今回僕が出演させてもらう作品は、容姿に自信のない女性が、山奥にある怪しい病院で整形を受けると言うあらすじの映画だ。僕と有馬──かなさんは、病院がある村の入り口で出会う気味の悪い子供たちを演じる。
「ようこそおきゃくさん。かんげいします……どうぞ、ゆっくりしていってください……」
僕の隣で台詞を口にしたかなさんは、流石に堂に入っている。撮影前にあれやこれやと教えてくれたことも、この演技を直接目にすれば説得力が増すというものだ。それが例え、2歳児の言うことであっても。間違いなく、子役として有馬かなは先輩と呼ぶにふさわしい実力を持っていた。
さて、役者になったばかりで初めての仕事とは言え、僕にも演じることについて多少の自負はある。前世で関わりたくも無かった芸能関係者と結んだ交友関係は平気で3桁人数を超える。……それしか執念を傾けるものも無ければ、失うものも無かったからこその行動力ではあったから、自慢話にはならないけど。
あの頃の感覚で振舞うのは造作も無いことだ。しかも、役回りは気味の悪い子供。相手に気に入られる必要があるどころか、客観的に見て不気味に映れば正解なのだから容易いことこの上ない。
「──」
かなさんの台詞が終わると、僕は顔を上げて主人公のリサ役の女性に顔を向けた──目を、合わせた。
──この人は、僕が探している人間に繋がっている。
「…………!」
己の執着心を。前世で、
「この村に、民宿は一つしかありません。一度チェックインしてから、村を散策すると良いでしょう──」
──さぁ、教えてくれ。僕の家族を奪った……人でなしどものコトを。
「長旅でお疲れでしょう、宿には温泉もありますから」
「……そ、そうなんだ。じゃあそうさせてもらおうかな。ありがとう……」
「では……ご案内します」
釣れた、と言う笑みを噛み殺し。僕はゆっくりと右手を差し出した。さぁ連れていきましょう、と。そして──僕を、そこに連れていけ、と。内心で呟きながら。
「…………っ」
「カット! OKだ!」
そこで、監督の声が響いた。思わず肩を跳ねさせて、振る舞いを取り繕おうとして──すぐに、そんな必要は無いのだと思い出した。思ったより、演技に入り込んでしまったみたいだ。……演技に、と言うよりは、いつかの自分に、と言う方が正確かも知れないけれど。
「す、凄いねー。お姉さんゾクッてきちゃった……」
リサ……主人公役の女性が、僕の前で屈んだ。その様子を見るに、僕の演技は及第点だったのだと自信を持って良さそうだ。ただ、僕本人まで気持ちが悪いと思われるとよろしくないので、愛想よく笑って見せた。
「ありがとうございます! はじめての演技で緊張してたんですが、そう言って貰えると自信になります!」
共演者からの評価を無邪気に喜ぶさまを
「問題大ありよ!」
そんな時、背後で大きな声が上がった。振り返ると、困ったように立ち尽くす監督と、その足に縋りつく小さな影が見えた。
「ひっ……うぅ……っ」
肩を震わせて、小さくしゃくり上げる音。疑問を抱く前に、その理由は本人が語ってくれた。
「今のかな……! アクアより全然ダメだった……! やだ! もっかい!! お願いだから!! 次はもっと上手にやるから!! もっかい!」
「かなちゃん……!」
「ねぇ!!」
……まぁ、そういうことらしかった。スタッフの女性が監督からかなさんを引き剝がすも、されている本人は必死に訴え続けていた。もう一度チャンスをくれと。
ポッと出の新人子役よりも、上手に演技をしてみせるから、と。
「…………」
少しだけ後悔しかけて、やめた。自分の都合だけ考えて他人と関わったのなんて、今に始まったことじゃない。その相手が赤ん坊同然の子供で、しかも泣かせてしまったこと自体は悪いことをしたと思うけれど。それで反省して、今後の行動に活かそうなんて反吐が出るような偽善だ。
僕は子供を泣かせるようなクズのまま、守りたいものを守れればそれでいい。徹頭徹尾、僕は自己中心的な人間だと言う再確認が済んだだけの一幕に過ぎないのだ。
それからの撮影は、問題を抱えたまま、それでも当たり前のように進行し、無事に終わった。歴戦のスタッフ陣からすれば、演者の一人が爆発したところで、累の及ばない仕事から進めれば良いだけの話でしかなかったようだ。
「早熟。役者に一番大事な要素は何だと思う?」
泣いているかなさんを眺めながら、監督の傍でミヤコさんの迎えを待っていると、そんなことを聞かれた。
役者に一番大事な要素ねぇ……子役になったばかりの僕に聞くんだから、必ずしも役者だけに当て嵌まる話でもなさそうだけど。僕が芸能界に潜り込んだ時の経験と、今の
「協調性とか?」
「……はぁ、50点。正解はコミュ力だ」
「……何か違うの? それ」
「回答は良いが態度が悪い。役者って単語出してるんだからそこに関連するワードを先に出すんだよ。正解じゃないって分かっててもな」
「……今の場合、分からないのが当たり前で。監督が当たる訳無いって思いながら出した問いかけだから、仮に分かっても答えちゃいけないって? 理不尽過ぎるだろ」
「誰でも出すような答えの中に並べてたら100点だな。役者に必要な要素は何か? うーん、才能、実力、あと協調性? ってな感じだ」
「……なんか、答えられたのが悔しいからって無茶苦茶言ってない?」
「よく気づいたな、褒めてやる。知識や経験則をひけらかそうとしたのに、簡単に答えられて不機嫌になる、なんてヤツは腐るほどいる。ちなみにだが、今俺はちょっとムカついた」
「自分の話かよ……」
げんなりして背中を丸めると、監督はしてやったりとばかりにくつくつ笑いながら僕の背中を叩いた。
「他の役者やスタッフに嫌われたら、仕事なんてすぐなくなる。小さいウチから天狗になって大御所気取りしてたら未来はねぇ」
『ほれ、あの中に共演者が居るから挨拶してこい。お前の先輩の大物役者サマが控えてるから、ちったぁ参考になるだろ』
「……道理で。かなさんは子役として僕の参考になるだろうって考えで会わせたのかと思ってたけど。それだけじゃなくて、かなさんにも僕の振る舞いを見てもらおうって考えてたのか」
「そんなところだ、スタッフ連中はお前のことが気に入ったみたいだったしな。結局のところ、この業界で生き延びようと思ったら、良くも悪くも刺激的な出会いが必要だ。有馬かなにしても、星野アクアにしてもな。随分仲良さそうにしてたが、先輩に演技の指導してもらったんだろ? ──お前の演技、想像以上だったぜ」
……せっかくのお褒めの言葉だったが、あんまり喜べることでも無かった。仇とは言え、人を殺すために培った経験から生まれた演技だから。──もし、直前にかなさんから教えてもらったアレコレを演技に活かせていたのなら、多少は喜んでも良いのかも知れないけれど。
「それじゃあ、これからも使って貰えると思っても良いの?」
ばつの悪さから話題を変えようと懸案事項を口にすれば、監督は照れ隠しととったか愉快そうに笑った。
「協調性、コミュ力は言うことナシ。トシを考えれば才能も実力も十分。やる気もあればとっくに演技の引き出しもあると来た。これで買わないなんて逆張り出来るほど馬鹿でもなけりゃ余裕もねぇわな……お前が望むなら、俺が最高の役者に仕立ててやるよ」
すっと、大きな手が差し出される。
──転生してから、この時が一番、己の小ささを実感した瞬間だった。少しだけ躊躇って、ずいぶんサイズに差がついてしまった手で、監督と握手を交わす。
「……別に、役者として大成したいって願望は無いよ。ただ──監督の人生最高の作品の、パーツの一つになれれば十分」
それが、前世で良くしてくれた監督に対して、逆行した僕がしてあげられる最大にして唯一の恩返しだ。……それが叶うかは、確約できないけれど。でも。
「じゃあ、お前には最高の役者になってもらわなくっちゃな?」
家族を守るために、今世でも監督を利用する中で。僕の余力が許す限り、監督の期待には応えたいと、そう望むのだ。