寮生活とは言っても、専用の施設があるわけじゃない。
今の月海原学園は寄せ集めでちぐはぐな状態だ。
おぼろげながら以前の記憶があるものの、こんな感じじゃなかったことだけは覚えてる。本来ならもっときれいで普遍的な学校だったはずだ。
俺たちのマイルームは空き教室をそれぞれ一室ずつ与えられたに過ぎない。内装は各々で改装して住みやすくするようにとのことだ。
俺はまだ何も改装できていない。だから、マイルームの中身は教室のままだ。
「おかえりマスター! も~遅いよ何やってたんだよー!」
そのマイルームには同居人が居る。
名前はアストルフォ。
本当は他人に教えちゃいけない真名らしいんだが俺にはあっさり教えた。本人の言うことが正しければ俺たちは以前からパートナーとして組んでいたのだという。
確かにそんな気がしないではない。この騒がしさ、初めてとは思えないからだ。
「じゃあね~、デモンズにする? ブラボにする? スペランカーにする?」
「全部死にゲーじゃねぇか」
最後だけ毛並み違うし。
帰った直後にまず遊ぼうと言ってくる。相変わらずのこの調子だ。
以前、俺はこの月海原学園で“聖杯戦争”というものに参加していたらしい。
その時のパートナーがアストルフォで、俺たちは敗退したそうだ。
当時の出来事を、俺はほとんど覚えていない。もっと言えばそれ以前のこともわからない。覚えているのは自分の名前や月海原学園に居たことだけ。
マスター、サーヴァント、聖杯戦争。それら一切を忘れている。
アストルフォはその時と変わらず俺のパートナーなのだとか。俺を支えてくれる絶対の味方だ、とは言われているのだが、割と適当な性格なのか、説明はざっくばらんだった。
口を開けば遊ぼう、だ。
今も現世に来てから覚えたらしいゲームを楽しそうに選んでいる。
「お前な、俺が困ってるってのに遊んでばっかいやがって。大体それどうしたんだよ?」
「購買のおじさんから買ったんだよー。ムーンセルが貯め込んでるデータから色んな物を吸い上げて使えるようにしてるんだって。あっ、ベッドもあるって言ってたよ! せっかくならおっきいのがいいよねー。後で一緒に買いに行こうね」
「今じゃないのか」
「今じゃないね! 今はこれをやっつけるのが最優先だよ!」
うきうきした様子を隠しもしないで、ずいぶん嬉しそうな顔をしている。
まあ、今のところ危険はないみたいな話は聞いてるし、各々のマイルームは特にセキュリティが強くて安全らしいから、こういう態度なんだろう。
そうでなければ困る気がするんだけど……記憶がある頃の俺も苦労したんだろうか。
聖杯戦争とやらでどんな戦いが行われたのか、忘れてしまったのは痛手だと思う。
「購買の人……用務員も兼ねてるって言ってたな。怪しい感じの人だった。覚えてないのに一目でそう思うくらいだし」
「いやぁ~それはしょうがないよねー。たまに発言もおかしい人だからさ。今日も絶品マーボーをよろしくってほとんど無理やり買わせようとしてたんだよ。あれめちゃくちゃ辛くて食べられるものじゃないんだ。兵器だよ兵器」
「麻婆が兵器? ちょっと意味がわからないが……」
「あちゃー、マスターは覚えてないんだね。いい思い出なのにな。ほんとに大変だったんだよ? 晩ご飯に買ってみたら口から火が出るくらい辛くってさぁ。あの時のマスターってば顔真っ赤にして怒ってたんだよ! アハハハハッ!」
笑いごとじゃねぇだろ。
購買のおじさんが売る麻婆は買わないようにしよう。
それはそれとして、その話が本当なら俺とアストルフォは本当にパートナーとして聖杯戦争に参加してたんだな、としみじみ思う。俺が知らない俺の話を聞くのは、自分を知るための手掛かりになるから何気に有難い。
それからふと疑問に思った。
これだ! なんて言ってソフトを決めてるアストルフォに質問する。
「そういえば、買ったって言ったけどお金は?」
「え?」
「聞こえただろ。金なんて持ってたのか?」
「うん。持ってたよー」
「ってことは通貨もあるのか。これから色々必要だろうし、その辺のこと詳しく聞かせてくれ」
学校だからって深く考えもしなかったけど、通貨があって購買で商品を買えるんだ。
だとすると金を稼ぐ方法なんかもあるんだろうか?
生徒会長は俺だって言われた。ってことはその辺のことを俺が考えなきゃいけないのか、それとも学校のルールですでに決められてるのか。
わからないことが多過ぎる。
そういえばまだ学校の職員も全員を知ってるわけじゃない。実際に会ったのは購買の人と保険の先生だけだ。
こういう時はまずアストルフォに質問するしかない。
なんでも聞いてね! 任せといて! って目覚めたばっかの俺に言ってくれたわけだし。
しかしなぜか、こいつは俺の言葉を無視してゲーム機のセッティングを進めている。
「アストルフォ」
「よーしできたー! テレビに接続したよー! これで今すぐ遊べるね!」
「お前まさかとは思うけど」
「どれからやる? やっぱりRPGかなぁ。最初は弱いけどちょっとずつ強くなっていくのが快感なんだよねー。まるでボクみたい!」
「俺の金を使ったとかじゃないよな」
アストルフォの体が少し揺れる。
なるほど、正直な奴だ。
「アハハハッ! そんなことあるわけないじゃないか! も~やだなぁ、ボクはマスターの従順なサーヴァントだよ? マスターの知らないところで勝手なことするわけないよ」
「勝手にやったんだな?」
「ちちっ、違うよ! やってないって言ってるの!」
「激辛麻婆で怒ってたっていう話、もしかして言ってなかったのか? 辛いって言わずに黙って渡したからなんじゃ……」
「いやっ、あのっ、だってだって! すっごくおいしいって言ってたんだよ⁉ ボクはマスターに喜んでほしくて買ってきただけなんだ!」
なんというか……うん。こういう奴なんだなっていうのがよくわかる。
「勝手に買ったんだな?」
「ごめんなさいっ!」
遊ぼう遊ぼうってうるさい奴だと思ってたが、つまり、ノリと勢いで動いてしまうってことか。
悪い奴じゃない、と思いたいが、付き合ってると苦労しそうな奴だ。
サーヴァントってのはみんなこうなんだろうか? いや、そんなはずないな。絶対こいつの個性でこうなってる。
「ハァ、もういい。ちゃんと説明してくれたらいいから、財布渡してくれ」
アストルフォの体がまた小さく跳ねた。
これは……。
「中身は残ってるんだよな?」
「え、えへっ」
「……アストルフォ?」
「お、怒らないで聞いてくれる? 怒らないでほしいなーって。あの、マスターが記憶喪失だから少しでも楽しい気持ちになってほしいなって思ってたんだけど……」
もう聞かなくてもわかる。だが、これは本人の口から聞かなきゃいけないだろう。
わかった、怒らない、と言ってみる。
途端にアストルフォはほっとした顔で元気に言い出した。
「いや~それがゲームとテレビとゲーミングチェアとクッションとお菓子を買ったらぜーんぶなくなっちゃってさぁ。あのおじさんが商売上手なんだよねぇ。聖杯戦争は終わったらしいからもう戦う必要もないし、これからマスターとたっくさん遊べるんだと思ったら張り切っちゃった! 外は修復中だからほとんどどこにも行けないしね! おうち時間で楽しもー!」
ふむふむ、なるほど。
本当に素直な子だ。そこは間違いなくいいところだと思う。
「あっ、それからおまけでマーボーの宅配もしてくれるんだって! サービスで安くしてくれたし無料クーポンももらったんだよ! すっごくお得だよね」
「そうかそうか。ベッドは?」
「ん? 買ってないよ。だから一緒に買いに行こって約束したじゃん」
「うん、そうだな。でもな、買うお金がないんだろ?」
「あ、そういえばそうだ。お金もうなくなっ、て」
急にアストルフォが固まった。
そんなつもりはなかったんだけど、俺はそんなに怖い顔をしてただろうか。
まあ、心中穏やかじゃないのは確かで、やれやれと思ってるのをもう隠せないのだ。
「あ、あれ? 怒ってる? さっき怒らないって言ったのに……!」
「いいや、怒ってないさ。俺のためにやってくれたんだろ。ちょっとこっちに。頭をなでなでしてやろう」
「えっ、ほんと? や~嬉しいなー。やっぱりマスターに尽くすって気持ちいいね! マスターは楽しくなるし、ボクは褒められて嬉しいしみぎゃあああああああっ⁉」
なんでかわからないが体の底から不思議な力が湧いてくる。
今なら右手で掴んだアストルフォの頭をくちゅっとできそうだ。
「痛いいたいイタイっ⁉ あれっ⁉ 魔術使えてる⁉ マスター記憶喪失だって言ってたのに! やめてぇ、ボクの頭潰れちゃう‼」
「大丈夫だ、潰すつもりなんかないから。ただお前は反省しろ、な?」
「うう嘘つきィ! なでなでしてくれるって言ったのにィ! ボク痛いのは好きじゃないよぉ!」
先が思いやられる……。
記憶も戻ってないのに所持金はゼロ。最悪の再出発だ。
「とりあえず麻婆は全部お前が食べろ」
「いやだァ! マスターと一緒に食べるんだぁ!」
「大変だったってお前が言ったんだろうが」
「大変なことだって思い出になるよぉ! ボクとマスターの新しい1ページ!」
辛くなるくらいの激辛麻婆で作りたくなんかないわ。
サーヴァントの変更ってできないんだろうか?
あぁ、これから不安だ……。