推しガイル   作:TrueLight

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僕の父さん

「……僕の知る未来だと、今日。父さんは──死ぬはずだったんだ」

 

 想起する。思いつくままに口にする。二度と繰り返したくない、過ぎ去った悪夢を。

 

 生まれたときから、父さんのことが嫌いだったこと。

 

 前世ではB小町のドームライブが開催されるはずだった今日、母さんのファンに父さんが刺されて死んでしまったこと。

 

 母さんは父さんの死を悲しみつつも、家族のために必死で仕事をこなしていたこと。けれど──数年経って、後を追うように自ら命を絶ってしまったこと。

 

 それから十年以上の月日が流れて、ルビーもまた、アイドルを志したこと。対して、僕はただ流されるままに、学業に勤しんでいたこと。

 

 母さんから受け継いだ才能か、苺プロ関係者のサポートのおかげか。ルビーも事務所の看板アイドルと言って過言ではない知名度を得るようになったけれど……理不尽にも、やはり殺されてしまったこと。

 

 家族を全員失った僕が──復讐のためだけに、人生を費やしたこと。

 

「僕はね、父さん……人を、殺したよ。父さんを刺した男を。そいつと、ルビーを殺した犯人を唆した黒幕を。二人の人間の命を、奪ったんだ……」

 

 隣で、静かに僕の話に耳を傾けていた父さんが、その内容一つ一つに身を強張らせていたことは感じていた。でも、その表情はどんな色を映しているのか分からない。

 

 見るのが、怖かった。でも、これだけは絶対に伝えなければならなかった。目を合わせて、僕は嘘なんかついていないのだと、信じてもらうしかなかった。

 

 僕が立ち上がったのと同じくらいの高さにある、父さんの顔を見た。父さんは……眉を寄せて、口元を険しく引き結んでいた。……内心が、どうなのかは全く伝わってこないけれど。何故だか僕は、それを見て胸を撫で下ろして──覚悟を、決めた。

 

 母さんのバースデーパーティーに、不審者の影が差すことは無かった。

 

 ──だが、ヤツは訪れたのだ。何も含むところなど無いと、清々しい表情で。スーツに身を包み、当たり前のように僕らの住む部屋に来て。父さんや母さんと和気藹々と挨拶を交わして、プレゼントを置いていった。

 

 僕が一度はこの手にかけた、最悪の仇。

 

「昼に来てた、金髪の男──神木(カミキ)(ヒカル)。あいつが、父さんとルビーに殺人犯をけしかけたんだ……!」

 

 ふざけるな、と。自分の友人を犯罪者のように扱うなんて、と。そんな風に咎められることを想像して、僕は肩を竦めた。目をギュッと閉じて、頭上にある父さんの口が開くのを恐れた。

 

 お願いだ、信じて欲しい。頭のおかしな子供だって。妄想と現実の区別がついてないなんて、思わないで。じゃないと、僕は──これから、どう生きていけば良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なるほど、な。……まぁ、本人から聞かされたしな、世界が巻き戻ったってんなら有り得ない話じゃない。そうか……アクア。心配してくれて、ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また。ぽん、と。頭を撫でてくれた。優しい口調で、僕の言葉を受け入れてくれた。ありがとう、と。感謝して、僕を労ってくれた……。

 

「え……?」

 

 それが信じられなくて、恐る恐る目を開いて、頭を上げて。再び、父さんの顔を見た。父さんは……困ったように、眉を下げていたけれど。唇には確かに、笑みを浮かべていた。

 

「信じて、くれるの……?」

 

「そりゃあな。実際、ヒカルが来た時にアクアがとんでもない顔してたの見たし。状況証拠っつか、アクアが知ってる未来で色々ズレたんだとしたら、アイツから聞いた話も信憑性が高くなる……何年も前だけどな、ヒカル本人から聞いたんだよ。アイに復讐しようと思った。その結果、アイが死ぬかも知れなかった、ってな」

 

「なっ!?」

 

 思わず声を荒げたが、父さんは落ち着けとばかりに僕の肩を大きな両手で包む。

 

「落ち着け、とっくの昔に解決した話だ。当時、ヒカルはアイに惚れかけてたらしい。そんな時に、アイが俺を好きだからと袖にしたもんだから、直接訪ねてきたんだよ。まぁそん時以来、あれこれ相談されてな。今では……まぁ、身内みたいなもんだ」

 

「みうち……」

 

神木(カミキ)(ヒカル)が。前世で僕の家族を破滅に追いやった男が。父さんや母さんと、身内同然の仲……?

 

「……し、信じられないよ」

 

「だよな。でも、俺からすれば、ヒカルがアクアの危惧するような事態を起こすとは考えにくいんだ。俺が何で心理学なんて勉強してるんだーって言ってたが……あれは、それこそヒカルに唆されたからなんだよ」

 

「アイツに……?」

 

「あぁ。芸能界ってのはかなり闇深い界隈だ。そこで心を壊しちまう人間は決して少なくない……お前の知るヒカルみたいに、な。俺はそんな気なかったが、アイツからすれば、当時俺と話したことは天啓みたいなモンだったらしい。そんで──俺が芸能界で、カウンセラーのマネ事でも出来たら。ヒカル(じぶん)みたいな子供が生まれるのを防げるかも知れない、ってな」

 

「父さんが、カウンセラーに……」

 

 ふと、想像した。前世で、学校に通っていた時。友達なんて一人も出来なくて、いっつも一人で居て。協調性が無いと教師に叱られたり、頼んでも無いスクールカウンセラーに延々とオトモダチの素晴らしさを説かれたり。

 

 そんな環境で、もし。学校の一室で、この人が居てくれたなら。悩みを、不満を聞いて、親身に。一緒に、考えてくれたのなら──それは、どんなに素敵なことだろうと、思わず息を漏らした。

 

「ヒカルと話してると常々思う、他人をその気にさせるのが上手いってな。だから、お前が歩んだ人生で、アイツが方向を誤ったんなら、きっとそれは出来ちまってたんだろう。……お前が人生を棒に振らなくちゃならないようなことを、起こせちまったんだろうな。けどな、信じて欲しい。別にヒカルを好きになれなんて言うつもりはない。俺が、ちゃんと見ておくから。お前は、お前が安心できる生き方を探せ、愛久愛海(アクアマリン)

 

「──ぁ」

 

 果たして、大丈夫なのか? 本当に、あの男は性根から変わっているのか? 父さんは、ヤツを見張っておけるのか……? そんな不安と疑念が頭を過ぎる中、ひとつ事実に気が付いた。

 

 父さんは──僕の世迷い事を、何一つ疑っていなかったのだ。反対に……僕こそが、父さんを疑ってしまっていた。僕が懸念していた反応とは、真逆の状況になっていたのだ。

 

「なんで……」

「ん?」

 

「なんで父さんは──僕の言うことが、信じられるの? 3歳児が、未来から戻って来たなんて言って……どうして、疑わずに居られるの?」

 

 そこで初めて、父さんは言い淀むような顔を見せた。自分から聞いたくせに、不安が押し寄せた僕はまくし立てた。そのくせ、出てくるのはただただ、己が納得したいがゆえの醜い焦燥だった。

 

「自分の子供だから、なんて言わないよね? だって、僕は──今の父さんより、長く生きたんだ。3歳だと思ってた息子が、実は年上なんて受け入れられる? 仇とは言え、人を殺すような人間を。無条件に信じられるの? そんな綺麗ごと……ありえ、ないよ……」

 

 言い終えて、僕は萎むように膝をついた。あぁ……言ってしまった。逆行したことは、百歩譲って打ち明けて良かっただろう。でも、人を殺してしまったこと。父さんより歳を重ねたことなんて絶対に要らない告白だった。……受け入れられる訳が無い、誰だって。どんな聖人君子だって。

 

「……あー、そうだな……俺の両親……お前のじーちゃんばーちゃんな。かなり放任主義でな」

「…………?」

 

 自棄になって、自爆して。勝手に絶望していた僕に対し、父さんは変わらず。気負うことなく、脈絡のないことを言い始めた。

 

「正直、目をかけられていたとは言えない。じーちゃんばーちゃんからしても、俺は見てないところで勝手に育ったってな印象だろうな……。まっ、俺だって、日ごろあくせく働いてくれてた両親について、パーソナルな部分を詳しく知ってるなんて言えないんだけどな」

 

 でも、と。少し気恥ずかしそうに一拍置いて、父さんは続ける。

 

「学生の身分じゃ対処しきれない相談なんかは、もちろんする訳だ。金銭的なこと。親の許可が要ること──たかが学生独りじゃ、どうしようも出来ないことを。お互いのことを深く知らなくたって、本当に困ったら腹を割って話すし、子供って立場に甘んじてきたんだ。なんでそんな恥知らずな真似が出来るかっつったら、たった一言で足りる」

 

 アクア、と。随分近くで囁かれて、思わず顔を上げた。相変わらず穏やかに、屈んだ父さんが視線を合わせてくれていた。

 

「家族だから、だ」

 

 照れくさそうに。それでも確かに、父さんは言って見せた。

 

「アクアと、ルビーだってそうだ。俺の知らないところで、過ごした時間があるんだろう。成長せざるを得なかったんだろう。でも、だから何だ? 未来の記憶があったら、逆行してたら。家族ってのは成り立たないのか?」

 

 綺麗ごとではあるんだろうな、と。父さんは軽く息を吐いた。

 

「アクアの話を聞いて。俺だって、複雑な気持ちがない訳じゃない。けど、そういう"家族とは思えない理由"を挙げてみて、それを天秤に乗せてみて。最後に傾いてるのは、お前たちを家族だと思ってる……いや、()()()()()()()()なんだよ」

 

 パンッ。僕の両肩を、父さんは強くたたいた。そのまま力を込めて、まるで僕に挑戦するように睨みつけてきた。──その瞳は、敵意とは程遠い、暖かい光に満ちているようだった。

 

「お前たちが。自分よりも生きちゃいない俺のことを父親だと思えないってんなら、それは仕方ないことだ。でもな──俺がお前らを子供だと思って接することだけは許してもらうぞ。3歳児の子供に、こんな言葉使いたくないんだが……まっ、定番だよな。"誰に飯食わして貰ってると思ってんだ?"」

 

 悪戯っぽく、父さんは笑った。でもすぐに、ばつの悪そうな顔で、そっぽを向いた。

 

「……まぁ、今のとこ、ほとんどアイと苺プロのおかげなんだが……そのうちとーちゃんが、ちゃんと養ってやるからな、うん……」

 

「…………ふっ。ふふっ……」

 

 思わず、笑みがこぼれた。──同時に、涙がぼろぼろと、あふれ出てしまう。

 

「おい、笑うんじゃねぇ。いいかアクア、家族のために働いたり、キャリアのために資格勉強をするってのは独特のプレッシャーがあってだな?」

 

 嗚咽交じりに笑う僕と、おかしな宥め方をする父と。そんな一幕の末に、僕は分からされてしまったのだ。

 

 何年生きようとも、僕は子供でしかなくて。目の前で斜め上の持論を語り続ける男性は、何があろうと僕の父さんなのだと。

 

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