推しガイル   作:TrueLight

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俺に選択肢はない

「B小町最近ヤバくない? 特にアイ! 顔面強すぎるだろ!!」

「──ッ」

 

 B小町。最近話題沸騰中のアイドルグループである。と言っても、国民的アイドルと言うほど知名度がある訳ではなかった。テレビ番組に出るようなメジャーアイドルと違いライブやイベントを主な活動の場とする彼女たちは、知る人ぞ知る、と表現できる存在だ。

 

 しかし、それもひと月ほど前──6月ごろから状況が変わってきた。

 

 とある飲料水のCM楽曲及びイメージキャラクターとして抜擢されたB小町は、その15秒程度の広告で見事に大ヒットしたのである。歌番組なんかに出演することもあるようで、バラエティー番組には出ていないようだがそれも時間の問題なのだろう。

 

「これからはB小町の時代来るぞ! 夏休み入ったら絶対ライブ行くわ!!」

「…………」

 

 まぁすべて、高校のクラスで後ろの席に座っている男子が、別の生徒に話しかけている内容が勝手に入ってきただけなので、事実かどうかは定かじゃない。……いや、歌番組に出てるところくらいは俺も見たが。

 

「あのCMソングめっちゃ耳に残るよねー。曲名なんだっけ?」

 

 少し離れた場所でも同じ内容で盛り上がる女子グループもあることだし、B小町が以前にも増して人気上昇中なのは間違いないのだろう。

 

 ──ただ、俺にとっては嫌な風潮だった。

 

 俺は、B小町のセンターを務めるアイに会ったことがある。一緒に食事したことがあり──いやこれ以上はやめておこう。とにかく、度々教室で話題に上がるアイドルと面識があったのだ。

 

「アイの握手会とか行きてー! 絶対手ぇ柔らかいよなぁ~」

「──」

 

 正直、勘弁して欲しかった。有名人と知り合いであることに優越感を覚えたりはしない。むしろ逆だ、その名前が聞こえるたびに、俺は──小さく肩を跳ねさせていた。

 

『今日はありがと──またね?』

 

 あの日から二カ月近く。別れて以降接触はない。当然だ、ヤツは俺の名前と年齢、そして千葉在住であることを知っているが、逆に言えばそれだけだ。顔も知られているが写真なんぞ撮られていないし、探そうにも情報が足りないだろう。もう出会うことなど無い──ハズだ。

 

「主演アイのドラマとかやんないかなー? 絶対ウケんじゃん?」

「…………」

 

 頭では頑なに信じつつも、やはりその名を耳にするたびに、あの日の鮮烈な記憶は何度も俺の脳裏を過ったのだ。

 

 そんな日々もついに一旦の区切りはつき、とうとう夏休みに突入する。俺にとって心安らげる休暇が訪れたことに疑いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひさしぶりだねっ、八幡♪」

 

 ハズだったのに、突然それは目の前に現れた。

 

 あの日と同じ、目深に被った帽子。素肌を覆うようなパーカーにジーンズ。スニーカー。──人目につかないよう容姿を隠して、B小町のアイは襲来したのだ──!

 

「──ッ!!」

 

 バタン! 反射的に扉を閉じ、鍵をかけて背中を押し付ける。

 

 なぜ? どうして? なんで──コイツがここに居る!?

 

 バクバク鼓動する心臓をそのままに、どうにか俺は言葉を絞り出した。

 

「何しに来やがった……!」

「それは中でゆっくり話そ? 外は暑いし、八幡もその方が良いでしょ?」

 

「良くない帰れっ。俺はお前のことなんか知らん!」

「それは聞けないなぁ。ところで八幡……いいの?」

 

「何がっ」

 

 来訪を拒絶する俺に対し、アイは飄々(ひょうひょう)と言葉を続ける。扉越しに、こてんと首をかしげる彼女の姿が頭に浮かんだ。

 

「わたしは八幡とお喋りするまで帰る気ないよ? このままだったら上は脱ぐし、日陰があったら帽子もとっちゃうかも」

 

「──ッ」

 

 それは明確な脅しだった。能動的に、俺に直接何かをする気はないが、周りのそれを止める気はない。どころかそれを呼び寄せようとしているのは明らかだった。

 

 身バレして、聞かれればこの家に用があると口を滑らせるぞ、と。

 

「それが問題なくても、そのうち家族が帰ってくるんでしょ? 八幡にその気が無くても、歓迎してくれるんじゃないかなぁ……妹さんとか」

 

「…………」

 

 小町はあのライブまで、アイの、B小町のファンなんかでは無かった。ライブは友達から誘われたものであり、チケットすら貰ったものだった。

 

 が、今ではしっかりアイの信者(ファン)である。自慢気にグッズを見せてきたことすらある。晩飯の時に、B小町が出演する歌番組は必ず見ようとするくらいだ。

 

「きっとイヤでしょ? 私が妹さんと顔合わせちゃうの。だから……いーれーて?」

 

 媚びた声に。反吐が出るほど嫌悪する上っ面のそれに。

 

「…………」

 

 敗北した。ふたたび扉を開き、自覚できるほどの渋面でもう一度爆弾とご対面。服装のせいもあるだろうが、暑いから室内に入りたいと言うのは心からの言葉だったようで、彼女は……アイは、嬉しそうに赤らんだ顔で笑った。

 

 つぅっと首筋を伝う汗が、爆弾の針を一つ進めたように錯覚する。

 

「…………」

 

 嫌悪感丸出しの顔はそのままに、俺は顎をクイッと室内に向けてから無言で背を向ける。どうせこの女は、満足するまで帰ることは無いのだろう。

 

「あはっ♪ お邪魔しまーすっ」

 

 邪魔すんなら帰れ、なんて憎まれ口を叩く気にすらならない。話を聞いてとっととお帰り願おう。

 

 先ほどの口ぶりからするに、コイツは俺の家族と顔を合わせる気はないらしい。その辺も含めて色々聞きたいことはあるが、まずは腰を落ち着けてからだ。

 

 一刻も早く安寧を取り戻すために。もう一度このアイドル(爆弾)をやり過ごそう──。

 

 リビングに迎え入れ、つい数分前まで横になっていたソファに促す。

 

「♪」

 

 帽子をとって、エアコンの風に「すずしーっ」などと言いながら髪を整えるソイツ。……首から下まで赤らんだその女から目を逸らし、いちいち楽しそうに振舞う姿に辟易としながら、俺は重い口を開いた。

 

「……水とお茶、どっちがいい」

「──♡ お茶、ちょうだい?」

 

 どこか(とろ)けた声音を背に、俺はキッチンへ向かう。頭が溶けているのだろうと嘆息しながら。

 

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