「今までで一番イヤそうな眼をしてるって? そうだろうな……ここまで関わりたくないと思った──いや、
深入りすれば破滅。話を聞く限り間違いなく爆弾に等しいアイドルに対し遠慮なく告げるも、そいつは頬を緩めながら言葉を紡ぐ。
「君はもう分かってくれたでしょ? わたしはアイドルとしてファンを愛したい。今は嘘だとしても、いつか本物になればそれでいいの。──だからわたしは、愛してるって歌ってる。そう思ってなくても、そうしたいって願ってるのは本当だから」
それがこいつの本質だろう。この女に対して俺がどう行動すべきかはすでに明白だ。しかし……吐いた唾は呑めない。飯の対価に話を聞いてやると俺から申し出た以上、アイが満足するまで付き合ってやるしかないのである。
「はぁ……。茶々入れて悪かったな、お前のことで知りたいことは大体知れた。あとは静かに聞いてやるから、他にも言いたいことがあれば吐き出しとけ」
「──君は優しいね。わたしがどんな人間か分かったのに、それでも話を聞いてくれる。寄り添ってくれる。だからわたしも、こんなに熱が入っちゃうのかも」
こちらが促してやれば、僅かに頬を染めてアイは瞳を怪しく光らせる。……そこから覗くのは、とっくに切って捨てた忌まわしい呪いだ。
「何度も言わせるなよ──俺に期待するな。優しいだの寄り添うだの……そうされてこなかったから勘違いしてるだけだろ。俺は俺の言葉を嘘にしないために義理を果たそうってだけだ」
「期待しちゃうよ。その甘さを知らないから、何度も夢見たから……そうかも知れない存在が現れたら。確かめずにはいられないんだ」
目を閉じて……どこか得意げに、アイは右手の人差し指を立てた。
「それに、君の自己評価は当てにならないからね。君がどんなに悪ぶっても、わたしが優しい人だって思ったことが一番大事なんだから。わたしと関わるべきじゃないって、君は頭でも本能的にも理解してる。なのにまだ、相談に乗ろうとしてくれてる……君は自分が、他人にどう見えてるのかもっと考えるべきだよ」
……すでに分かり切ってることだが、根本的に相容れない相手だと再確認した。
「お前に対する言動は、何もかも俺の保身からくるモンだ。俺のための、俺の意思こそが根っこにある。それを
「うーん……そのあたりはもうちょっと深くお話したいところだけど、あんまり時間に余裕も無いし。聞いてくれるって言うなら、最後にいま一番の悩みを聞いてもらおうかな」
ようやく、終わりが近づいていたらしい。おそらくその内容は、この突飛な食事会を開いた原因になるモノだろう。つまり、間違いなく俺自身に関わることではない。ライブで目に留まった人間を食事に誘おうなんて馬鹿な考えに至った理由だからな。俺と出会う以前から抱いている悩みであれば安心して聞くことが出来る。
その話を最後に、俺に迫るような真似はしなくなるだろうということだ。
「あぁ聞くだけ聞いてやる。参考になる意見なんて出せないだろうけどな」
でもまぁ、可能な限り有用な言葉を返してやりたいとは思った。美味い飯の礼になる程度には。なんせ無責任な位置から安全に口出しすればいいだけだしな。
さぁ、ぜひ聞かせてくれ。お前の一番の悩みとやらを──。
「仲の良い男の子……カミキ君って言うんだけどね。その子とキミと、どっちとセックスしようかなぁって」
「────はい?」
「…………はっ」
まずい、数秒記憶が飛んでいたらしい。さながらどこぞのスタンド能力のように……いやこの例えはやめておこう。思考が真っ白になった隙に結果が出ていたなんて考えたくもない。
……そうだった。こいつの話を聞いて、多少人となりを分かったつもりでいたが、そこに至るまでにあった奇行の理由が分かっていなかった。
どうして、初対面の俺に……性交渉の誘いなんてしてきたのか、だ。
「……まず、なんでお前がセッ……クスしようなんて考えてるか教えろ。まさかメンバー内で自分だけ経験が無いからだとか抜かさないよな」
「みんなが経験あるかは分からないけど……言ったでしょ? わたしがどうしてアイドルなのか──わたしは誰かを愛してみたいんだよ。男の人とセックスすれば、それが分かるかも知れないじゃない?」
──納得と同時に、ひどい寒気が俺を襲った。この女にとって、すべての行動はその一点に集約されている。ただ……愛を知りたい。そんな漠然とした、答えなんて出しようが無いモノのために、自分が持っている材料をすべて差し出そうとしている。
分かっていたつもりだったが……俺がこの女に対し、正しく評価を下せることは無いのだろうと思った。宇宙人を相手にする方がまだマシなのでは無いかとすら思える。
「──やめとけ。セッ、クスなんざこの先いくらでも出来るだろ。だがアイドルは違う。この先十数年が関の山で、しかもそんなスキャンダル抱えてればいつかは無理が祟る。中坊が愛を知りたいなんて綺麗事言ってもな、誰にも肯定なんてされない」
「自分は嫌だからカミキ君としろ、とは言わないんだね」
その言い回しにまたも含みを覚えたが、そんなことはどうでも良かった。
「お前がそのカミキとやらに、とっくに
「──決めた」
目の前に伸びた腕が。人差し指が向けられる。さっきも見た光景。だが──。
「──決めた」
そいつは繰り返した。今までに見たどの表情とも違う、捕食者のような眼光で。
俺に──死刑を突きつけた。