あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
4月29日_23時30分_
♪~_
「はい」
『お疲れ様。夜分に失礼するけどいま話せる?』
「うん。いいよ」
23時30分。7月から放送される日曜劇場の撮影が行われているスタジオから自宅マンションに着いた私のところに、“あの人”から一本の電話が届いた。
『単刀直入に言うと、“例の子”はウチの事務所で預かることになった』
もちろんあの人のスケジュールは関係者として私も把握していたから、電話に出る前からどのような内容の話をされるのかは分かっていた。
「そっか。やっぱりあゆみちゃんは“そっち”に入ることになったんだ」
『幾らなんでもああいう演技をする子をあなたの
「特にアリサさんがね」
飼っているペットの機嫌を見ながら耳を傾けた先でスマートフォンのスピーカー越しに聴こえるあの人の声色は、ひと仕事を終えたとも言わんばかりに普段よりもリラックスしているのが分かる。この感触からして、あゆみちゃんは上手い具合にこの人の懐へと入れたみたいだ。
「それで、先ずはどうするつもりでいるの?」
『手始めに6月に放送するスペシャルドラマの仕事を一本入れたわ。オーディションの映像を見たっていうプロデューサーの方が是非とも使ってみたいと私のほうに直でオファーしてきたから』
「あははっ、いきなり大きな仕事を取ってきたね」
『あの子の出番自体はそこまで多くはないんだけど、確かにそうかもしれないわね』
ペットの様子を見終えてリビングに戻りソファーへと腰かけて、私はあゆみちゃんの元へと舞い込んだオファーの内容を大まかながらに聞いた。そのオファーの内容は、30年以上続く世にも奇妙な幾つかの話をオムニバス形式で構成する改編期に放送するスペシャルドラマへの出演。とは言っても出番は主人公の過去回想のシーンのみらしく多いとは言えないものの、結構重要な役どころだという。とはいえ3年ぶりにカメラの前で演技をするって考えるとかなり挑戦的で、少しばかり荷が重いと思っているんじゃないかと思う。
「あゆみちゃんは何て言ってた?このオファーについて?」
何ていう僅かに心の内側を掠った親心に似た気持ちを悟られぬように、私はさり気なく聞いてみる。
『“出て欲しいって言ってくれる人がいるんだったら出ます”って、目を輝かせて自信満々に言ってたよ』
「そう。良かったじゃん」
少しの心配を聞いてみたところ、どうやらそれは杞憂だったみたいだ。もちろん私はその瞬間にその場になんていないから分からないけれど、稀に吐く嘘があまりに下手くそなこの人がそう言うのなら、きっと本当のことなんだろう。
『さっきから他人事みたいに言ってるけど、あの子を“呼び戻した”のはあなたでしょ?』
すると心の中に閉まった気持ちを察せられてしまったか、電話の向こうにいるあの人は諭すように私へ突き付けるように言う。
『承知はしていると思うけど、あなたにも“原作者”として有島あゆみを芸能界へ連れ戻した責任を私たちと一緒に背負って貰うからね・・・
もちろん私は、ただの自己中心的な我儘のためにあゆみちゃんを再び芝居の世界に連れ戻したわけじゃない。だからあの子が役者になると決めたことを後悔させないために、“
「そんなの・・・
ごく一部の人しか知らない“本名”を呼んで覚悟を問うてきたお母さんに、私は1文字の嘘もない本音で返した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
5月3日_
「あゆみちゃん」
「・・・?」
前のほうからわたしの名前を呼ぶ知世さんの声が聞こえてきて、後部座席に座らしてもらっているわたしは目を覚ました。家から知世さんの車に乗ってどのくらい経ったのかは分からないけれど、ハンドルを握る知世さんと今日の撮影についての話をしたり持ってきた台本を広げて自分の台詞を確認したりしているうちに、わたしは寝落ちてしまったらしい。
「着いたよ。
そう。わたしは自分のことを拾ってくれた恩人でもある知世さんの運転している車の後部座席で、生意気にも居眠りをしてしまったのだ。まだ事務所に入って1週間も経ってないのにこの態度とは、不適切にもほどがある。
「・・・ごめんなさい」
「?どうしたのあゆみちゃん?(本当にどうした?)」
「知世さんの車の中があまりにも居心地が良くて、無礼にも寝落ちしてました。本当にごめんなさい」
いま出来るのは、ありのままの無礼を知世さんへ謝ること。だって知世さんの車、めちゃくちゃ乗り心地が良いんだもん。おまけに昨日は今日のことを考えてたせいでそんなに眠れてなくてやや寝不足気味なのも、それに拍車をかけた。うん、何となく思いついた限りの理由を思い浮かべたけれど、全部言ったら逆効果な言い訳ばかりだ。
「あははっ、いきなりすごく真剣な顔で謝ってきたから何言ってくるんだろうって思ったらそんなことか~」
「・・・はい」
「寝てくれても全然良いよ。だっていつもより早起きして家から片道1時間のスタジオまで移動するって、私だったら頭の中で想像するだけで眠くなっちゃうから」
「あはは、そうなんですね・・・」
とりあえず咄嗟に寝起きで思いついた最初の理由を言って謝ってみたら、知世さんはそんなわたしのことを笑って許してくれるばかりか気遣ってくれた。
「それにさ、役者になるんだったら休めるときにきっちり休むのも仕事のうちだよ。カメラが回ったり舞台の幕が上がったりするまでに気持ちをリセットして、自分の中で完璧な演技が出来るようになるためにもね?」
知世さんとは知り合ってまだ1週間も経たないけれど、本当にこの人はどこか面影がある見た目だけじゃなくて人柄まで何もかもが“天使”だから、油断してるとついつい推しそうになる。
「ありがとうございます。大変参考になります」
「よしっ、じゃあ演出さんとプロデューサーさんに挨拶しに行きますか」
「はいっ」
でもそんなふうに甘えるのは役者になるからには我慢すると決めているから、わたしはわたしなりに気丈に振る舞って知世さんと一緒に車から降りる。
「スタジオっていうか・・・ほぼ“学校”ですよね」
スタジオの裏側にあるだだっ広い駐車場に止めた知世さんの車から降りると、目の前にどこからどう見ても学校の校舎にしか見えないスタジオの建物がわたしを出迎えるかのように広がっていた。
「ほぼっていうか、5年前までは本当に小学校だったんだよね、ここ」
都心から車でだいたい1時間(※知世さん曰く)の場所にある、5年前まで小学校だった建物をグランドも含めてフルに活用した撮影スタジオ・・・として貸し出している、廃校。
「実際来てみてどう?」
「来てみて・・・なんだか、本当に学校なのでスタジオに来たってよりロケに来たって感じがします」
「まあ、言っちゃえば今日の撮影は完全に“ロケ”なんだけどね?」
パッと外から見た感じだと本当にただの小学校だからスタジオって感じは無いに等しいけれど、今日はこの
「・・・8歳ぐらいのとき、一言ぐらいしか台詞がないチョイ役の小学生で出たドラマときにも、今日みたいに学校で撮ってました」
撮影をする学校の校舎を見た瞬間、黒山さんの映画の撮影が終わって少し経ったころに出たドラマで、ここのような学校で撮影をしていたことを思い出した。まだ“あの映画”の撮影しか経験していなかった8歳のわたしは、学校で撮影することに何の不思議も持たなかった。
「あのときは深く思わないで当たり前のことみたいに受け止めてましたけど・・・今はちょっと不思議な気分です」
「不思議って?」
だけど約4年ぶりにこうやって
「上手く言えないですけど・・・・・・ほんとにわたしは戻ってきたんだって、そんな感じです」
それらを言葉で説明するには決して出来が良いわけじゃないわたしの脳みそじゃあまりにも難しいから、“戻ってきた”の一言でまとめるのが限界だ。
「ってごめんなさい・・・なに言ってるか全っ然意味わかんないですよね?」
頑張って一言で不思議な気持ちの正体を言い終えた瞬間、我に返ってどっと恥ずかしさが込み上げてきた。自分でも思う。わたしは一体何を言っているのかと。
「私には分かるよ。あゆみちゃんの言いたいことは」
いきなり訳のわからないことを独り言みたいに言い出したわたしに、斜め前を歩く知世さんは優しい口調と声色で振り向く。
「おかえり。あゆみちゃん」
そして振り向きざまに、知世さんは推しの面影のある琥珀色の瞳で優しく笑いながらわたしに“おかえり”と言葉を投げかけた。その一言を向けられて、芸能界っていう向こう側の世界にわたしは戻って来たんだという実感が、またひとつ湧き始める。
これで本当にわたしは、
「・・・知世さ」
「あれ?マジでいんじゃんあゆみ」
再び前を向いて校舎の入り口のほうへと歩き出した知世さんへ言葉を返そうとしたとき、誰かがわたしのことを呼んだ。想像よりちょっとだけ低いけどそれが明らかにテレビで聞き覚えのある声と似ていたから、わたしは反射的に声が聞こえたほうへと振り返った。
「よっ、久しぶりぶり」
「・・・
声がしたほうへと振り返ると、スターズに入って推しである百城さんの“後輩”になった人気子役にして幼稚園に通っていたときの友達だった世凪くんがマネージャーらしき人を従えるように立ち、わたしに向け手を振っていた。
「そんな驚くなよ。今日の撮影で一緒になることは聞いてるだろ?」
「だって世凪くんのことはテレビでちょくちょく観てたけど、テレビで観るより大人っぽいっていうか」
「ハッ、やっぱあゆみもそう思うか。ここんところ共演者とかからも意外とデカいってよく言われるんだよな~おれ。成長期ってやつ?」
「あと、声低くなった?」
「そうか?まーこれも成長期ってやつだろ」
幼稚園を卒園してからは本当に1,2回くらいしか会っていないのに、まるで昨日も学校の教室で顔を合わせて話してたぐらいの距離感とテンションで話しかけてきたこの人こそ、わたしが幼稚園に通っていたときの友達の世凪くんこと
「そういうあゆみも暫く会わないうちに可愛くなったよな」
「ちょっ、冗談はほどほどにしてってばっ!」
「おれは嘘をつくのが大嫌いだから、ホントのことしか言わないぜ?」
「///・・・何だかますます言葉遣いがリッキーに似てきたよね世凪くん」
だけれど久しぶりに会った世凪くんは“お兄さん”のようにカッコいい顔立ちになって声もちょっとだけ低くなったものの、話してみたら相変わらず憧れている
「ハハッ、そいつはこの上ないくらい嬉しいわ」
すっかり
「王賀美陸に、おれはなるっ!!」
「芝居は楽しい?世凪くん」
「おうよ。超絶怒涛にな」
もちろん卒園式でみんなの前で大きく言い放って先生にこっぴどく怒られた将来の夢を本当に自分のものにしようと芸能界で頑張ってる世凪くんも好きだけど、わたしは今みたいに素の表情が垣間見える明るい笑顔で楽しく笑っている世凪くんのほうが、何となく好きだ。
「そっか」
当たり前だけど、“好き”っていうのは友達としてっていう意味だ。
「あゆみちゃんと世凪くんって本当に仲良いのね?」
「あっ、知世サンもお疲れさまです」
なんて感じに仲良く話していたわたしと世凪くんを見守っていた知世さんが、微笑ましく話しかける。いけないいけない。あろうことか知世さんをそっちのけで世凪くんと話し込んでしまった。
「ごめんなさいっ、世凪くんと会うのが本当に久しぶりなのでつい」
「ううん、全然いいよ。むしろ役柄的にこれぐらいの距離感で演ってもらうほうが助かると思うし」
「そうですか・・・」
今日の撮影で世凪くんと共演することは知世さんから聞かされているからわかっていたことだけど、いざ世凪くんを目の前にすると幼稚園のときがちらつくから調子が狂ってくる。これからわたしは本番に向けて、スイッチを入れて行かないといけないのに。
「申し訳ありません知世さん。先ほどから世凪が無礼を」
「いいっていいって。私はほんとに気にしてないから」
「すみません。世凪、お友達と話すのはいいけど先ずは知世さんに挨拶しなさい。アリサさんからも言われてるじゃない。挨拶が出来ない役者はどんなに演技が優れていても成功しないって」
「したじゃん。お疲れ様ですって」
「あのね世凪、挨拶っていうのはそんなふうに雑にやるものじゃなくてもっと礼儀正しくやるものよ。それぐらい分かるでしょう?」
「了解っす(別に芝居で黙らせればいい話じゃねえかよマネもアリサも・・・)」
「まあまあ役者はちょっと生意気ぐらいがちょうどいいから」
「本当に先ほどからすみません知世さん」
「(どうしよう、これってわたしのせいかな?)」
こうして世凪くんと芸能界で再会したという余韻と世凪くんのマネージャーとのひと悶着へのちょっぴりの罪悪感が身体中を駆け巡ってスイッチが入り切れないまま、わたしはドラマの撮影が行われるの中へと入った。
久しぶりの撮影現場へ、いざ行かん
本当に久しぶりすぎて、ブランクがエグい。