あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
「有島あゆみです!よろしくお願いします!」
お母さんとお父さんに“女優さんになりたい”と自分の夢を打ち明けてから1ヶ月後、わたしは小学校に進学したのと同じタイミングで児童劇団に入った。入団するときにお母さんからは、“そんなすぐにはテレビドラマとかに出れるわけじゃないから、あんまり気負いし過ぎないようにね”みたいなアドバイスを言われた。
「ほらあゆみちゃん、さっきからずっと笑顔が固いよ。もっとちゃんと口をニッとさせて」
それからはとにかく、ひたすら礼儀作法や芝居の稽古を踏まえたレッスン漬けの日々が続いた。学校で同じクラスのみんなと普通に授業を受けたり休み時間を過ごしたりして、学校が終わったらこの後遊ぶ約束をしたりしていた周りのみんなを尻目に一直線に児童劇団の稽古場に行って、児童劇団に入っているみんなと一緒にきっちり夜の7時まで芝居に纏わるレッスンを受けて、帰ったら部屋にある鏡と睨めっこして表情を作ってみたり、手が空いてそうだったらお母さんかお父さんを捕まえてレッスンの復習に付き合わせてみたり・・・そんな日々の繰り返し。
もちろん児童劇団に入ったからって“女優さん”になる夢が100パーセント叶うわけじゃないっていうのは、入る前にお母さんから言われた言葉で子供心ながらに分かっていた。でも、ドラマとか映画に出れなくても劇団のみんなと一緒に稽古を通じて少しずつだけど感情表現とかが上手くなって自分が成長していくことが純粋に嬉しくて楽しかったし、何より自分の芝居が上手くなっていくたびに“あのふたり”に近づいていってる気がしたから、ちっとも不満なんてなかった。
「あゆみちゃん。後でどうしてもお話したいことがあるから、レッスンが終わった後ちょっといいかな?」
「はい。いいですけど」
ちょうど大人になった“モンシロチョウ”が旅立って、“あおむし”が“さなぎ”になって“お姉さん”を探しに冒険へ出たころ、わたしは迎えに来たお母さんと一緒に劇団の先生からレッスン終わりに呼び出されて“映画のオーディションを受けてみない?”と言われた。しかも先生曰く、オーディションをする映画で監督をしているのは『羅刹女』のサイト乙(※百城さんが出てたほう)で演出を手掛けた黒山墨字という映画監督だった。
「すごいじゃない、黒山墨字監督の映画のオーディションに選ばれるなんて」
「やばいよ・・・“羅刹女の人”だよ・・・どうしよう」
「自分でやりたいって言ったくせに家に帰った途端にビビるんかいあんたは(まぁ、興奮気味だったから仕方ないか・・・)」
当然 “お願いします”と二つ返事でオーディションを受けることを決めたけど、帰ってから我に返って事の“重大さ”に気付いてしまったわたしは、先生からオーディションの話を聞かされたときの倍は震えあがってた。だって、人生最初のオーディションが世界三大映画祭で賞を獲った映画監督が撮ろうとしている映画のオーディションだなんて・・・普通に考えて余裕で鳥肌が限界突破して冷静じゃいられなくなるレベルだ。
「オーディション受けるって決めた段階でそんなにドギマギしてたら絶対本番でミスするよ?」
「わかってるってお母さん!・・・・・・これは“羅刹女”にお近づきになれるチャンスなんだから、絶対がんばる!」
「オーディションを受ける目的が思いっきり変わってないあゆみ?(いつの間に“お近づき”なんて言葉遣い覚えたんだろ・・・)」
だけど、黒山さんの映画ということはもしかしたら夜凪さんたちと一緒に演技ができるかもしれないって考えたら、俄然とやる気がみなぎった。いま振り返ったらミーハー全開みたいで本当に馬鹿だけど、それだけわたしにとって“夜凪さんと百城さん”は前に進める原動力で、“憧れ”だった。
「ありのままの自分で行くんだよ。あゆみ」
「うん・・・わたし、絶対に役もらってくるから」
そしてわたしは、憧れていた“ふたり”のことだけを考えて、黒山さんの映画のオーディションに臨んだ。
「(・・・・・・)」
ここは、あの夜凪さんが現在所属している芸能事務所の3階にあるスタジオ。稽古場も兼ねていそうな白い壁と白い照明の空間と、向かって右端には壁一面を覆うようにわたしたち応募者を横目で綺麗に
「(・・・・・・)」
目の前を向けば、わたしたち“1組目”のグループと相対するように、この
「(・・・カメラだ)」
そして、真ん中に座る審査員の手元に置かれたハンディカムのカメラ。これがどういう意図なのかはよくわからないけど・・・きっとなにか裏があるのは緊張感の中でもはっきりと分かる。
「スタジオ大黒天代表と、映画監督って仕事をやってる黒山墨字だ。相手が子どもだろうと容赦なく審査させてもらうが、萎縮するなよ」
1組目のグループが全員椅子に座ったタイミングで、真ん中に座る映画監督の黒山さんが先陣を切って半ば脅すような形でわたしたちに挨拶をする。
映画監督・黒山墨字。主に映画やCMを製作する映像制作会社で4年前の春に夜凪さんがいまの事務所へ移籍するまで芸能事務所も兼ねていたスタジオ大黒天の社長。短編映画で世界三大映画祭(※カンヌ・ベルリン・ヴェネツィア)の全てで入賞した輝かしい功績がありながら、ストーリーが常識人にはやや難解だったことも相まって舞台『羅刹女』のサイド乙の演出を手掛けるまでは日本だとほぼ無名の映画監督だった(※もちろんわたしも羅刹女で黒山さんのことを知った)。だけど『羅刹女』を境目に少しずつだけど黒山さんの過去の作品は世間から認知されるようになって、黒山さんが
『栄えある最優秀作品賞は・・・・・・・・・黒山墨字_』
そして“あの映画”でその年の映画賞を総なめにした黒山さんは、今や“世界に誇れる日本人の監督と言えば?”と聞かれたら真っ先に手が挙がるほどの第一人者になった。
「スタジオ大黒天制作部所属、映画監督兼撮影助手の
黒山さんが挨拶を終えると、続いて黒山さんの右隣に座るジャージ姿の20代半ばくらいの女の人が子ども相手だろうと平等と言わんばかりに“圧”をかけてきた監督とは対照的に、朗らかなそうな表情で緊張をほぐす。
「せっかくいい感じに引き締まってた空気を壊すんじゃねぇよ柊」
「引き締まるも何も、初っ端からそんな脅すような態度したら逆にみんな恐がって萎縮ちゃいますよ?」
映画監督・
「なんで?むしろちょっとぐらいの“圧”はかけといたほうがいいだろ?こういう業界の人間と仕事をしてくってことは、こんな程度のことでビビるようじゃ門前払いって話だ」
「その話はあとでじっくりと聞きますからとりあえずオーディションに戻りましょう墨字さん」
「お前が勝手に仕切るな」
「アンタに全部仕切らせ続けたら
という輝かしい実績とは何なのか?って感じで、師匠と弟子のふたりは4年前のオーディションや撮影の休憩時間のときと同じようにコントみたいなやり取りで言い争う。ただ、心なしか振り回されっぱなしだった柊さんが監督を経験したからか黒山さん相手に少しだけ“強く出れる”ようになっている・・・ようにも見える。
「さてと、先ずは皆さん。1次審査及び2次審査合格おめでとうございます」
そんな横のスタジオ大黒天組のふたりなんてどこ吹く風と、黒山さんの左隣に座るメンズモデル顔負けの長身で年齢不詳なスーツ姿の男の人が少し“怪しげな”爽やかスマイルを浮かべながら
「今回のオーディションの協力ならびに、このあと黒山のほうから説明する企画のプロデューサーをやらせて頂いています、株式会社
プロデューサー・
「演技審査まで進むことのできたあなた達の才能・・・今日はプロデューサーとして拝見させて頂きます」
そしてプロデューサー天知さんが社長をやっている芸能事務所の名前は“あの映画”のタイトルをモデルにしていて、さらに言うとスタジオ大黒天は天知さんが夜凪さんのために芸能事務所・アクタージュを立ち上げたときに交換条件として“資本提携”っていう契約を結んでいて、黒山さんもこの事務所に相談役で名前が載っている。
「いつになくにこやかだな、
「えぇ、これもプロデューサーの仕事なので」
ところでどうしてわたしが黒山さんたちのことをここまで知っているのかって話になるけれど、それは夜凪さんの出演作の情報とかをネットで調べられる限り調べて行った“成り行き”で知った(※健全なサイトしか調べてない)のと、わたしも演者で出させてもらった “あの映画”の撮影と前後して夜凪さんが黒山さんの会社から天知さんが新しく作った事務所に移ったり、柊さんからスカウトされて“あの映画”でいきなり重要な役どころに抜擢されて役者デビューを果たした愛琉くんがそのまま天知さんの芸能事務所のアクタージュに入ったり・・・とにかく、“一瞬”だったけど普通のみんなより“近いところ”にいたからこそ色々と知っている。
だから、わたしはここにいる審査員とは一度だけ同じ撮影現場でお仕事をしたことのある顔見知りということになる。
「(・・・で?両端に座ってる人は誰?)」
だけど、両端に座りなぜか顔がよく分からないレベルで深々と帽子を被ったままの2人の審査員は、当たり前だけど初対面。というか、どうして演技審査という場で応募者のことが見えてるのかわからないくらい深く帽子を被っているのかが、謎だ。
「ちなみに今日のオーディションでは私の事務所のほうから研修として2人の新人スタッフを審査員として参加させていますが、特に気にせず演技審査に臨んでください」
天知さんからの説明で、両端の席に座る2人の新人スタッフは帽子を深々と被ったまま無言で一礼をする。
「(・・・・・・)」
そのどこか異様な空気にスタジオの緊張感は増し、理解が追いつかなくなりだして心の中すらも無言になる。帽子を被って座っているからよく分からないけど、帽子の下から見える鼻筋とか顔の輪郭の感じから、何となく女の人なんだろうなっていうのは“勘”で思った。それが何を“意味”しているのかはわからないし、今さらだけどやっぱりこのオーディションは“普通”じゃないことははっきりわかった。
“・・・でも・・・ここまできたら
「つーわけで俺はここにいるお前らのプロフィールに書かれてることなんざ心底興味ねぇから、無駄なおべんちゃらはせずにちゃちゃっとオーディションの説明してさっさと審査始めようか」
天知さんが連れてきた両端に座る“謎の新人社員”にやや困惑気味なわたしたちを尻目に、黒山さんは気怠げなテンションで毒舌交じりにここまで謎に包まれているオーディションの内容を説明し始める。
「さて、ご近所の大手芸能事務所でやってる“超・真っ当”な新人発掘オーディションを蹴ってまで応募してきたお前らには“無駄な先入観”を植え付けさせないために最低限の情報しか明かしていなかったが、これは2年後の公開を目指している百城千世子の書いた『ヒロイン』って小説を原作にした新作映画のキャストを決めるためのオーディションだ_」
こうして監督の黒山さんから明かされたのは、このオーディションは百城さんの小説『ヒロイン』の映画化に向けてそのキャストを決めるということ。この映画は原作の上巻にあたる“
「原作をまだ読んでないって場合は何の話なのかすら理解していないだろうが、その辺のことはちゃんと考えているから安心して欲しい」
そしてこれは、物語全編を通した“ふたりの主人公”の少女時代を描く第一部の“主人公”を誰が演じるのかを決める演技審査だということ。
「まぁいずれにしろ脚本なんてまだ1ページも出来てないからこれからやる演技審査は原作の話とは一切関係のない設定の演技をしてもらうことになる・・・つまりは“既読”も“未読”も関係ねぇって話だ」
もちろん事前情報なしでいきなり原作に沿った台本で演技審査をするとわたしみたいに百城さんの書いた原作を読破している“既読勢”と、何も知らない“未読勢”で不公平な差が出てしまうため、これから行う演技審査は原作の内容とは全く関係ないもの。
“いや・・・・・・わたしが、百城さんの書いた小説の主人公に・・・えっ?わたしが・・・百城さんの書いた小説の主人公に・・・・・・///”
パチン_
と、黒山さんの説明を聞いているうちに“百城さんの書いた小説の主人公を
「(あ、やば)」
スタジオ中に響き渡る、頬を叩く音。やばいと気付いたときには、もう既に遅し。
「ん?どうした10番?蚊が顔にでもついたか?」
案の定、真ん中に座る黒山さんは漫画だとデフォルメにされてそうなキョトンとした顔でわたしを見つめる。
「・・・ごめんなさい。気が散りそうだったので自分に喝を入れました」
それに焦ったわたしは何を思ったか、気が散ったことを素直に話してしまった。
「気が散る?どういう意味だ?」
「あの・・・百城千世子さんの書いた小説をモデルにした映画で主人公を演じられるかもしれないってことを想像したら・・・気が散りました」
それをまた黒山さんからツッコまれたわたしは、それっぽいハッタリなんて考える余裕なんてあるわけがなく正直に白状することしかできなかった。
「(あ、これおわったかも)」
いくら面識があるとしても、黒山さんは“びいき”して役者を見るような映画監督じゃないことは“あの映画”でわたしもわかってるつもりだ。いや、わかってる以前に監督が真剣に話をしているのに気が散ってよく聞いてませんでしたなんて、絶対に大減点は不可避・・・
「頬を叩くにしても赤くならない程度にしとけよ?特に顔は役者にとって感情表現と同じくらい大事な命だからな」
「はい・・・これからは気を付けます」
「よし、ひとまずこれでオーディションの説明は一通り終わったから、ここからは演技審査のシチュエーションの説明に入るぞ」
「(・・・セーフ?)」
と思ったけど、黒山さんはわたしの気が散っていたことよりも頬を思いっきり叩いたことを心なしか優し気に気に掛けて、演技審査の説明に入った。どっちにしろ減点だと思うけど、多分、ギリギリセーフ・・・だと今は信じることにする。
「今から
急にスイッチを切り替えて超がつくほど真剣な表情と、獲物を狙い済ます動物のような鋭い視線でシチュエーションと意図を訴える黒山さんの相手が誰だろうと容赦なんてしない言葉で、スタジオの中は今日一番の緊張感に包まれる。
「お前、自分の親を殺したいと思ったことはあるか?」
「・・・?」
「両親から1人だけ“いらない子”として無視され続ける子供の気持ちを考えたことはあるか?」
「えっと・・・」
「あるのかないのかどっちだ3秒以内で答えろ」
「・・・ないです」
“あのとき”だってそう・・・黒山さんは例え演技を教えている相手が“8歳の子ども”だろうと、容赦なんて一切しなかった。
「・・・てな感じで今からエントリーナンバー1から1人ずつ1分間、俺がいま言ったシチュエーションを演じてもらおうか。先ずは1番」
鋭い言葉と視線で一気にスタジオの緊張感を高めた黒山さんは、わたしを含めた1組目の10人の顔色を窺うように視線で一瞥すると口調を少しだけ軽くして、早速エントリーナンバー1番の応募者を呼ぶ。
「はい」
演技審査のトップバッターは、あおちゃん。こういうオーディションの順番は結構大事だったりするってどこかで聞いたことがあるけれど、よりによってあおちゃんが1番なんて、後に審査する人は絶対にプレッシャーだ・・・もちろんわたしもだけど。
「エントリーナンバー1番、七海空央です。よろしくお願いします」
オーディションの緊張感なんてどこ吹く風と言わんばかりにあおちゃんは落ち着いた様子で椅子から立ち上がり、黒山さんの手元に置かれているカメラに視線を向けながら自分の立ち位置を微調整して決める。
「(・・・もしかして黒山さんのカメラって“そういうこと”?)」
カメラの位置を確認しながら立ち位置を決めたあおちゃんを見て、わたしはやっとカメラの置かれている意味がわかり始めた。カメラが捉えているシーンはきっと、目の前で人が殺される瞬間を目撃してしまったときの、自分の表情。
「あぁそうだ。審査を始める前にもうひとつ付け足しておくが、俺が持っているカメラを“どのように”意識して演技するかはお前らの判断に任せる」
「(・・・ん?)」
なんて推測したわたしの心を読み解いたかのように、黒山さんはまるで“後出しじゃんけん”みたいにオーディションの条件を付け足した。
「(いや・・・“カメラをどのように意識して演技するかは
だけど、付け足した条件の意味があまりに難しすぎて、逆にわたしはわからなくなった。横目でチラッと見渡すと、わたし以外のみんなも完全に“?”な状態だった。
「分かりました」
だけどあおちゃんだけはその意味をすぐに理解したのか、戸惑う素振りなんて全く見せずに落ち着いた口調で堂々と黒山さんへ答えた。そのあまりの落ち着きぶりに、わたしの心は急に不安でいっぱいになった。
“・・・こんなんで勝てるのかな・・・わたし?”
「では、始め」
芝居をずっと続けていた人と、そうでない人の差を無意識に見せつけられてすっかり自信が揺らいでしまったわたしのことなどお構いなしに、黒山さんの合図で演技審査は始まった。
カメラのレンズは、何を視つめる?_
黒山の見た目が声優の中村悠一さんに似てると思っているのは俺だけだろうか?