あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
「じゃ、審査終わったらLIMEよろしく」
「りょーかい、お母さん」
4月最後の土曜日、午前9時半。お母さんに家から車で送ってもらい、わたしは都心のど真ん中(※赤坂のあたり)にそびえ立つ3階建てのお金持ちが住んでいる豪邸みたいな外観をしたとある芸能事務所のビルの前に来ていた。
「(演技審査まで進んじゃったよ・・・わたし・・・)」
いったいどうしてどこにでもいるただの小学6年生になったわたしが芸能事務所のビルの前にいるのか・・・
「ひょっとしてあゆみちゃん?」
あれは遡ることおよそ3週間前。お母さんと一緒に愛琉くんが出演している映画の完成披露試写会で“都内某所”の映画館に来ていたわたしは、6歳のときに『羅刹女』という舞台を観て以来の“推し”でもある百城さんとまさかの運命的な再会を果たした。
「やるんだよ。悔しかったら“勝つ”まで・・・逃げるのはそれからでも遅くない」
その百城さんから言われた言葉で“目が覚めた”わたしは、一度は何もかもが恐くなって逃げだしてしまった“夢”をもう一度だけ追いかけることを決意して、とある映画監督が主催するオーディションに応募することを決めた。
「あらそう。いいんじゃない?」
「え・・・それだけ?」
そして帰りのエレベーターの中でもう一度役者になる
『夜凪景と百城千世子による羅刹女の演じ方の違い。先ずは、夜凪景』
こうしてオーディションを応募したわたしは書類審査をひとまず
“_動画審査合格のお知らせならびに演技審査のご案内_”
とまぁ、半信半疑ながらも全力で細かすぎて伝わらない小芝居で応募してみたら、なんとすんなり動画審査も
「(久しぶりだ・・・この緊張感・・・)」
こうして順調に演技審査に進んだわたしは、応募したオーディションの会場となっている芸能事務所の控え室に入って空いている席に座って、演技審査まで進んだ50人の応募者に混ざって出番を待つ。オーディション自体は子役のときに何度か行かせて貰えていたから、この独特の緊張感はまだ身体が覚えている。こういう緊張感が大好きな人も中にはいると思うけど、わたしはそんなに好きじゃない。
「(そもそもこのオーディションって何を決めるオーディションなんだろ・・・?)」
まずこのオーディション、映画か何かで役を決めるものなのか、そもそもどのような目的のオーディションなのか、わたしを含めた応募者には一切明かされていないし、この演技審査から先にあるものについては“シークレット”になっている。分かっているのは今日の演技審査で50人から一気に2人にまで絞られるということと、オーディションの主催者が映画監督の黒山さんだということと、応募対象となる年齢が“10歳~14歳の女子”とかなり限定的なこと。
「(うん、大丈夫。あの“百城さん”が勧めて来たオーディションだし、お母さんもちゃんと内容を見てわたしにOKしてくれたから、大丈夫)」
どんなことをするのか内容が全く分からないのとオーディション応募対象の年齢のせいでここにきて急に不安が押し寄せて来たけれど、どうにか百城さんとお母さんのことを思い出して不安を押しのける。
“・・・それに
「(・・・やっぱりみんな現役だよね?)」
それでもなんだか心配で念のためにさり気なく控え室を見渡すと、応募要項通りここにはわたしと同じくらいの年齢の人かちょっと年上ぐらいの人しかいない。きっとここにいる多くの人がどこかの事務所や児童劇団に所属している子役の人っていうのだけは、何となく学校の教室とは全然違うこの部屋にいる人の空気の感じでわかる。
「(だけど・・・知ってる人が1人もいない・・・)」
そしてこのオーディションに参加している人たちの中に、子役だったときに知り合った人が誰もいないということもわかった。というか、みんなテレビとかでも全然見ないような人たちだから、名前も顔も知らないのは当然・・・って、さっきから失礼のオンパレードだなわたし。
「えっうそ?あれってあの人じゃない?名前ド忘れしちゃったけど」
「うん、私も名前出てこないけど絶対見たことあるよあの人」
と心の中でオーディションを受けている人たちが無名の子役かいまのわたしみたいな一般人のどっちかだと決めつけていた矢先、ひとりだけ明らかにオーラの違う人が控え室に入ってきて、周りからひそひそ声が聞こえ始めて部屋全体がざわつき始めた。名前は出てこないけれど、どこかで見たことがあるその人はわたしの座る席を通り過ぎて、ざわつく周りの反応なんて全く気にしないで紺色の長い髪をなびかせるようにクールに空いていた端っこの席へ座る。
「(誰だろうこの人・・・・・・でも、どこかで・・・)」
やや大人びた落ち着いた佇まいで席に座ったその人の横顔をまたさり気なく見てみる。6部袖ぐらいの白いシャツに足のラインがハッキリと分かるシュッとしたデニムといういかにもオーディションに来ましたって感じのシンプルで落ち着いた服装を着こなす大人っぽい美少女。だけど何だか妙に“おもかげ”があって、見れば見るほどどこかで見た記憶が曖昧に脳裏に浮かぶ。かと言ってここ最近で見たかと言われたら、パッとは出てこない。だけど、明らかにこの人のことをわたしはなんかのテレビで見たことがある気がする・・・
「思い出した、“あおちゃん”だよ」
「あおちゃん?・・・あぁ、あのMHKに出てた“あおむしのあおちゃん”?」
「もう結構前だけどね」
「(あおちゃん・・・・・・って、あの“あおむしのあおちゃん”!?)」
後ろのほうから聞こえてきたひそひそ話で、ようやく思い出した。わたしが“羅刹女”と出会うちょっと前、幼稚園の年長のときにMHK教育で夕方に放送していた子供向けの番組で“さなぎちゃん”が“モンシロチョウのメイちゃん”に成長したときに生まれた妹の “あおむしのあおちゃん” こと、
「(“あおちゃん”・・・だよね?)」
ともかくあれから約5年が経って、小っちゃくて可愛かったはずの“あおむしのあおちゃん”は、しばらく見ないうちに“ちょうちょ”どころかとんでもない美少女になっていた。見るからにサラサラしている紺色の長い髪、儚げな緑がかったつり目の瞳と実は5歳くらい年上なんじゃないかって思うくらいクールで凛々しい横顔、少し高めな背丈にスタイルの良さ。わかりやすく例えるなら、絶対あと5年くらいしたら夜凪さんや若いときの環さん(※いつか見た再放送の月9で主演で出ていた)顔負けのクール系美人になっていそうな感じ。最後に誤解のないように言っておくけど、渡戸さんと結婚してアラフォーになった今の環さんは再放送のドラマのとき(※お母さん曰く当時25歳くらい)や『キネマのうた』のときよりもさらに“お美しく”なっている。
「(いや・・・可愛すぎるでしょ・・・)」
なんてことはともかく、気が付いたら大雑把に記憶の片隅に残る“あおちゃん”の姿のままで記憶が止まっていたわたしはあまり信じられなくて、夜凪さん系の美少女に“メガ進化”したあおちゃんの横顔をずっと見ていた。
「・・・?」
すると視線の先に座るあおちゃんの視線が、何かを察したみたいに横目でわたしを捉えた。
「・・・!?」
不意に目が合い、わたしは気まずく視線を逸らして無理やり前を向く。
「(・・・やっちゃった)」
ほんと、さっきからわたしはやっているんだろう。みんなは必死の思いをしてオーディションで来ているはずなのに、わたしだけ何を変態みたいにあおちゃんの横顔をずっとガン見してるんだろう。ていうか、どっからどう見てもいまのわたしって普通に変態だよね?これ。
「(切り替えよう)」
わたしは目を閉じて、ゆっくりと呼吸をしながら10を数えて目を開けて気持ちを一旦リセットする。せっかく巡ってきたまたとないチャンスをバカみたいに“油断”したせいでフイになんてしたら百城さんやお母さんに合わせる顔がないし、本気で挑まないとわたしと同じようにこのオーディションに応募した周りにいる人たちにも、審査してくれる人にも失礼。
今のわたしはただの
「(とりあえず・・・あおちゃんと同じグループになりませんように・・・)」
となると、このオーディションの中で一番手強い相手になるのは“あおちゃん”こと七海空央。名前だってここにいる人たちの中じゃ一番有名(※というかそれ以外の人を知らないだけ)で、ビジュアルは文句なしに最強。しかも恐ろしいことに、年齢的にはきっとわたしと同い年疑惑。“推し”や好きな俳優をずっと見ながら生きてきたから神様が作る顔が平等じゃないってことは分かってるけど、それでもあおちゃんの同い年(※多分)に見えない大人っぽさと可愛さは“神様の悪戯”だって言いたくなる。もうとにかく、外見や名前の綺麗さはオーディションの前から少なくともわたしは負けてるし、このふたつに至っては勝てる気もしない。
“・・・だけど、演技は別・・・”
「(・・・って、わたし演技とか全然
そして最近はテレビだと見なくなったけど芸能活動はずっとしているはずのあおちゃんに対して、わたしは2年ものあいだずっとまともに芝居なんてしていない・・・ってあれ?これってわたしがオーディションで勝てるようなところが何一つないってパターン?いやいや、これでも演技審査まで進んでるってことは良い感じに印象には残っているってこと・・・だけどあれはたまたま特技が“面白そう”って思われたってだけで、この後のオーディションでそれが通用するなんて思っちゃいけない。
だって芝居は“演じる”ことであって、“真似る”ことじゃないから。
“そもそも芝居って・・・・・・どう
「半端な芝居するくらいなら演技なんかすんな・・・・・・俺は自然体のお前を撮りたいんだよ・・・」
「お待たせしました。エントリーナンバー1番から10番の応募者の方はこちらへお進みください」
そんなこんなで漠然と急浮上してきた一抹の不安を拭いきれない状態のまま、参加者の名前は呼ばれた。ちなみに演技審査の通知書に書かれていたわたしのエントリーナンバーは10番。つまりは“1組目”のグループ。
「(・・・あおちゃんだ。まじか)」
そして、わたしが割り当てられた1組目のグループには“あおちゃん”もいた。正直、同じグループにはなりたくなかったっていうのが本音だ。
「(もう、オーラが違いすぎるよ・・・)」
事務所の廊下と階段を歩く後ろ姿だけで、あおちゃんは“
「(でも・・・ここでビビってたらいつまでも勝てない)」
だけど、この後の演技審査で50人いるうちの48人は容赦なく落とされてしまう。そんな中で合格するには何としてでも“50人中の2人”に選ばれるしかないってこと・・・・・・現実を考えたらかなり厳しいし、これから何をやるのかオーディションの目的は何なのかもまだわからないけど、それはきっとあおちゃんも含めてみんなだって同じこと。だからもうやるしかない。
だって、わたしは“やる”って決めたから。
「もう一度役者になるんでしょ?」
「では、こちらの部屋へどうぞ」
頭の中で百城さんの言葉を思い浮かべ意を決し、わたしは
主役になれるのは、ほんの一握り。
モチベの反動がエグいのどうにかしたい