あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
『ああ、腹が立つ。腹が立つ』
突如として背後から現れた不気味な足音と共に、この世のものとは思えないほどの恐ろしさに満ちた何かが耐えかねないほど重苦しい空気と一緒に押し寄せて、目が合った瞬間に全てが終わってしまいそうな予感にわたしはその人から思わず目を背けた。
『ああ腹が立つ、腹が立つ』
停電でも起きたんじゃないかと周りの観客が勘違いしてしまうほどの暗闇の中で、果てしなく長い沈黙を嘲笑うかのようにどこからともなく聞こえてきた、
『あの人は毎年毎年妾のところへ』
シーンと淡く照らす光の中で、帰らぬ
『あの人は毎年毎年妾のところへ』
パッといきなり照らされた一筋の光の中で、帰らぬ
『我が子、紅孩児もあの猿のために出家されたという・・・愛する子も奪われ・・・それでも夫は帰ってこぬ・・・・・・ああ腹が立つ、腹が立つ』
『我が子紅孩児もあの猿のために出家されたという。愛する子も奪われそれでも、夫は帰ってこぬ・・・・・・ああ・・・腹が立つ腹が立つ』
舞台の上に上がった瞬間、ひとりの羅刹女は炎のように燃える感情で怒り、もうひとりの羅刹女は炎のように燃える感情で微笑んだ。
『ああ、この怒り・・・どうしてくれよう』
『ああ・・・この怒り、どうしてくれよう』
これが・・・・・・わたしにとっての“はじまり”だった。
2024年_4月_
「(ただでさえ演技も超一流なのにこんなにもゾクゾクするおもしろいストーリーが書けるとか天使を通り越して神ですか・・・)」”
あれから5年とちょっとの月日が経った4月。わたしはどこにでもいるごく普通な小学6年生になった。天気が良いわけでも悪いわけでもない薄曇りな日の昼休みの図書室。クラスにいるみんなの多くが教室だとかグラウンドに出て遊び騒いでいるなかで、敢えてわたしは図書室で苦労して手に入れた一冊の
「あ~ゆみっ、今日はみんなと遊ばないの?」
心の中でずっと歓喜しながら図書室の席に座ってその本を読んでいると、クラスメイトで“この”学校に来てから一番仲良くなった友達の
「うん。今日はちょっと“これ”を読んで気分を上げておきたかったから」
ただ今日は、この前の土日に書店を20店くらい回ってようやく手に入れたわたしの“推し”が書いた小説を誰にも邪魔されずに読み進めたい気分だ。もちろん、読破するまではずっとこんな感じになると思うけど、特に気にしない。
「へぇ~何それ・・・って待って!?これこのあいだ出たばかりの
「シッ!図書室ではお静かに」
「ごめんごめん」
「そんなひそひそ声にしなくても・・・」
そして実夕は人は違えど私と同じく“推し”の俳優さんがいる
「でもよく買えたよねそれ?」
「えへへ、買っちゃった」
「うわぁいいなぁ~あたしもそれ読みたいって思ってるんだけどもうどこにも売ってないんだよね~」
「ちなみにわたしは上下巻含めて休みに20店ぐらい探し回ってようやく買えた」
「20店はやばいな(さすがは“よなちよ”ガチ勢・・・)」
「実夕もそんなに読みたいんなら“電子書籍”で買えばいいじゃん?」
「いやいや、やっぱり
「ふふっ・・・実夕も良いセンスしてんじゃん」
「唐突に“細かすぎて伝わらない百城千世子のモノマネ”をぶち込むのヤメロ(しかもまたクオリティーが上がってるし・・・)」
わたしがずっと手に入れて何度でも読破したいと思っていたこの小説は、説明不要のスターズの看板女優・
「あぁ・・・ただでさえこの5年で女優としてどんどん魅力的になっていっているのに、ここに来て小説を出してくるとかどれだけ新しい一面を人類に魅せつけてくるつもりなんですか神様仏様天使様・・・」
「あ、あゆみが“限界モード”になった(この調子だと上下巻読破する前に死ぬな・・・)」
そうまでして苦労しながら買った百城さんの小説だけど・・・さすがは天使様、人類の期待をホップステップジャンプの如く軽々と乗り越えて来られた。長編小説初心者でも圧倒される先の読めないストーリーのおもしろさで、これで今まで小説なんて趣味でも書いたことすらなかったなんて(※先週のブランチのインタビューで本人が言ってた)天地がひっくり返っても信じられない・・・もうとにかく苦労してまで手に入れた甲斐があったし、なにより『羅刹女』からずっと百城さんを追い続けてきて良かったとしか言えない。
「・・・そういえば今日だよね?あの映画の“完成披露試写会”ってさ」
「・・・完成披露試写会?・・・あぁ」
「さては完全に忘れてたな一瞬だけ?」
「面目ない」
ほんのちょっとだけ心の奥で抑え込んでいた“
「もう、ほんとあゆみって
ちなみに今日は、授業が終わった後に実夕と一緒に応募した映画の完成披露試写会に行く予定(※年齢の関係で親と同伴)がある。そしてこの映画で主演の1人を演じているのが実夕の“推し”、もとい今まさにブレイク真っ只中の実力派若手イケメン俳優・
「実夕はほんとに良かったの?完成披露試写会なんて本人確認とかないからいくらでも“代わり”で入れたのに」
「それはそれでありがたいけど、何かそれって罰当たりな感じじゃない?」
「でも本音は?」
「めちゃめちゃくやしい」
その試写会の応募にわたしは実夕から付き合わされる形で一緒に応募したら、愛琉推しの実夕が落ちて、一応共演者の中に推しまでは行かないけど好きな俳優さんがいて何だかんだ“満更でもない”わたしだけが受かった。
「ほんっとにくやしいけど・・・やっぱ“推し”に会いにいくなら自分の力で当てて会いにいくってもんでしょ?・・・・・・だからあたしの分まで楽しんでいきなよ。あゆみ」
「うん。ありがと」
もちろんこれもまた神様がくれた大切な運だから、わたしは肩に手をやる友達からのつよがりを、同じく推しを追う“友達”として受け止めた。
「あとついでにサイン貰ってきて」
「いや無茶言うなし」
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「ここって何気にベストポジションじゃない?」
「そうね」
学校の昼休みに“あたしの分まで楽しんでこい”と実夕から背中を押されてから数時間後、帰りの挨拶を済ませたわたしは一直線に家に帰ってすぐさま支度して、早めに仕事を終わらせたお母さんと一緒に一直線に神宮寺愛琉と
もちろん演者との距離が近い最前列が当たったらそれはもう本当に嬉しいことで、相手が好きな
「はぁぁ、実夕もチケット当たってたらな~」
「仕方ないよ。これはピンポイントでニッチな客層を狙ったマニア向けの作品なんかじゃなくて大手の映画会社が制作した“商業映画”で出演者もそれなり以上に豪華だから、自ずと応募する人が多いから倍率も増えてそのしわ寄せで外れる人も増えていくものだから・・・・・・でも、実夕ちゃんが一緒に当たらなくて残念だったね?」
「うん・・・だから今日は実夕のぶんまで楽しむよ。わたし」
「もう、本当は“満更でもない”くせにあなたって子は」
隣の席に座ったお母さんが、試写会が当たって満足なのと実夕と一緒に観れなくて残念な気持ちが半々になっているわたしの気持ちをどこか得意げに言い当てる。きっと他の誰よりも私と一緒にいた時間が多かったからってことかもしれないけど、こうも簡単に思ってることを言い当てられるとなんだか心がムスッとしてくる。ちょっと前まではこうやってお母さんがわたしの考えてることを言い当てても何も思わないどころか逆に嬉しかったはずなのに・・・もしかしてこれが道徳の授業で先生が言ってた反抗期。だったりするのかな?
「・・・実夕と一緒に観たかったのはホントだよお母さん」
「冗談のつもりで言ったのにそんな拗ねなくてもいいじゃないの?」
ほんのちょっとだけ言い返すつもりで口を開いたら、思った以上に怒ったような言い方になってこれから舞台挨拶と上映が始まるっていう大事なタイミングで何だか気まずくなってしまった。もちろんお母さんに悪意なんてないのは分かっているから、拗ねてると思われたのはイマイチ納得いかないけどこれはわたしが悪い。
「ごめん。でも別に拗ねたとかそんなんじゃないから」
ともかくわたしは、そんな無類の映画&演劇好きなお母さんの影響をモロに受けてしまったのと、6歳のときに“リッキーも出てるよ”っていうお母さんからの誘い文句で連れられて生まれて初めて鑑賞した舞台でふたりの女優さんの演技に出会ったことで、親子揃って仲良く演技の世界に“沼って”しまった。ただしわたしの場合は、“推しはつくらない主義”のお母さんに比べるとやや偏っている。
「せっかくの試写会だからさ、もっとリラックスしていかないと」
「・・・そうだね」
ちなみにわたしのお母さんは舞台『羅刹女』の広告を手がけた“ちょっとだけ”有名なデザイナーなのと、実はお父さん(旦那)が“売れっ子の漫画家”だというところを除いたら、どこにでもいる普通の“お母さん”だ。さすがに10歳の誕生日のときに『羅刹女』の広告をデザインしてたことをうっかり口を滑らせたお父さんから明かされたときは、天地がひっくり返るくらいびっくりしたけれど。
「・・・ねぇ?あゆみは幼稚園のとき一緒の組だった
少しだけ気まずくなった空気を変えるつもりか、お母さんはわたしの機嫌をみながら幼稚園にいたころによく遊んでいた友達のことを聞いてきた。
「えっ?うん、もちろんちゃんと覚えてるけど何でいきなり?」
その友達の
「いやほら、このあいだ世凪くんが夏に公開されるアニメ映画で声優やるってニュースでやってたからさ」
「・・・あ~細野監督の新作ね」
「来月に試写会があるみたいだけど応募しとく?」
「うん。帰ったらお願い」
「(よし、機嫌戻った)」
特に覚えているのが将来の夢に“リッキーみたいなビッグスターになる”って書いちゃうくらいの“リッキー推し”で、わたしがリッキーこと
「幼稚園の卒園式で証書を渡されたときに“王賀美陸に、俺はなる!”ってみんなの前で高らかに叫んであのあと小田桐先生からこっぴどく叱られてたあのヤンチャな世凪くんが、今じゃかつてリッキーがいた
「“人生”って、わたしまだ小学6年生なったばかりなんだけど?」
あれから世凪くんは“リッキー”が好きすぎるあまり王賀美さんが所属していた芸能事務所に子役として入ってあっという間にブレイクして、今ではテレビで見ない日はないって言われるくらいの
「“あの舞台”を観たあゆみなら私の言ってることの意味は何となくわかるでしょ?」
「シャワー浴びに帰っていて遅刻なの、内緒だよ?」
「・・・まあ、ちょっとはね?」
「ガッツリ影響されてるでしょあゆみは」
「それはだって羅刹女×2とリッキーから直接サインなんて貰ったらわたしじゃなくても“おかしく”なるってばさってばよってば」
「“おかしい”って自覚はあるのね?それと最後の変な語尾みたいなのは何?」
「2年くらい前にやってた弁護士モノのドラマで
「よく覚えてるよねそんな細かいところ?というかあゆみって渡戸さんのことは“嫌い”じゃなかったっけ?」
「ううん、全然そんなことないよ。だって渡戸さんってカメラが回ってないところだと超がつくぐらい優しかったし」
「あー、言われてみればそんなこと言ってた気がする」
「でも結婚しちゃったんだよねー、“あの映画”を撮った同じ年の年末にさ。しかも相手は誰もが知ってるあの“大河女優”っていうね」
「そっか・・・それがあって一時期“ロス”になってたから私の頭の中で色々とごっちゃになってたのか」
「ん?なに?」
「いや何でもない。独り言」
そういうわたしも、5年前にお母さんに連れられ観に行った『羅刹女』との出会いがなかったら、きっとオタク気質を拗らせて“こう”はなってない。でも後悔なんて一度もしたことないし、自分の好きをそのまま好きだって恥ずかしげもなく言える家族や友達がいる“いま”は、本当に楽しい。
「・・・あゆみはさ・・・“戻りたい”っていう思いはまだ少しくらいはあるの?」
一瞬だけ気まずくなっていた空気が明るくなってもとに戻ったところで、右に座るお母さんが左の私に普段より僅かに低いトーンで話しかけた。
「・・・どういうこと?」
なんとなく、お母さんの言う“戻りたい”というワードでどんな話なのかは分かった。
「思い出したくなかったらごめんだけど・・・・・・“そっち側”の世界に・・・」
隣に座る私を見つめていた視線が、白色の明かりに照らされて上映開始を待つスクリーンへと移る。
「あゆみ。そんな危険なお芝居なんかしていたら心がおかしくなるから、今すぐやめなさい」
「うーん・・・わたしは“戻りたい”なんて思わないかな・・・・・・だって、今から“そっち”に戻ったってわたしが
後悔なんて一度もしたことないと言ったけど、本当は心の底で“後悔”していることがひとつだけある。だけど、それを求めるのは“人”として許されないことだから。わたしが“ふたりの羅刹女”になることは“
だから・・・・・・わたしは“こっち側”の世界に戻った。
「そう・・・」
お母さんが言いたいことを察したわたしからの“
「・・・言っておくけど、私はあゆみが“どっち”の道に進んでも変わらず“あなた”の味方だから」
そして何も映らないスクリーンに目を向けたまま、お母さんは静かに強く私に向けてそう言った。
「・・・お母さんに認められたって意味ないから・・・“こっち”に戻ってきたんじゃん・・・」
わたしのことをみんなが“違う”と否定していたときにも変わらずにずっと味方だったお母さんへ充実している日々の中で忘れようとしていた気持ちをぶつけたけれど、それは暗転と同時に始まった上映前の舞台挨拶の音響によって掻き消された。
未来から始まる物語だって、ひとつぐらいはあってもいいじゃないか・・・・・・多分。
というわけで、アクタージュの二次創作としては恐らく前例のない最終回から5年後の未来まで飛んだところからのスタートです。
ぶっちゃけこのお話を書いていて自分でも“これ大丈夫か?”って感じでちょっとだけ恐いなと思う瞬間もありますが、それでも書くことを決めましたのでとりあえずこれからよろしくお願いします。
ちなみに最終回から5年後までの空白は原作の事情もあってあくまでIFの世界線になってしまいますが、手探りながらも徐々に回収していくつもりです・・・・・・つもりです。