『おおっと! 四人が大きく出遅れた。先頭に躍り出たのはクロックスライダー。その後ろにアルギュロスレウスが続きます』
アルギュロスレウスは初の一番人気を得て、ハナを駆けるクロックスライダーの二馬身後方に控えている。
観客席の最前列で彼女を見守るトレーナーはただ何もせず、レースを観ていた。彼女のすぐ隣には祈るヒト、応援するウマ娘、自身の担当を信じるトレーナーが居る。そんな空間にただ1人、彼女は祈りも、信じもしていなかった。まるで、テレビでニュースでも見ているように呆然と俯瞰していた。
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「じゃあ行ってくるよトレーナー」
タブレットを仕舞い、控え室で最終確認を終えた担当は部屋を後にしようとする。ほんとに何となく、僕は彼女に問いかけた。
「ねえレウス」
「どうしたのトレーナー?」
「貴女は何を乗せて走っているの?」
レウスの銀の耳飾りが蛍光灯の光を反射して揺れる。勝負服を纏うレウスは浮世離れしている。実力も、存在感も、彼女は一流のウマ娘だ。
「私は何も乗せてなんかいない」
レウスは真剣な眼で答える。
「ウマ娘は想いを乗せて走る…………か。それは間違っちゃいない。でも正しいとも思えない。私たちウマ娘は何故走るのか……それは走れるから、生きているからだ。神秘とされるウマ娘の肉体、その真価はレース以外に無い。誰かの想いなんて
「なら、何故貴女はそこまで異常なほど勝利を求めるの?」
「
今のレウスは僕を見ていない。もっと遠い……もっと高い場所しか見えていない。
皐月賞を勝ってから、学園では僕と不釣り合いだという陰口もある。悔しいけどそれは本当だし、かといって契約を破棄するなんて出来ない。僕は……
「トレーナー」
レウスの声で意識を取り戻す。銀色の瞳は、確かに僕を捉えていた。
「貴女はただ望めばいい。決して祈らず、決して信じず、決して縋らないでほしい。呆然と……積み重なる勝利の数を指折りゆっくり数えるだけ。一つ……また一つと、欲しいものを欲しいままに望んで。望んで望んで望んで望んで望んで望んで望んで望んで………………。貴女にはそれが出来る。だから我のトレーナーに選んだ」
レウスの放つ覇気に圧迫されて息を飲む。
『望む』……。僕は納得と同時に困惑した。
強いウマ娘は勝たなければならない
僕は強い子に確実に勝って欲しかった。だってそうでしょ?
フロックだろうがなんだろうが、負けた時点でその子は弱者だ。強者とは勝つことこそその証明であり、それ以外なんて何の価値もない
「アハハ♪ そうそう、そうやって何も抑えず。常識も忘れて。尊大に高々に笑ってくれ。それでこそ我のトレーナーだ」
猟奇的な眼で笑ってレウスは部屋を出ていく。そうだ、僕も観客席で観て待たなきゃいけない。
レースが終わるのを
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『大欅を越えて第4カーブ。各ウマ娘ラストスパートに入ります』
コーナーを終え、最終直線に入る。ゴールの前にある坂に備えて皆息を入れる。……普通なら。
「はあああああァァァァ!!」
「フンっ!」
「てやぁぁぁぁぁ!」
この戦場に息を入れるなんて大きすぎる隙を作る訳が無い。加速を続けてラストスパートに入る。しかし、ラストスパートを仕掛けたのは正解であったが正解ではない。
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(まただ)
ウマ娘たちは彼女の銀色を感知した。視界から色が抜け落ちる。
何も無い空間。アルギュロスレウスは鎖に封されている。
数えるのも億劫になりそうな多くの鎖を擦れさせながら歩く。奴隷の少女は目覚めた。奴隷であることを識りながら、そうあることを否定する。
ゆっくりと少女は進み続ける。やがて長さ以上に先に行こうとするアルギュロスレウスを鎖はピンと張って止めようとする。
アルギュロスレウスは止まらない。進む力は一切弱らず、限界を迎えた鎖から千切れ砕ける。
壱つも残さず鎖を砕き、アルギュロスレウスは歩む。その身を銀色に染めながら。空間をも染め上げていく。
限界の先の先、
これまで領域に踏み入った者の領域は自己の中で完結する事象なのに対し、我の領域は付近の現実世界への干渉を行う。御業の如き技能だ。
周りのウマ娘が染まると、我に嵌められた鎖と同じものが彼女たちを阻害する。その
「持ってる奴だけついてこい」
クロックスライダーを躱して剛脚を発揮する。ここからはもう、蹂躙の始まりだった。
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(何処にそんな脚が残っている!?)
私を抜き去るその姿に心の中で舌打ちする。このペースなら誰も追い付かない。計算では迫られても二馬身差までに抑えられるはずだったのに。
自分も限界速度を最初からキープし続けている。それこそ、トレーニングの時よりも体感速度は速い。私は既に限界を超えている。
でも……届かない。あと少しなんて希望的観測すら許されない。だけど……それでも!!
「……ぁ?」
前を走る銀色のアルギュロスレウスから伸びた鎖が私の体に巻き付く。幻覚であるはずなのに、限界の先まで加速しようとしていた脚が重くなった。前へと急ぐ心は鎖され、無意識でも崩すことの無いよう身に付けた呼吸も乱れ始める。
脚を前に出しても、私が一歩進む間にアルギュロスレウスは三歩進む。絶対的な差──私が絶望するには十分過ぎた。
「く……くうぅぅぅぅ!」
「がああああああああぁぁぁ!」
ナイトランサーとドリフトスピードが追い縋るが、アルギュロスレウスは既にゴールしている。…………何故、彼女達は折れないのだろう。
『まさに圧勝! 一着はアルギュロスレウス!! 二冠達成! クラシック三冠へと王手をかけました!』
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
結局、私は六着だった。クロックスライダーという名を与えられ、一族に恥じない栄誉を掴み取りたかった。皐月賞は逃したが、東京優駿──日本ダービーでは必ず勝ちたかった。私に長距離の適正は無い。クラシックの冠を取る最後のチャンスだったのに、だから…………勝ちたかったな。
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日本ダービーが終わり。レースの後始末云々が片付いた頃には初夏になっていた。レース疲れが無い私でもクーラーでキンキンに冷えたトレーナー室のソファに身を沈めている。いくら制服が夏服だとしても、前前世の日本よりはマシとは言え暑いものは暑いのだ。ワタシ、ナツ、キライ。
「ねえレウス」
上に何も無い質素な机に座るトレーナーがタブレット片手に話しかけてきた。私のトレーナーは日本ダービーから一皮剥けた。自信がついたってより、余分なことを切り落とした感じ。日本ダービーを勝った後も、喜んだら次のレースの話を始めるくらいには強くなった。これからの事を想像すると、とても嬉しく思う、
「なんだいトレーナー?」
「本当に宝塚記念には出ないの?」
「うん。出ないよ」
今後の予定としては安田記念の後、夏に高負荷トレーニング、そして菊花賞。宝塚記念も私の回復力を考慮すれば出走は可能だ……だが。
「安田記念の後にルーチェとやり合っても勝てない」
「へえ、レウスも勝てないなんて言うんだ」
「言っとくけど、ルーチェだけが特別なんだからな。アイツは奇跡のウマ娘だ。
ふーん、と興味無さそうにトレーナーはタブレットを弄り続ける。この話は前にもしただろうにと思っていると、突然椅子から立ち上がった。
「夏合宿は何処がいい?!」
「…………あ~。合宿か……」
予定だと私が青春の夏を送れるのは今年だけだ。レース引退まで、この夏だけがレースの無い期間。だから何って話だが。
「やっぱ避暑地がいいよねぇ。海が近い避暑地ってあったっけ?」
「……トレーニングとかは普通に学園内で良くな「良くない!」……はい」
トレーナーからすれば夏合宿なんて珍しくな……いや、彼女はまだ新人だったな。そらテンション上がるわ。前世で放牧とかされなかった身からすると休みと言われても実感がないんだよなあ。ひっどい話だよホント。
「栃木とか良くない?」
「行くなら他の人と合わせたいかな。ここいらで仲良くなりたいしね」
「レウス……。熱とか無い? 大丈夫?」
「それは酷くないかい?! 私のことなんだと思ってんだよ!」
「レースジャンキーの最凶魔王ウマ娘」
「ぐう」
夏、それは蒼い青春の季節。
次回予告
夏合宿。それはウマ娘にとって特別な時間。レースを走る彼女たちも所詮は年頃の女子。水着!海!輝く太陽! 遊ばずにはいられねぇ!
菊花賞はすぐそこだ、クラシックが幕を閉じる。
次回「夏、そして菊花賞」
競走バ編のリメイクいる?(台本形式じゃないやつ)
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いる
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ウマ娘編だけで満足
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欲しい(競走バ編の内容把握の為)