推しガイル   作:TrueLight

63 / 65
俺は責任を放棄した

 アイドルのスカウト。掴み損ねた機会と、その再来。俺が帰ろうと立ち上がり、外を見たタイミングで現れた、まるで運命に導かれたようなチャンス。俺は──

 

「──帰ろう」

 

 数秒前と同じ言葉を、確固たる意志で口にした。迷いながらも仕事をこなそうとしていた先ほどまでならいざ知らず、すでに己の中で解は出たのだ。俺のすべきことではない、と。

 

 店を出て、渋谷の街を歩き始める。……どうしたって、すぐ目の前で俯きながら歩く少女に目が行くが、方向が同じなのだから仕方無い。道行く人だって……いや、思ったより女の子に視線は行ってないな。厄ネタは御免だと言うことだろうか、都会の風は冷たいもんである。俺だって面倒は避けたいんですけどね。

 

 しかし、数分と移動しないうちに、少女は街路樹を囲うベンチに腰を下ろした。これ幸いと、俺は足を速めて前を通り過ぎようとして──

 

「……ひっ。ぐす……」

 

 ──しゃくりあげる声を聞き。反射的にその顔を、見てしまった。

 

 小柄な女の子が、さらに身を小さくさせて。悔しそうに涙を流しながら、袖で雫を拭う様を、見てしまったのだ。

 

「……はぁ」

 

 その少女の目を通り過ぎる前に、俺は踵を返した。

 

 ある界隈が何かしらの問題を起こして炎上とかすると、よく自浄作用が無いって全体を批判するよな。俺だって例外じゃないのだ、隣で問題起こしてるヤツが居たら注意くらいすれば良いのに、なんて安全圏から無責任に考えたりする。

 

 で、だ。残念なことに、俺も半人前とは言えある業界に足を突っ込んでる訳で。女の子が泣いてる理由が同業者にあるのなら、そのフォローくらいはすべきなんじゃないかと思うのだ。自分が他人にある行為を求めるなら、自分が同じ状況で同じ行動を取るべきなのだろう。

 

 とかなんとかそれらしい理屈を捏ねまわしても、結局のところは途中で投げ出した仕事への罪悪感を、業界に対する義理を通すことで軽減しようとか、そういう浅い考えのもとで動いてる訳だが。

 

 まぁとにかく、俺は一度スタバに戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運良くと言うべきか悪くと言うべきか、スタバで用を済ませて再びそこに向かうと、少女は変わらず肩を落として座っていた。涙こそ引っ込んだようだが、どう見ても元気いっぱいとは言えない様子だ。

 

「──腹でも痛いのか?」

 

 店に戻ってから今までにあれこれシミュレーションした結果、丁寧に接するよりも、あくまで他人のオッサンとして話す方がお互いに良いだろうと考え、そんな言葉を口にした。

 

「え……?」

 

 俺が隣にどっかりと腰を下ろしてから、自分が声をかけられたことに気づいたようで。少女はおずおずと俺の方に顔を向けた。俺は目を合わせないようにしてるんだけどな、あんまりジロジロ見て気味悪がられても困るし。

 

「ちょっと前に俯きながら歩いてるのが見えてな。座り込んでるもんだから体調でも悪いのかと思ったんだが……で、どうなんだ?」

 

「えっ……あ。だっ、大丈夫です! もう全然! 何ていうかそのぉ……ちょっと、ヤなことがあっただけなんで……」

 

「そうか。それなら良かった。……ところでなんだが、コレ。いるか?」

 

 最初から体調不良とは思っていなかったが、本人から体に問題が無いことを聞けたので、女の子には見えないよう傍らに隠していたものを取り出した。言うまでも無く、スタバで買って来たものだ。

 

「──抹茶、フラペチーノ……?」

「おう。彼女が好きでな、良かったら飲んでくれ。俺は飲む」

 

 自分は先にストローで吸いつつ、彼女にと買った一つを押し付けた。すぐに名前が出てくるところを見るに、苦手では無いんじゃなかろうか。

 

「うっ……」

 

 すると……両手で受け取った少女は、手の中のそれを見て、またも涙し始めてしまった。さすがにギョッとした俺は、ストローから口を離して彼女の顔を窺う。

 

「や、すまん、なんか都合悪かったか?」

「あ、その、違うんです!」

 

 少女は焦ったようにごしごしと目元を擦って、早口に説明してくれた。

 

「さっきのこと思い出しちゃって……実は、男の人にスカウトされたんです。アイドルにならないかって。わたし、アイドルに憧れてて、すっごく嬉しくって。夢がかなったみたいで、それで、その男の人に付いていったんですけど……結局、ダメになっちゃって……うぅ」

 

 同業者だろうとは思っていたが、アイドルのスカウトってとこまでドンピシャだったらしい。で、この子はその男が提示したアレコレが呑めず、夢破れて泣いていたって訳だ。

 

「そのスカウトマンが勤めてる事務所の要項ってか……所属する条件を満たしてなかったって感じか?」

 

「はい……お仕事をもらうためには最初に決められたレッスンをしないといけないらしくて。その……うちだと、費用を払えなくて。色々と提案はしてくれたんですけど、わたしはお母さんと相談したくて、でも、その場で契約しないとダメだって。その人も忙しいからすぐに決められないならいらないって。それで、逃げちゃって……ぐすっ」

 

 話しているうちにもやるせない気持ちが込み上げてくるようで、女の子は何度も目元を拭いながら、誤魔化すようにストローに口をつけた。

 

 しかし、チャンスを逃したことを悲しんでいる様子の彼女には悪いが、こちらとしては話が流れてくれたのは幸運でしかなかった。

 

「その話を聞いたまんま捉えるなら、逃げて正解だったと思うけどな」

「へ……?」

 

「いや、レッスン料がどうのってとこも怪しいんだが……その場での契約を急がせて冷静な判断をさせない。家族じゃなく個人だけとのやり取りに拘る。どう考えてもスカウト詐欺の類だな」

 

「スカウト、詐欺……? ……そ、そんなぁ」

 

 ずぅん。なんて音が聞こえてきそうなほど分かりやすく、少女の肩はさらに一つ、目に見えて低くなった。

 

「……まぁ、金銭的な被害を受ける前に逃げられたんだ、それで良しとしとけ」

「そ、そうですよね……もしお母さんに迷惑かけることになってたら──わ、わたし……っ」

 

 自分以外に損害が及ぶ可能性を考えて、詐欺に遭いかけたと言う実感を覚えたらしい。彼女が持つ抹茶フラペチーノの容器がカタカタ震えている。

 

「──ま、過ぎた話は置いといてだ。アイドルに憧れてるって話だったよな。きっかけとか聞いていいか?」

 

 俺としては本題に入ったつもりでいたんだが、彼女としては自分を気遣って話題を変えようとしている風に感じたようだ。一瞬ハッとして、次には取り繕うような笑みを浮かべて見せた。

 

「えへへ、そのぅ……B小町、知ってますか? アイは知ってますよね!?」

「……まぁ、流石にな。よくテレビに出てるし」

 

 意外でも何でもないことだ。アイドルに憧れる女の子が、今を時めくアイドル、アイに憧れているなんて。……ただ、面と向かって言われると、いろいろと身に染みるだけで。どんな顔をすれば良いのか、分からなくなるだけで。

 

「あはは……お兄さん、そういうのあんまり興味無さそうですもんね。でもわたしは、ずっと前からファンなんです。アイはいまソロ活動してますけど、グループだったときからずっとっ。アイはもちろん、他のメンバーにもすっごく憧れてて……!」

 

「……そうか」

 

 そんな風に言ってくれる子が居るのなら。かつての彼女たちも報われるのではないかと、そんなことを考えて──やはり、自己嫌悪に陥った。どの口が言ってんだ案件が多すぎるんだよな、特にB小町に関しては。

 

「だから……()()もらった瞬間、いろいろ溢れちゃいました。知ってます? アイもこの辺のお店でスカウトされたらしいですよ。その時、抹茶フラペチーノ奢ってもらったんですって」

 

「そりゃ奇遇だな……」

 

 当然知っている。だから俺は、彼女(アイ)の好きな飲み物を買ったのだから。それ以外に、女子が好んで飲むものなんて大して知らないのだ。

 

「ちょっと前に、アイがテレビで言ってたんです。12の時に、この街でスカウトされたって。それで……えへへ……」

 

 そう言って、少女は気まずそうに、再び俯いた。ストローに口をつけて、離して。ホイップクリームを混ぜながら、口元を波打たせている。

 

 ここで俺は、喉元まで出かかっている言葉を自覚した。「アイとユニットを組むことを前提に、アイドルにならないか」と。自分の手には余ると答えを出したのに、それが口を衝いて出そうになっていることに気づいていた。

 

 きっと、必ずしも間違いではない。俺は任された仕事を果たせるし、少女は一度砕かれた夢を叶えることが出来る。めでたしめでたしのストーリーだ、美談と手を叩く人も居るに違いない。

 

 けれど、足りないのだ。結局のところ、俺がアフターケア出来るか否か。そもそもデビュー後に関わることが出来るのか、出来たとしてどこまで関与するべきなのか。

 

 俺だけの問題に留まらず、彼女がどれほどの熱量を持っているのか……つまり、本気でアイドルを目指しているのかが分からない。憧れているだとか、アイをはじめとしてB小町にどれだけ詳しいなんてのは参考程度にしかならない。

 

 傾いていた天秤は、またも釣り合った。業界に義理を果たそうなんて半端な正義感で少女に声をかけて、絆されて……そう。無責任にも俺は、この子の力になりたいと考えてしまっていた。

 

「──アイがスカウトされた、って話。それに影響されてってことは、中学生とかそれくらいだよな? 酷な話だが……好きとか、憧れだけで目指すってのは厳しいと思うぞ。そもそもアイが簡単にスカウトを受けたのは、施設育ちで迷惑かける相手が事務所しかなかったからだろ。家族が居て、アイドルの活動で何か問題を起こせば、その責任を問われるのは親御さんだ」

 

 少女はフラペチーノの容器を両手でぎゅっと握りながらも、声色は明るく返事をした。

 

「なんだ、お兄さんもアイのこと、ちゃんと知ってたんですね……自分でも甘いかなーとは思ってるんです。キラキラしてるアイドルも裏では努力してるーなんて、なんとなくで分かったような気でいることも。……でも、わたし──働きたいんです」

 

 幸運なことに。言葉尻が、「アイドルになりたいんです」では無かったことが。それこそが、俺にとって最も掘り下げるべき点であることが瞬時に理解できた。

 

「……こういう時、どう聞くのが適切なのか分からないから、気に障ったら悪い……家が、苦しいのか?」

 

「……あはは、実はそうなんです。うち、母子家庭で。弟も二人いて……お母さん毎日遅くまで働いてるんですけど、いつか体壊しちゃうんじゃないかって心配なんです。だから、早く働きたくて。でも中学生じゃ難しいよなーって考えてたら、アイがわたしくらいの時にこの辺でスカウトされたってテレビで見て。もしかしたら、なんて……バカみたいですよね」

 

「……まぁ、賢い行動とは言い難いかもな……」

「えへへ……」

 

 俺のにべもない返しに、少女は気を悪くした様子もなく、むしろ照れくさそうに頬をかいた。

 

 ──この子の境遇に。アイドルに対する憧れに、感じ入るところはある。しかし、だからどうしたと言うのだろう? 世の中には同じような女の子なんて沢山居るだろうし、その全てに俺個人がどうこうしてあげようなんてのはそれこそ馬鹿みたいな話だ。

 

 俺にはそんな資格も、責任能力もない。だから、やはり。結論は変わらない。俺にスカウトマンなんて仕事は手に負えないのだ。

 

「だからまずは、これをお母さんに渡してくれ」

「へっ?」

 

 俺はケースから取り出したものを、少女に差し出した。

 

「えぇっと……苺プロダクション、比企谷八幡……ん? いちご……苺プロダクション!!??」

 

 受け取った名刺を見て、読んで。見覚えがあっただろう事務所の名前を読み上げて、少女は声をひっくり返させた。

 

「おう。何を隠そう、俺は苺プロの……アイが所属する事務所のスタッフって訳だ」

「エ"ッ……!?」

 

「なんでそれを渡したのかは察してくれ……一応は教えておくんだが、現在苺プロダクションでは、アイドル志望の女の子を一名探してる。広く募集してる訳じゃないから一般には知られてない。だから他人に話すのは控えてくれると助かるな」

 

「えっ、じゃあ、あの……っ」

 

「早とちりするなよ、俺はスカウトマンじゃない。だからお前をプロダクションに入れる権限もないし、入った後のサポートもロクに出来やしない」

 

 そう、徹頭徹尾、そこは変わらない。俺に力はなく、その意思も無い。けれど──

 

「──でも、次に苺プロからデビューするアイドルが居るのなら。それは、お前みたいな女の子だと嬉しいって、そう思ってる」

 

 アイの隣に立つ女の子が。憧れを胸に、そのステージに上がりたいと言う女の子が、居るのなら。言葉にした通り、それはこの少女であって欲しいと、願わずにはいられないのだ。

 

 要するに、俺は責任を丸投げしたのである。

 

 名刺を渡して、事務所に直接お母さんから電話するようにと誘導して。その後になって、この少女をアイドルとして受け入れるかどうかを決めるのは壱護さんとミヤコさん次第だ。俺が名刺を渡したことは当然影響するだろうが、決定に俺が関わっていない以上、俺が責任とる必要なんかない。

 

 その上で。何か問題が起こったなら、エゴを押し付けよう。何せ、きっとその渦中には──アイが居る。俺の好きな女の子が、きっと巻き込まれている。あるいは本人が問題を起こすかもな。

 

 だったら、俺が手を出したって良いだろう。俺が責任を取ったって良いだろう。その中で……お母さん想いの、アイドルに憧れた女の子が困っているなら、ついでで助けてやればいい。俺にはそれくらいが関の山だ。

 

「きちんと調べて、家族と相談して。それでも、って思ったんなら……事務所に連絡すると良い。お前は自分のことをバカみたい、なんて言ってたけどな……アイドルってのは、それくらいじゃないと務まらないのかもな」

 

「…………」

 

 一方的に話す俺の言葉をどう受け取ったか。名刺をじっと見つめていたその横顔からは判然としない。しかし、俺が話し終えると、すぐに女の子は立ち上がって……深く、頭を下げてきた。それも少しのことで、顔を上げたその表情は、いろんな色に染まっていた。

 

 複雑そうな顔色にも、上気した頬からは喜びの念が一番強いように思える。だから、喜んでくれたと、そう解釈して良いはずだ。

 

「ありがとうございます……っ。わたし、お母さんと話して、きっと連絡します……! アイドルになりたいって、絶対……!!」

 

「……そか。事務所で会えたら、よろしくな」

 

「はい! ……えへへ、八幡さん、って言うんですね。わたしってば名前も知らないのに、恥ずかしいことたくさん話しちゃいました」

 

「まぁそうな。俺も初対面の、名前も知らない女子に奢ったりだの身の上話聞いたりだの。挙句の果てには名刺渡したりなんてのも初めてだ……これっきりにしたいとこだな」

 

「じゃあ八幡さんがスカウトしなくて済むよう、頑張らないとですねっ」

 

 女の子の噛み締めるような表情に……無性に、声を上げたくなった。もしこの少女がステージで同じ顔を見せたなら、サイリウムを振って応援したんだろうか……なんて、そんなことを思った。

 

「……あぁ、頑張ってくれ。応援してるぞ」

「はいっ!!」

 

 こうして、俺のたった一度の仕事は終わった。最低限の成果は出せたと言って良いだろう。アイに憧れて、アイドルを目指している、しっかり者の女の子に名刺を渡したのだ。元メンバー連中にも壱護さんにも胸を張って報告してやる。近いうちに、事務所に連絡が来るだろうってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わ、わた、わたっ……わたしがアイとユニットデビュ~~!!??」

「今日からよろしくね、MEMちゃん♪ ところで……八幡にスカウトされたってハナシ、ホント?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。