あゆみのおしばい   作:ひらがななかい

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もう、“あおむし”とは呼ばせない。


しーん15。同じ眼

 4月29日_

 

 ナレーション【まずはフルノラを優しく降る】

 妹『これでほんとに美味しくなるの?』

 姉『美味しくなっちゃうんだなこれが』

 

 リビングのダイニングテーブルで向かい合って座り、フルノラを美味しく食べる方法をレクチャーする姉と、それを半信半疑で真似る妹。

 

 ナレーション【そして牛乳はちょっぴり少なめにして、14種類の素材を引き立てる】

 妹『これぐらい?』

 姉『そう』

 

 フルノラの入った透明なボウルにレクチャー通りに牛乳を少なめに入れた妹を見て、微笑む姉。

 

 ナレーション【最後は大きいスプーンで一口ずつ変わる味わいを楽しむこと】

 姉『これこれ』

 妹『ほんとに?』

 

 大きめのスプーンで口に運んだフルノラを美味しそうに食べる姉を見て、少し疑いながらも姉と同じように大きめのスプーンでフルノラを口に運ぶ妹。

 

 妹独白【・・・ほんとだ】

 姉『ね?美味しいでしょ?』

 

 口に入れた瞬間、あまりの美味さに驚く妹と、それを見て微笑む姉。

 

 ナレーション【笑顔になれる、フルノラの魔法】

 

 ダイニングテーブルで向かい合って笑みを浮かべながら、美味しそうにフルノラを食べる姉妹。

 

 

 

 

 

 

 「ハイオッケー!2人とも最高に美味しそうな表情だったよ!」

 「ありがとうございます!」「ありがとうございます」

 

 午後4時。都心某所(※青山のあたり)にある撮影スタジオで行われているグラノーラのCMの撮影は、ちょっとした演出の追加はあったけれどNGが一度も出ることなく順調すぎるぐらい順調に終わった。

 

 「お疲れ空央ちゃん!」

 

 スタジオセットのイスから立ち上がってOKを出したこのCMのディレクターさんにお辞儀をした空央の頭をクシャってクレーンゲームみたいに掴んで、空央と一緒に6月からオンエアされるこの商品の新CMのイメージモデルに抜擢された万燐さんが元気よく労う。

 

 「はい。万燐さんもお疲れ様です」

 

 万燐さんこと、女優・東城万燐(とうじょうまりん)。大河ドラマ『キネマのうた』で主演の薬師寺真波を演じたことで有名な誰もが知っている大物女優・環蓮と同じ芸能事務所に所属していて、年齢は空央より7つ上で芸歴的には空央にとって“2年後輩”になる若手女優。つい最近だとほぼ同時期にデビューした若手イケメン俳優の神宮寺愛琉と環さんのW主演で大ヒットを飛ばしている森次監督の『先生に告ぐ』で準主演の役を演じていたり、言うまでもなく空央なんかより全然知名度も勢いもある新進気鋭の演技派女優で、今じゃ“夜凪・百城世代”って呼ばれている俳優さんたちとも比較されるくらい芸能界(この世界)で注目されているネクストブレイク女優でもある。

 

 「いや~東城さんも文句なく良い表情してたけど、中でも空央ちゃんの“美味しい”って表情は最高だったよ」

 「だってさ空央ちゃん。良かったじゃん」

 

 やや大袈裟に褒めちぎるディレクターさんと、アイドルみたいにキラキラした笑みで褒める万燐さんからのありがたい板挟み。もちろん“フルノラ”っていうこの商品のイメージモデルのメインは、実質的には知名度のある万燐さんのほうだ。というか、空央のイメージは世間的に“あおむしのあおちゃん”だけが有名なだけで決して売れっ子だったわけじゃないから、この人の“よなちよの二刀流”とも言われている演技力を知ってる空央からしたら比べるのも何だかおこがましく感じてしまう。

 

 「そうですね。とりあえずNGは一回も出さないっていう目標は達成できたので」

 「あははっ、やっぱり空央ちゃんは“先輩”なだけあって落ち着いてるね~」

 「いえいえ、芸歴なんて関係ないし、ただ緊張をほぐすために無理やり“落ち着かせてる”だけです・・・それに、ノーミスで最後まで上手くいくのは出来て当たり前って言われることですけど、出来たら出来たで普通に嬉しいです」

 

 それでも1年契約とはいえスターズに入った以上、空央は空央なりに恐れず堂々と自分を振る舞うって決めた。

 

 「ははっ、普通にノーミスで乗り切ることは凄いことだから、もっと喜んでいいのに」

 「・・・一応、喜んでます」

 

 

 

 

 

 

 「七海空央。今日からあなたは、“私たち”の一員になるのよ」

 

 4月最後の日曜日。“ひょん”なことから空央は児童劇団という名の子役事務所からスターズという超が付くほど大手の芸能事務所に移って、スターズ所属の女優になった・・・と言っても“ひょん”っていうのは半分くらい嘘で、本当のことを言うと空央は来年から撮影が始まるという黒山監督と柊監督の映画のオーディションで最後まで勝ち抜いて、監督の黒山さんやプロデューサーの天知さんから“投資”される形で、スターズと1年契約を結んだ。契約の内容を話すとめちゃくちゃ長くなるしとにかく複雑だから思いっきり省くけど、今回のオーディションで空央は1年間という時間をかけてアリサさんからのマネジメントの元、スターズの一員として来年の撮影に向けて女優としての経験を積むことになった。

 

 「オーディション・・・・・・“今度”は一緒に勝とう」

 

 なにより今回のオーディションを勝ち抜いたのは空央だけじゃなかった。それはMHKの朝ドラのオーディションで一度だけ一緒になったことのある、空央に初めて“嫉妬”の感情を教えてくれて、ずっと諦めずに今日まで芸能界という世界で頑張ってこれた原動力になった、空央にとっての大切な人。あのときのオーディションから一度も会えないどころかテレビにも映画にもどこにも出てこない時期が続いて、あんなに才能と実力があるのにあの子を選んでくれないこの世界を恨みかけたこともあった。それでもこの世界を恨まず諦めずに頑張れたのは少しでもあの子に追いつきたかったのと、 “あゆみちゃん”なら絶対に誰かがその才能に気が付いて羽ばたくチャンスを与えてくれるって信じていたから。あのオーディションで魅せた場を支配するような圧巻のお芝居を体感したときから、空央はずっとあゆみちゃんを信じてレッスンとオーディションで力を蓄え、一言二言しかない端役だろうと声が掛かったら片っ端から撮影の仕事を引き受けてひたすら場数を踏みながら待っていた。全てはまた同じオーディション会場で会ったときに、あゆみちゃんの隣に立つに相応しいライバルになるために。

 

 「本当に選ばれたんだ・・・わたしっ」

 

 だから、空央と一緒にオーディションを勝ち抜いたのがあゆみちゃんだって知ったとき、画面の向こうで嬉しさのあまり号泣していたあゆみちゃんに釣られて、空央も堪えきれずに泣いてしまった。本当はあゆみちゃんみたいにもっと喜びを爆発させたかったけど、“それはまだ早い”って自分に言い聞かせて、寸でのところで耐え切った。“この感情”は、来年まではとっておこうって思った。

 

 「急転直下になるけれど、スポンサー(向こう側)の意向もあってあなたはトップストーン所属の東城万燐と共にカルチア製菓“フルノラ”のイメージモデルを務めることになったわ。そして明日のCM撮影の仕事を受けてもらうことを皮切りに、これからの1年間はあなたが皐月と一緒にスタジオへ出入りしていたとき以上に忙しくなるけれど、これは女優として芸能界を生きていくために誰しもが通る道・・・まずはこの1年を通じて自分は子役ではなく一流(プロ)であること、頬を痛めなくても笑顔を作れる役者であることを証明して魅せなさい・・・・・・共に戦いましょう。空央」

 

 

 

 こうして晴れてオーディションを合格してスターズに所属することになった空央は、アリサさんの元で“人気女優(スター)”になるための一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 「そういえば空央ちゃんってスターズに入ったんだよね?」

 

 CM本編の撮影が終わった後に宣伝用の軽いインタビューと写真撮影をして今日の仕事がちょうど全部終わったところで、セットを背後に隣に立つ万燐さんが空央に聞いてきた。

 

 「はい・・・と言っても、まだ入りたて“ほやほや”ですが」

 

 敢えてもう一回言うけれど、空央は黒山監督と柊監督が合同で制作する新作映画のオーディションに合格して超がつくほど大手の芸能事務所のスターズに所属することになった。その恩恵って言うわけじゃないけれど、これまで“あおむしのあおちゃん”と“新名夏が演じた朝ドラヒロインの幼少期”ぐらいしか代表作って声を上げて言えるものがなかった“一発当てちゃっただけの子役”が、事務所に入って早々にオーディションもなしでこんなに大きな案件を貰えたのは、やっぱり空央のバックに“星アリサ”が付いているのが少なからず響いているからなのは、身に染みて感じる。

 

 「入りたて“ほやほや”な割には、ものすっごく貫禄がある落ち着きぶりだったけどね?」

 「そうですか?」

 「うん。なんかもう、大物女優かってぐらい」

 「大物女優は言い過ぎかと・・・」

 

 もちろん空央のことを一人前の女優(やくしゃ)にするために拾ってくれたアリサさんのことは、女優としての華々しい功績を知っているのとそんな“大女優”から選ばれたことがどれだけ役者として凄いことなのかを知っているから本当に心から感謝しているし、経験を積ませてもらえるチャンスがあるならある分だけ掴みに行こうって決めてるから、自分で言うのも難だけど覚悟はあるつもりだ。

 

 「・・・ある意味、空央ちゃんは万燐と一緒だね

 

 撮影終わり直後の大して中身がない会話の中で、セットを背に空央のことを横目に見つめる万燐さんの宝石みたいに綺麗な瞳と視線が、キラリとギラつく。自分のこと(一人称)を自分の名前で呼ぶという可愛らしいギャップと相まって、何だか不気味だ。

 

 「一緒だね、とは?

 

 初めての共演で分かったのは、万燐さんは自分のことを“わたし”とか“あたし”のようなよくある一人称ではなく、自分の名前で呼ぶこと。黙っていれば千世子さんの可憐さと夜凪さんのクールさを兼ね備えたような完璧な美人さんなのに、口を開けばまるでアイドルみたいな天真爛漫さと年齢的にはもう大人なのにどこか子供っぽさがある無邪気な言動と振る舞いで一気に可愛くなるギャップ。特に大人になっても一人称が自分の名前なんてリアルだと“痛い人”って思われかねないのに、普通に“可愛い”で成立してしまうのがこの人の恐ろしいところ・・・と空央は勝手に思ってる。

 

 

 

 「まず自分のことは“空央”じゃなくて“わたし”って言うことね。じゃないと大人たちから舐められるわよ?」

 「わかりました。空央、気をつけます」

 「だからそういうところを直しなさいって言ってんの!」

 「ひっ、ごめんなさい・・・」

 

 

 

 まぁ、空央も空央で家の中じゃ気が抜けて自分の名前が一人称になっちゃってるけれど、MHKの教育番組で“お姉さん”としてお世話になった皐月さんからまあまあ“しごかれた”おかげで、今ではすっかり外に出るときは切り替えられるようになった。

 

 「お久しぶりです。皐月さん」

 「まさか、あんたが同じ事務所の後輩になる日が来るなんてね」

 

 そんな皐月さんが今じゃ同じ芸能事務所の先輩になる日が来るなんて、まだ12年しか生きてないけどまさに“人生何が起こるか分からない”って気分だ。

 

 「ま、こうやってアリサさんに選ばせてもらえたからには、せいぜいこの私とタイマン張れるくらいには強くなることね」

 「皐月さんは私と殴り合いたいんですか?」

 「“芝居で”って意味に決まってるでしょ・・・変なところで天然なのも“あおむし”だったころから変わらないわね」

 

 もちろん芸能界で最初にお世話になった先輩でもあったから事務所に顔を出したタイミングでちゃんと挨拶をしに行って、皐月さんらしさ全開の激励も貰ってきた。久しぶりに会っても“ちょっとだけ恐くて厳しいけど面倒見が良くて優しいお姉さん”って感じは健在で、相変わらずの皐月さんと会えて何だか空央は嬉しかった。

 

 「ていうか空央、いま身長いくつ?」

 「155です。皐月さんは?」

 「・・・150よ」

 「なるほど」

 「なるほどって何よ?」

 「いや、皐月さんって150なんだなって」

 「そうよ。悪い?」

 「なんでそうなるんですか」

 「てかいま心の中で私のこと“ちっさ”って思ってるでしょ?」

 「いやいや思ってないです」

 「言っとくけど役者に身長とか関係ないから。いくら外見に恵まれてても中身が伴ってなかったら何の意味もないから。そこんとこは肝に銘じなさい」

 「それは、もちろん銘じます(そんなに気にしてるなら振らなきゃいいのに・・・)」

 

 余談だけど、いつの間にか空央は皐月さんの背丈を超えていて、本人はそのことをめちゃくちゃ気にしてたし謎に機嫌を損ねてた。でもそんな皐月さんが言ってた通り、中身がちゃんとしてないと外見なんて何の意味もないのが女優だから、ほんの僅かな理不尽を食らいつつ“芸能界の先輩”からのアドバイスは純粋に受け止めた。

 

 

 

 「・・・ある意味、空央ちゃんは万燐と一緒だね」

 「一緒だね、とは?」

 

 さて話は戻って、空央は隣に立つ万燐さんからいきなり意味深なことを問いかけられていた。

 

 「こうやって今日一日ずっとCMの仕事で一緒にいて分かったけど、空央ちゃんは万燐と“同じ眼”をしてる・・・」

 「・・・“同じ眼”・・・」

 

 はつらつとした表情と一緒に返ってきた万燐さんの言葉はますます意味深で、小6の空央にはまだまだ理解なんて出来ない領域の話。意味を理解しようとして更に分からなくなった空央は、またオウム返しで言葉を反復させて自分の頭に言葉を落とし込むことで精一杯。

 

 「・・・それってどういう」

 「残念ながらそれはまだ教えられないよ」

 

 何となく答えを濁される予感はあったけど思い切って意味を聞こうとしたら、万燐さんはいかにも言いそうな空気をこれでもかって出すだけ出して肝心なところで答えを濁す。

 

 「でも、空央ちゃんだったらそんなに遠くないうちに意味がわかると思う・・・だからそれまでのお楽しみってことで。ね?

 

 そして補足で付け足すように“遠くないうちに意味がわかる”と言って、万燐さんは横目でウインクする。元気溌剌なキラキラとした表情で微笑むその感情(えがお)が、空央の眼には何だか不気味に映る。

 

 「(万燐さんと私が、“同じ”意味・・・)

 

 

 

 「有島あゆみです・・・よろしくお願いします」

 

 

 

 「・・・分かりました。楽しみにしてます

 

 不意に頭の中で、初めてオーディションで一緒になったときのあゆみちゃんの姿がフラッシュバックして、それを悟られないように取り繕って空央は万燐さんに言葉を返す。万燐さんの言っていることの意味はわからないし、何であゆみちゃんが空央の頭の中に出てきたのかもわからないけど、何だかほんのちょっとだけ万燐さんが“自分と一緒”だと言っていた意味に自分が近づけたような感覚があった。

 

 「いつまでそこにいるの。空央

 

 すると周りで撤収の作業を始めるスタッフさんたちの向こうから空央を呼ぶ声が聞こえ、スタジオに独特な緊張感が伝わる。声を張り上げているわけでもなく普通にいつもと同じくらいの声量で名前を呼んだだけなのに一瞬で意識と視線が持っていかれる通りのいい声と、女優で活躍していたときから変わらないと言われているただそこに立つだけで周りの空気が変わるほどの圧倒的な存在感(オーラ)に、撤収作業で右に左とスタジオをせわしなく歩くスタッフさんたちは自然に道を開けるように空央たちの周りから距離を取る。

 

 「この後に今後のスケジュールの話をするから、そろそろスタジオを出る準備をして事務所に戻るわよ」

 

 傍から見たらそれまでスタジオの隅で撮影を見守っていたアリサさんが、万燐さんとセットの前でずっと立ち話をしていた空央のことを“早くここから出るよ”と注意しにきただけのこと。たったそれだけのことでもこの緊張感は、さすがは“世界に認められた国民的女優”って感じだ。

 

 「了解しました。アリサさん」

 

 アリサさんがそう呼ばれていたときのことを空央は生まれてないから映像でしか役者のアリサさんは見たことはないけれど・・・もう言葉にできないくらい、演技が凄まじかったのは覚えてる。

 

 「(やっぱりまだ緊張するなぁ・・・アリサさんが目の前にいると・・・)」

 

 もちろん作品に残る現役だったときと比べると少し年は重ねた感じはあるけれど、こうやって正面に立たれるとやっぱり綺麗で迫力がすごいから、まるで大御所女優を目の前に1対1でお芝居をしている感覚に陥りそうになって、つい撮影以上に緊張してしまう。“これって日が経てば慣れてきて何とも思わなくなる日が来るのかな?”って、実をしなくても人見知りな空央はちょっと不安になる。だってつい昨日まで雲の上の上くらい遠くにいた神様みたいな存在だった人が、今じゃ目と鼻の先にいるのだから・・・っていうこの例えが正解だという自信は、正直言ってあんまりない。

 

 「も~、ノーミスで撮影乗り切ったんだから怖い顔しないでまずは褒めたらどうですアリサさん?」

 

 そんな超大物社長の緊張感に臆することなく、万燐さんは小悪魔みたいな笑みを浮かべてからかうように友達感覚のテンションでアリサさんに話しかける。

 

 「大勢の人間がいる前で褒めるのは美学に反するからやらないだけで、空央のことはもちろん評価はしてるわよ」

 「って言いながらホントは嬉しくてたまらないっていうのが顔に出てますよ?」

 「あなたはあなたでもう少し礼儀を学んだほうが良さそうね?」

 「あははっ、それたまに言われます」

 「全く、あなたは相変わらずね」

 

 きっと万燐さんなりに場の緊張をほぐすため、ってよりかはただの天然って感じはするけれど、万燐さんのおかげでちょっとだけ緊張感が緩和される。にしてもこの人、アリサさんのような大物相手によくこんなに堂々と喋れるなぁ。せめて空央にもこれぐらいの強靭な心(メンタル)があったらなぁ・・・多分、無理だけど。

 

 「でも、この度は空央のことを共演者として受け入れて面倒を見てくれてありがとう。少し自己表現が不器用で人見知りなところはあるけれど、素直で飲み込みも早いから今後とも可愛がってくれると助かるわ」

 「いえいえ、本当に空央ちゃんはリハからずっと堂々としていて、共演者として頼もしい限りですよ。ね?空央ちゃん」

 「とんでもないですよ、、今日の私はミスらないことで精一杯だったので(こう言われちゃうと反応に困る・・・)」

 「ははっ、こういうストイックなところも可愛いんだから空央ちゃんは」

 

 と、ないものねだりを心の中でしているうちに、さすがにそろそろスタジオを出たいアリサさんがちょっと強引に立ち話を終わらせにかかる。だけど元々は1人でイメージモデルを務めるはずがスポンサーの意向で急遽追加される恰好で加わった空央を二つ返事(※アリサさん曰く)で受け入れてくれたことを純粋に感謝された万燐さんは、ここまでとは打って変わって真面目な感じの口調でアリサさんに笑いかける。

 

 「もちろん“あたし”は大正解だって思ってますよ・・・空央ちゃんをキャスティングした今回の判断は

 

 そして自分のことを“あたし”と呼んだその横顔は、今日ずっと隣にいた子供っぽい振る舞いをする万燐さんではなくて、ちゃんと“大人”な顔をしているように空央には見えた。

 

 「万燐。あまりそういう話を空央の前ではしないでくれるかしら?」

 「あ、ダメでした?」

 「駄目に決まってるでしょこんな“込み入った”話をこんなところでしたら

 

 ただ万燐さんはまたすぐに通常モードに戻ってしまったみたいで、“それ”をこの眼で見れたのは一瞬だった。でも同時に、空央はまだ万燐さん(この人)の本当にごく一部しかまだ知らないことを本能的に理解した。

 

 

 

 きっと空央はまだ、“この世界”がどれだけ広くて、どれだけの人がいて、どれだけの“可能性”があるか・・・・・・“1%”ぐらいしか知らない。

 

 

 

 「万燐(あなた)に伝えるべきことはもう伝えたから、私たちはこれで帰らせてもらうわね」

 「えぇ~せっかくだからもうちょっと話しましょうよアリサさん」

 「駄目よ。空央の仕事はまだ終わってないから」

 「あ、そうだアリサさん、“ももち”はちゃんとご飯食べてますか?」

 「もちろんよ。じゃ、さよなら」

 「ちょ、あからさまに撒きに来てませんかアリサさん!?」

 「あなたに構うほど暇じゃないのよ」

 「アリサさんの意地悪ぅ」

 「あの、“ももち”って誰ですか?」

 「詳しいことは後で説明するから私たちは今すぐここを出るわよ、空央

 「あ、はいこれは本当に急いで出ないと駄目なやつだ・・・)」

 

 ともあれスターズに入って初めての仕事を無事に終えた空央は、半ば撒くように共演者の万燐さんとさよならして、アリサさんと一緒に今後についての話し合いをするためにスターズの事務所に戻った。

 

 「なるほど・・・“ももち”ってそういう」

 「いずれ風の噂で空央にも伝わるだろうから更に付け足すと、あの2人は“親戚同士(いとこ)”よ」

 「いとこ・・・確かに言われてみれば面影がありましたね」

 「芸能界(この世界)じゃ周知のことだけど、世間では公表していないから間違っても周りには言いふらさないように」

 「はい。もちろんです・・・でも、“あの2人”がいとこ同士って何だか“エモい”ですね」

 「最近の若い子は何かにつけてその言葉を使うわね?」

 「まぁ、便利なので」

 

 ちなみに万燐さんが言っていた“ももち”の正体は、事務所に戻るまでの道中でちゃんとアリサさんが教えてくれた。




思った以上に尺が長引いた結果、今回は丸ごと空央回になりました。

ちなみに冒頭に撮影してたCMの元ネタは、ほぼそのまま“アレ”です。
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