あゆみのおしばい   作:ひらがななかい

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しーん10。さいあく

 「あゆみ。そんな危険なお芝居なんかしていたら心がおかしくなるから、今すぐやめなさい」

 「どうしてですか?・・・わたしはただ、自分が演りたいお芝居をやろうって思ってるだけなのに」

 「夜凪景さんや百城千世子さんに憧れてるからなのかは知らないけれど、あなたみたいな10歳に満たない子供が心をすり減らす“メソッド演技”を演るのは危険すぎる・・・だからこれからはもっと“子どもらしい”演技を心掛けなさい。そうしなければいつまで経ってもあなたはオーディションに合格なんか出来ないわ」

 「でも!」

 「心を鬼にして言うけれど、今のあゆみの芝居は誰も求めてなんかいない。それが、あなたがずっとオーディションに落ち続けている“今”なのよ・・・・・・俳優として、そして人間としてもっと成長したいのなら、いい加減少しは嫌われない努力をして大人の言うことを聞ける器用な子になりなさい」

 「・・・だったら、子どもは“子どもらしいお芝居”しかしちゃいけないってことなんですか・・・?先生?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・はぁ・・・」

 

 児童劇団の稽古場にいたはずのわたしはいつの間にか自分の部屋のベッドで仰向けになっていて、視線の先には薄暗い自分の部屋の天井が広がっている。

 

 “・・・夢?”

 

 今まで見ていた景色が夢だったことが分かった瞬間に、一気に目が覚めた。この夜明けって感じの部屋の暗さからして、目覚まし時計のアラームが鳴る7時より全然早く起きてしまったみたいだ。

 

 「(・・・5時半)」

 

 一応ベッドの上に置いてる目覚ましのボタンを押して光らせてみると、画面は5:30を指している。

 

 “・・・ほんと、嫌な夢だった・・・”

 

 「・・・さいあく

 

 今まで見ていた夢をまた思い出して、溜息の代わりに独り言が溢れた。わたしの中で、最も思い出したくない“二大トラウマ”のひとつ。

 

 

 

 「心を鬼にして言うけれど、今のあゆみの芝居は誰も求めてなんかいない」

 

 

 

 「なんでこんなタイミングで見ちゃうかなぁ・・・わたし」

 

 いまのがただの夢で本当に良かったって心から思うけど、黒山さんの映画の演技審査が終わって最初に見た夢がこれっていうのは・・・・・・なんだか不吉だ・・・

 

 “・・・続きは見たくないなぁ・・・”

 

 結局セットしたアラームより1時間半も早く目が覚めさめたわたしはもう一回ベッドの上に寝転んで目を閉じたけれど、縁起が悪すぎる夢を見たせいでそれからほとんど眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「忘れ物はない?」

 「わたしは大丈夫」

 「道行(みちゆき)は?」

 「問題なし。つーことで電気も全部消したし行きますか」

 

 今日は日曜日。家族全員で揃っての朝ごはんを終えて支度って言えるか微妙なくらいの軽い荷支度を済ませて、部屋の電気の消し忘れがないかをチェックして、いざ3人で水族館と映画館へ・・・

 

 「・・・ってどうしたあゆみ。朝からずっと元気がねぇじゃねぇか?ひょっとして具合悪いんか?」

 

 と行きたいところだったけど、わたしの気分はイマイチ上がらない。

 

 「えっ?ううん、全然平気だよお父さん」

 

 だけど具合が悪いとかそんなのじゃないから、少しだけ心配するお父さんにわたしは大丈夫だと伝える。ただでさえ今日は日曜日でしかも週刊誌で連載を抱えてるお父さんのお仕事がひと段落して“計画的休載(家族サービス)”に入って久しぶりにまともな休みが取れたことで家族3人揃ってお出かけできる・・・という共働きの有島家にとっては数か月に1回あるかないかくらいの貴重な日なのに。

 

 「あゆみったら、夜に“めちゃくちゃ悪い”夢をみたらしくてそれからずっとこの調子なのよ」

 

 まぁ、その理由はお母さんの言う通りで、もう思い出しただけで気分がブルーになるほどの悪い夢を見てしまったせいで、わたしの気分はとてもじゃないけどこれからお出かけするようなテンションにはなれないでいる。

 

 「たかが夢じゃん。何にも気にすることなんてないと思うぞあゆみ?」

 「別にこれがただの悪い夢だったらまだいいよ・・・でも、オーディションが終わったあとにあんな夢なんて見たら、不安にもなるってば・・・」

 

 おまけに“全身全霊をかけた”演技審査が終わった後でいつもよりちょっとだけ神経質になってるタイミングで“あんな記憶”を夢で見てしまったから、余計に気持ちが沈む。

 

 「オーディション?・・・あぁ、こないだ言ってた墨字氏のやつか」

 

 ただ昨日まで週刊連載している漫画の仕事で大忙しだったお父さんは、そもそもわたしがどういうオーディションを受けたのかもあまり理解していないから、わたしがどれくらいの覚悟を持ってオーディションを受けていたのかも、きっと知らない。もちろんお父さん自体は本当にわたしとお母さんを大切にしている人だってのは“一人娘”として知っているつもりだから、わたしは全然嫌いだなんて思ってない。

 

 「こないだも何も昨日LIMEであゆみがオーディションに行ったこと伝えたはずなんだけど?」

 「ごめん見てない。俺ってぶっちゃけ“電話じゃないと気が向かない限り出ない系男子”だから」

 「あなたの締め切りが佳境なの知ってたから電話しづらかったのよ・・・あと“電話じゃないと気が向かない限り出ない系男子”ってなに?聞いたことないんだけど?(男子ってかもうオジサンだろこの42歳児が・・・)」

 

 そんなわたしのお父さんは“水沢(みずさわ)エサシ”というペンネームで活躍している超が付くほど売れっ子の漫画家で、わたしが幼稚園に入ったあたりから連載を始めた『アルル』(ジャンルはダークファンタジー)はアニメ化に映画化、アプリゲームやコラボ商品が出たりめちゃくちゃメディアに推されまくったおかげで今や累計4000万部を突破した人気作にしてお父さんにとって一番のヒット作になっている。だから漫画を描く傍らでアフレコの収録現場に“原作者”として立ち会ったり制作会議に参加したり・・・なんてわたしだったら“絶対おかしくなる”ような量の仕事をずっとやってることは子どもながらに理解してるから、それを考えるとわたしはどうしてもお父さんを責められない。ただ肝心のお父さんの漫画はいざ読んでみたらたまにギャグもあるけどストーリーは普段のお父さんからは想像できないくらい展開が重々しくて残酷だったから、まだまだ“子ども”なわたしは途中でリタイアした・・・けど百城さんの小説を読破した今なら、もしかしたらついていけるかもわからない。

 

 「・・・まーでも、逆に考えれば悪い夢を見たことで悪運が吹き飛んだって考えたら、どうにかなるっしょ。よく分かんないけど自分を信じろ、あゆみ」

 

 とまぁ、こんな感じでお父さんは“普通の人には到底無理なレベル”の量の仕事をずっとこなしているけれど、疲れたりして辛そうにしている姿なんて一回も見た事ないし、それどころかたまにとっている“計画的休載”も自分は休まず今日みたいに家族サービスに費やしたりしているから、わたしどころかお母さんですらお父さんが弱ってる姿を見たことすらない。

 

 “・・・そういうお父さんはちゃんと夢見れてるの?”

 

 気が付いたらそれが有島家にとっての当たり前になってしまっているから、今ではわたしも“お父さんはこういう人”と受け入れられるようになった。だけど、こういう気分が少しだけ落ちてるときに“お父さん”って感じに優しくされると・・・ついわたしは心配しそうになる。

 

 

 

 「そっか・・・・・・じゃあ今日はパーッと“普通の女の子に戻りました記念”ってな感じで盛大にパーティーでもやっか!」

 

 

 

 もちろんその心配を口にしても、“わたしのお父さん”という人はそういう素振りを誰にも見せない人だっていうのは、普通(こっち)の世界に戻ってきたときから知ってる。

 

 「そうだね。自分を信じていればきっと大丈夫だよね。オーディション自体はやり切った感もあるし

 

 なんてことはとにかく、“自分を信じろ”というお父さんの言葉は本当にその通りだから、わたしは外行きの服を着て色付きの眼鏡をかけるお父さんの目を見て大丈夫だと言葉を返す。たかが縁起の悪い夢を見て気分がブルーになっていたら、せっかくの運気も逃げていく気がする。というかむしろ、夢でほんとに良かったって話。

 

 

 

 「“今度”はちゃんと共演者になってもう一度会おうね・・・あゆみちゃん」

 

 

 

 それにわたしはあおちゃんと“共演者”になるって約束したし、もう一度“女優(やくしゃ)”になるって心に決めてるから。

 

 「じゃああゆみの機嫌が直ったところで行きますか、水族館に」

 「もちろんメインディッシュは午後の映画だけどね?」

 「メインディッシュって、フレンチじゃないんだから」

 「例えだよ例え」

 

 ピンポーン_

 

 悪夢を見てブルーになっていた気持ちを切り替えていざ出発しようと玄関に行こうとしたら、家のインターホンがいきなり鳴った。

 

 「日曜日のこんな時間に誰かしら?」

 「宅配便か稀に来る変な宗教の勧誘とかじゃねぇの?」

 「通販を頼んだ覚えもないし宗教もお断りよ」

 

 どこか能天気なお父さんを横目でツッコミながら、お母さんはインターホンのモニター越しに突然訪問してきた人に話しかける。

 

 「はい、どちら様で・・・」

 

 モニターの先に映っている誰かに話しかけようとして、お母さんは急に驚いた表情を浮かべて言葉を失う。その様子を見たわたしは、何か嫌な予感とも違う“鳥肌”を感じた。

 

 『急な訪問で申し訳ない。大黒天の黒山だ。どうしてもお宅の娘に用があってな

 

 “・・・・・・え?

 

 「すみませんいま玄関を開けます」

 「ちょ・・・っと待ってわたしまだ心の準備が!」

 

 ガチャッ_

 

 あまりに突然のこと過ぎて自分でもわけがわからないままわたしは叫ぶようにお母さんを呼び止めたけど、駆け寄ったときにはお母さんは玄関のドアノブに手を掛けた。

 

 「よお、昨日ぶりだな

 

 玄関の扉が開くと、心の準備が出来ていないわたしの前に、外からの光と一緒に見覚えのある“ひげもじゃ”の映画監督が不気味に笑いながら現れた。

 

 「黒山監督・・・この度はあゆみがオーディションでお世話になってます」

 「いや、まさかこんな形であんたの娘とまた関わることになるとは俺も驚いたよ」

 

 何の予告もなしに有島家を訪問してきた黒山さんに、わたしが“あの映画”に出演した縁で映像作品でコラボをしたことをきっかけに知り合ったお母さんは一瞬で“仕事モード”に切り替えていきなり現れた鬼才映画監督に嫌な顔一つせずに頭を下げる。

 

 「お、お疲れ様ですっ、黒山さん」

 「おいおい昨日の威勢はどうした?何も緊張することねぇだろ家ん中にいんのに」

 「だって、いきなり来るので・・・心の準備が」

 

 それを見たわたしはまだ挨拶してないことに咄嗟に気付いて黒山さんに挨拶してみたけど、心の準備が出来てないせいでグダグダになってしまった。だって黒山さんはわたしに“2度”もチャンスをくれた恩人で映画監督の中で一番尊敬してる人だけど、それ以前にわたしは黒山さんのファンだからこんなふうに何の準備もなしに会うと“推し”とバッタリ会ったときと同じくらい緊張する。

 

 「なんか宅急便でも宗教の勧誘でもなさそうだけど誰が来てんの?」

 

 こんな具合に黒山さんと玄関で挨拶していると、奥のリビングのほうからなかなか玄関から戻ってこないわたしとお母さんの様子を見に来たお父さんがボヤキながらやってきた。

 

 「なるほどな。今日は休日だから珍しく“漫画家”の旦那さんもいるわけってか」

 

 すると黒山さんはリビングから玄関に来たお父さんを見てほくそ笑むように話しかける。そういえば、お父さんと黒山さんって一緒にお仕事したことあったっけ?

 

 「・・・これはこれは噂の黒山墨字氏じゃねぇか。初めまして、つーかマジで黒山墨字って実在したんだ?」

 「実在しなかったらここにいる俺は誰なんだよ

 

 良くも悪くも初めましての距離感がバグってるお父さんのせいで説得力はないけれど、やっぱりお父さんと黒山さんはガッツリ初対面みたいだ。まぁ、そもそも児童劇団に入るときも契約書にサインするときに隣にいたのも、“あの映画”のオーディションの送り迎えをしていたのはお母さんで、お父さんは『アルル』の連載でそれどころじゃなかったからちょっと考えたら納得はできる。

 

 「とにかく実際に会うのは初めましてになるから軽く名前だけは言っておく。俺は映画監督をやってる黒山墨字だ。昨日の演技審査でお宅の娘は審査させてもらったよ」

 「俺は集A社で連載を描いてる“水沢エサシ”こと有島道行(ありしまみちゆき)。フィールドは違えど俺たちは共に表現者ってわけだから、ここはひとつ“よろしこ”」

 「なぁ奥さん、お宅の旦那って普段からこんな感じなんか?

 「ウチの主人がすみません。一応これでも平常運転なので・・・黒山さんも黒山さんだけど・・・)」

 

 そんな初めまして同士の“キャラが濃い”映画監督と漫画家は、玄関前で握手を交わす。

 

 「水沢エサシ・・・って、どっかで聞いたことあると思ったらあの『アルル』のか?」

 「おぉ、まさか墨字氏ともあろうお方もご存じだったとは・・・さすがっすね」

 「ご存じってか、あんな何千万部も売り上げてる漫画ともなれば嫌でも話題は耳に入って来るしな。読んだことねぇけど」

 「いやないんかい」

 

 そんなわたしのお父さんは、相手が例え初対面だろうと偉い人でも普通に“そこら辺のお兄さん”って感じでコミュニケーションをとる。言葉遣いと普段から着ている服が同い年くらいの大人に比べてチャラいのと地味に童顔なせいでパッと見だとお父さんってより“年の離れた兄”にも見えなくもないけれど、これでもお父さんは黒山さんと同学年の42歳だ。

 

 「まぁ読んでないことはさておきで、ご存じの通り普段の俺は素顔を隠して活動している身分故、このようなプライベートの場では“有島道行”として接して頂けるとありがたい」

 「“ご存じ”って言われても知らねぇし正体隠す気ねぇだろこの旦那

 

 このキャラのせいで案の定説得力が伝わらないけど、お父さんのペンネームはいわゆる“世を忍ぶ仮の姿”で素顔は一切非公開にしているから、あの“水沢エサシ”とここにいるわたしのお父さんが同一人物だって知っている人は普通の世間には誰もいない。ちなみに一応わたしは学校の友達には“集A社で働いてる”とだいたい半分くらいの嘘でお父さんのお仕事を打ち明けてる・・・ついでに水沢エサシっていうペンネームの由来はお父さん曰く、生まれ育った地元が“あの辺”だから、らしい。

 

 「・・・って、そういえば黒山さんはどのような件でここに来たんですか?」

 

 と、有島家の玄関で大人2人がコントのようなやり取りをしているところで、ハッと我に返ったお母さんが黒山さんに問いかける。

 

 「そうだ。ここでいつまでも話してる時間はないんだったな・・・

 

 すると扉のところに立つ黒山さんはおもむろに玄関の中に入って緊張で無言気味になっていたわたしと同じくらいの視点までしゃがみ込んで、今日一番の不敵そうな笑みを浮かべる。

 

 「“あゆみ”。お前にどうしても“会いたい”と言っている人がいるんだが・・・・・・今から行けるか?

 「会いたい人、ですか?」

 「俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇ。お前が行けるか行けないかだ

 

 

 

 「・・・おもしれぇこと言うじゃねぇか。お前」

 

 

 

 「・・・はい。ぜひ

 

 目の前で黒山さんから“笑み”を向けながら“下の名前”で呼ばれたわたしは、自分じゃない“何か”に操られたみたいに、無意識に“はい”と答えていた。というか、それ以外の選択肢が頭の中から浮かんでこなかった。

 

 「・・・そうだよな。お前は“そのため”に帰って来たんだよな

 

 ほとんど流れみたいな感じで“はい”と答えたわたしに、黒山さんは不敵さが抜けた優しい表情で微笑みながら肩を優しく一回叩いて、立ち上がる。

 

 「せっかくの家族揃っての休日を少々割く形になるが、これからあゆみには昨日のオーディションの“続き”をしてもらうのと、それに伴ってあんたらご両親にも話しておかなければいけないことがあるから・・・今から“ある場所”へ向かってもらうことになる」

 

 そして立ち上がった黒山さんは、オーディションのときやついさっきまでの何考えてるかわからない“不気味で怖い”雰囲気からはかけ離れた真剣な表情で、わたしたち家族に頭を下げた。

 

 「どうか次の映画のために・・・・・・心から協力を頼む




突然の来訪、そのワケは_


たまにはこっちもやらねば
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