秘密を打ち明けてからは、ことあるごとに悩みや不安の種を相談しつつも、アクアは苺プロ所属の子役として順調に仕事をこなしていた。事務所に直接金をもたらしていると言う意味なら、とっくに俺の稼ぎを超えてしまっているほどである。
これで良く"誰に飯食わして貰ってると思ってんだ?"なんて言えたもんだと羞恥心やら情けなさで死にたくなるが……アクアの通帳には一切手を出してないし、アクアが欲しがった物についても本人から金を出させることはしてないしと言う自己弁護のもと、何とか精神を保っているのが現状だ。
さて、生まれてからこれまで、明らかに特異だった我が子たちについて、アクアから大体の説明はしてもらえた訳だが。アクアが告白してくれた未来のことや現状の子供たちのことについて、十分に把握できたとは言えない状況である。
不可解な点の一例として、子供たちが俺に対して嫌悪を抱いていた、と言うのがあった。これは別に不思議でも何でもない。男の子だろうが女の子だろうが、デリカシーに欠ける男親を毛嫌いするなんて話はいくらでも見聞きする。
分からないのは、何故子供たちは……特にアクアが、俺を慕ってくれているのか、である。嫌いな父親が死んだことがきっかけで、家庭が崩壊する。そんな未来が起こりえると知っているから、俺を助ける。そこまでは理解できるが、それは別に俺のことを嫌ったままでも出来ることだ。要するに、子供たちがどのタイミングで俺への嫌悪を無くしたのかが分からない。
他にも納得できない点は多々あるが、どうしてこんなことを思案するかと言えば、すべてはルビーの存在に繋がる。俺を嫌ったり、それがひっくり返ったり。アクアから見て、起こりえる悲惨な未来に直結する事象だったりに、ルビーが関わっているのではないか、と言う懸念を持っているのだった。そもそもアクアは、自分のことは教えてくれたがルビーについてははぐらかしてるしな。
アクアの意図は察している。ルビーにも、自身同様。心の準備が出来たときに、己の秘密を明かして欲しい、と。そう願っているのだろう。もしそうなら、俺としても
しかし、考えておくべきことはある。ルビーは、いつ完全に心を開いてくれるだろうか。その胸に秘めた想いを、記憶を語ってくれるだろうか。別に、必ずしも教えて欲しいとは思っていない。いやもちろん、親として子供のことは何でも知っていたいと言うエゴはあるが……そう、だからこそ、最後まで内緒にしてたって構わないのだ。
だが、それで本人が苦悩したり、苦境に立たされたりしないのなら、と言う注釈がつく。学業を終えて、完全に自立した後であれば、秘密を墓まで持って行ったところで誰も困ったりはしない。
思索が長くなってきたが、結論を出そう。双子の弟が、芸能人として立派に活動していることに。アイドルである母に憧れていることに。それらを意識しているルビーは、明らかに自身も芸能活動をしたいと考えているし──そして、俺はそれを許すわけにはいかない、と言うことなのだ。
一度はアクアの活動を許している以上は矛盾した考えかも知れないが、当時はアクアの特異性や抱えているだろう思いをあれこれと想像し、本人の望むようにさせることがアクアのためになるだろうと考えた末に許可を出したのだ。それはしっかり実を結んで、俺の望んだ通りに逆行と言う秘密を明かしてくれることに繋がった。
けれど、それらを聞いて。一度は破滅を経験したアクアの人生を知って。子供たちで連携しながら俺たち大人に接しつつ、当人間でもすべてを共有している訳ではないことが明らかになった二人について、既に許してしまっているアクアはともかく、ルビーの芸能活動は簡単に許可が出せなくなった。
その活動の先で、殺されるだろう未来を示唆されて。それを看過出来るような人間を、間違っても親などとは呼べないだろう。
最低でも、ルビーが自らの意思で、俺かアイに抱えている気持ちを明かした時。その後でなければ、到底我が娘の芸能界入りは考えられたものではないのである。
本題に入ろう、俺の立場は今、大学生でありつつ苺プロのアシスタントマネージャーとなっている。そして、壱護さんや元B小町のメンバー連中に、とある仕事を任されているのだ。
曰く、アイは今まさに公私共に絶頂期である。しかし、いやだからこそと言うべきか──お口が緩くなっていた。バラエティで彼氏について聞かれればデレデレと答え、あまつさえ双子の存在に言及しそうになってしまうことも増えてきた。その影響で、いまアイと子供たちが住んでいる部屋では、双子の猫を飼っている
そんなもんだから、指令が下ったのだ──アイと組めるような、制御できるような。しっかりもの属性のアイドルをスカウトせよ、と。
「そんな都合よく見つかる訳ねぇだろ……つか、俺に求めるなそんなこと……」
現実逃避気味に、もうこの際ルビーをデビューさせるかー! なんて脳内で母娘のユニットを思い浮かべて、すぐに振り払った。アクアの懸念している出来事がヒカルを中心に起こったなら、件の心配は要らないだろうが。ルビー本人の話を聞かないと、断言はできない訳で。結局、妄想は妄想のまま終わらせるしかなかった。
いやこのタイミングで打ち明けられたからって、本当にアイとユニットを組ませるなんてのは有り得ないんですけどね。身長差とか以前に100%関係を怪しまれる。
渋谷のスタバ店内。慣れないスーツの下にかいた汗を冷やしながら、今更ながらにため息を吐いた。……不満こそあれど、今回の件、連中の言い分は分からないでもないのだ。
壱護さんからすれば、俺にはいろいろと経験を積んで欲しいと思っているだろうし。元B小町の面々は、引き続き苺プロに所属しつつも、各々の活動に励んでいる。現場でのアイのお目付け役が欲しいとなっても、またアイと組むってのは選択肢としてナシなのだ。なもんで、新しくスカウトするってのはおかしな話じゃない。オーディションしようにも色んな事情が絡んで難しいって結論に終わったし、アイの時同様スカウトに落ち着くのも理解できる。
「だからって俺は無いんじゃないですかね……」
子供のことは多分知られてないだろうが、元B小町のメンバーは俺とアイの関係を把握してる。事務所を巻き込んで解散ライブを行ったのだ、その時にはアイもメンバーも吹っ切れて、今では友達と言える仲に落ち着いているようだ。友達の彼氏に、彼女のために
しかし。でも。けれど。俺が、アイドルのスカウト? 無理だろ普通に。実際、すでに数時間行き交う人を観察したが、どうしていいかまるで見当がつかん。いまをときめくアイドル、アイとユニットデビューしませんか!? ってか。詐欺で通報されてもおかしくない。
「はぁ……」
──実は、一人だけ。この子なら、と思わなくもない女の子は居たのだ。しかし、俺が声をかける前に同業者らしい男性に呼び止められ、そのままついていってしまった。今思えば、声掛けに応じる点も含めて、あの女の子が唯一のチャンスだったんじゃないかとすら思えてくる……いや、何もかも結果論なんだけどね。
「……はぁ」
ため息は止まらない。アイドルのスカウト。下手をすれば、いつかの日に
「…………帰る、か」
数秒瞑目して、俺は今回の仕事を諦めた。時間がかかったが、ようやく答えが出せた。俺の立場やアイを取り巻く環境、過去の己がしたことを鑑みて、一度は引き受けたものの。どう考えたって、アイのユニットメンバーのスカウトってのは俺の手に余る案件だ。まっ、たった一日とは言え努力はしたことだし、口八丁で切り抜けさせてもらうとしよう。
席を立ち、店を後にしようと、改めて外に目を向けた。多少は日差しが落ち着いてると良いんだが……そんな軽い気持ちで。
「…………お?」
視線の先で、女の子がゆっくりと歩いていた。肩を落として……目元を、腕で隠して。
その子は紛れもなく──俺が、唯一可能性を感じた少女だったのだ。