いついたようにニギニギしては頬を緩めたりと上機嫌だ。そんな微笑ましい彼女の様子につられたか、有難くも俺の方の羞恥心も鳴りを潜めていた。

 

 視界に映る空の端が赤みを帯びてきた頃、俺たちは次の目的地に辿り着く。るんるんで俺にくっついてきていたアイも、俺が立ち止まったことで到着したのだと察したようだ。

 

「……? はちまん、じんじゃ。八幡だってっ!!」

 

 頭の文字は読めなかったようだが、社号標だったか? 神社の名前が刻まれた石に心当たりがあったらしく、ずびしと指さして声を上げた。なんて罰当たりな娘なんだ……。

 

「そうだ、俺が神だ」

 

 これからは罰当たりカップルとして生きていこうと思いました。

 

「ってのはまぁ、冗談として。名前的にご利益ありそうだし、一回くらい一緒に参拝しといて良いだろってな。御覧の通り、八幡神(はちまんしん)って神様を祀ってる場所だ」

 

 と言うことで、二人で訪れましたのは筑土八幡神社。新宿区は筑土八幡町のちょっとした高台に鎮座する神社だ。

 

「へぇ~……あれ? でも八幡、カミサマなんて居ないーって言ってなかったっけ?」

 

 そんなこと言ったかしら? 記憶を遡ってみると、確かにB小町の解散ライブ直後、アイが俺の家に来た際のやり取りでそんなことを言ったような気がする。っつか、よく覚えてるなそんなこと。言った本人がすぐには思い出せないってのに。

 

「ま、そうだな……でも、参拝するのに信心深い必要なんて無いぞ。居なくて当たり前、居たら手ぇ合わせといてラッキー程度に思っとけば良い」

 

「なるほど?」

 

 理解も納得もしていないだろうに、俺の言葉にそんなものかなと頷くアイ。苦笑しつつ、彼女を伴って境内へと続く階段を上がる。

 

 ──必要なのは神の存在やそれを祀っている場所ではなく、二人で巡るに足る場所なのだ。だから、言葉通り。神が居ようが居まいが、結局本題は別にある。なればこそ、神を信じずとも手を合わせる。その時は、隣に神様より信じるに足る女の子が居てくれる筈だから。

 

 恥ずかしくて、口に出せたものじゃないけどな。

 

 道中に比べると風のある境内に上がった俺たちは、すぐ右手にある手水舎で作法に則って身体を清める。アイはこういった経験が全く無かったらしく、少しぎこちなかったが。流れを教えてやり、先に実践した俺を真似て手を清め口をすすぐ様は、どうにもあどけなく。無性に可愛らしく思える。

 

 真冬に行ったそれは、不思議と寒さを感じさせなかった。

 

「ねっ、これなんだろ?」

「ん? あぁ……」

 

 身を清めたアイが目を付けたのは、手水舎のすぐ隣に設置されている石碑だった。

 

「刻まれてるのは猿だった筈だぞ、こう……庚申塔(こうしんとう)、とか言ったか?」

「サルなんだ。言われてみれば……?」

 

 事前に回る場所の情報収集をしていた時、チラッと見た程度だから定かじゃないが。石碑に刻まれた二匹の生き物は、桃を持った猿だったと記憶している。

 

「一般的には猿が三匹ってのがほとんどで、この二匹バージョンは珍しいらしいぞ。写真でも撮っとくか?」

 

「…………」

「アイ?」

 

 うんちく未満のあやふやな知識を披露するも、アイは石碑をじっと見つめたまま黙っていた。横に立ってその視線を追うと、彼女の視線は一点に集中していて。何か気になることでもあったのかと俺も倣えば……。

 

 刻まれた猿の一方。そのお股には、可愛らしいアレがきちんと描かれていた。

 

 いや何見てんだこの子……。

 

 思わず目元を引き攣らせてアイに目を戻せば。

 

「…………」

 

 いつの間にか、今度は俺の方を見ていた。いや正確に言おう──俺の股間を、見ていやがった。いやほんと、何見てんだこの子……!? 

 

「よし次行くぞっ。拝殿の方だ、たしかゴツい狛犬が居るんだよ……!」

 

 屈んだ姿勢で石碑に、そして俺の股間に目をやっていたアイの手を取って、空気を換えるべく足を速める。

 

 これどうだ? 俺か? 俺が悪いのか? 石碑にチンコが書かれてることをしっかり調べなかった俺が悪いのか!? もしやこれはセクハラに該当するのか……!?

 

 多分、普通に考えて、彼氏の隣で猿のチンコガン見してるアイの方がおかしいとは思うんだが、そもそもここに連れてきたのは俺であることを考え、自責の念に包まれる。

 

 しかし、幸か不幸か。それは自罰が過ぎたと自覚することが叶った。

 

「ね、ね、八幡。お仕事とか子供たちのこととか、ちょっと落ち着いたらさ? その……ね?」

 

 俺に手を引かれるままのアイが、そんな寝ぼけたことを言い出したからである。そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。脳内ピンク過ぎやしませんかねぇ……!?

 

「……そういうのはせめて、俺が高校卒業してからにしてくれ……っ」

「──うんっ!」

 

 まぁ先延ばしにするにしても現実的なラインを自分から口にしちゃうんだけどね。男ってホント馬鹿。人類って愚か~……今日イチ良い返事してくれたアイにぎゅっぎゅと手を握られて、それに返しながら我が身の煩悩を恥じた。

 

 さて、気を取り直して。大股で歩くとすぐに辿り着いたのは拝殿、お祈りをするための場所だ。賽銭箱や鈴が設置されてる場所であり、することは当然一つだ。

 

 こちらも作法に則ってお参りを済ませると、アイはすぐに溌溂と口を開いた。

 

「八幡は何をお願いしたの? わたしは、八幡と一生一緒に居られますようにって!」

 

 真剣に願ったことで頭の中がそれだけになったのか、アイは恥ずかしげもなく正面から抱き着いてきた。こちらの背に両手を回して、胸に頬を押し付けてくる。反射的に上げた両手を下ろして、されど抱きしめ返すことはせずに、俺は質問に答える。

 

「八幡神にはいろいろご利益があるが、子育ての神としても崇拝されてるらしい。ルビーとアクアが健康に大きくなれるように、って頼んどいた」

 

 最近ようやく慣れてきた子供たちの名前を口にして、その健やかな未来を願う。瑠美衣(ルビー)愛久愛海(アクアマリン)。何度脳裏に描いてもインパクト溢れる名前である。

 

 もし俺が、アイの妊娠を早期に知って、二人で一緒にお腹の子を想えたのなら、断固としてその名前に反対しただろうが。壱護さんや産婦人科の先生が支えてくれたとは言え、独りでお腹の子と向き合い、その十月十日(じかん)の中で彼女が二人に与えた祝福を、出産に立ち会っただけの俺がとやかく言えるはずも無いのだ。ルビー、アクア。慣れれば可愛くも思えるしな。

 

「だったら大丈夫だねっ。わたしと八幡が一緒なら、絶対!」

 

 俺を抱きしめたまま、アイは上を、俺の顔を見上げた。視線が重なると、アイは眉を吊り上げながらニッと笑って見せた。挑戦的な笑みはしかし、ほんの少しだけ、彼女の強がりを感じさせた。

 

 俺とアイが一緒に居れば。二人でしっかり育てれば、子供たちは健やかに育ってくれると、彼女は言った。アイのその考えは、逆に言ってしまえば。両親にきちんと愛されず成長してしまった自分は、まともではないのだと、そんな卑下にも聞こえる。

 

 聞こえてしまったから、俺は衝動に身を委ねた。

 

「──ッ!?」

 

 両手でアイの頬を包んで、ただ触れるのみ。一秒にも満たないけれど、それでも。口づけをした。

 

「──あぁ、大丈夫だ。絶対な」

 

 不思議と照れは無かった。むしろ、普段は自分からそういうことをしたがるアイの方が、大きな瞳に困惑を映している。おめめぐるぐるさせている彼女は中々珍しい。

 

「ぇあ、あぅ……う、うん。大丈夫、ダイジョウブ……」

 

 思えば。自分からこう言うことをしたのは初めてだったかも知れない、などと気づき、少しだけ罪悪感が募った。不本意で、逃げ場も無くて。流されるままにここまで来てしまったのは間違いないけれど、それでも。

 

 俺はアイから貰ってばかりだったことを、この時強く実感した。そして、ほんの少しずつでも。照れくさくて実行に移せない時だってあるだろうけど。それでも、貰った分くらいは返せるようにしないとな、と。そんな風に思うのだ。

 

「~~~~ッッ!!!!」

 

 再び俺の胸に顔をうずめて、抱きしめながらぐりぐりと押し付けるアイ。その温かさを、居心地の良さを知って。これもまた貰った、などと思ってしまえば、返済はいつになるのかと考えて苦笑した。それこそ……一生モノになるだろうと、そう確信して。

 

「ずっとこのままじゃ完全に日が暮れちまうぞ。ほれ、次はあそこな」

 

 ぽんぽんと肩を叩いても離れる様子が無いので、仕方なく抱き合ったまま、ずりずりと間抜けに移動した。そう遠い場所でもないし、足元は大分暗くなってきているが見えないって程でもない。最後の目的地は筑土八幡神社の境内社、同じ敷地内にある八幡神とは別の神を祀ったお社だ。いやさっきまで居た拝殿、さらには本殿も、八幡神だけを祀ってる訳じゃないんだが。

 

「着いたぞ。アイの活動的にはここがメインまである」

「……?」

 

 多少落ち着いてきたか、腕を緩めたアイは俺に押し付けていた頭を離して、すぐそこに佇む社殿に首を傾げた。

 

「こっちでも神様にお祈りするの?」

「雑な説明になるが……さっき参拝した神様が、まぁ俺の名前と縁があるってことで八幡神。んでこっちのお社には、天鈿女命(アメノウズメノミコト)……芸能の神様が祀られてる」

 

「芸能の?」

 

 説明しながら軽くアイの肩を押せば、ここでも作法に則って手を合わせようと言う俺の意思を汲み取ってくれたらしく、抵抗なくアイは離れてくれた。

 

「──俺は、アイが危険な目に遭わずに活動できるように、って祈ったが。何を願った?」

 

 ほとんど同時に拝礼を済ませると、今度は俺から聞いてみた。するとアイは、どこか上の空に返事をする。

 

「……いっぱい、お金が稼げますようにって」

 

 そこで一度区切ると、今度はしっかり俺と目を合わせて、花が咲いたように笑って見せた。

 

「ルビーとアクアのためにってのは当たり前だけどさ? 例えば、30歳までに、遊んで暮らせるほどお金を稼げたら。アイドルとして、ファンのみんなを愛することが出来たら。その後は──八幡と、ずっと。ずーっと一緒に、居られるでしょ?」

 

「……はは。スケールのデカいことで……」

 

 妄言だと切って捨てるには、どうにも。彼女の、純度100%の笑みを正面から受けて、戯言だと流すのは無理だった。だって、どう見ても本気です、彼女。

 

 現実問題として、それが実現すること自体は分の悪い賭けだと思うが。アイの隣で、それが叶うよう並んで歩く未来は、間違いなく俺の意に沿うものだった。

 

 苦笑する俺に対して、どう思ったか。不満に思って意趣返しなのか、はたまたただの悪戯心かは知らないが、続くアイの言葉は残念ながら、俺の意に反するところだったけれど。

 

「ところで、とっても良い神社だね? ココ。八幡神社で、芸能の神様まで居てくれるんだもん。まるで、わたしと八幡のためにあるみたい」

 

 ニッコォ。ファンどころかその辺の通行人すら魅了するだろう満面の笑顔は、俺にしっかりと副音声を届けてくれる。

 

『たくさん調べてきてくれたんだね!!』

 

 デートプランのカンペを見るな、と言う意見と同じだ。感づいても口に出すな、と抗議したいもんだ。実際口にはしてないが、その態度で言いたいことは伝わる。伝わってしまうほどには、きちんと。俺もアイも、お互いのことを見ているのだから。

 

 誤魔化し半分に、最後の用事を済ませる。どのタイミングが最適か、なんて何度も隙は窺っていたが、もう時間切れだ。日が落ち切って辺りが暗くなるまでにそうはかからないだろうしな。

 

「そんじゃ……お前と俺のためにあるような神社で、サプラーイズ……」

 

 誰が聞いてもサプライズのテンションじゃないことは承知だが、こんな経験は無いので仕方あるまいと開き直り、手のひらサイズの包みを差し出した。

 

「遅くなったけど……誕生日、おめでとさん」

「────」

 

 俺が差し出したそれを、アイは数秒じっと見つめて。ハッと我に返ると、わたわた慌て出した。

 

「え、これ、わたしの? 貰っていいの……?」

「だから誕生日プレゼントだっての。ちょっと前だったろ、都合が合わなくて今日になっちまったけど……迷惑じゃないなら、貰ってやってくれ」

 

「迷惑なわけ無いもん!!!!」

「うるっ……せぇなぁ……!」

 

 突然の叫び声に耳がキンとし、思わず仰け反って文句を言うと、やはりアイはあわあわと落ち着かない。

 

「ごっ、ごめんね?」

「いや、良いんだけどね?」

 

 どうやら迷惑ではないらしいが、誕生日プレゼントはさながら青天の霹靂だったらしく。物の受け取り方も忘れました、と言った様相だったので、仕方なくアイの胸に包みを押し付けた。

 

「わぁっ……あけ、開けて良い?」

「どうぞ……」

 

 恐る恐る包装を解いていくアイを横目に、しばし思い耽る。あれだね、目の前で自分があげた贈り物開封されるのって、独特の緊張感あるね? オラ、胃がキリキリすっぞ! ナニコレって氷点下の声で言われたらどうしよう? いらねぇよ! って叩きつけられることは無いだろうが……。

 

「これって……」

 

「一応いろいろ調べたり身近な人間に聞いたりしたんだけどな。食いもんは持ち歩くにはアレだし、アクセサリにしようとか考えたけど好みと外れると気まずいと思ってな。ほら、部屋新しくなってから鍵落としたって話が何回かあっただろ、だからそれがあればそう言うトラブルも減んのかなって……まぁ、あれだ、キーケース」

 

 中身を取り出したアイが放心したようにその正体を確かめようとしたため、自己防衛機構が作動した俺の口は素早くどういう経緯でそれを贈ろうと思ったのか語りだす。

 

「…………」

「…………」

 

 腕を組んでどことも知れない場所に視線をやる俺。解説の仕事を終えて口を閉じると、アイも同じく黙りこくっていた。……いや、なんか言ってくれない? さすがに居た堪れませんことよ? でも酷評されても逃げ出したくなるだろうから黙っていて欲しい気持ちもある。男の子ってフクザツね。

 

 意を決して、ちらりと。窺うようにして、視界の端にアイを捉えた。

 

「────」

 

 そこには、へにゃりと。気の抜けた、それでいて目尻を光らせながら嬉しそうに笑む、女の子が居た。居てくれた。両手に持ったそれを愛おしそうに見つめる、愛おしい彼女が佇んでいた。

 

 ほぅ、と。悟られぬように、細く短く、安堵の息を吐いた。

 

「喜んでもらえたなら、何よりだ」

「うん……うんっ! ありがとう……一生大事にする……! いっしょう!!」

 

「いやボロくなったら買い換えようね……その時は、まぁ。今度はそっちが選んでくれ」

 

 あれ、これって暗にお揃いにしようって意味になる? どうなの? 考えすぎか? なーんも分からん。

 

 でも、そう受け取られても良いかと、そう思った。別に嫌じゃないし、むしろ嬉しいまであるし。

 

「その時はおそろいにしようね!!」

 

 ──あぁ、嬉しそうに笑いやがる。それを見て嬉しいと、この心が思いやがる。

 

「はちまん──だいすきっ!!」

 

 両手を広げて抱き着いてきたアイに。今度は俺も、軽くながら腕を広げた。次に俺が、彼女に何を(のたま)ったか。それこそ、恥ずかしくて思い出したくもないもんだ。

 

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