あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
「おはようございます」
撮影もなければレッスンもない“完全オフ”な日曜日の朝、“昨日のオーディションに関する件で空央さんにお話したいことがあるので、空央さんを一日ほどお預かりしてもよろしいですか?”という電話が七海家に来た空央は、空央がマンションから出てくるのを待ち伏せるように通りの前に止まっていた明らかに外車な感じの車に乗り込んだ。
「すみません空央さん、いきなり呼び出す形になってしまって・・・演技審査を終えてせっかくの休日のところ悪いのですが、どうしても今日会って頂きたい方が1人おりまして」
電話の相手が全く名前の知らない不審者だったら即通報して玄関も二重ロックの完全防備で家族総出で拒否してたけど、相手がまさかの天知さんだったから安心と不安が半々ぐらいの心境で空央は天知さんが手配した車の後部座席に座って、ある場所に向かう。もちろん、空央は何も知らない。
「・・・あの、これから行く場所はどこになりますか?」
七海家のあるマンションから車が走り出してからおよそ30秒、空央は恐る恐るながらに右隣に座る天知さんに目的地を尋ねてみる。
「それは残念ながら着くまでのお楽しみです」
「では、お話したいことというのは?」
「それも着いてからのお楽しみです」
「・・・はい」
そのついでで空央を呼び出した理由も聞いてみたけど、天知さんは“トップシークレット”を貫いて静かに微笑むだけ。多分、これは意地でも目的地に着くまで隠し通すつもりだ。そもそも、昨日のオーディションのことで話したいってことはまさか・・・って一瞬だけ浮かれて、我に返る。オーディションの選考は昨日の演技審査で50人から一気に2人に絞られて、そこから先はシークレットだけど間違いなく最終審査みたいなのがあるのは確かだから、そう考えるとまだ選考は続いているってこと・・・というか、その2人に空央が選ばれたのかはまだわからないから何とも言えないけれど。
「空央さんはどうでしたか?昨日のオーディションの手応えのほうは?」
選考がまだ続いていると判断して腹を決めたタイミングで、天知さんは隣に座る空央にオーディションの感想を質問してきた。
「悪くなかったと思います。ただ、ちょうど同じようなシチュエーションが存在していたとはいえ、『デスアイランド』を意識し過ぎたかもしれないっていう反省もあります」
「いえいえ、あれだけみんなに注目されて普段以上に緊張しているであろう状況で咄嗟に『デスアイランド』のワンシーンが思い浮かぶ時点で、私からすれば十分に立派なエチュードでしたよ。おまけに質疑応答も完璧でしたし、私個人としては100点を上げたいくらいです」
「100点ですか・・・」
横から来た質問に思ったことをそのまま伝え返すと、天知さんは少し大袈裟気味に昨日の空央の出来栄えを審査員として評価する。
「なるほどな・・・これがお前なりの演り方ってことか」
「天知さんからそう言われると本当に嬉しいです・・・ありがとうございます」
昨日のオーディション。自分で言うのも難だけど、最初から最後まで全て100点ほどではないけれど95点以上はあげてもいいくらいの出来栄えだった。質疑応答は何回も家でパパとママを相手に練習してきたおかげもあって完璧だったし、エチュードはラッキーなところもあったけど最後まで問題なく演り切れたから、これで次に進めるかどうかというより、確かな達成感と手ごたえは間違いなくあった。
「“憧れている人たち”のことを真似ていたら、出来るようになってました」
じゃあ、いま空央の中に残ってるこの“悔しい”気持ちは?何?
「・・・本当に空央さんは満足していますか?」
すると100点の点数をつけてくれた天知さんは、まるで空央の気持ちを読心術で読んだみたいな意味深な質問を投げかけてきた。おかしいな。ちゃんと笑顔は作れていたはずなのに。
「私の眼には、あまり嬉しさを感じていないように見えるのですが?」
だけれど“あの映画”で主演の夜凪景さんを中心にした超一流の役者陣を監督の黒山さんと一緒にプロデューサーとして束ねてきた天知さんの眼は、空央みたいなちょっと演技ができるだけの不器用な女の子には誤魔化せないみたいだ。
「あおちゃん!」
「・・・エントリーナンバー10番の人がいたじゃないですか?」
「はい。有島あゆみさんのことですね」
達成感はあったけど、天知さんの言う通りで空央はあんまり嬉しくなくて、それどころか逆に悔しさが心の中で募ってる。
「目の前にあるカメラをカメラとして全く意識してない“めちゃくちゃなエチュード”でしたけど・・・あそこにいた誰よりもお芝居が迫真で説得力があって、黒山さんもあの人に一番興味を持っていました・・・」
「ありがとうございます。精一杯がんばりますので、今日からよろしくお願いします!」
3年前。空央は朝ドラのオーディションを勝ち抜いて、ヒロインの幼少期の役に選ばれた。もちろん総合演出の人が空央を選んでくれたことは本当にありがたくて何より嬉しかったから、空央はその大役を迷うことなく引き受けた。
「全然上手くないじゃん・・・・・・空央」
だけど、いざ空央が出演した回をテレビで観返してみたら、空央の演技は全然上手くなかった。総合演出の人もパパもママも“すごく上手”って言って褒めてくれたけど、両親から慰められるほど、空央より全然上手かった“あの子”が落ちて自分が受かったが
なんで空央より上手かったあの子が落ちて、あの子より下手くそな空央が選ばれたんだろう?
なんで一番上手かったあの子が画面に映ってないんだろう?
一番上手く演じなきゃいけない空央は・・・なんで下手くそなままなんだろう・・・
「・・・全っ然・・・上手くっ・・・ないっ、じゃん・・・・・・っ・・・うわぁぁぁぁぁっ!!」
あゆみちゃんの芝居を超えられなかった自分への悔しさが爆発して、冗談抜きであの日は10年分くらい泣いたと思う。とにかくあの日から空央は自分より上手い人を心の中で尊敬はすれど、“憧れる”のをやめた。
「オーディション・・・・・・“今度”は一緒に勝とう」
やめたはずだったのに・・・・・・なんで空央はまだ・・・
「天知さん・・・答えられないことを承知の上で聞きたいことがあるんですけど。いいですか?」
「はい、何でもどうぞ」
「・・・“あゆみちゃん”の演技審査の結果は・・・・・・どうなったんですか?」
「きっとアナタは“かつての景ちゃん”とは違って芝居自体はちゃんと出来るはず・・・・・・なのにどうしてあんなお芝居をしたの?・・・正直に答えて」
女神みたいに優しい微笑みと語り口はそのままに、東城さんはわたしの目を真っ直ぐ凝視して問い詰める。その優し気な表情と、表情とは真逆な不気味さを感じる瞳に見つめられて、思わず緊張で胸が高鳴る。
「(演技・・・じゃない・・・東城さんは本気で聞いてるんだ・・・)」
いまわたしに向けられている
「俺が持っているカメラの存在を“どのように”意識して演技するかはお前らの判断に任せる」
でも、東城さんの質問が本当でも嘘でも、わたしが言うことは“本当のこと”だけ。
「・・・黒山さんがカメラの前で演って欲しかったものが、“ちゃんとした演技”じゃなくて“自分の演技”だと思ったからです・・・・・・最初はあおちゃんのエチュードが本当に完璧で圧倒されて・・・それでみんなが同じような感じで演技をしてもあおちゃんのエチュードみたいな凄さがなくて、このままみんなと同じ演技をしても勝てないって思ったんです・・・」
お手本のように説得力があって引き込まれた、あおちゃんの完璧な
「でも、みんなが必死になってカメラの前で演技をしているのを見ているうちに、気付いたんです・・・黒山さんがどうしてカメラを置いてたのか・・・」
「・・・どういうこと?」
「きっと黒山さんは、どんなにめちゃくちゃになってもいいから“自分の演技”をして欲しかったんだと思うんです・・・エチュードの説明を受けたとき、黒山さんは“持っているカメラの存在を“どのように”意識して演技するかはわたしたちの判断に任せる“と言ってました・・・」
1番手の演技を超えられない現実で空気が重くなっていく会場の中で、わたしは黒山さんのカメラが意味しているものを自分の中で理解した。もちろん、それが正解か不正解かなんてこれっぽっちもわからないままで、黒山さんから強制的に止められて失格になんてこともほんのちょっとだけ頭の中に浮かんだ。けど、それ以上に黒山さんならどんな演技をしても“全力の自分”が出せていたら絶対に止めないとわたしは信じていた。
「黒山さんがそう言ってたので・・・・・・わたしは“わたしだから出来る演技”をしました」
あおちゃんが“あおちゃんの演技”をしたみたいに、黒山さんのことを信じたわたしは、“わたしの演技”をした。ふたりの羅刹女にただひたすら憧れ続けて、一度は手に入れたけど誰にも理解されなかったお芝居の演り方。でも黒山さんなら、こんなわたしの演技も絶対に受け止めてくれる・・・だから、完璧に演じることよりも本当の自分を選んだ。
「なるほど・・・・・・それが黒山君のカメラを全く“意識していない”あの芝居だったのね?」
「はい・・・黒山さんがカメラのことをカメラだと思って演じろとは一言も言ってなかったので、カメラ“そのもの”を殺人鬼と重ねて、カメラで撮られてるってことも全部頭の中から取っ払って演ってみました」
「演じたときの記憶は残ってるの?」
「えっとそれは・・・俯瞰してないので覚えてないです」
「そっか・・・やっぱり覚えてないのね・・・」
「・・・はい」
はっきり言って、演じていた瞬間はほとんど覚えていない。黒山さんの表情で何だかんだ上手くいったことだけはわかってるけど、そこだけはピースが揃わないパズルみたいに記憶が欠けている。それは自分をコントロールできてないっていう何よりの証拠で、この演り方のせいでわたしは何度も何度も劇団の先生に怒られて、オーディションも落ちまくって、みんなからも否定された。
「あゆみ。そんな危険なお芝居なんかしていたら心がおかしくなるから、今すぐやめなさい」
「でも、後悔はしてません・・・・・・だってみんなには“
けどもう、辛い世界から逃げることだけ考えていた“過去の
「・・・“カットがかかるまでの、幕が降りるまでのその僅かな時間だけ、他人の人生を生きる。時に国境も時代も、世界すらも超えた別人を体験する。そういう常軌に逸した喜びに魅せられた人間を、役者という”・・・・・・あゆみちゃんはこの言葉が何なのかは知ってる?」
今にも張り裂けそうなほどの緊張を絶対に負けないという意思で何とか乗り切って伝えたかったことを伝えたわたしに、緊張感を解いた東城さんはレモンティーを一口だけ運ぶとまるで朗読劇を読むような口調で落ち着きながらも抑揚をつけて“ある言葉”をわたしに聞く。
「はい・・・確か黒山さんの映画の冒頭の場面で主演の夜凪さんが言っていた独白ですよね?」
「そう。黒山君が夜凪景という女優を通じて観客と私たちに伝えたかった、役者の本来あるべき姿・・・」
もちろん“あの映画”に出ているわたしは、この言葉が何なのかを知っている。黒山さんが映画を通じて伝えたかった、役者とは何なのかという永遠に決まらない問いに対するひとつの答え。
「けどあゆみちゃんはまだ、正解の半分しか辿り着けてない」
「半分・・・ってどういうことですか?」
「本当のこと言うと、この言葉は元を辿ると黒山君の言葉じゃないのよね」
「えっ?黒山さんが映画のために考えたんじゃないんですか?」
「うん、残念ながら」
「・・・誰の言葉なんですか?」
「もちろん私は知ってるけど・・・多分、この話を聞いちゃったら絶対にあゆみちゃんは後悔すると思う」
だけど自信を持って答えた真実を、東城さんは“あなたはまだ真実の半分しか知らない”と言いたげな口ぶりでわたしの答えを否定して、肩の力を抜いてリラックスした感じのまま揺さぶりをかける。
「それでも知りたい?」
“それでも知りたい?”と聞いてきた東城さんの瞳に、また緊張が走ってわたしの視線を捉えて離さない。それは間違いなく、
「あゆみちゃんはどうしたい?」
だけどこれを乗り越えないと・・・わたしは
「はっきり言って、後悔するかもしれないことを知るのは怖いです・・・・・・それでも、お芝居からはもう逃げたくないから・・・知りたいです」
“推し”から言われたありがたい言葉に背中を押されるように、わたしは先に進む選択を選んだ。
「・・・だったら・・・あゆみちゃんには尚更“彼女”のことを話しておかないとだね」
先に進む選択をしたわたしに、東城さんはどう考えても意味深な前置きをして話を続ける。
「これは“あの映画”に出ていた
「“魔法の言葉”・・・それって、わたしもオーディションの前とか緊張したときに目を閉じて10秒数えてリセットするってことをやってたんですけど・・・これに近い感じなんですか?」
「そうね。あゆみちゃんがそうやって緊張を解いて芝居をしたように、彼女は違う誰かを演じているとき、最後まで自分を失わないように、自分が役者だってことを忘れないために、必ずやっていたこと・・・」
劇中で夜凪さんが言っていた独白の元になったのは、わたしが生まれるずっと前に活躍していたある女優さんの言葉で、その女優さんが本番前に役に入るときに必ずやっていたルーティンで言っていた“魔法の言葉”でもあったという。全ては芝居をしているときに、自分を失わないでいるために。
「・・・それって、かなりの覚悟があったんじゃ?」
「えぇ、何せ彼女はそれほどまでに役にのめり込んで芝居をする
「・・・そうなんですね」
もちろん東城さんの言う女優さんが一体誰なのかなんてわたしにはわからないけれど、その女優さんがどれだけの思いを込めて芝居と向き合っていたのかは、目の前に座るわたしを真っ直ぐ見ているようで本当はその先にあるずっと遠くの何かを見ているような東城さんの視線と語り口で、何も知らないはずの自分の心にもズシリと伝わった。
「そしたら彼女、“帰る場所”を失くして心を壊しちゃったんだよね・・・・・・誰よりも芝居のことが大好きだったのに、皮肉にも大好きな芝居に殺されて二度と表舞台に立てなくなった・・・」
「・・・“帰る場所”ってまさか」
「その“まさか”」
「・・・・・・」
そして東城さんはわたしのリアクションに被せてさらりと、その女優さんが辿った結末を打ち明けた。心配していた人がいたことを口にしたところで嫌な予感は感じてたけど、こうやっていざ言われるとやっぱりショックで、まるで自分にも言われてる気がして、リアクションのひとつすら取れないほどにかける言葉も出て来なくなる。
「・・・芝居が嫌になって離れてたあゆみちゃんがもう一度役者をやることは、また同じような辛い思いをしなきゃいけなくなるときが来て、もしかしたら彼女みたいに自分を見失って今度こそもう二度と芝居ができなくなるときが来るかもしれない・・・・・・それでもお芝居を演り続けたいって、あゆみちゃんは心の底から言える?」
どこか遠くを見つめていた視線が、わたしの心を察したかのように一気に目の前へと向けられる。優しく微笑んでいる表情と全く笑っていないその瞳は、まるで百城さんの演じていた羅刹女のように恐ろしくて・・・とっても“綺麗”だ。
「はい・・・それでもお芝居をしたいです」
「意地悪なこと聞くけど、言葉でならいくらでも“したいです”って簡単に言えるよね?」
「言葉じゃないですっ!心の底からわたしは言ってるんですっ!」
東城さんがわざとそんな言い方をしたのは内心でわかってたけど、わたしは強く言い返した。やっぱり“舞台の上にいる人”はみんな華やかでとっても綺麗だから、ただ“舞台の下”で憧れているだけじゃ息苦しくなったから、あんな思いをしたのにまた戻ってきた。
「羅刹女になって舞台の上に立つ夜凪さんと百城さんを観たときから・・・心の中にいる“6歳のわたし”はずっと“女優さんになりたい”って言ってるんです・・・・・・“女優さんになりたい”って言ってる自分にもう嘘はつきたくないから・・・また戻ってたんです・・・」
羅刹女に憧れて、同じ舞台のど真ん中で好きな“役者”に囲まれながらお芝居をしている“
「わたしには、ちゃんと帰れる“居場所”があります・・・・・・だから、わたしに“役”をください・・・!」
『ああ、この怒り・・・どうしてくれよう』
『ああ・・・この怒り、どうしてくれよう』
「言っておくけど“舞台の上”は甘くないよ?・・・特にあゆみちゃんみたいな子には・・・」
わたしが覚悟を伝えると、小悪魔みたいな笑みを浮かべて返した東城さんはスーツの胸ポケットからスマホを取り出して、誰かに電話をかけた。
合否の行方はいかに
久々過ぎて序盤のところを書くだけで2日ほどかかりました。やっぱり間隔が空いちゃうと思った以上に感覚が鈍ってしまうので定期的に書き進めるようにしないとダメですね・・・・・・あ、ダジャレじゃないです。