あゆみのおしばい 作:ひらがななかい
芸能事務所・act-age_3階スタジオ_
「さて、これで50人全員の審査を終えたわけですが皆さんは誰が一番印象的でしたか?」
来年から撮影を始める予定の映画『ヒロイン』の第一部の“主演女優”を決める演技審査を終えた天知は、場を仕切るかのように他の4人の“審査員”に感想を聞く。
「そうですね・・・・・・先ずは私たちにこんな雑な“変装”をさせる意味が本当にあったかを教えてほしいですね」
すると天知の左隣に座る“新人社員風”の服を着る13歳の少女が、右隣のプロデューサーにありったけの嫌味を言いながら資料の置かれた長机の上に変装用の帽子とウィッグを取る。
「意味はありますよ。今回のオーディションは演技未経験の素人の方も含まれています。素顔のまま審査を行うと応募者を動揺させてしまうリスクがあるので、どうせなら皆さんには肩の力を抜いた“本来の実力”で臨んでもらいたい・・・という私なりの配慮です」
「“シュミ”が悪いだけの間違いでは?」
「いえいえとんでもない」
嫌味をぶつけられた天知は、少女に向けていつものような余裕のある笑みを浮かべて理由を明かす。
「そもそもリラックスした状況でしか本領発揮できない役者なんて、カメラの前に立てるわけないでしょ。そんな根性無しなんてこっちから願い下げだわ」
だが舞台『羅刹女』や、今や誰もが知っている国民的女優となった夜凪景の名を世界に広めるきっかけとなった黒山墨字監督の長編作品のプロデュースを手掛けた“大ヒット請負人”にして、今やその夜凪が所属している芸能事務所・act-ageの代表取締役社長として芸能界の一角を牛耳る大物プロデューサーを相手にしても、今年で14歳になる芸歴12年目の少女は一切引こうとはしない。
「あははっ、さすがはスターズの“次世代”を担うスター筆頭なだけあって強気な発言ですね。
女優・
「その呼び方はやめてください。あまり好きじゃないので」
ちなみに彼女は、『ヒロイン』の物語の中でオーディションに受かった片方の主人公が所属することになる大手芸能事務所の人気若手女優の役で既に内定している。
「血気盛んなことはいいが、その理論をド素人の応募者が混ざっているオーディションにもぶち込んでも構わないと言ってるも同然の考えは、俺からしてみれば甘いな」
「・・・どういうことですか?」
そんな自分の映画で助演を演じる皐月の持論に、この映画の第一部でメガホンを握る黒山はほくそ笑む。
「確かに鳴乃の言いたいことは理解できる。俺だってそんな覚悟のねぇ連中は最初からお断りだ。かといって、そいつをいきなり演技未経験のド素人が混ざってる状況で求めるのは経験者にとっても未経験者にとっても不公平な話だ・・・まず“オーディション”の“オ”の字も知らないような奴がいきなり“人気女優2人”がこっちを視ている状況に置かれてみろ?俺ら演出家ならともかく、“お前ら”みたいなお茶の間の誰もが知ってるスターがいたらいよいよタチの悪いドッキリと何ら変わらなくなるからな」
「でもわざわざ“景ちゃんと皐月ちゃん”を新人社員に変装させた意味があったのかは私も分からないんですけどね?」
「それは
「元を辿れば黒山が“適当に新人社員を装ってもらうのはどうか”と提案した私に“勝手にしろ”言ったからそうさせてもらったというだけの話なんですけどね?」
「アンタも“グル”だったんかい」
「誰がこんなクソノッポとグルになるかボケ」
「(よりによって“Pと監督”が揃ってガキだ・・・)」
今回のオーディションでは第一部の監督である黒山と第二部の監督の柊、そして映画『ヒロイン』のプロデューサーを務める天知の3人に加えて、皐月を含む2人の女優が“新人社員”に変装した状態で審査を行った。理由としては黒山と天知の考えの通り、芸能人への“耐性”がない素人の応募者とそうでない子役上がりの応募者が一斉に演技審査を行う上で1人1人の緊張状態を公平に期す為。
「・・・でもある意味、後日の“ネタバラシ”の前にバレることはなさそうですけどね?」
「そん代わり毎回最初に変な空気になったけどな」
そしてもう一つの理由が、来年から始まる“この映画”の撮影に大きく関わることであることは・・・一部の“関係者”を除いて秘密となっている。
「で、そろそろ本題に戻るが夜凪は50人の中で誰がいい?」
天知や柊と少しだけ脱線したやり取りを終わらせた黒山は、しれっと変装を解いた向かって右端の席に座るもう一人の女優に声をかける。
「そうね・・・・・・単純なお芝居の上手さで選ぶなら、エントリーナンバー1番」
女優・
「・・・でも、私が“もっと色んな部分を視てみたい”って感じたのは・・・10番だわ」
そして20歳のときに黒山墨字監督の長編作品で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞とカンヌ国際映画祭・女優賞を受賞し、夜凪景は名実ともに世界的にも有名な日本を代表する“国民的女優”となった。そんな彼女がこのオーディションに皐月と一緒に身分を隠して審査員として参加している理由は同じく、『ヒロイン』である“重要”な役を内定で貰っているからである。
「・・・それは“知り合い”だからって贔屓してるわけじゃなくてか?」
「何言ってるの黒山さん?私はいつだって真剣よ」
エントリーナンバー10番がかつての共演者だからって“好み”で甘やかしてんじゃないのかと冗談半分で聞いてみたが、当の本人は嘘が何一つない純粋な眼であくまでちゃんと50人を天秤にかけた上で“10番”が良いと言い放つ。夜凪のことは“元雇い主”として自分の子どものように分かり切っているとはいえ俺は少しだけ安心した。
「ちょっと演技が“純粋すぎて”ハラハラしたけど・・・芝居を視ていて目を離そうとしても最後まで離せなかったのはあの子だけだったわ」
今後のことを考えて俺との共同出資で天知が立ち上げた芸能事務所に移籍したのはちょうど4年前の4月。“あの映画”に関係する仕事がひと段落して少し会わなくなった隙に外見も内面もすっかり大人になった夜凪は、10番の演技を少し独特な表現で審査員として評価する。
「“目を離せない”、か・・・中々に良い着眼点だな」
もちろん夜凪の言っていることは役者として的を得ているから、俺は素直にこいつを褒める。
「こいつはあくまで持論だが、本当に芝居が上手い
無論、どういう演技をする役者が本当に芝居が上手い役者なのか、そんなものは人が各々に感じる価値観に常に左右されるものだから全く当てにはならない。ただ俺の中にある定義としては、自分の演技力を必死にアピールするように出来もしない感情を身振り手振りで大袈裟に表現して身体と感情がチグハグになる奴は論外。一応涙は流せたり感情表現の基礎は出来ているが自分がどうして泣いているかを一切考えようとせず、ただ与えられた台本に書かれてある通りにしか動けないロボットみたいな奴は三流。感情と表現力自体は及第点のレベルに達しているが、即興劇といった台本が存在しないアドリブを要求される場面になると自分のことで精一杯になってしまう演技力に光るものがない平凡な奴は二流。無論、論外を除けば何かのきっかけで一流ぐらいには化ける可能性はゼロではないということは付け足しておくとしよう。
「でもそれ以上にすごい
一応この
「黒山の言う通りだ。どれだけ芝居自体が上手いからと言って、それが必ずしも全人類の心を掴むとは限らない・・・ただ芝居が一番優れていた役者が1位になるなら、端からオーディションなんてやる意味などないからね」
本当は“一流と怪物”に匹敵する奴があと2,3人くらいいたら選択肢も増えてキャスティングを決める過程が盛り上がったかもしれないが、結局のところ最終的な決定権を持つ俺を満足させるに至った奴は、“2人”だけだ。
「“守銭奴のクソノッポ”に言われると癪だが、それは一理ある」
「昔から私に対する君の偏見は酷いな」
そのうちの1人は、演技力はもちろんのこと自分の与えられている役がどのように考えどのように行動しているのか
「でもまさか・・・・・・あの“あゆみちゃん”がここまで役者として成長して私たちの前に現れるとは思いませんでしたよ・・・」
「まあ、俺は10パーセントぐらいはこうなると信じてたけどな」
「・・・ホントにそう思ってたんですか墨字さん?」
そしてもう1人は、自分が演技をしていることすら忘れて劇中の世界に入り込んでいるんじゃないかと思わせて、感情表現1つで場の空気そのものを劇中の世界へと一変させてしまうほどに人の心を震わせ支配する芝居ができる・・・“他人の人生を生きる”という常軌を逸した喜びにただ魅せられた“怪物”。
「そもそも“化ける”可能性のない役者は・・・たとえ
柊の言葉に共感してしまうのは何だか少し悔しいが、俺もまさかあの“限界オタクのガキ”があそこまで化けて俺たちの前に再び現れるとは・・・と、心の中で久しぶりに鳥肌が立つ感覚を感じるくらいには驚いている・・・ったく、俺たちは“あの舞台”でとんだ怪物を生み出しちまったみたいだ。
「・・・“憧れている人たち”のことを真似ていたら、出来るようになってました」
“・・・ただ、一人芝居を終えた後の様子に若干の”違和感”を覚えたのが妙に引っかかる・・・”
「お言葉ですが、私はあんな現実と芝居の境界線が曖昧な危なっかしい“野生児”なんて御免です」
エントリーナンバー10番の話題で軽く湧いている空気に水を差すように、左端に座る鳴乃はあからさまに不満げな表情と年頃の中2らしい大人ぶった態度で睨むように監督の俺を見つめる。
「なんだ妬いてんのか?」
「妬いてません。誰が年下の後輩相手に醜く嫉妬なんかするもんですか」
「(めちゃくちゃ意識してんのが顔に出てんだよな・・・)」
いつかの夜凪からは礼儀正しくて健気な可愛い頑張り屋さんだと聞いていたが、俺からすれば鳴乃はプライドの高い反抗期の“マセガキ”だ。
「だったら逆に鳴乃は何番が良かったんだ?」
「トータルで考えれば普通に1番でしょ。お芝居は他の誰よりも安定感があったし、即興ながらカメラもきちんと最後まで意識して動きも付けられてた。まぁ細かいところを言うといくつか改善点はあったけど、それでも伸びしろも含めてあの子が一番なのは一目瞭然よ。後は・・・35番は悪くはなかったと思うわ」
もちろん鳴乃の良くも悪くも強がりな態度とプライドの高さは本来の頑張り屋な性格の裏返しだというのは、監督として次回作の助演にこいつを起用した俺も知っている。
「そりゃあ芝居自体の完成度なら確かに1番の七海だし、35番も一応は及第点に達してはいた。けどよ、この中で誰を選ぶのか決めるのは鳴乃じゃなくて俺だぜ?」
「分かってますよそれぐらいのこと・・・それでも、私は10番の演技は好きになれないです」
一見すると余裕ぶっているが、俺の意見に反論する語気の強さと一瞬だけ夜凪を横目に意識した視線が、“10番”の演技に対する苛立ちを隠せないでいる。
「じゃあ聞くが・・・仮に俺が10番をこの演技審査で落とすとしても、鳴乃は何も文句なんか言わないって約束できるか?」
もちろんその感情の正体が何なのかを知っている俺は、敢えてその感情を逆撫でして揺さぶりをかける。幸か不幸かは知らないが、“俺以外”の3人とも鳴乃がどうして頑なに10番のことを拒む態度を示すのかを理解して黙って見守ってくれているおかげで、こっちとしても躊躇なく踏み込める。
「・・・別に、私は10番を“ウチ”で引き受けるのは御免だって意味で言っただけですよ・・・ま、ああいう“いかにも”なタイプの子がいた方が、張り合いがあって“楽しい”っていうのは私も思ってますので」
こうして俺から軽く煽りを食らった“天才肌”の鳴乃は、素質を認めているが故の“
「では、私はこの後に撮影があるので先に失礼します」
「裏口までご一緒しましょうか?」
「いえ大丈夫です。この建物の通路はもう覚えましたので」
出口まで同行しようとする天知の言葉を遮り、鳴乃はやや早歩きでスタジオの扉へと足を進める。
「最後に夜凪さん・・・・・・あなたや千世子さんの看板を塗り替えるのは“この映画”の主役なんかじゃなくて・・・この“私”だから・・・」
そして俺たちに背を向けたまま最後は夜凪を睨みつけるように一瞥しながら宣戦布告をして、鳴乃はスタジオを後にする。1人減った防音壁と鏡に覆われたスタジオに気まずい沈黙が流れる。
「・・・さすがに揃いも揃って意見が偏り過ぎてましたね・・・私たち」
約10秒ほどの気まずい沈黙を、柊の言葉が破る。
「つっても、誰が一番印象に残る芝居をしたのかは満場一致で同じ意見だろ。だから俺らは何も間違ってねぇ」
「だとしても」
「だとしても何も、あんなもんあの年頃によくある素直になれない反抗期みたいなもんだろ。だからこっちが後で詫びる必要は全くねぇよ」
「じゃあアリサさんからイチャモンつけられたら?」
「あのババアにだけは死んでも謝らねぇ」
「ホント頭がお子様なんだからこのヒゲは・・・」
まだ映画監督にとっての“易しさ”を捨てきれていない柊から信頼関係故の嫌味をぶつけられつつ、俺はこいつに“師匠(※一応)”としての言葉を返す。
「それに、作り手と演者が互いに“妥協”しちまったらその瞬間に作品は終いだろうが・・・」
主演で出せば間違いなく売れる役者に、主演ありきで構成された良くも悪くも捻りのない脚本と演出で生み出される商業映画。もちろん一個人としてそういう“ありきたり”が肯定される社会に否定はしないし、あっちにはあっちの美学だって多少なりともあって、それらを頑なに全部“ナシ”と拒むのはそれこそナンセンスな話だ。けれどもそれが商業映画だろうとカルトだろうと過程を“妥協”してしまえば作品は駄作へとまっしぐらだ。
演者への“優しさ”と“易しさ”を間違える・・・・・・これは映像や舞台を問わず
「・・・ただ、来年の撮影に向けて“2人”が正しい方向へ進むための最低限の“マネジメント”は必要ですね」
「そうだな・・・そこも含めて『ヒロイン』は“ひとつの映画”として完成する」
若干の不服さを鳴乃が出て行った扉に視線を向けたまま横目で残しながらも、俺の考えを理解している柊は“1人の監督”になって意見を飲み込んでくれた。
「にしても夜凪、お前最後の最後に思いっきり喧嘩売られたな?」
「・・・そうね」
そして俺はさっきから沈黙を貫いている喧嘩を売られた張本人にその話題を振る。間に座る柊越しに一瞥した先に視えた表情は、売られた喧嘩さえも寛大さで包み込む母親のように優しく強く、暖かい。
「随分余裕そうだな」
きっと“あの映画”を撮る前の大人に成り切れない発展途上の
「余裕とかじゃなくて、あんなふうにぶつかってくれるのが私は嬉しいのよ・・・何だかそれが、ちゃんと皐月ちゃんは“大人の女優”に成長しているんだって感じられて・・・」
そんな発展途上のガキも、“あの映画”を経て名実ともに“女優”としての完成形に辿り着いた。つまりは何が言いたいのかというと・・・
「今更だけど景ちゃん・・・すごく“大人”になったよね?」
「そう?」
俺が感じていることを代わりに柊が言葉にして本人に伝える。要するに俺が感じているのはそういうことだ。
「ったく、今の夜凪に俺が初めてお前を撮ったシチューのCMのメイキングを見せてやりたいくらいだぜ。間違いなく見返したら初々しくて “赤面モノ”だしな」
「あ~、あのCMね。確かあのときルイとレイのために初めてカレーを作って焦がしちゃった日のことを思い出して、その通りにやったらシチューも焦がしちゃったのよね」
「よく鮮明に覚えてるなそんな昔のこと」
「忘れるわけないでしょ。だってあの仕事は私にとって黒山さんとの記念すべき初仕事なんだから」
「黒山墨字。映画監督だ・・・お前は?」
「夜凪景・・・・・・役者」
あの日から6年、夜凪は外見も内面も含めてすっかり落ち着いた“大人”になった。俺がちょっかいを出したり揺さぶりをかけたりしたらすぐにボロを出すような幼稚さは、その過程で影を潜め消えていった。
「
「どういう意味よそれ?」
「気にすんな。40過ぎの映画監督の独り言だ」
「40歳を過ぎると独り言のボリュームが上がるのね?」
「“こういうところ”だけはずっと変わんねぇよなお前は」
「ねぇ雪ちゃん?最近黒山さんってこんな感じで独り言喋ってるの?」
「うん。特にこの頃は新太くんにしょっちゅうね」
「それ独り言じゃねぇしお前ら揃って人の“ジョーク”真に受けて勝手に話の風呂敷広げんな」
無論、馬鹿みたいに愚直で果てしなく純粋なところは6年前から変わらない。
“・・・本当に
「大黒天組とウチの看板女優同士の内輪話はともかく、どうやら“最終審査”に進む2人は“あと1人”を加えての話し合いを開かずとも決まったみたいですね?」
「
「私はただ事実を申し上げているだけなので“元雇い主”にとやかく言われる筋合いはないよ黒山」
「知っとるわ」
夜凪のおかげか幾分か空気が和んだ空気を横目に、天知はほくそ笑みながらプロデューサーらしく場を締めに入る。
“最終審査・・・・・・ひとまずこれで“第一ラウンド”は突破ってとこか”
「つーわけで柊、事務所戻ったら今日とった
「一応確認ですけど墨字さんの言ってる東城さんは“
「当たり前だ。ってか“万燐”に送っても意味ねぇだろ」
「どっちも名字が一緒だから“東城”って言われるとややこしいんだよ」
無論、俺たちの結論は1番から10番までの演技を審査した時点で決まっていた。
オーディションは、最終局面へ?_
このところ他作品含めずっと一人称視点で文章を書いていたせいで、第三者視点で書くのが下手になってしまった気がする。