【本編完結】ロックバンドにハマったという一人暮らしの息子を訪ねたら「おしゃけしゅきぃ~っ」と寝言を呟く酒カス美女とベッドで眠っていた。 作:SUN'S
きくりさんと出会って二週間ほど経った。
彼女は居酒屋「ばらもん」にやって来ると決まって閉店間際までお酒を飲み続ける。しかも飲み方が悪いのか。いつも数分もせずに酔い潰れるか、接客してる俺にダルい絡みをする。
「羽佐間くぅん、かまってぇ…」
「いや、むりっすね」
「んぇ~っ、良いじゃん、ちゅーするよ?」
………………………………………………だめっす。
「あはっ、めっちゃ悩むじゃん」
俺の差し出したビールジョッキを両手で落とさないように持ちながらもクスクスと笑うきくりさん。いったい、あのちっちゃくてほっそりとした身体のどこにあれほどお酒を貯蔵できるのだろうか。
そんなことを考えながら接客しているとまたきくりさんが背中に張り付いてきた。ほんとに、そういうのはやめたほうがいい。俺じゃなかったら勘違いするし、きくりさんが危ない。
まあ、いいや。と、面倒なのできくりさんを背負ったまま接客していると「生き霊!?」とか「酒カス妖怪!?」など言われ放題の有り様だ。しかし、妖怪っていうよりお酒の女神だろうと俺は思う。
きくりさん、かわいいし。
「えへっ、ありがとぉ…」
はいはい。ところで、今日はダルい絡みが多いみたいだけど。なんかあったんですか?と彼女に問いかける。ふるふると震えるきくりさんに驚きつつ、彼女を下ろして視線を合わせる。
「うええぇぇんっ!!おうち追い出されちゃったあぁぁぁっ!!!」
……いや、そうなるでしょうね。
きくりさんは家賃払ってないし、騒音被害(ベースの練習)や異臭被害(お酒の臭い)でいつも怒られてるのは聞いてたし、なんならアパートに帰るのだって数週間に数回じゃないっすか。
「もうお外やだよぉ…さぶいよぉ…」
そう言って俺を見るきくりさん。
これは「じゃあ、またうち来ます?」という言葉を待っているのだろうかと邪推しかけたが、きくりさんみたいな美人が何度も俺の部屋に来るのはあり得ないなと勝手に納得する。
とりあえず、ビールジョッキ下げとこ。
しくしくと泣いているきくりさんを背中に乗せて接客するのは、わりとかなり疲れた。お酒臭いし、シャツは濡れるし、なんか耳元で歌い始めるし、めっちゃ上手いし、この人はほんとに何者なんだ?
「羽佐間ァ…そろそろ上がっていいぞ」
そう言った店長はどこか憐れみの視線を俺に向けていた。そう、あれは「ああ、こいつも酒呑みに囚われて逃げられなくなるやつか」と言いたげな視線だ。俺の実家が酒屋だって知ってるのに、そういう視線を向けるのはやめてほしい。
しかし、まあ、あれだ。
「帰りましょうか、きくりさん」
「…ぅん、かえりゅっ、ずびっ」
なんだかんだ言っても酒飲みに悪い人はいないって父さんも言ってたし、きくりさんも悪い人じゃないのはなんとなく分かってきた。
〈居酒屋「ばらもん」〉
個人経営の居酒屋。
下北沢の商店街に建つ居酒屋。強面な店長と数名の店員で切り盛りしているわりと人気のあるお店。料理やお酒など沢山の種類を揃えており、若者にも評判は良い。ただし「ばらもん」は漢字で「薔薇者」と書くため来店した男はよくビビる。