推しガイル   作:TrueLight

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僕はおそらく巻き戻った

 目覚めれば、天国にいた。

 

「いいこでちゅね愛久愛海(あくあまりん)~っ」

 

 だって、そうとしか思えないじゃないか。あの日、確かに僕たちに失望し、自ら命を絶ったはずの母さんが──僕を抱き上げ、また笑いかけてくれるだなんて。

 

「はんぎゃーっ! はんぎゃーーっ!!」

「はぁい、なんでちゅかー」

 

 そして、当然のように。幼くとも間違いなく、姉さんもそこに居てくれるのだ。

 

 このあと地獄に送られるのだからと、情けとばかりに天が与えた幻だったとしても。

 

「んぎゃぁあああ~っ」

「よちよち、ママが居まちゅからね~?」

 

 鳴き声を上げる姉さんが、それを優しくあやす母さんが居る光景は、僕にとって紛れもなく天国そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どういう訳か、いつまで経っても地獄に落とされることは無く。一秒でも長く母を、姉を、そして僕たちに良くしてくれたさとう──斎藤さん夫婦を、目に焼き付けようとしていた僕は、何事もなく幾日かを過ごすことになり。

 

 そしてついに、もしかするとこれは現実なのではないかと。逆行転生とでも称すべき出来事がこの身に起きたのではないかと、そう考え始めたある日の深夜、それを目にすることになった。

 

「はぁ死ねよ!? ママの才能と美を理解しない類人猿が……!」

 

 とんでもない剣幕でスマホを操作する、およそ幼児とは呼べない有り様の姉さんが、そこには居たのだ。

 

「ね、姉さん……?」

「え……」

 

 僕がおそるおそる呼びかけると、姉さんは顔を上げてこちらを見た。母さんをそのまま赤ん坊にしたような面持ちの姉さんからは、幼気ながらも確かに知性の色が感じられた。

 

「もしかして、姉さんも……」

 

 ある種の期待を抱きつつそこまで言いかけた僕を、しかし姉さんは裏切る形で遮る。

 

「赤ん坊がしゃべった! キモーーッ」

「────」

 

 僕はこの時、正しく頭の中が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃっこう? 確かにその、前世? の記憶はあるけど……私は巻き戻ったーみたいな感じじゃないよ」

 

 無言で向き合うこと数分。言葉を選びながら、どうにか頭の中を整理しながら。僕が己の身に起こったことをたどたどしく説明し始めるも、しかし姉さんはまるで共感できないようだった。

 

 僕が幼い日の僕に戻ったように、姉さんの中に誰か他人の魂が入り込んだ? そんな風にも思ったが、すぐに自分で否定する。これは、目の前の赤ん坊は間違いなく姉さんだ……今思い出せば、姉さんは昔からこんな感じだった。

 

 そう、逆行する前。僕が一度歩んだ人生のその序盤。正しく赤子だった頃からきっと──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと、この瞬間確信するに至った。

 

「……信じられないだろうし、僕自身混乱してるけど……多分だけど、この世界は巻き戻ってるんだ。姉さんに、どう説明すれば良いのか分からない……でも間違いなく、僕は将来起こる出来事を覚えてる」

 

 なんとか信じてもらえないかと懇願するように言葉を絞り出すけれど、姉さんは胡乱気な目を向けるだけだった。

 

「急にそんなこと言われても……それより、姉さんって呼ぶのやめてくれない? こっちは降ってわいた第2の生で、理想のママにオギャバブしてる絶頂期なの。上の子とか言う我慢を強いられる地位とか望んでないんですけど」

 

「は──はは……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。あまりに楽観的過ぎると言うか、刹那主義と言おうか。いや、この辺は僕たちに流れる血を感じさせなくも無いけれど……けれど、僕の説明が下手だったのが、姉さんがいまいち危機感を抱けない原因だろう。僕が知る未来が、どんなに悲劇的なのかを知らないんだから。

 

 でも──僕は、姉さんの言葉に安堵した。涙まで零し始めてしまった。身勝手なところだとか、後先考えないところが確かにあって。それでも、僕なんかと比べることも烏滸がましいような、確固たる己が姉にはあった。……在りし日の姉さんが、間違いなく目の前に居るのだ。

 

「うん……分かったよ、ルビー。今はまだ、信じられないだろうから。だから、いつか信じてもらえるように、僕もこれからの毎日で言葉を尽くすよ」

 

 あまりに都合の良い現実を、されどままならない半身を、僕は受け入れて涙を拭った。今はこのままで良いのだと断じて。姉さんの信頼をいつか勝ち取れますようにと、いずれ訪れる悲劇を避けられますようにと、そう願って言葉を続けた。

 

「今はあの人──父さんが、母さんが。姉……ルビーが、確かに()()()()()()。それだけで僕は……」

 

「ちょっと待って?」

「え」

 

 ずい、と。頬の雫を袖で拭っていた僕の腕を掴み、姉さんは額から汗を滲ませながら僕に迫った。

 

「え、なに? その口ぶり。 まるで、私とママが早死にするみたいじゃん」

「え、いや……うん」

 

 信じなさそうだったから言わなかったけど、その通りです。そんな意図で頷くと、ルビーは慄いたように体を反らす。

 

「そ──その話、もうちょっと詳しく……!」

 

 どうやら、今度こそ真面目に話を聞いてくれるようだった。

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