推しガイル   作:TrueLight

64 / 65
ツクヨミの種明かし

 高校受験を間近に控えたある日。僕は一人、とある場所を訪れていた。眼下に海が広がる、名前も無いただの崖。強いて何かあるとすれば──どこの誰でもない空っぽの男が、最期に立っていた、そんな場所だ。

 

「…………」

 

 もっとも、わざわざ転落防止の柵にまで近寄ることも無く、少しはなれた場所に設置されているベンチに座って眺めているだけだけれど。……あの時とは違って、()()()に未練なんていくらでもある。わざわざ危険な真似をする気なんてこれっぽっちもない。

 

 身体的には年相応の。されど分不相応な悩みを抱えた僕が、単に落ち着いて思考に耽る場所を探し求めて辿り着いたのがここだった、それだけの話なのだ。

 

「…………」

 

 海風が優しく頬を撫ぜる、涼しい午後。ベンチの背もたれに体重を預けて、ぼぅっと空を見上げた──これから、どうすれば良いのだろう、と。

 

「やぁ」

「!?」

 

 そんな折、背後から僕の顔を誰かが覗き込んだ。周囲に人が居るなんて毛ほども考えていなかった僕は、闖入者に対し思わず身体を跳ねさせてしまう。その人物の顔に、己のそれをぶつけなかったのは幸いだっただろう。

 

「……き、君は?」

 

 何せ、幼児と言っても差し支えないほど小さな女の子だったのだ。もし頭突きなんてしていたら洒落にならない。幸いにもそうはならなかったが、少女に対して笑顔を向けるような余裕は捻り出せなかった。

 

「ふふ、さすがに分からないか」

 

 困惑しつつ口を開いた僕に、少女はどこか楽しそうにそう言った。その口ぶりは、まるで僕のことを知っていて、さらに言えば僕も少女と既に出会っていると言わんばかりだ。

 

「ごめん、どこかで会ったかな」

「そうだね。()()()()()()、まさにこの場所で、ね」

「──!?」

 

 まったく気負う様子もなく答えた少女に、一瞬思考が停止した。その意味を理解した瞬間、いつかの日に一度だけ言葉を交わした人物を思い出す。

 

『用は済んだみたいだね』

『もう、やり残したことは無いよね?』

『待ちわびたよ、ようやく君を──』

 

「お前は──ッ」

 

 奇しくも、口を衝いたのは()()()と同じ言葉で。

 

 にこりと頬を緩めた少女も、同様に返して見せたのだ。

 

「ふふ、誰だろうね? でも、そうだなぁ……君の、親みたいなものだよ──なんてね」

 

 場所が場所なのだから、もとより()()()のことは頭のどこかで揺蕩(たゆた)っていた。しかし、まさにその瞬間に時間を同じくしていたらしい正体不明の少女に対して、僕の動揺と警戒は一瞬にして最高潮に達する──!

 

「うん、元気そうで何よりだね」

 

 ……達したのだけれど。にこにこと、僕の顔を見て嬉しそうに破顔した女の子の様子に、毒気を抜かれた僕の内心は困惑一色だった。──思えば、()()も彼女の様相には不思議と心が落ち着かされたような気がした。

 

「……一体、お前は何なんだ……?」

 

 自己紹介をして、向こうにもそれを求めるべきなのか。あの日起こった出来事の説明を要求するべきなのか。僕が混乱したままに漏らすと、少女は当然のように僕の隣に腰を下ろして、今度は下から僕の顔を覗き込んだ。

 

「それも含めて、今日は種明かしをしに来たんだよ。ずぅっと家族のために心を砕いてる君に、そろそろ楽になってもらいたいからね」

 

 言葉の割には僕の戸惑いを気遣う様子はなく、少女は滔々と語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるところに、仲良しの姉弟(きょうだい)がいました。しかしある時喧嘩して、姉は弟を家から追い出してしまいます。それから長い時が経ったある日、ふと姉は弟が無事に暮らしているか心配になります。ですが、自分が追い出した手前、自ら訪ねるのはバツが悪い。

 

 そこで姉は、飼っている烏を遣わすことにしました。弟の様子を見てきなさい、と。烏はそれに従い、弟の元へ飛んでいきました。いざ烏が辿り着くと、これ幸いと今度は弟が烏に命令します。

 

 姉は己を案じてはいても、戻ったところで仲直りしてはくれないだろう。姉の機嫌を取るために土産物が欲しい。見繕って持ってこい、と。そうして烏は、姉弟の関係を取り持つために、再び羽ばたいたのでした──。

 

「…………いや、意味が分からない」

 

「だろうね、だから補足しようか。まず、この姉弟(きょうだい)の名前は、それぞれ──天照大御神(あまてらすおおみかみ)。そして月読命(つくよみのみこと)だよ」

 

「日本神話の……?」

「その通り。そして、遣いの烏は八咫烏(やたがらす)と呼ばれている。登場人物の正体が明かされたところで、お話の続きと行こうか」

 

 八咫烏(やたがらす)は弟こと月読命(つくよみのみこと)の命で相応しい手土産を求め、地上へと下ります。その際、月読命(つくよみのみこと)から名代として「ツクヨミ」の名を自称することと、彼の権能を授かりこれを扱う許しを得ました。

 

 さて、天照大御神(あまてらすおおみかみ)のご機嫌を取るにはどうすれば良いのでしょうか? 悩んだ八咫烏(やたがらす)ことツクヨミは、ある出来事を思い出します。

 

天岩戸(あまのいわと)。聞き覚えはあるかな」

「……言葉くらいは」

 

「ざっくり説明すると、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が別件でお怒りになって洞窟に閉じこもったことがあるんだけど。その時、天鈿女命(あめのうずめのみこと)と言う神が踊り、それをきっかけに天照大御神(あまてらすおおみかみ)は再び姿をお見せになった、と言うお話だよ」

 

「アメノウズメノミコト……」

「知っていたかい? さすがは役者さんだね」

 

 言いつつ微笑む少女に、どうしてか居心地が悪くなって顔を逸らした。なんでそんな顔を見せるのか全く理解できない。まるで……まるで、父さんのようで。子供を見守る親のようで。

 

「要するに、その時と同じことをしようって話だ。他の神々を巻き込むほどの話でもないから、スケールは落ちる訳だけど。天鈿女命(あめのうずめのみこと)の目に留まるような、人間の踊り子を見つけて。その魂を天に導き、姉弟の懸け橋になってもらう……って言うのが、君の身に起きた出来事の発端なのさ」

 

「踊り子の魂を導く、だって……?」

 

「もったいぶる気はないからね、教えてあげるとも──星野アイ。君のお母さんこそ、神々に相応しい踊り子、地上の星。私……月読命(つくよみのみこと)の命を受けた八咫烏(ツクヨミ)が持ち帰るべき手土産、ってこと」

 

「っ、母さんに何をするつもりだ……!?」

 

 魂を天に導く、なんて曖昧な台詞は、死神の鎌を振るうことと比喩のレベルとして大差ない。表情を険しくする僕に、しかしと言うか、やはりと言うか。自身を烏だのなんだのと言い表した少女は、まぁまぁと気安く片手で制して見せた。

 

「こちらから何かする気なんて無いよ。その人生を全うしてから、神々の住まう場所に招待するってだけ。どっちかと言えばイベントの依頼になるのかな? かの神様の御前でひとつ、踊ってはくれませんか? ってね」

 

「……なんだよ、それ……」

 

 僕はもうどういう情緒で居ればいいか分からなかった。普通に考えて、こんな小さな女の子の与太話を聞いてる僕自身こそが一番どうかしているんだけれど。前世のこと、僕の身に起こったこと。どんなに理解し難くとも、抽象的だろうと、それらを説明してくれるというのなら、きっと僕は聞き手に回るしかなかった。

 

「とにかく、君の家族に危害を加える気なんて無いってことだけ分かってくれれば良いよ。で、ここからが大事なところでね……君のお父さん。八幡についてだ。細かいことに言及すると長くなるから、要点だけ説明すると──月読命(つくよみのみこと)と、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)。実はこの神様は、同一の存在なんだ」

 

「……? 言ってることも、それが意味するところも、何もかも分からないんだけど」

 

 いい加減、何を聞かされているのか。それが僕や家族にどう繋がるのか。まるで分からないままげんなりとする僕に、やっと少女は少しだけ、申し訳ないとばかりに眉を下げた。

 

「人が語り継ぐ歴史の中で、ある神様が分かたれたり、あるいは同一視されることはそれなりにある。月読命(つくよみのみこと)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)も同様で、実は同じ神を表すということ。それで……わたしは人間の世界で【ツクヨミ】の名を与えられている。そして──同じ神を意味する【八幡】と言う人間が存在した訳だ。何が言いたいかと言うと……君のお父さん。八幡とわたしは、存在が重なってしまっている、ってことなんだよ」

 

「…………は?」

 

 詳しく聞いても分からない話に、思わず呆けた声を出せば。少女は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「前回は間に合わなかった。だから復讐を見届けた。その上で──私は三ある足の一つを代償に、月読命(つくよみのみこと)からお借りした力を使ったんだ。月を読むかの神の権能をもってすれば、人の一生を遡ることも不可能ではない。君からすれば青天の霹靂だろうけど……私からすれば、我が子同然の君にやり直す機会を与えたいと思うのは、至極当然なのさ」

 

「お前が……僕を、巻き戻らせた……?」

「そういうこと。当初の目的にも反しないしね」

 

 考えなかった訳ではない。あの最期の瞬間、相対していた存在がそれをなした可能性は思いついて当然だった。でも、どこまで行ってもオカルトでしかなく、状況証拠やそれらしい理屈を探しても、結局僕が体験した逆行とは人知の及ばない出来事で。言ってしまえば理由のない奇跡だった。

 

 しかし、理由はあった。人知が及ばないことに変わりはなくとも、一応は理屈も通っていた。

 

 この、女の子が。父さんと混ざってしまったのだと言う、この少女(ツクヨミ)こそが、僕に機会を与えてくれた。

 

 それを理解した僕は──。

 

「──ありがとう!!」

「わぁびっくりしたなぁもう」

 

 少女の前に回り込んで、膝をついた。頭を下げた。神に許しを請うように……あるいは、感謝をささげるように。

 

「ありがとう……っ」

 

 涙ながらに、どうにか伝わって欲しいと願った。あなたのおかげで、家族は──僕は、生きています、と。

 

「……良いんだよ、私にとっては当たり前のことなんだ」

 

 穏やかに。いつか父さんがしてくれたように、少女は僕の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 




月讀命と八幡紳が同一であるという設定についてはこちらを参考にさせていただきました。
※あくまで本作におけるフィクションです
https://ugaya.jimdofree.com/2016/08/18/%E6%9C%88%E8%AE%80%E5%91%BD%E3%81%AF%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%B4%B3%E3%81%AB%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。