あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
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職業:俳優(子役)
年齢:11歳
誕生日:6月19日
血液型:A型
身長:155cm
「では、始め」
“では、始め”という黒山さんの合図で、審査員と応募者が物音さえ立てずに視線を向ける中で、あおちゃんの演技審査が始まった。
『・・・・・・?』
黒山さんのカメラから見て気持ち斜め右から歩いてきたあおちゃんが、視線の先にある何かに気がついて立ち止まる。立ち止まった位置のちょうど先には、黒山さんのカメラのレンズが構えている。
『・・・・・・っ!?』
すると何か“とんでもないもの”を見てしまったのか、あおちゃんは声を上げずに驚く仕草をしながら一歩だけ引き下がり、その体勢のまま小さく震える右手で胸のあたりを抑えて立ち尽くす。目の前には何もないはずなのに、あおちゃんの様子を見ているだけで視線の先に“見たことのない恐怖”が広がっていて、ショックのあまり頭が真っ白になってパニックになっているのが鳥肌になって伝わってくる。
『・・・・・・』
目の前に広がっている光景に、あおちゃんはショックのあまり声を発することもここから立ち去ろうとすることも出来ず、小刻みに手元を震わせたまま息を殺して立ち尽くし続ける・・・ように、黒山さんのカメラを軸に演技を続ける。
『・・・ひっ!?』
静止してからだいたい10秒。女が刀を男に向けて思い切り振り落としたのか、彼女は声にならない悲鳴を上げて後ろに下がろうとした拍子で足がもつれて、その場で尻餅をつく。
『・・・ぁぁ・・・』
胴体を一刀両断された男から凄まじい量の血しぶきが溢れ出す。ここから全力で逃げようとしても、彼女はそのあまりに凄惨な光景に腰を抜かしてしまい立つことができない。
『・・・あ、あの・・・これは違くて・・・』
腰を抜かして後ずさる彼女に女が気付いて振り返り、目が合ってしまう。
『・・・ごめんなさいっ!私は何も見ていませんっ!・・・誰にも言いません・・・!だから・・・!・・・殺さないで・・・!』
男の胴体を切って血の色に染まる刀を持ってじわりじわりと向かってくる女に、彼女は恐怖で震え上がりながら余る力を全て出すように声を振り絞って後ずさりしながら必死に命乞いをする。
『・・・はぁぁ!?』
だけど自分から無意識に逃げ場のない壁際まで下がってしまい、後ろの壁が手に触れた瞬間、彼女は逃げ場がなくなったことを本能が理解して声にならない奇声を上げる。
『・・・・・・やだ・・・いやだ・・・』
逃げ場がなくなり、目の前に立つ女を見上げたまま目を見開いて涙を流し、声を震わせながら命乞いをすることしかできない彼女。目の前で腰を抜かして怖がる彼女を見下ろす女は、血に染まった刀を振り上げる。
『・・・っ!!』
「カット」
目の前にいると思われる女から刀を振り下ろされ、“
パチパチパチパチ_
“あの映画”の極限までリアルを突き詰めたような夜凪さんとは少し違うけれど、ただ座って見ているだけでその感情や景色が手に取るように伝わる、わかりやすいけど意識が引き込まれる迫真の演技。そんなあおちゃんの演技にスタジオは応募者のみんなの拍手に包まれる。
「(・・・めっちゃ上手いじゃん・・・)」
もちろんわたしも、文句なんて何も言えるわけがないお手本のような演技を魅せつけたあおちゃんに周りのみんなと同じように気が付いたら拍手を送っていた。
「(でも・・・わたしは“これ”と比べられちゃうのか・・・)」
そして拍手が鳴りやむのと同時に、あおちゃんと比べられてしまう現実にハッと気が付いて、緊張が高まり気分が少し重くなる。
「なるほどな・・・これがお前なりの
「・・・はい」
拍手が鳴り終わりカットが掛かるまで自分が“殺されそう”な勢いで腰を抜かしていたあおちゃんが芝居を解いてスッと立ち上がるのを確認すると、黒山さんはあおちゃんにいくつかの質問をし始める。
「頭の中でイメージしていた場所は?」
「学校の教室です」
「なぜ教室を選んだ?」
「5年ほど前に公開された
「どうせ参考にするなら全く同じシチュエーションでも良かったんじゃないのか?」
「確かに『デスアイランド』と同じにしたほうがもっと
「別に“モノマネ”じゃなくてもあの場面に自分がいた場合どうするかって考えればそれでも
「はい。そっちのほうが1人で演じるという意味だと分かりやすく表現できると思いましたので」
「・・・そういうことか・・・2人はなにか1番に質問したいことはあるか?」
「じゃあ、私からひとつ」
いくつかの質問が終わり、今度は黒山さんから柊さんに質疑は移る。
「(って、受け答えも完璧すぎない??)」
黒山さんから開始直前に後出しも同然で言われた条件にも一切動揺なんて見せずに二つ返事で飲み込んで、対抗心すら湧かないぐらいの完璧な演技でわたしたちを感心させて、監督からの質疑も緊張している様子すらなく自信満々に真っ直ぐ審査員のほうを見てハキハキと答えている・・・
“って、何なの
と思うくらい、本当にここまで非の打ち所がない。
「ものすごくざっくりした質問をするけど、七海さんが尊敬している人は誰ですか?」
「・・・そうですね」
だけど、柊さんから飛んできた何気のない質問で、ここまで即答で黒山さんの質疑に答えていたあおちゃんが少し考え込んだ。
「・・・何人か挙げたほうがいいですか?」
何秒間か考え込む仕草をして、あおちゃんは柊さんへ逆に質問をする。
「ううん、1人でも何人でもどっちでも大丈夫だよ?もちろん俳優さんでもいいし、もっと身近な人でもいいから」
逆に質問を返された柊さんは、メモを取るような仕草をしながら表情を和らげて優しく言葉を返す。もしこの手の質問がわたしのところにも来るとしたら、きっと迷うことなんかしないでわたしは“あのふたり”の名前を挙げる。
あおちゃんはどうなんだろう?何となくだけど、MHKの教育番組で“ちょうちょとあおむし”の姉妹で共演していた鳴乃さんあたりなのかな?
「あゆみちゃんはどうして役者になろうって思ったの?」
なんて、わたしは“ありきたり”なことを思っていた。
「すいません。こういうときって嘘でも尊敬している人や目標にしている人を言ったほうがいいと思うんですけど・・・私にはそういう人が誰もいません」
柊さんからの質疑に対してあおちゃんの口から出てきた言葉は、“尊敬している人も目標にしている人もいない”っていう一言。
「尊敬とか目標にしている人が誰もいないっていうのはどういうことかな?言える範囲でいいから答えられる?」
「・・・はい」
口から溢れた一言に周りのみんなは無言のままざわつく中で、あおちゃんはひと呼吸を置いて理由を明かす。
「本当のことを言うと憧れに近い人は今でも何人かはいるんですけど・・・3年くらい前に受けたMHKのオーディションをきっかけに、目標にしている人や尊敬している人のことをいつまでも憧れとして意識していたら、役者としてこれからもずっと自分は勝てないんじゃないかなって思って・・・・・・だから、私はそう思うのをやめました」
“憧れていたらいつまで経っても勝てない”。自分のことを演者として使えるかどうかを評価する審査員を相手に冷静で堂々とした口調で答えたその言葉が、あおちゃんが“尊敬している人も目標にしている人もいない”と答えた理由。
「そっか。じゃあ七海さんにとって周りにいる役者はみんな“ライバル”ってことだね?」
「はい」
堂々と答えるあおちゃんに、柊さんは表情を変えることなくその言葉の本気さを問いかける。わたしも含めて、みんなが柊さんとあおちゃんの静かで熱いやり取りに注目する。そんなみんなからの注目など気にする素振りすら見せないで、あおちゃんは即答で柊さんの問いかけに答える。
「だって、例えば今日オーディションに来た50人のうち役をもらえるのはたった2人だけじゃないですか・・・」
そしてあおちゃんは、ほぼ同い年とは思えないくらい大人びた落ち着きのまま後ろの椅子に座る自分以外の応募者を一瞥する。
「・・・・・・」
「(・・・あおちゃん?)」
ほんの一瞬、あおちゃんはわたしにだけ “わざとらしく”視線を合わせた。気のせいとかじゃなく、それが“わざと”だっていうのが、なぜかわたしにはわかった。
「こんな状況で仲良くなんてやってられないですよ」
椅子に座り見守るわたしたちを一瞥すると、あおちゃんは満面の笑みでここにいるみんなを容赦なく突き放すような言葉を黒山さんたち審査員にぶつけた。
「(笑った
クールな表情で控え室の椅子に座る横顔も、黒山さんや柊さんからの質疑に答えているときの振る舞いも全てが大人びた美少女って感じだったのに、最後に笑ったその表情は本当に無邪気で、小6のわたしが言うのもあれだけど“子供”っぽかった。
『ああ・・・この怒り、どうしてくれよう』
なんだかその笑顔が、無邪気に笑いながらみんなを拒絶するその笑顔が、わたしにはもの凄く不気味で怖く見えて、頭の中で6歳のときに観た“羅刹女の笑み”がフラッシュバックした。
“・・・もしかしてわたしは・・・ずっと“あのふたり”に憧れていたから、乗り越えられなかったってこと・・・?”
「よし。そんじゃあこの調子でどんどんやっていくぞ」
あおちゃんの演技の余韻に浸る間もなく、黒山さんの仕切りで演技審査はスムーズに進んでいった。
『ひぁっ!!』
黒山さんからの指示で、他のみんなは思い思いの自分なりに考えたシチュエーションで演技を始める。その演技方法はあおちゃんがやったのと同じく、カメラの視点を意識した演技。
「OK。次だ」
1番最初に
「次」
みんながみんな、あおちゃんの完璧な演技と比較されてしまうということ。
「次」
きっと、というか絶対にここにいるみんなは自分なりに頑張っている。
「次」
だけど、あおちゃんが演じていたときの“高揚感”だとか“鳥肌”は全く感じられない。
「次」
淡々としていて手応えのないどんよりしたスタジオの空気が、“自分が勝てない”という残酷で非情な現実をみんなに見せつける。同じ
「次」
そういえば『ヒロイン』の一文に、こんなことが書かれていた。“ホンモノの天才はどこの世界に行ってもずっと孤独だ”・・・と。
「次」
だったら、わたしはどっち?
「あゆみちゃんはわたしたちとあそんじゃダメだよ。だってあゆみちゃんは“げいのうじん”だから、みんな一緒にあそんでケガとかしたらこわ~い大人のひとからお仕置きされちゃうし。そうでしょ?」
「・・・ねぇ、みんな」
「だよね~
「・・・・・・うん」
「次、10番」
「・・・はい」
あおちゃんの演技の余韻に浸る間もなく、黒山さんの仕切りで演技審査はスムーズに進み、あっという間にわたしの番になった。
「エントリーナンバー10番、有島あゆみです・・・よろしくお願いします」
孤独を思い出した先の答えは_
ストックが切れたのでしばし夏休みに入ります。