昔、ちょっと一緒に仕事をし、そして亡くなったアイドル。その息子が自身を訪ねてきた際は面食らった様子だったけど、監督は僕を邪険にせず、色々と相談にのってくれた。動画編集の仕事をくれたりだとか──生前の両親と関りがあった人を、教えてくれたりだとか。
「それで本題なんだけど……次の母さんの仕事に付いていきたいから、一緒に駄々こねて欲しい。会いたい人が居るんだ」
ルビーに頼んだのは、つまりそういうことだ。今世においても、五反田監督と接点を持ちたい。それも、出来るだけ早くに。彼と面識を持つことは、今世における僕の目的にとっても間違いなく強力な武器になる。そう確信しているから。
「良い? みんな。どうしてもって言うから連れていくけど。現場でアイの事、ママなんて絶対に呼んじゃダメよ? 現場では私の子供って言う設定、忘れないでね?」
そして有難いことに、思ったより簡単にそれは叶った。ミヤコさんが運転する車に揺られて向かうのは、五反田監督が手がけるドラマの撮影現場だ。母さんは演者として、ミヤコさんはマネージャーとして。僕たち双子は、ミヤコさんの子供としてお邪魔することになっている。普段から聞き分けの言い子供の珍しいワガママを、大人たちが協力して実現してくれたかたちだ。
……まぁ、ルビーから父さんへ。父さんからミヤコさんと壱護さんへと話が行ったようだけど、予想より遥かに父さんの言葉が強かったように思う。ミヤコさんは父さんのことを気に入っているみたいだったし、壱護さんも同様ではあるものの、もし僕たちが粗相をしたとしても、父さんへの貸しに出来ると楽観視しているらしかった。あくまで、僕たちの目の前で話し合っている姿を見た感想でしかないけど。
とにかく、だ。僕たちが撮影現場に入れるのは、大人たちの尽力は当然として、父さんへの信頼を担保にしていると言っても過言じゃない。言動は必要最低限に。最小のリスクで最大の効果が得られるよう立ち回る必要がある。
と、小難しくは考えるものの、やるべきことはたった一つ。それ以外の場面では、大人しくしておけばいい。それだけだ。
「あの、かん──五反田、監督」
「ん……? マネージャーのガキじゃねぇか」
すぐに、チャンスはやってきた。学園ドラマの撮影現場。彼が廊下で一人になるところを見計らって、僕は背中から声をかけた。
──ちょっとだけ、若く見えるな。
現場入りの挨拶をする時にも顔を合わせたけど、きちんと向かい合うと、僕の記憶にある監督よりも顔つきが鋭いように思えた。でも、極端に若くもないし、雰囲気は僕の知る彼のままだった。それもそうか、この時点でも30近かった筈だし……なんて、一人で監督の人物像を捉えようとしていると。
「居るのは構わねぇが、泣き出して収録止めたら締め出すからな」
僕の前で屈み、監督は表情を険しくしてそう言った。1歳の子供に大人げない……と言う思いと、この人らしいな、と言う懐古で、なんだか胸が締め付けられるような気持になる。
いけない、と首を振って。改めて僕は、胸を張って監督と目を合わせた。
『俺にだって目指してるモンくらいある──100年後も評価される作品を作れたら、ってな……まっ、夢物語だけどな』
いつか、酒を飲みながらこぼしていた、彼の夢。芸能界に夢を見るのはやめといたほうがいい、なんて大人ぶって子供を諭しながら。それでも監督が、胸に抱いて捨てられなかった、目指すべき場所。
──この時にはすでに、監督の心にはその火が灯っていると、そう信じてここに来た。
前世では力になってくれた監督。
彼の持つ人脈を、前世のように利用したって何の意味も無い。事が起こってからじゃ遅いのだ。僕のすべきことは──両親を。
「おい、聞いてんのか? ……はぁ、これくらいのガキは何考えてるか分かったもんじゃねぇな……」
呼び止めたのに無言を貫く僕に業を煮やしたか、がしがしと頭を掻いて立ち上がる監督。踵を返そうとした彼に、僕は──。
「──欲しくないですか? 監督」
「……はぁ。何をだ? 坊主。アメちゃんか?」
営業をかけた。人の好い監督は、子供の戯れ言と無視することはせず、ため息を吐きながらももう一度、屈んで僕と目を合わせてくれた。
「子役です。僕……
「はぁ……? チッ、おい誰にそんなこと吹き込まれた? 自慢じゃないが、俺は取り入ったって何の意味も無い貧乏監督だぞ。世に出た作品もあるにはあるが、お前みたいなガキが──」
うんざりしたように僕を睨みつける監督。それに対し、出来る限りの親愛を、僕は表情に浮かべた。そして──ひとつの、映画のタイトルを口にして。さらに、こう続けるのだ。いつか語って聞かせてくれた、彼自身の願いを。その欠片を。
「インタビューも拝見しました。毎回仰ってますよね? ──低予算でも、面白い映画が撮れると証明したい、って」
「──!? お前ッ……」
ようやく、監督は
「僕を子役として育ててみませんか? 貴方が表現したいモノに、都合よく使える、安上がりな役者として。僕は──監督の撮る映画に、出演したいんです」
ごくり、と。監督が唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。