……えーっと。
何から言えばいいのか。
頭の中に靄がかかっているみたいに、思い出すのにずいぶん時間がかかる。
「名前は……
多分、きっと、自分の名前。そんな言い方しかできない。
口にした後でも馴染みはなく、自分のものだとは思えずにいる。
「
確かそうだったはずだ、という言葉を口に出す。
何も覚えていないわけじゃない。おぼろげながら自分のことは覚えている。本来ならそれは誰にとっても当たり前のことなんだろうけど、俺の場合はちょっと事情が違うらしい。
「えっと……それから」
「生徒会長」
「え?」
「君はこの学園の生徒会長だ。つまり、生徒たちのトップだと言える」
……俺が? 本当に?
自分で言うのもなんだが柄じゃない気がする。
特別視されることが好きなわけじゃないし、特別視されるほど才覚に優れた人間じゃない、とも思う。色々忘れていてもそこは大して変わらないはずだ。
「それ、立候補したんですか? それとも誰かに押し付けられたとか」
「信用がないな。もう少し自分を信じてやったらどうだい」
「正確に理解しようとしてるんですよ。こうしてる今も、俺は俺だっていう実感がない」
「それも無理からぬことだ。むしろ君はよく考えているよ。自己が自己たる証明は過去、そう言いたいんだろう?」
難しいことはわからない。
未来を見れば俺らしさが見つかりでもするのだろうか?
今までの俺を知りたいなら、今までの出来事を遡るしかない。ただその程度の浅い考えだ。
俺が黙ると、先生は笑みを浮かべる。
「私と君は大差ないのさ。一度は捨てられたデータをサルベージされて、元に戻そうと整理されてはいるが仕事は粗雑なものだ。言うなれば我々はバグの塊。ゴミの中から拾い上げた部品で作られた出来の悪い人形に過ぎない。本人と違っていても何ら不思議ではないのだよ」
先生は懐から煙草の箱を取り出す。
多分忘れているだろうけど、ここは学校の保健室。禁煙だ、という認識は俺の思い込みだったんだろうか。平然と取り出している姿を見て注意すべきかどうか、間違っているのはどっちだろうと迷ってしまう。
「っと、先を急ぎ過ぎるのは得策ではないな。私と君とでは価値観も違うのだろうし。私のオリジナルは本物同然の偽物を数多作っていた。だが本物と寸分違わぬ偽物は本物たり得ないか、という話をするのは、今の君には酷だろう」
「そうですね。その話もそうですし、俺は今その右手に持ってる物で惑わされてます」
「ん? あぁ、これか。気にしなくていいよ。これは君と私だけの秘密。黙ってさえいれば誰にもわからない、問題にはならない」
「教師として、すごく問題のある発言だと思いますけど」
「なあに、バレないさ。少なくともこの保健室という秘密の花園ではね」
秘密の花園……。
確かに、保健室と言えば本来の目的だけじゃなく、サボる不真面目な生徒や、そうでなければ淫靡なイメージが付き纏ったりする。ベッドが置いてあるせいだろう。それだけと言えばそうだけどイメージってのは何かと強くて、保健室だけは特別感がある。
だからって教師が堂々と言うことじゃないと思うけど。
そういうイメージを持ってるくらいには、世の中の常識ってわけじゃないけど、みんなはこう思うんじゃないかっていう認識は覚えてるらしい。
とりあえず、それがわかっただけでもよかったとしよう。
「他に思い出せることは? どんな些細なことでもいいよ」
「いえ……特には。寮住まい、とかそういうことですね。今のことだけです」
「話している間に思い出すこともあるだろう。助けが欲しい時はここに来なさい。私は保険医なんて柄じゃないけど、与えられた役割だから仕方ないわ」
それに、と先生は続けた。
「私のオリジナルの記憶が、あなたの名前に引っ掛かっているみたいね。魂が訴えているとでも言えば詩的かな? 個人的に気になることがあるの」
「
「いいえ。言葉遊びでつけられた名前だろうからそこは別になんでもいいの。荒耶という知り合いが居たのよ」
荒耶。それが俺の名前のはずだ。
当然、家族が居たんだろう。でも今は何も思い出せない。
先生の知り合いは俺の親族だったんだろうか。
「その人は……」
「期待を抱かせて申し訳ないけど君の関係者じゃない。彼に親類は居なかったはずだ。最も私はあくまでもこの場所に来た人形のデータから作られた有り合わせの偽物。記憶が正しいだなんて保証はどこにもないのだけどね」
自分が自分じゃないかもしれない。そんな話をしてるはずなのに、先生はちっとも怖がったり不安になったりせずに平気そうな顔をしている。
年の功とか、そんな程度の話じゃない。そもそもの価値観が違うんだろう。強いなんて言葉じゃ済まされない気がする。
「心配しなくても生徒会は君一人で動かすわけじゃない。支えてくれる仲間が居る。ゆっくり思い出していけばいい」
「そうですか……」
「今の我々にできることはこの学園で人生を謳歌することだけ。世界が拡張されれば、学園以外で過ごすことができるかもしれない」
多分、俺は大事な何かを忘れているんだろう。
先生はそれを知っていて、というより覚えていて、俺を混乱させないために一気に全部を教えないようにしている。でもヒントは出してくれてるみたいだ。
重要なことだった気がする。思い出すことはできるんだろうか。
「焦ることはない。しばらく普通に学生生活を送ればいいさ」
「この学校でですか……?」
「もちろん」
それが心配だからここで喋ってたんだと思うんだが。
現状、わからないことが多いが、頼るのは仲間にしろってことかもしれない。
とりあえず、みんなに話を聞いてみるしかなさそうだ。