あゆみのおしばい   作:ひらがななかい

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【人物紹介】

有島(ありしま)あゆみ

職業(学年):小学6年生
年齢:11歳
誕生日:7月18日
血液型:O型
身長:148cm(6歳:120cm)


しーん2。振り返れば推しがいる

 「あゆみ、ご飯を食べてるときぐらいスマホは置いたらどう?」

 「やだ。だって決められないんだもん」

 「とりあえず夜凪?って名前の“なんちゃらガール”に投票すればよくない?だって知名度的には“天使組”の圧勝だし」

 「“新宿ガール”ね。あとあんたは子どもの前で夢を壊すようなこと言わない(この“36歳児”が・・・)」

 「夢もなにもこんな不公平な結果なんてほぼ分かり切ってんじゃんこんなの」

 「そんなことないよね~あゆみ?だって勝負はまだ分からないから」

 「おい明菜(あきな)、お前が変に煽るせいでまたあゆみが決めづらくなってるぞ?」

 

 漫画の連載を抱えていてデザイナーの仕事をしているお母さん以上に忙しいお父さんと一緒に“ちょっと高め”な焼肉店でお母さんの“30なにがし”を祝う誕生会をしていたあの日、わたしはお高いお肉はそっちのけでスマホとにらめっこしていた。ちなみにあの日食べた焼肉の味は、全くと言っていいほど覚えていない。

 

 「そうだあゆみ。そんなに迷ってるなら俺が代わりに投票してやろう」

 「絶対にやめて!」

 「でもそうやってずっとスマホとにらめっこしてると、美味しいお肉がどんどん減ってくぞ?」

 「それはいやだけどお父さんにスマホ取られるのはもっとやだ」

 「じゃあおかあさんの分をちょっとだけあゆみにあげるから、10数えるうちに決められる?」

 「10・・・それじゃあみじかいよぉ・・・」

 

 舞台『羅刹女』を甲乙共に観終えて、そこからネットプライムで飽きるくらいに視聴したけど、優柔不断なわたしはどっちにしようか決められないまま投票の締め切り日でもあるお母さんの誕生日を迎えた。いま思い返しても、あの舞台にたった数日で“甲乙”をつけろだなんて、無茶すぎるにもほどがあった。

 

 「ちょっとトイレ行ってくるからそのあいだに決める!」

 「間違ってスマホ落とさないようにねー」

 

 結局お母さんが10を数えるあいだに決められる自信がなかったわたしは、スマホとにらめっこしたままトイレへと立った。もちろんトイレから戻るまでに決めるつもりだったけど、投票しようとすればするほどどっちにしようか迷うばかりだった。

 

 「ちょっ、千世子ちゃん!?」

 「いいからいいから」

 

 そうして甲乙のどっちにしようか迷いに迷いまくりながらトイレのほうへと足を進めていたら、ちょうど真横にあった大広間の貸し切り部屋の向こうからどこかで聞いたような声が耳に入って、ふと足を止めて半開きになっていた扉の奥を覗いた。

 

 「会えて光栄だ新宿ガール・・・思ったより軽いな。ちゃんと食ってんのかよ」

 

 半開きの扉の中を覗いてみれば、赤と白の薔薇が咲き誇る華やかな空間の真ん中で“天使”が“新宿ガール”をお姫様のように抱きかかえて王子様みたいなキザな台詞で口説いていた・・・もちろん咲き誇っていた薔薇はただの幻だったのだけれど、本当にそんな背景が一瞬だけわたしには見えた。生まれて初めて体感した・・・言葉にすることができない衝撃と感情。

 

 「それのどこが俺だ?言ってみろ百城ォ?」

 「うーん、ヘアスタイル?」

 

 えっ!?リッキーもいるの!?・・・・・・そこから先のことはもう、6歳だったわたしにはあまりにも刺激が強すぎたみたいで断片的にしか思い出せない。というか、今でも“あの空間”を間違って覗き見したら確実に記憶が飛ぶ自信しかない。

 

 「どっちが上手く王賀美さんを演じられるか勝負よ!」

 「いいよ夜凪(よなぎ)さん。演技バトル第2ラウンドだね」

 

 とりあえず5年経って覚えていることは、なんだかよく分からないけど夜凪景(よなぎけい)VS百城千世子(ももしろちよこ)で王賀美陸のモノマネバトルが始まろうとしたところでメインディッシュのお肉が到着してあやふやなまま終わってしまったこと。

 

 「あのっ・・・!・・・・・・サイン・・・ください」

 

 そして、夜凪さんと百城さんと王賀美さんが通りすがりのわたしのためにサインを書いた色紙をプレゼントしてくれたこと。もちろん勇気を振り絞って声をかけて手に入れたあの色紙は、あれからずっとわたしの部屋に“家宝”として飾っている。

 

 「随分時間が掛かったじゃない?もしかしてトイレに行くフリしてずっと・・・って、その色紙みたいなものは何?」

 「お母さん、お父さん・・・・・・わたし“決めた”」

 

 結局、最後の最後まで甲乙のどっちに投票するかを決めることが出来なかったわたしは、どっちでもない“選択肢”を選んだ。

 

 

 

 「わたし・・・・・・女優さんになりたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「映画『先生に告ぐ』、キャストの皆様ならびに監督の森次琢磨(もりつぎたくま)さんです!

 

 映画で使われる主題歌が流れ、華やかな照明の明かりが暗転で暗闇に包まれていたシアターを照らすと、試写会に選ばれた観客の前に出演している主要キャストとメガホンをとった映画監督が司会者と一緒にスクリーンの前に登壇して各々で観客へと挨拶を送る。普段は劇場のスクリーンやテレビ越しでしか見ることができない俳優さん(スター)を、こうやって同じ空間で目撃できる。これは目の前に広がる舞台に立って“他人”を演じている“この人たち”の演技を観客として最後まで見届けるのとはまた違う、同じ空気を共有しているという独特の高揚感とテレビ越しだと味わえない臨場感。

 

 こういうのがあるから、“(なま)”で観るのはやめられない。

 

 「では先ずは橘大希(たちばなひろき)役、神宮寺愛琉さんからご挨拶のほうをお願いします

 「えー、おはようございまず・・・じゃなかったこんばんは。本日は映画『先生に告ぐ』の完成披露試写会にお越しいただいて本当にありがとうございます・・・橘大希を演じさせていただきました、神宮寺愛琉です・・・えー・・・よろしくお願いします

 

 司会者から促される形で最初に橘大希という主人公の不良生徒の役を演じた神宮寺愛琉がやや緊張した面持ちでグダグダになりながらもなんとか挨拶を済ませると、シアター全体から割れんばかりの拍手が起こる。ちなみにわたしは“愛琉くん”のことはデビューしたときから知っていたし、何ならわたしが幼稚園に通ってたときから何度か面識はあった。

 

 

 

 「愛琉くんも出るんだ・・・・・・黒山さんの映画」

 

 

 

 そのデビュー作は何を隠そうわたしの“推し”、もとい女優の夜凪景が映画監督の黒山墨字(くろやますみじ)と共にその年の映画賞を総なめにして名実ともに日本のトップ女優の仲間入りを果たすばかりか、カンヌで女優賞を獲って世界中からも注目されるほどの女優になる大きなきっかけになった“あの映画”だからだ。あの映画で愛琉くんは夜凪さんが演じる主人公の腹違いの弟を演じて、そのまま夜凪さんが所属している芸能事務所に入って本格的に俳優デビュー。それからは塩顔系と呼ばれる端正な顔立ち(※どっかの番組でそう紹介されてた)と黒山さんから鍛えられたと言われている演技力を武器にして“実力派若手イケメン俳優”として一気にブレイクしていった。

 

 「もっと気楽に行こうよ主演~

 「すみません、ほんと駄目なんですよ僕。こんな大人数がいる前で喋るの

 「でもさっき楽屋で挨拶の練習めっちゃしてたよね?

 「はい。してました。してましたけど・・・舞台(ここ)に立った緊張で全部飛びました

 「最初間違えて“おはようございます”って言ってたもんな?

 「はい・・・のっけからグダグダです

 「ははははっ

 

 ただ大河ドラマで主演を演じたことのある“国民的女優”と一緒に映画で主演を張れるくらい“出世”しても、“顔見知り”の視点でも超がつくぐらいのイケメンに思えてくるほど成長しても、活発で元気はつらつの“弟くん”とは正反対に引っ込み思案で恥ずかしがりやなところは黒山さんの映画に出る前のときと大して変わってないみたいで、隣に立つもう一人の主演の環蓮と監督から“愛のある”挨拶のダメ出しをされた愛琉くんのタジタジな振る舞いに観客席からは暖かい笑い声が静かに響く。

 

 

 

 「ほら愛琉、せっかくだからあんたもあゆみちゃんにあいさつしなさい」

 「・・・言われなくてもするから」

 「ハハッ、あにきは恥ずかしがりやだなっ!」

 「・・・うっせぇ」

 

 

 

 何だかこういう先輩のキャストから可愛がられているところを見ると、愛琉くんは今もずっと“愛琉くん”なんだなって思えてきて、なんとなく心が落ち着く。

 

 「こんばんは、武藤愛純(むとうあすみ)役を()らせて頂きました環蓮です。本日は短い時間ですがよろしくお願いします

 

 そして愛琉くんのグダグダな挨拶の後に、大希の担任になるもう一人の主人公の武藤愛純の役を演じる環蓮が“これがお手本”と言うようにシンプルかつスマートにまとめる。環さんはわたしが生まれたときにはもう既に人気女優として第一線で活躍していたから、物心がついたときから名前だけは知っていた。主演を務めるドラマや映画はどれも大ヒットを飛ばしている“大ヒット請負人”で、仕事は出来るが部下にはとことん冷徹なカリスマ女社長からひょんなことから大手企業の社長と結婚して玉の輿になったズボラなダメ女(※いずれもお母さんが録画して観ていたドラマより)みたいにシリアスからコメディーまで器用に演じ分ける安定感に、抜群の運動神経を武器にして刑事ドラマでは華麗なアクションもこなす圧倒的な役柄の広さも持ち合わせる、誰もが知ってる“国民的女優”。

 

 

 

 真美(まみ)・・・女優たるもの、お芝居以外で涙は見せるべからず・・・・・・もしもそれができないというのなら・・・・・・今日限りでこの家から出ていきなさい・・・』

 

 

 

 最初は名前ぐらいしか関心なんてなかったけど、夜凪さんが少女期を演じると聞いて生まれて初めて最初から最後まで観た大河ドラマ『キネマのうた』で伝説の大女優・薬師寺真波(やくしじまなみ)の波乱の人生を“あの夜凪さん”の演じた真波を経たうえで見事に演じ切っていくのをこの目で見て、わたしは環さんのことも一気に好きになった。もちろんリアタイで見ていたときのインパクトだけだったら夜凪さんがダントツで、第1話で幼少期の真波を演じていた鳴乃皐月(めいのさつき)っていう子役の人の演技もわたしと2歳しか違わないのが信じられないくらい凄かったけれど、終わってみればわたしの頭の中にある薬師寺真波のイメージは完全に環蓮になっていて、夜凪さんの演じていた真波の姿は浮かんでこなくなっていた。どうやって言葉にすればいいかなんてわからないけど、“あれ”が大河ドラマで主演を張れる“本物の役者”なんだと8歳だったわたしは本気で思った。

 

 

 

 『おめでたいニュースが入ってきました』

 

 

 

 そうして環さんがわたしの中で新たな“推し”になりかけていたタイミング、正確には『キネマのうた』が最終回を迎えた次の日に環さんは結婚した。相手は『羅刹女』のサイド乙で三蔵法師を演じていた同じく俳優の渡戸剣(とべけん)。『キネマのうた』から数えて2クール前に放送していた月9の刑事ドラマで主人公の女刑事とバディ役で共演したことがきっかけだった。どうでもいいわって言われそうだけど、好きな俳優さん同士が結婚して人生初めての“ロス”を味わったことをきっかけに、わたしは“これ以上推しを増やさない”と心に誓った。といっても環さんと渡戸さんのことは今でも“好きな俳優さん”だから、もし結婚していなかったら余裕で推してると思う。

 

 「はいっ、みなさんこんばんは

 

 そしてわたしには“好きな俳優さん”がいれば、逆に“そうではない俳優さん”もいる。

 

 「斎川一花(さいかわいちか)を演じさせていただきました、東城万燐(とうじょうまりん)です。この作品がみなさんのところに届く今日という日をずっと楽しみにしていました。よろしくお願いします!

 

 愛琉くんの演じている大希に片思いをしている幼馴染のクラスメイトの斎川一花の役を演じる東城万燐が、まるでアイドルみたいにはつらつとした感じで元気よく観客に挨拶をする。黒山さんの撮った“あの映画”が公開されたのと前後して巻き起こった“よなちよフィーバー”に湧いていた3年前、夜凪さんも出ていたシェアウォーターのCMに出演して一躍有名になった彼女は、百城さんのような浮世離れした美しさと夜凪さんのような役へ憑依する繊細で深みがある演技が評価されて映画を中心に活躍して、今じゃ“夜凪・百城世代”と呼ばれる人気女優さんたちに続いて“ネクストブレイク”が期待される演技派女優になった。

 

 「生で見ると本当に雰囲気が千世子ちゃんと似てるよね?」

 「うん。いまみたいに普通に話してると本当に百城さんみたい・・・」

 

 右隣に座るお母さんが、わたしに顔を向けて話しかける。ちなみにわたしもお母さんも生で東城万燐を見るのは初めてで、こうやって生で見るとほんの少しだけ青っぽい独特で綺麗な輝きを放つ銀色の髪といい“本家”に負けず劣らず“天使”って感じの顔立ちや雰囲気といい、細かいところは違うけど本当に雰囲気は百城さんとそっくりだ。そしてひとたび芝居をすれば、夜凪さんに負けず劣らず画面越しでもハッキリと伝わる没入感の深い演技を魅せてくる。

 

 「だけどいざお芝居になると、急に雰囲気が景ちゃんみたいになるのよね・・・」

 「・・・だね」

 

 だけどわたしは、そんな東城万燐のことを好きになれないでいる。この目で初めて彼女の演技を見たのはちょうど1年くらい前のこと。お母さんから貰ったお小遣いで初めて実夕と2人で夜凪さんが主演のロードムービーの映画を観に行ったとき、夜凪さんが演じていた1人旅をしている主人公が宿泊先のゲストハウスで偶然出会うことになる“家出少女”を演じていたのが彼女だった。百城さんみたいに言葉を失うくらい綺麗で可愛くて、それでいて夜凪さんが隣にいてもちっとも食われない存在感と演じていることを忘れさせる繊細な演技力は、観ていて本当にすごかった。

 

 

 

 “・・・東城万燐(このひと)は許されたのに、どうしてわたしは許されなかったんだろう・・・・・・()ろうとしてたことはわたしだって同じなのに・・・”

 

 

 

 そう・・・本当にすごかった。

 

 「でも・・・わたしは好きになれないんだよねー」

 「えっ?あゆみって万燐ちゃんのこと嫌いだったっけ?」

 「別に嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけど・・・なんか“好きになれない”。みたいな?」

 「・・・どういうところが好きになれないの?」

 

 もしもわたしが今でも“そっち”の世界にいたとしたら、“あのふたり”と同じように絶対に女優(やくしゃ)としての目標にしていた・・・って思うぐらい、わたしにとって東城万燐は“すごい女優さん”だ。

 

 

 

 

 

 

 「子どもは“子どもらしいお芝居”しかしちゃいけないってことなんですか・・・?先生?」

 

 

 

 

 

 

 「・・・こんなこと言ったら失礼だけど・・・“夜凪さんと百城さんのいいとこどり”みたいなところがなんか“ズルい”なって・・・・・・それだけ

 

 それでも、なんだかわたしは東城万燐のことを好きになれない。その理由を“自分勝手だ”なんて言われちゃったらなんにも言えなくなっちゃうし、好きになれない感情の正体は自分でもまだ分からないけれど。

 

 「・・・ふーん、なるほど」

 

 何気に初めて人にバラした“好きになれない”理由に、お母さんはどっちつかずで何とも言えないリアクションを返して、キャストと監督が登壇しているスクリーンへ再び視線を向けた。わたしもそれに合わせるように視線を愛琉くんたちのほうへと戻した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「あゆみ、私ちょっとトイレに行くからここで待ってるかそれかロビーのところに先に行ってて」

 「うん。分かった」

 

 開演から2時間と約30分。舞台挨拶を兼ねた映画『先生に告ぐ』の完成披露試写会はあっという間に終わり、シアターの照明がつくのと同時にトイレへ向かうお母さんをわたしは客席に座ったまま見送って、何気なく何も映らなくなったスクリーンに目を向ける。もちろんこれには大した意味なんかなくて、ただ余韻っていうものに浸っているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 『屋上っていいよね~、誰にも邪魔されないでこうやって空を眺められるから』

 『・・・またアンタかよ。言っとっけど授業サボって屋上で暇つぶしてるこんなクズばっかに構ってると一緒に除け者にされるぞ?』

 『あらま、先生のことを心配してくれるなんて橘君は優しいんだね?』

 『いいからさっさと教室戻れっつの・・・俺はいま1人になりたい気分だからよ』

 

 喧嘩や問題行動を起こしてばかりで教師やクラスのみんなから遠巻きにされていた不良生徒・橘大希と、大希が在籍する2年5組のクラスに転任してきた現代文が専門科目の女性教師・武藤愛純。4年前に起きた“ある事件”が引き金となってずっと仲の良かった幼馴染にすら心を閉ざして周囲の人間を拒絶するようになり、いつしか周りから除け者の問題児として扱われるようになっていた大希は、そんな“どうしようもなくクズ”な自分のことを偏見なんか一切せずに面と向かって向き合う愛純の優しさに触れたことでまともに授業を受けるようになったり、幼馴染の一花に今までずっと遠ざけてたことを謝るなど次第に心を開くようになり、色眼鏡のように自分を見ていたクラスメイトとも少しずつ打ち解けるようになる。

 

 『なぁ、一花?』

 『ん?どうしたの大希?』

 『もし俺が武藤のことが好きって言ったら・・・どう思う?』

 『どう・・・っていうか本気で言ってんの?大希?』

 『・・・例えばに決まってんだろ』

 

 やがて大希は、“クズ”な自分と心から向き合ってくれる愛純へ密かに恋愛感情を抱くようになる。それが“良くない”ことだと分かっていながらも、大希の心は愛純にどんどんと惹かれていく。一方で大希へ密かに片思いをしている一花は、大希が愛純に好意を持っていることに気付くと無意識に担任の愛純のことを敵視するようになる。

 

 『ホントにいいのかよ?まだ家に戻ってもやんなきゃいけない仕事とかあんだろ?』

 『私のことなんかよりもいまは自分の心配したら?留年がかかってるんでしょ?』

 『先生が留年なんて縁起の悪い言葉を使うんじゃねぇ』

 

 そんなある日、愛純は中間テストを来週に控える大希を心配して大希が1人で暮らしているアパートの部屋を尋ねて一緒にテスト勉強をするのだが、ちょうど愛純が大希の住むアパートの部屋を出入りするところを誰かに撮られ、それがSNSに拡散されてしまう。

 

 『なんで武藤が罰を受けなきゃいけねぇんだよ武藤はなんも悪くねぇだろが!!』

 

 そして大希の部屋に出入りする写真が拡散されたことがきっかけとなり愛純は責任を取らされる形で謹慎処分になり、副担任を通じてそのことを聞いた大希は行き場のない怒りを“あの写真”をフォローして拡散したことをちょうど面白おかしく話していた隣のクラスにいる男子生徒のグループを殴る騒ぎを起こしてしまう。

 

 『何もかも全部俺のせいなんだよ・・・・・・なのに・・・どうして先生はいつも・・・

 

 たった一枚の写真をきっかけにようやく手にしたはずの平穏は音を立てて崩れ去った。全ては先生のことを好きになってしまった自分のせいだった。それでも愛純は再び心を閉ざし出した大希に今までと変わらずに寄り添おうとする。そこには大希の身に起きた4年前の“ある事件”が深く関わっていた。

 

 『・・・ごめんね。橘君』

 

 4年越しに真実を明かされた大希の先に待ち受ける運命は・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 という感じの内容の映画をわたしは観ていた。一応PG-12っていう“12歳未満は保護者の同伴が必要”な制限がかけられている映画だからか、最後はある意味でハッピーエンドだったけど内容はまあまあ重かった。こういうシリアスな作品も好きっちゃ好きだけど、これで何の救いもないバッドエンドとかだったら軽く次の日まで寝込むレベルくらいにはメンタルにグっときた。

 

 “愛琉くん・・・本当に“俳優さん”って感じだった・・・

 

 でも映画の内容以上にショックを受けたのは、ちょっと観ないうちに愛琉くんの演技がとんでもなく上手くなっていたこと。黒山さんの映画に出ていたときから演技は上手かったけど、あのときはまだ“愛琉くんが演じてる”っていうのが見ていてはっきりと意識できていた。

 

 

 

 『俺・・・・・・武藤先生のことが・・・』

 

 

 

 だけどこのスクリーンについさっきまで映っていた愛琉くんはわたしの知ってる愛琉くんじゃなくて、“橘大希”だった。上映前の舞台挨拶のときは“環さんの芝居を受け止めるだけで精一杯でした”ってものすごく謙虚に言ってたのに、いざ映画が始まってみれば環さんと1対1で堂々と張り合えていた。精一杯だったというのを1ミリも感じさせない、演じているのが愛琉くんだってことを忘れさせる会心の演技。

 

 

 

 『私のことを頼ってくれなかった・・・・・・それが悔しかった』

 

 

 

 そして2人の主演の存在を大きく際立たせた、東城万燐(助演)の存在。彼女がすごいことは去年に実夕と一緒に観た映画のときから知っていたけど、やっぱりこの映画でもそれは変わらなかった。初めて映画を観るような人でも一撃で伝わる、天才じみた演技の上手さとカメレオンのような演じ分け。当たり前だけど、こういうタイプの映画でメインを張れる俳優さんはみんな、本当に演技が上手い。

 

 

 

  “・・・もう一度行きたいな・・・・・・“スクリーンの向こう(そっちの世界)”に・・・”

 

 

 

 何も映らなくなったスクリーンに向けて、ゆっくりと右手を伸ばしてみる。もちろんこれで何かが起こるわけなんてありえないのは分かっているけど、今なら“そっち”側に手が届きそうな気がした。

 

 「・・・みんな遠くに行っちゃったな・・・

 

 だけどすぐに手を伸ばしても届くわけがないことを受け入れて、溜息の代わりと言わんばかりに心の中の本音が漏れる。わたしの憧れている“羅刹女(ふたり)”も、世凪くんが尊敬してやまない“リッキー”とそのリッキーを尊敬している“世凪くん”も、一足先に弟が飛び込んでいった世界に同じように飛び込んだ“愛琉くん”も、どんどん遠い存在になっていく。

 

 「・・・・・・

 

 嫌になって逃げたはずの景色に手を伸ばすのにも疲れて、伸ばしていた手を下ろす。こんなことを思い出したって悲しくなるだけなのは分かってるのに、どうしてそんなことをわたしは考えているんだろう。

 

 

 

 「・・・あゆみはさ・・・“戻りたい”っていう思いはまだ少しくらいはあるの?」

 

 

 

 あぁ、そっか。さっきお母さんが急に“あんなこと”を言ったから、だから・・・・・・

 

 「・・・パンフレット持ってくの忘れてるよお母さん・・・」

 

 これ以上シアター(ここ)にいると感情が変になる予感がして席を立って先に待っててと言われたロビーへ足を進めようとしたら、お母さんが座っていた隣の席にはすっかり持ち帰るのを忘れていたパンフレットが置いてあった。

 

 「しかもスマホまで・・・・・・はぁ」

 

 おまけにお母さんときたら、自分のスマホまで客席に置き忘れていた。こんな感じでわたしのお母さんは、頻繁じゃないけどたまに“まあまあヤバめ”な忘れ物をする。

 

 “・・・これじゃあ、結局お母さんがトイレから戻ってくるまでここから出れないじゃん・・・”

 

 「そのスマホ、私が代わりにおかあさんに届けてあげよっか?

 

 と、心の中で愚痴っていたら突然女の人に後ろから声をかけられた。

 

 「いや、自分で届けるので大丈夫です・・・・・・

 

 不審者かと思いながらもつい振り返って後ろにいた女の人に言葉を返してしまったわたしの目に飛び込んできたのは、深く被ったベージュの帽子(キャスケット)で顔は分かりづらいけれど、あきらかにわたしの知っている人・・・いや、“推し”だった。

 

 「っ///!!?

 

 キャスケットのつばから覗き見えた黒縁のメガネ越しのパッチリした瞳でその人が誰なのかを理解したわたしは、驚き過ぎて振り返った姿勢のまま身動きが全くとれなくなった。

 

 「ごめんね。今日は“お忍び”だから私が“ここ”に来てたってことは内緒にしてくれる?

 

 身動きが取れないでいるわたしに、真後ろの列に立つ百城さんは人差し指を唇に当ててふっと笑いかけた。




天使、現る。
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