現在、月海原学園は修復中。
聖杯戦争が終わった後、この世界は一度壊れて、再構築されたらしい。
自分で見たわけじゃないから真実なんてわからないけど、でも、この光景を見れば納得せざるを得なかった。
データの切れ端みたいなものが景色のそこら中に紛れている。
蒼崎先生が俺たちのことをバグだと言っていたけど、まさにそんな風に見える。
出来栄えの悪いこの学園は、グラフィックができていないゲームの世界にすら見えてしまう。
虚構世界。ここはデータ上の世界なのだと聞いた。
現実とは違う、と説明された。現実ってのはつまり、データで構築されたこの世界の外側にある世界を言うんだろう。でも俺が覚えてるのはこの世界のことだけ。
そう考えると俺にとっての現実ってのは何だろう。
少なくとも、なんの記憶もない外の世界を、俺にとっての故郷とは思いにくかった。
「どしたのマスター? 何か考え事?」
アストルフォがなんの心配もしてなさそうな顔で覗き込んでくる。
ついさっき叱ったばっかりなのにちっとも落ち込んじゃいない。少しくらいしょんぼりしててもいいんじゃないかと思うんだが、果たしてこれが良いことなのか悪いことなのか。
「お前はなんの悩みも持ってなさそうだな」
「ないよー! せっかくの人生、楽しまなきゃでしょ!」
「所持金ゼロになったのにか?」
「うーん……まあなんとかなるよ! もしもの時は借りよう!」
借金の辛さを知らないくせに能天気な。と言っても俺も知らないんだけど。
歪な風景の中で生きることを余儀なくされた俺たちは、さながら漂流者。大海原に囲まれた孤島に置き去りにされたに等しい……なんて思ったりもしたけど、実際、それよりもずっと恵まれた環境だろう。
消去されたデータの海からサルベージされて、修復された人々が徐々に集まりつつあって、校舎も少しずつ再構成されつつあるらしい。
俺はかなり早い段階、それこそ最初なんじゃないかってタイミングで居たらしい。ただ目覚めるのが遅かったからその時のことは覚えていなかった。
自分の部屋も食べる物も娯楽のためのゲームもある。無人島とは比べ物にならない。
「そもそも、お金が必要な世界観なのか? あのうさん臭い人に騙されたんじゃないだろうな?」
「えぇ? まさかぁ。ボクそんなミスしないよー」
「酷い目に遭った麻婆をまた注文しようとしたのにか……?」
「だからそれは思い出を作ろうと思って!」
「死にかけるような思い出なんかいらんわ!」
まったく、何を考えてるんだか。いや、何も考えてないのか。
これはこれで可愛げってものがあるのかもしれないが、付き合っていくのは大変そうだ。
記憶があった頃の俺はよくやってたな。
だが……アストルフォが居るから助かってる部分も大いにある。
「金のことも考えないとな。流石に飲まず食わずじゃ生きていけないだろうし」
「それにつまんないもんね! おいしい物食べたいよ!」
「いや、そもそも死ぬのか? データの世界だろ? 腹が減ったりするのか?」
「するよー。僕もうお腹減ってるもん」
「麻婆食ってろよ」
「え~? 辛いからやだ」
こいつ……自分で買ってきたくせに。
「とりあえず、ここで生きていくしかないってことかな……戦争も終わって、他に特にやることもないわけだし、外にも出られないらしいし」
「そうそう。楽しく生きようよ」
何が起こったのかまだ受け止め切れていないけど、少なくとも今、この世界に、この学園に争いがないことだけはわかる。
以前の戦いの影響なのか、それとも全然違う理由で壊れたのかはわからない。その戦いについて全部忘れてしまったから。
色んな人に助けてもらえて、説明してもらえる状況はきっと恵まれている。
でも、記憶を失ってしまうというのは想像よりずっと寂しいものだ。
まるで無人島に一人で置き去りにされたみたいな……それもちょっと違うか。
「サーヴァントが居るっていうのは、いいことだよな」
「でしょ~? ボクが居ないとマスターってば難しい顔してるもんねー」
「むしろお前のせいで難しい顔してるんじゃないのか?」
「可愛いボクと一緒でよかった!」
「勝手に結論付けるな」
勝手な奴だ。しかも基本的に自己肯定感が高い。
それでいて俺には懐いてるみたいだから不思議だ。
パートナーだったっていう聖杯戦争での出来事がよっぽど影響してるのか。
「記憶がある時と今とで俺って変わった?」
ふと気になったから聞いてみる。
別に、どっちの方が好きとか、そんな話じゃないんだけど。残念ながら俺は以前の俺を全く覚えていない。一番近くで見てて覚えてるのが、どうやらこのアストルフォなのだ。
「うーん? 変わったと言えば変わったし、元々こんなだったって言えばそうだし。出会った頃に戻ったって感じかなぁ」
「じゃあ、最終的にはどうなってたんだ?」
出会った頃の俺が今の感じ。そこから変化していったってことだろう。
尋ねてみたら、うーんと考えたアストルフォは突然にやっと笑った。
うん、これは嘘をつくやつだ。
「ボクの頭をナデナデしてよくやったぞ! って褒めてくれました!」
「はいはい、いいことしたらな」
「ええっ⁉ いいことしてないみたいな言い方!」
「すでにしてるのに、みたいな言い方するな」
まったく、油断も隙もあったものじゃない。
ただわかりやすいのは有難かった。
サーヴァントが何なのかはいまだに認識が微妙なままとはいえ、彼の性格とか人となりはすでに掴んでいるわけで、付き合い方はそれほど困らずに済む。
「撫でてほしかったら勝手に買い物すんのやめて、必要なことは適宜報告。そうでない時は好きに遊んでてもいいけど、気を引き締める時はもう少しくらいシリアスにしてろ」
「ぶ~。やっぱり出会った時のマスターだよぅ」
「なんだ、あんまり変わってないんだな。まあ多分よかった」
リセットされても俺は俺、ということだろう。
「しかし、やることがないな……」
現状確認のため何気なく校舎の中を歩いていたが、特にやることがない。
前まではきっと聖杯戦争のために色々やっていたのだろうけど今はその必要がない。
「じゃあ遊ぼう!」
パートナーは何も考えずにそんなことを言ってくる。
別に拒みたいわけじゃないが、なんというか、拍子抜けとでも言えばいいのか。生きる理由や熱意を失ったみたいな気分になってスッキリしない。
「まずは、みんなに挨拶して回るか」
「あれっ⁉ ボクと遊ぶんじゃないの⁉」
「バカだな、お前との時間はたくさんあるだろ。後で遊んでやるから」
「いーやウソだね! 前もそうやってウソついて後回しにして寂しい想いしたんだよっ!」
「あーわかったわかった。じゃあ後で遊んでやるから」
「せめて少しは騙す努力をしろーっ!」
うるさい奴だ。が、先行きが見えなくて漠然とした不安に襲われる今、どうしたもんだか、この騒がしさと楽観的思考は羨ましいくらいに有難い。
直接言うと調子に乗りそうだから嫌なんだけど、敢えて言ってみようか。
「俺の傍に居るのがお前でよかったよ」
「ふっふーん! やっぱりそう思う? ボクとマスターはベストパートナーだからね!」
予想した以上の声量で調子に乗った。
多少なりともイラっとする。だがまあ、考えようによっては扱いやすくて助かる。
「じゃあ遊ぶのは後でいいよな?」
「しょうがいないな~もう。頼りになるボクだからね。ちゃんとマスターの隣でフォローしてあげなきゃだめでしょ」
「あーそうですね。助かります」
「フッフッフ。それじゃー張り切って行ってみよ~!」
現金な性格してるな。だけど、改めて嫌いじゃない。
先を歩く元気な後ろ姿にやれやれとは思うが、多分何言っても変わらなさそうだし、これが彼の良いところなんだろうと思うことにした。