苺プロ所属の子役、星野アクアとして初めて出演した映画作品の評価は、どうやら監督の想像を超えるような大成功とはいかなかったようで、ほどほどの成果に終わった。僕が演じた部分も、当初既にあった台本に監督がねじ込む形で加筆したちょい役だったこともあって、さほど世間に知られた訳ではない。
けれど、監督としては僕と言う子役の将来を期待するには十分だったようだし、それは撮影班の方々にしても同様だったらしい。次に監督が脚本を書いたドラマでは、その役に向けた指導を最初から受けさせてもらったこともあり、星野アクアとしては高い注目を浴びることとなった。業界内でも、作品を視聴した一般の人たちからも。
世間で有名な子役の名前を問えば、まず有馬かな。次いで出てくるのは星野アクア、と言うくらいには有名になった訳だ。……まぁ、もちろん大人たちの色んな力が働いた結果ではあるけれど。
出演作品がたった2作品とは言え、そもそも所属事務所が苺プロだ。苺プロと言えば、今の世代を代表すると表現して過言ではない彼氏持ちアイドル、アイが所属している事務所である。メディアも機会があれば
たびたび母さんが僕との関係についてボロを出しかけるものだから関係者の肝は冷えっぱなしだったが、とにかくも僕の子役としての道は順風満帆そのものだった。
──残念ながら、情報収集の方は順調とは言い難かったけれど。
僕が動向を探りたい人間は主に三人存在する。うち二人については、苺プロ関係者へのカマかけからある程度は情報を得ていた。が……最も重要な人物については、有効な手掛かりを得られずにいたのだ。
前世では奴に繋がった人脈を辿ろうとしても上手くはいかなかった。そもそもが何年も先で歩むべき道筋だって言うことは当然としても──大人たちは、その人物については頑なに口を閉ざしたのである。
奴は、大人たちの弱みを握っている? あるいは、弱みそのものなのか……。僕の持っている情報と、不確定な未来の知識だけではターゲットの現在について曖昧な推測しか出来ず、悶々とした日々を送ることになった。
そして──母さんの20歳を迎えるパーティが、僕たちの家で開かれ。少数ながらも何人かの知り合いが立ち替わり訪れては、僕の不安を蹴とばすように騒々しく、明るい雰囲気で時間は進み。
──そして呆気なく、夜を迎えた。不審者がこの家を訪れることも。父さんが母さんのファンに刺されることもなく。ただの楽しい時間が、ほんの少しの寂寥感を残して思い出となったのだ。
「今日はずいぶんと元気が無かったな。やっぱり、どこか体調が悪かったのか?」
「父さん……」
初めてお酒を飲んで、父さんからのプレゼントに大はしゃぎして、母さんはリビングのソファで寝てしまった。寄り添うように、同じく騒ぎつかれたんだろうルビーも寝息を漏らしている。そちらに毛布を掛けてやってから、父さんは躊躇いがちに僕の肩を叩いた。
今日何度目かの心配に、僕は軽く首を振った。別に体調は悪くない。恐れていたことが起こらなかった分、むしろ調子は良いんじゃないだろうか。……ただ、漠然とした据わりの悪さだけがこの身を包んでいる。
──もう、良いんだろうか?
僕の記憶にあった、悲惨な出来事は起こらなかった。僕は、これをどう捉えるべきなのかを考えてこなかったのだ。ただただ、無事に過ぎ去ることだけを願って、そのために動いてきた。
実際に過ぎてみれば……もう、あの未来は訪れないのだと安心すべきなのか。あるいは──これから先ずっと、ただズレただけのXデーに備えるべきなのか。後者だとすれば、僕は……いつまでこの孤独に、耐えられるのだろう。そんな弱気が顔を出す。
だから、と言うことにして欲しい。ある種の確信を抱いていたとは言え、無計画にも父さんに対して、こんな言葉を吐いてしまったのは。
「……父さんは、僕たちのこと、どう思ってる?」
アバウトな質問に、父さんは一瞬だけ神妙な表情を浮かべたように見えた。が、直後には微笑んで、僕の頭をなでてくれたものだから、それは僕の思込みかも知れなかった。
「そりゃあもちろん、大好きだぞ。まぁこんな小さいうちから役者をやってるのは、誇らしいとかよりも心配が勝つけどな……自慢の子供だよ。アクアも、当然ルビーもな」
それを嘘とは思わない。真実、父さんは僕たち双子に紛れも無く愛情を注いでくれている──が、それだけではないことも、きっと間違いないのだ。
今まで言葉にせず、都合よく頭の中で処理してきた、僕たち親子の内心。一つの大きな難所を超えた今、そして父さんと二人きりのこの場所こそ、明らかにするには絶好の機会に違いなかった。……少なくとも、疲れ切った僕の脳みそでは、そうであったのだ。
「……天才児とか、ギフテッドとか。もっとファンタジーなキャラ付けするなら──転生、それか逆行とか。父さんが僕たちに付けるなら、どういうのが好みかな……」
僕の突拍子もない物言いに、父さんは何の気負いもなく失笑した。
「次の仕事の話か? 夢中になるのも良いけどな、こんな目出度い日くらいは忘れてて欲しかったな。
「──ッ」
のらりくらりと、父さんは核心から遠ざかろうとする。その気遣いが──あるいは、腫れ物に触るような慎重さが、この時ばかりは苛立った。
「父さんさ、なんで大学で
「アクア」
勢い任せに吐き出せば。いつの間にか、父さんは僕の両肩に手を置いて、真っ直ぐこちらを見ていた。
「お前とルビーのことを、そんな風に思ったことは無い。断言しても良い。……どうしてそう思った? 誰かに、そんなことを言われたのか?」
「………っ」
どこまでも、父さんは優しかった。どう見ても様子がおかしい僕に対して、言葉を急かすことも。落ち着くようにと過剰に声をかけることも無く、ただ穏やかに。僕と目を合わせようとしてくれていた。
だったら、と。僕も視線を重ねて、今度こそ、と。頭の中で言葉を整理して、突きつけたのだ。
「ただの、被害妄想だよ。でも、大事なことなんだ。大事なことだから──正直に、答えて欲しい。父さんが、僕のことをどう思ってるのか」
最初に投げかけた問いかけ。一度はお互いの逃げ道を用意してくれた父さんに、改めて突きつけたそれ。もしこれで、父さんが煙に巻くようなら──もうしばらく、僕は独りで戦う必要があるのだろう。そう覚悟を決めて。
「──まぁ、そうだな……。天才、ギフト、転生に逆行だったか? 考えなかったってのは嘘だな、妄想妄言レベルのことでも。ふとした時、自分の子が世間一般で言うところの"普通"じゃないってのは、どうしても考えちまうもんだ」
きっと僕は、父さんに見せたことが無いくらい切羽詰まった顔をしていると思う。それに反比例するように、父さんは「よっこらせ」なんて言いながら、何気ない所作で僕の隣に座った。肩に腕を回して、僕の頭を胸に抱えたのだ。
「それで? 実際どれなんだ。話してくれる気になったんだろ? 察しの悪いとーちゃんに聞かせてくれ」
察しの良すぎる父さんの声に、思わず泣きそうになって、どうにか堪えた。……大人気アイドルの母さんが父さんに惚れたのは、こんなところにだったのかな、なんて思いつつ。すぐに意識を本題に切り替えた。泣いてる余裕なんて、無いんだから。
「僕は──未来から、巻き戻った、って思ってる。だから、色々……子供なりに出来ることを、してきた……つもり。でも、もしかしたら、それは要らなかったのかも知れない……それで、ちょっと……疲れちゃったんだ」
意識を切り替えた、なんて言っても、口から出てくる言葉は
「あー……アクアからすると、将来的に何かしら避けるべき出来事があって、そのために準備してきたってことか。役者になりたいってのも、その関係か?」
それでも、どうしてだか父さんは汲み取ってくれる。たった今、僕の話を聞いて、それだけで脳内で組み立てたとは思えないほどの理解力。……言葉通り、暇さえあれば僕のことを。ルビーのことを。母さんのことを、家族の未来のことを考えているからこそ、すぐに呑み込めてしまえるのだろうと、肌で感じた。
だから、思っていたよりずっと簡単に、それは口を衝いた。
「……僕の知る未来だと、今日。父さんは──死ぬはずだったんだ」