あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
「あの、ここって・・・」
家の前から“スタジオ大黒天”の文字が横に書かれたワンボックスに乗ること20分弱、わたしは頭を下げてまでお願いしてきた黒山さんに根負けしたお父さんとお母さんと一緒に演技審査が行われた芸能事務所・アクタージュ、ではなく黒山さんが社長をしている映像制作会社・スタジオ大黒天・・・でもない、下北沢の駅前からちょっと奥に入ったあたりにある4階建てのマンションみたいなビルの前にいた。
「見ての通り、
芸能事務所・劇団:
「なぁ、これって要するにあゆみはもうオーディション?っていうのに合格したってことじゃねぇの?」
大人帝国の事務所がある建物に入る目前に、外行きのチャラい恰好をしたお父さんが前を歩く黒山さんにさり気なくとんでもないことを話しかける。
「結論を早まるなよ“先生”。こーいうのは“場”が整ったところで言うのがセオリーってもんさ」
「もう勿体ぶらずに教えてくれよ。あゆみも気になるだろ?」
「気になるけどお父さんのせいで余計に緊張してきた」
「マジか!?ごめんあゆみ」
「ほら“パパ”が余計な事いうから娘が緊張してんじゃねぇか」
「さっきから主人がホントすみません(私的にはどっちもどっちな気がするけど・・・)」
ただでさえ状況がよくわかってないのにどストレートなことを唐突にぶつけてきたお父さんのせいで、せっかく準備が出来始めていた心はもたつき始めた。とりあえずこれが原因でグダグダになって不合格にでもなったら・・・って終わった後のことだけは、考えないでおこう。
「やっぱり緊張するか?あゆみ?」
建物の裏にあるコインパーキングから先導するように前を歩く黒山さんの後ろでただ1人緊張のせいで家を出てからほぼ無言になっているわたしに、黒山さんは前を向いたまま話しかける。
「・・・はい。というか、何で夜凪さんの事務所じゃなくてここにいるのか全然わからないから、ちょっと混乱してます」
朝から突然の連続で緊張しっぱなしな意識を正して、黒山さんへ言葉を返す。そもそも演技審査のあとに何があるかは元々シークレットだったけど、まさか全然違う芸能事務所に連れて行かれるとは思わなかったから、朝からの緊張と悪夢を見た不安とかが重なったわたしは、あおちゃんから完璧な演技を魅せつけられた後みたいに気持ちが落ち着かなくて、余計に気持ちが高ぶっている。
「そりゃあ、急に昨日まで審査していた人からいきなり押しかけられて、行ったことのない場所に連れて行かれる。不安にならないわけねぇよな・・・」
不安を隠せないわたしに、黒山さんは振り向いて優しく力強く語りかける。
「けどよ、いまのお前は女優になりたくて“ここ”にいるんだろ?・・・その気持ちさえあれば、もう怖がる必要はねぇ」
そしてわたしからのリアクションを待たずに黒山さんは大人帝国の事務所が入っている4階建てのビルの中へと入って行き、わたしもお父さんとお母さんと一緒に後を追ってエントランスに入る。
「事務所はここの4階の部分にある。俺はご両親と“401”で話しておきたいことがあるから、あゆみには今から先に1人で“402”へ行ってもらう」
「・・・“402”に、わたしに会いたいって言ってた人がいるってことですか?」
「あぁ、そうだ。そこでこれからあゆみには“最終審査”をしてもらう。既に
事務所があるという4階まで繋がるエレベータの前で、黒山さんは1人で4階に行き“最終審査”があるとわたしに告げる。この4階の402という部屋で、黒山さん曰くわたしに“会いたい”と言っている人が待っている。
「わたしは絶対に女優さんになるって決めたから」
「役者だったら“はける”まで堂々と演じ切ってこい。有島あゆみ」
「・・・はい」
さり気なく演技審査を突破した嬉しさや余韻を1秒も感じることなく、“6歳のわたし”の言葉でやっと心の中にあるスイッチを“押す”ことができた私は、黒山さんからの最後のアドバイスをバネに気持ちを切り替え1階に着いたエレベーターに一足早く入って、1人で事務所がある4階に上がった。
ポーン_
扉が閉まってからどれくらい時間が経ったかは分からないけど、わたしを乗せたエレベーターは“あっという間”に4階のフロアに着いて、チャイムと一緒にエレベーターの扉が開く。
「お疲れ様です、有島あゆみさん」
「お疲れ様です。今日は、なにとぞよろしくお願いします(いやカタい、カタいってわたし!)」
エレベーターの扉が開くと、いきなり落ち着いた感じの服を着た男の人が4階にきた“応募者”のわたしを迎える。ただあまりに急だったから自分の想像してる3倍くらい畏まった第一声になってしまい、“最終審査”も始まっていないのにいきなり脳内で軽く反省会をする羽目になる。おい、本当にこんなんで乗り切れるのか?わたし?
「では、行きましょうか」
ついガチガチになり始めていたわたしを見ても何食わぬ顔でこの事務所の社員っぽい人から案内されて逆に一旦緊張が解けて落ち着いたわたしは、今度こそ気持ちを切り替えて男の人の後をついていく。
“・・・なんだかマンションみたい・・・”
とりあえず余計な緊張を吹き飛ばすために何となく周りを見てみると、思った以上に“マンション”って感じの廊下が広がっていて、本当にこんなところに
“・・・って、聞こうとしたけど忘れてた・・・”
「では、こちらへどうぞ」
と、黒山さんにどうして“ここ”に呼び出されたのか“聞き忘れてた”ことにふと気付いたタイミングで、4階のオフィスがある“402 (有)劇団:大人帝国”と書かれた扉の中にわたしは案内された。せっかく思い出したけれど、ここまで来ちゃったらもう何の意味もないのはわたしでもわかる。
“・・・もうなるようになれだ”
「失礼します!黒山墨字さんからの紹介でここに来ました、有島あゆみです!本日はよろしくお願いします!」
オフィスの玄関に入り、わたしは開口一番で威勢よく挨拶する。もちろん、必死過ぎてドン引きされない程度の声の大きさを意識した・・・つもりが、思ってる3倍くらいの声が出た。
「(・・・あれ?)」
そしてよく周りを見渡してみると、目の前には六角形の形をした白一色の長机が部屋の真ん中あたりにドンと置かれた会議室みたいな空間が広がっていた。もちろん、第一声に集中し過ぎて目の前に誰もいないことに、わたしはたったいま気が付いた。
「元々この部屋は会議室と応接間と私の仕事場として使っているから、普段はこんな感じで殺風景なのよね」
初っ端から盛大に“やらかした”と頭の中で感じた瞬間、わたしから向かって右奥のほうにある部屋から女の人の声が聞こえて、視線の先にあった木目調の扉が開いた。
「それにしても随分と威勢のいい子が来たわね」
「あぁごめんなさいっ、うるさかったですよね?」
「ううん、むしろ開口一番に威勢よく挨拶するその姿勢・・・私は嫌いじゃないよ」
社長室?かもしれない部屋から出てきたのは、派手さはなくて落ち着いているけどパッと見ただけで“お高い”のがわかるブランドもののスーツを完璧に着こなす“仕事の出来る大人の女性”って感じの女の人。もしかしなくともこの人が劇団:大人帝国の社長で、わたしに“会いたい”と言っていた人で・・・黒山さんが言った最終審査の、“最後の壁”。
「有限会社劇団:大人帝国、代表取締役の
「あ、はい。わたしは」
「黒山君の紹介でウチに来た有島あゆみちゃんね。もう大丈夫、アナタの名前は覚えたから」
「・・・ありがとうございます」
劇団:大人帝国・社長、
“・・・ってあれ?この人・・・”
「それよりいつまでお行儀よく玄関に立ってるつもり?もう準備は出来ているから
「あぁ、はい。すみません」
なんて頭の中で色々考えていたら、402の部屋に入ってからずっと玄関先でほぼ直立不動で立っていたことを優しくツッコまれるという、2度目のやらかし。ひとつだけわかってるのは、402に着くまでに頭の中で思い浮かべていた理想とは、もう審査が始まる前から“斜め上”的な意味で遠ざかっているってこと・・・でも、まだまだ“最初”だからいくらでも挽回できる。大事なのはここから・・・と、無理やり気を立たせる。だってそうでもしないと、緊張で潰れそうなくらいギリギリだから。
「ねぇ、もしかしなくても緊張してる?」
靴を揃えて玄関前に用意されたスリッパを履いて、“こっち”と手でジェスチャーされた応接室へと歩き始めようとしたわたしに、東城さんから優しい口調で図星が飛んできた。やっぱり芸能事務所の社長だからなのか、それともわたしがあまりにもあからさまに緊張してるのか、ずっと緊張気味なのが秒でバレた。多分、原因はどっちもだ。
「はい・・・とても」
緊張しているか聞いてきた東城さんに、わたしは嘘をつかずに馬鹿正直に答える。というより、こういうときに嘘をつくのは一番良くないことは分かってるから、ほんとはあまり良くないことだけどここは素直に答えた。敢えてって言えたらカッコいいかもだけど、いまのわたしにはそれぐらいの余裕しかないから、“嘘はつかない”ことを守るので精一杯。もう今さら遅いけど、やっぱり最終審査は“超緊張”する。
「うん。やっぱり私の想像していた通りの素直な子だ」
「そう、ですか?」
「特に緊張してることをカッコつけないで本当に“ありのまま”で私に言ってくるところとか」
「・・・わたし、嘘はつかないってことだけは決めてるので」
「へぇ~そっかそっか」
そんなギリギリなわたしの緊張をほぐすように、東城さんはドラマとかで環さんあたりが演じていそうな“仕事の出来るクールなキャリアウーマン”な見た目とは裏腹などこか“ふわっ”としたフレンドリーな感じで優しく朗らかに話しかけ続ける。
「さあさあ遠慮なく座って」
「はい。ではお言葉に甘えて失礼します」
「何なら自由にくつろいでもらっていいよ。いっそのこと足組んだりとか?」
「いえいえ!それは失礼かと・・・」
応接室に入ったわたしは、東城さんから軽くからかわれるようにお言葉に甘えてモダンな感じのソファーに座る。ずっと緊張してた反動のせいか、ソファーの座り心地がやたらと気持ちがいい。
「・・・座り心地いい」
「ははっ、気に入ってくれたみたいで何より」
「?・・・あぁすみません!つい・・・!」
なんて東城さんの穏やかな雰囲気に一瞬だけ油断したら、心の中でとどめておくつもりだった言葉が思いっきり口からこぼれてそれを見事に拾われてしまった。ハイ、もうこれで本日3度目のやらかし。これだけ“無礼”なことをしたらもうここで“強制終了”なんてことになってもおかしくないくらい、今日のわたしはミスってる。
「お前にどうしても“会いたい”と言っている人がいるんだが・・・・・・今から行けるか?」
こんなこと言ったら言い訳になっちゃうし黒山さんに失礼だけど、やっぱり心の準備を整えるのには時間が少なすぎるって。しかも連れて行かれたのは夜凪さんのいる
「やっぱり、“あゆみちゃん”は素直で面白い子ね」
なんて具合に402に入ってからずっと動揺しっぱなしなわたしに、東城さんは微笑みながら下の名前で呼んで、スティックシュガーと一緒に紅茶の入ったティーカップを持ってきた。
「えっ?いいんですか?!」
「いいよいいよ遠慮しないで。やっぱり何か飲み物があるほうがお互い落ち着いて話せるでしょ?それに私はあゆみちゃんとは“ざっくばらん”に話したいし」
「・・・では、ありがたくいただきます」
「レモンティー淹れたけど砂糖も遠慮なく入れちゃっていいからね」
「はい・・・」
そんなとても“最終審査”とは思えないほど緊張感がなく穏やかな東城さんのおかげで、やっと緊張が和らぎ始める。というより、気が付くとわたしは東城さんの雰囲気に妙な“安心感”を覚え始めていた。
「じゃあ始めますか」
わたしが少しだけリラックスしたのを感じたのか、東城さんはテーブルを挟んだ反対側のソファーに背筋を伸ばし両脚もキチンと揃えた“お手本”のような綺麗な姿勢で座り、“ 審査”を始める。その座るときのごく普通な何気ない一挙手一投足に、わたしはドラマや映画のワンシーンを観ているような不思議な感覚を覚えた。
“・・・そんなはずなんてないのに・・・なんか似てる・・・”
「先ずは演技審査の合格、おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
東城さんから感じる言葉にできない“違和感”を頭の中からどこかに飛ばして、わたしは目の前の会話に集中する。ここでやらかしちゃったら、今度こそ挽回できなくなる。
「それと今日は本当にごめんなさいね。こちらの都合で急に呼び出す形になってしまって」
「いえ、むしろわたしを最終審査に呼んで頂いて本当にありがとうございます」
「(自分を卑下する傾向はあるけど、礼儀は特に問題なし・・・)ねぇ、黒山君がいきなり家に押しかけてきたらしいけど大丈夫だった?」
「はい。正直言うと展開が急すぎてついさっきまではイマイチ状況が飲み込めていませんでしたけど、1階のエレベーターのところで黒山さんから檄を入れられてきたので、もう大丈夫です」
「その様子だとほとんど何にも知らされないままここに来たみたいね?」
「はい・・・黒山さんからは“お前に会いたいと言ってる人がいる”としか伝えられてなくて・・・」
「なるほど・・・ちゃんと昨日のうちに親御さんに連絡入れるって黒山君は言ってたんだけどね・・・黒山君に代わって謝るわ」
「いえわたしは全然」
「もちろん後でちゃんと叱っておくから心配しないで」
「あぁ、その、どうして最終審査がこの場所なのかとか、色々聞けたことを聞けなかったわたしも悪いので」
「いや、あゆみちゃんが悪く思う必要は全くないよ。悪いのは何にも言わずにアポなしであゆみちゃんと親御さんを連れてきた黒山君と、その黒山君を甘く見すぎてた私だから」
といった具合に気合を入れてみたけど、肝心の最終審査は“応募者と審査員”が紅茶を飲みながら演技とは何の関係もない雑談みたいな話をするという、とても審査とは思えないような雰囲気で続いていく。ただしわたしは、東城さんが淹れてくれたレモンティーをまだ一口も口に出来ていないけど。
「ところでその黒山君から檄を入れられたって言ってたけど、何て言われたの?」
「えっと、“役者だったら“はける”まで堂々と演じ切ってこい“・・・って、言われました」
「ふふっ、何それ。ここは演劇をやる舞台じゃないのに」
「そうですよね・・・でも、その言葉でわたしは覚悟が決まりましたので、何というか本当に勇気を貰いました」
「だからあんなに大声で挨拶しに来たのかあゆみちゃんは」
「うっ・・・あれは、覚悟し過ぎて空回りしてだだけです。多分」
「でもあれだけ大きな声を出せるなら舞台も行けそうな気がするけどね?」
「本当ですか?」
「ホントよホント。ちゃんと腹から声が出ていたし、やっぱり黒山君から一度映画のキャストで選ばれてるだけあるな~って、私は思ったよ」
「・・・ほんとですか///」
「ただここでやるにはちょっと近所迷惑かもだけど」
「やっぱりそうですよねごめんなさい」
「うそうそ冗談。一応ここ、防音対策は結構しっかりとやってるから」
「あはは、そうなんですね・・・」
黒山さんが言っていた通り、いまわたしが受けているのは最終審査。だとしたらわたしはいま東城さんから映画のヒロインに相応しいかを“試されている”。きっとこうやって何の関係もなさそうな雑談みたいな会話で繋げているのは、わたしの“
「しかし“役者だったら“はける”まで堂々と演じ切ってこい“かぁ・・・黒山君のくせに結構洒落たこと言ってくれるじゃない」
「・・・あの、無礼かもですけど質問いいですか?」
「全然いいよ。もう聞きたいことがあるんだったらどんどん私に聞いちゃって」
「では・・・東城さんと黒山さんって、お知り合いなんですか?」
ってことはわかっているはずなのに、それを1ミリも感じさせない東城さんの雰囲気に知らないうちに飲まれ始めていたわたしは、気が付かないうちにオーディションに応募してきた分際で審査している東城さんに逆質問していた。
「そうねぇ・・・詳しくは話せないから本当にざっくりと話すけど、20年くらい前に黒山君の“師匠”にあたる映画監督の映画にウチの役者を出すことになったことがあって、そのときの縁で知り合ったってところかな?」
「・・・なるほどです」
これでもかってくらいに“様”になっているお高いブランドもののスーツを着こなしてソファーに姿勢よく座る“大人の女性”って感じの落ち着いたカッコよさと、そのカッコよさとは裏腹に喋ると結構気さくでお茶目そうなところもあって、話しているだけで何だか緊張が解かれていくような不思議な安心感とギャップ。
「ま、あの頃は芸能事務所の社長としてまだ“駆け出しから一歩進んだ”ぐらいの頃だったから、自分のことで精一杯ではっきりとは覚えてないんだけどね」
そしてどことなく“あの人”のことが頭に思い浮かぶどこかふわっとした耳心地の良い声と、わたしの両親や黒山さんより大人っぽいけどそれ以上に若くて可愛らしい年齢不詳の色白な顔立ちに、特徴的な髪の色と綺麗な色をした瞳・・・絶対に“あり得ない”のはわかってるつもりでも、東城さんに妙な面影があるせいでついつい重ねてしまいそうになる。
「って、さっきから全然“最終審査”らしいことしてないわね私たち?」
「・・・あぁ、言われてみれば」
「でもこれで心はだいぶ落ち着いたでしょ?」
けれでもその“面影”のおかげで、わたしの心はこの部屋に入ったときのド緊張が嘘みたいに落ち着いている。
「はい。確かに落ち着いてきました」
「ふふっ、それは良かったわ」
特にその面影を感じる“女神”みたいな穏やかで優しい微笑みに見つめられながら、わたしはようやく東城さんが淹れてくれたレモンティーを口に運ぶ。
“「(・・・やっと警戒心が解けたみたいね・・・)」”
「じゃあここからは“本題”に入るけど・・・実は私、昨日あゆみちゃんが受けた演技審査の映像を黒山君の“後輩ちゃん”から送ってもらっているんだよね」
「・・・もしかして審査のときに黒山さんが持ってた“あのカメラ”ですか?(“後輩ちゃん”って柊さんのことかな?)」
「そうそう。もちろんあゆみちゃんの演技は“審査員”としてじっくりと拝見させてもらったわ・・・・・・誰よりも地味に映るほど自然で、それでいて誰よりも迫真で・・・まだ11歳だというのにこれだけの“深い感情”を持ち合わせた子がいたなんてね・・・」
「・・・いえ・・・大変恐縮です」
少しだけ熱くて暖かいほんのりとしたレモンの香りが喉の奥を通った瞬間を境目に、わたしを優しく見つめる琥珀色の瞳の表情がゆっくりと変わっていき、それと比例してわたしと東城さんの間にある空気が一気に重みを増して“緊張”になって襲い掛かる。
「でもあれ、私にはあまりに自然すぎて“お芝居”には見えなかったんだよね」
「・・・えっと」
「きっとアナタは“かつての景ちゃん”とは違って芝居自体はちゃんと出来るはず・・・・・・なのにどうしてあんなお芝居をしたの?」
女神のように優しく微笑む表情を変えないまま、東城さんはわたしの目を凝視しながら一気に心の内側を突いた。
「正直に答えて」
そう言って容赦なくわたしを問い詰める東城さんの表情は、まるで喜怒哀楽が全部混ざったかのように不気味に微笑んでいた。
最終審査は、まだまだここから_
補足ですが劇中に登場する劇団:大人帝国の“:”の部分は、意味合いとしては句読点みたいなものです。