推しガイル   作:TrueLight

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僕の恩人

 五反田(ごたんだ)泰志(たいし)。映画監督であるところの彼は、前世で僕が非常にお世話になった人物だ。無論、それは僕の目的達成に繋がり得る人物だからと言うのが大きな理由だったけれど。仮にそうでなかったとしても、きっと。苺プロの関係者を除けば、僕にとって唯一と表現して差し支えないくらいの恩人と言えるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()。母さんは五反田監督のもとで、初めてドラマに出演した。その後も現場を同じくすることがあり、母さんにとっても、監督はある程度信頼のおける人物だったようだ。目的のために情報収集をする中でそのことを知った僕は、当時彼に接触を試みたのだ。

 

 昔、ちょっと一緒に仕事をし、そして亡くなったアイドル。その息子が自身を訪ねてきた際は面食らった様子だったけど、監督は僕を邪険にせず、色々と相談にのってくれた。動画編集の仕事をくれたりだとか──生前の両親と関りがあった人を、教えてくれたりだとか。

 

「それで本題なんだけど……次の母さんの仕事に付いていきたいから、一緒に駄々こねて欲しい。会いたい人が居るんだ」

 

 ルビーに頼んだのは、つまりそういうことだ。今世においても、五反田監督と接点を持ちたい。それも、出来るだけ早くに。彼と面識を持つことは、今世における僕の目的にとっても間違いなく強力な武器になる。そう確信しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い? みんな。どうしてもって言うから連れていくけど。現場でアイの事、ママなんて絶対に呼んじゃダメよ? 現場では私の子供って言う設定、忘れないでね?」

 

 そして有難いことに、思ったより簡単にそれは叶った。ミヤコさんが運転する車に揺られて向かうのは、五反田監督が手がけるドラマの撮影現場だ。母さんは演者として、ミヤコさんはマネージャーとして。僕たち双子は、ミヤコさんの子供としてお邪魔することになっている。普段から聞き分けの言い子供の珍しいワガママを、大人たちが協力して実現してくれたかたちだ。

 

 ……まぁ、ルビーから父さんへ。父さんからミヤコさんと壱護さんへと話が行ったようだけど、予想より遥かに父さんの言葉が強かったように思う。ミヤコさんは父さんのことを気に入っているみたいだったし、壱護さんも同様ではあるものの、もし僕たちが粗相をしたとしても、父さんへの貸しに出来ると楽観視しているらしかった。あくまで、僕たちの目の前で話し合っている姿を見た感想でしかないけど。

 

 とにかく、だ。僕たちが撮影現場に入れるのは、大人たちの尽力は当然として、父さんへの信頼を担保にしていると言っても過言じゃない。言動は必要最低限に。最小のリスクで最大の効果が得られるよう立ち回る必要がある。

 

 と、小難しくは考えるものの、やるべきことはたった一つ。それ以外の場面では、大人しくしておけばいい。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、かん──五反田、監督」

「ん……? マネージャーのガキじゃねぇか」

 

 すぐに、チャンスはやってきた。学園ドラマの撮影現場。彼が廊下で一人になるところを見計らって、僕は背中から声をかけた。

 

 ──ちょっとだけ、若く見えるな。

 

 現場入りの挨拶をする時にも顔を合わせたけど、きちんと向かい合うと、僕の記憶にある監督よりも顔つきが鋭いように思えた。でも、極端に若くもないし、雰囲気は僕の知る彼のままだった。それもそうか、この時点でも30近かった筈だし……なんて、一人で監督の人物像を捉えようとしていると。

 

「居るのは構わねぇが、泣き出して収録止めたら締め出すからな」

 

 僕の前で屈み、監督は表情を険しくしてそう言った。1歳の子供に大人げない……と言う思いと、この人らしいな、と言う懐古で、なんだか胸が締め付けられるような気持になる。

 

 いけない、と首を振って。改めて僕は、胸を張って監督と目を合わせた。

 

『俺にだって目指してるモンくらいある──100年後も評価される作品を作れたら、ってな……まっ、夢物語だけどな』

 

 いつか、酒を飲みながらこぼしていた、彼の夢。芸能界に夢を見るのはやめといたほうがいい、なんて大人ぶって子供を諭しながら。それでも監督が、胸に抱いて捨てられなかった、目指すべき場所。

 

 ──この時にはすでに、監督の心にはその火が灯っていると、そう信じてここに来た。

 

 前世では力になってくれた監督。五反田(ごたんだ)泰志(たいし)。何も僕は、ただ大人にくっついて。ただ彼と顔を合わせるためだけにここに来た訳じゃない。

 

 彼の持つ人脈を、前世のように利用したって何の意味も無い。事が起こってからじゃ遅いのだ。僕のすべきことは──両親を。姉さん(ルビー)を。家族を、守ることなんだから。

 

「おい、聞いてんのか? ……はぁ、これくらいのガキは何考えてるか分かったもんじゃねぇな……」

 

 呼び止めたのに無言を貫く僕に業を煮やしたか、がしがしと頭を掻いて立ち上がる監督。踵を返そうとした彼に、僕は──。

 

 

「──欲しくないですか? 監督」

「……はぁ。何をだ? 坊主。アメちゃんか?」

 

 営業をかけた。人の好い監督は、子供の戯れ言と無視することはせず、ため息を吐きながらももう一度、屈んで僕と目を合わせてくれた。

 

「子役です。僕……()()()()()()()()()()。だから今日、ここに──五反田(ごたんだ)泰志(たいし)監督に、会いに来たんです。あなたの作品に、憧れたから」

 

「はぁ……? チッ、おい誰にそんなこと吹き込まれた? 自慢じゃないが、俺は取り入ったって何の意味も無い貧乏監督だぞ。世に出た作品もあるにはあるが、お前みたいなガキが──」

 

 うんざりしたように僕を睨みつける監督。それに対し、出来る限りの親愛を、僕は表情に浮かべた。そして──ひとつの、映画のタイトルを口にして。さらに、こう続けるのだ。いつか語って聞かせてくれた、彼自身の願いを。その欠片を。

 

「インタビューも拝見しました。毎回仰ってますよね? ──低予算でも、面白い映画が撮れると証明したい、って」

 

「──!? お前ッ……」

 

 ようやく、監督は()()()()()()()()()()()。目の前の赤子ではなく、僕個人と視線を重ねてくれた。それを確信した僕は、見開いた彼の(まなこ)に、己がどう映っているかを意識して、静かながらも楔を打つように告げたのだ。

 

「僕を子役として育ててみませんか? 貴方が表現したいモノに、都合よく使える、安上がりな役者として。僕は──監督の撮る映画に、出演したいんです」

 

 ごくり、と。監督が唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。

 

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