僕とルビーが転生して一年半が経った。つまり、意識や記憶が明瞭になってからはおおよそ一年が経過したことになる。この間、僕はルビーに協力を仰いで父さんとの関係を良好にしようと努力してきた。
父さんはそもそも僕たちを大切にしてくれているため、焦点はいかにルビーの心を父さんに開かせるか、ってところになる。僕が話した一家の行く末を回避すべく、自分はもちろん母さんを死なせないためにとルビーは協力的な態度を見せてはくれていたが、簡単にはいかないだろうと考えていた。
だってルビーは、前世でそれはもう父さんを、アイドルのアイを汚した男を毛嫌いしていたし、それは僕にも伝播して、やがては僕らを破滅させた。ルビーだけに理由や責任があるなんて欠片も思ってはいないけれど、少なくとも母さんが命を絶ってしまったことには少なくない影響を与えていたはずだ。
どれくらい猶予があるのか。僕が記憶している決定的な事件のいくつか、それが今世でも起こるとして、どれがどれだけ早く訪れるのか。いつだって不安と焦りがあった。
ルビーが父さんに心を許す。最初の一歩は果てしなく遠い道のりに思えていたんだ。
「パパァ! パパァ!! よしよししてぇ!」
「おっ。いいぞ~、よしよし……ルビーの髪はさらさらだなぁ」
「は~~極楽浄土~~♡」
「ルビーは難しい言葉知ってるな……さすがは俺とアイの娘──天才か?」
果てしなく遠い道のりに思えていたのに……何だろう、これ。凄く都合が良い展開なのに、何故か納得がいかない。
そう、行動を開始して一年……ルビーは、すっかりファザコンになっており。父さんは子煩悩の親バカになっていた。いや父さんに関してはそこまで不思議ではないけれど、ルビーはどうしたんだ? 推しを汚した男を蛇蝎のごとく毛嫌いしていた姉はどこに行ったんだ……いや、父さんを嫌っていて欲しい訳じゃないんだけど。
転生したこと自体もそうだけど、あまりに都合よく物事が進み過ぎていて、何か致命的な見落としがあるんじゃないかと不安に駆られてしまっているんだ、僕は。
「ルビーはすっかりパパっこになっちゃったねぇ。アクアもパパと遊ぶ?」
「……ううん、おかあさんといる」
「そ? パパとはあんまり会えないから、ガマンしないでね?」
「うん」
前世ではルビー同様にママと呼んでいたけれど、一度は成人した記憶がある以上それは難しかった。ので、僕は両親をお父さんお母さんと呼んでいた。本当は父さん母さんと呼びたいけど、可能な限り幼気は装っておきたい。両親がいかに子煩悩で小さなことは気にしていないとしても、二人に不信感を与えないよう動くべきだろう。
……正直、僕とルビーに対して、両親がどこまで違和感を持たず居てくれるかについては、期待しない方が良いと思ってるけど。いずれは僕とルビーの特異性に気づくはずであり、やはりそれまでに可能な限りの準備をしておくべきだ。
「ねぇパパ~。パパはルビーとママ、どっちがいちばん好き~?」
「そりゃあ……ルビーが一番好きだぞー?」
「あっ! ちょっと
「いやお前、そこは譲っとけよ……」
なんてことを考えていたら、我が家は修羅場に突入していた。ルビーを抱いて座っていた父さんの元へ、母さんが僕を抱きながら突撃し、ソファの隣に座ってぎゅうぎゅう押し始めたのだ。
「ルビ~?
父さんの肩に頭を押し付けつつ、母さんはルビーに向かって唇を尖らせた。そこに嫉妬心だとかルビーに対するネガティブな感情はもちろん見えないけれど、それでも言葉自体は真に迫っているように思えた。
「大人げねぇ……」
「はわ~♡」
父さんは母さんが娘に張り合う様を見てドン引きしていたが、その胸元で元凶のルビーはと言えば……父さんと母さんの顔を交互に見て顔面を弛緩させていた。ゆるゆるだ、まるで「推しと推しがコラボしてる~♡」なんて考えてそうな表情である。
「はぁ……」
思わず気が抜けて息が漏れた。きっと危機感を持つべきで、焦るべきだと思っているけれど。僕は自分が進んでいる方向が正しいのか、よく分からなくなっていた。
「……それで、情報を共有しときたいんだけど」
それからまた数日後の夜。母さんがすやすや眠る部屋とは壁を隔てて、例によって話し合いの場を設けていた。
「なぁに~?」
一度は母さんと一緒に布団に入ったからか、寝ぼけ眼のルビーは、覚束ない手元ながらも髪を結おうとしている。……先日部屋に来た父さんがくれた髪飾りを。それまではいちいち夜中に髪を弄ったりしなかったと言うのに。
「ルビーに父さんを懐柔して欲しいって頼んでからもう一年くらいになると思うんだけど。その……ルビーは今、父さんのことどう思ってる?」
「むっ!」
その瞬間、ルビーは「ハッ!?」みたいな顔をした。もっと具体的に脳内を想像すれば、「そういえばそうだった!?」って感じの表情だ。
「まっ、まぁ? ママのこともわたしたちのことも大好きみたいだし? 父親としては及第点なんじゃない? 勉強も頑張ってるし将来ユーボーってゆうか? アイドルと結婚するならこれくらいはトーゼンだよね~みたいな?」
……………………う。
うぜぇ~~~~!!
いやもう父さんのこと大好きじゃん。いま僕に言われるまで父さんに擦り寄ろうって計画自体忘れてたじゃん。思い出したから思いつく限りの言葉で「アイを汚した男が嫌いな私」を取り繕ってるじゃん。
あれ、僕の姉さんってこんなに面倒くさかったっけ……前世と同一人物なのは間違いないと思うんだけど。前の時は姉としてしっかりしようって心掛けてたとかそんな感じか? にしたってすごい。なんか、色々とすごい。
「…………あのさ、ルビー。僕たち一家の今後に関わるレベルの話だから、正直に答えて欲しいんだけど……もう父さんのことは嫌ってないってことで良い?」
「…………」
唇を引き結び、気まずげに目を逸らして。眉間からたらりと汗をひとつ流して、ようやく姉さんは口を開いた。
「しょうがないじゃん!!」
うるさい。少なくとも夜中に出す声量じゃない。隣で寝てるのが母さんじゃなかったら飛び起きて様子を見に来てるところだ。
「パパってばほんっっっっとにわたしたちのこと大好きなんだもん! 愛してくれてるんだもん!! 家族のためにってバイトも勉強も頑張ってるんだもん!! 嫌えるわけないじゃん!? どうしろっての!!??」
「いや良いから。それで合ってるから。むしろそうなって欲しいと思ってたから。想像よりだいぶ早くそうなってくれたけど、自覚してないなって思ってただけだから」
「わたしがチョロいって言いたいワケ!?」
め、めんどくせぇ~~! チョロいんじゃないの? 普通に。いや父さんが人たらしなだけの可能性はあるか。だって前世では、僕が悪感情を持ったまま父さんは亡くなったと言うのに、死後それを反転させてしまうような人なんだから。普通は嫌いな人間が死んだら喜ぶか、百歩譲って道徳心に従って悲しんで、でもそれで終わりだ。いちいち人物評を好転させようなんて考えすらしない。
しかし、僕は家族の仇討ちを計画する中で触れた情報だけで、父さんを大好きになったのだ。直接可愛がられた姉さんが憎悪を愛情に変換したところで不思議は無い。……やはり、ちょっとチョロいとは思うけれど。
「……そんなこと思ってないよ。ただ、父さんのこと好きって認めてもらった方が話を進めやすいから確認しただけ。ルビーがチョロいんじゃない、父さんが凄いんだ」
「そっ、そうだよねぇ~!? パパのこと嫌いな人間ってフツーに目ぇ腐ってるでしょ!」
僕がフォローするや否や、ルビーは腕を組んでブンブン頷いた。……もう、ルビーの変わり身には触れるまい。結果オーライなのだ、僕の望んだ通りに話は進んでいるのだ。睡魔の限界が来る前に、とっとと話を進めてしまおう……。
「それで本題なんだけど……次の母さんの仕事に付いていきたいから、一緒に駄々こねて欲しい。会いたい人が居るんだ」