屋上に来たのは、行先に困ったからじゃない。
今のこの世界の姿を見ておこうって提案されたからだ。
もちろん、これまで緊張感なんて欠片もないアストルフォがそんな真面目っぽいことを言い出すはずがない。提案は別の人だ。
今はまだ狭い校舎の中。
ばったり出会ったその人は、そもそも俺がこの場所で目覚めた直後、この世界について、学園に取り残された状況について、俺に説明してくれた人物。
レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
校長じゃないけど、どこか王様然とした空気を感じるというか、堂々とした金髪の美少年だ。
「改めて思うんだけど……なんでレオじゃなくて俺が生徒会長なんだろう」
なんか意味ありげな発言をされた気がして、なぜ俺なんだ、という疑問が再び湧き上がる。
何も覚えてないから何も知らないに等しいけど、ただ顔を合わせただけで、雰囲気からしてレオの方が相応しいんじゃないかと思ってしまう。
俺が生徒会長だという話は、校長とレオから直々に言われた。でも俺にその実感があるわけでもなければ、俺の方が相応しいと思ってるわけでもない。
生徒会長の役割とか存在意義だとかを理解しているわけでもない。
今からでもレオに代わった方がいい気がする。再会して感じたオーラに改めてそう思った。
「理由は一つ。あなたでなければならないからですよ」
レオは考える素振りすら見せずにそう言った。
そう言われても、素直に納得するほどの理由を感じ取れたわけじゃない。
俺の迷いとか悩みとか、ちゃんと理解してくれてるんだろうか? 彼はどうも雰囲気からして完璧過ぎる。共感してもらえてない気がしてならない。
「ムーンセルはあなたを選んだ。そのことには必ず意味があるはず」
「その意味がわからなくて、困ってるんだけど……」
「その理由ばかりは僕が用意することはできません。あなた自身が気付き、学び、体得しなければならないものだと思うのです」
それはそうなのかもしれないが、なんのヒントもないというのは辛い。
頼りになりそうなのに、結構厳しくしつけるタイプなのかも。
「僕もまだあなたと同じで目覚めたばかり。何を為すべきか、何を為せるのか、何もわからないままでいます。だけど不思議と気分がいい。それはきっと、今ここに居る僕が何も持たざる者だからなのでしょう」
「あー……生まれ変わった気分ってやつ?」
「気分ではなくまさに生まれ変わったんですよ。ハーウェイという名に意味はなく、今や何一つ価値はない。ここは現実から切り離された虚構世界。そして僕らはかつて存在したオリジナルの欠片を集めた異分子」
改めて聞かされると、なんて言ったらいいのかわからない。
どうやら、現実に存在するはずの俺たちはすでに聖杯戦争で死亡しているらしい。
ここに居る俺たちは、そのオリジナルが虚構世界に居た頃のデータを流用・再現して構成されているとかで、現実に戻る、という考え方は今の俺たちにはないそうだ。
ここで生まれて、ここで死ぬ。あとはその過程をどうするのか。
レオに、そして校長にも言われた。
俺たちはただこの世界で生きていくだけなのだ。
「自由になった気分です。あらゆるしがらみから解放されて、“個”としての生を受けた。失った物は数え切れませんが、家柄も財産も王としての責任も、信を許したサーヴァントさえ、何もこの手の中に残っていないからこそ、初めて僕はレオという個人になれた」
レオは、ずいぶん高貴な家に生まれたそうな。残念ながら俺は覚えていないが、世界の六割を掌握する大財閥の御曹司なのだという。
その話をした時、自慢する感じは一切なくて、むしろその事情が今の自分には当て嵌まっていないことを告げて、清々したと言いたげな態度だった気がする。
俺にはよくわからないけど、お金持ちに生まれたからこその悩みとかあったんだろうか。
「僕はこの世界に生まれたこと、王としての立場を失ったこと、その他全てに絶望していません。それどころか、かつてない状況に希望すら抱いています」
「それは、自分らしく生きられるから?」
「ええ。聖杯戦争で敗北し、取りこぼした物は多く、後悔はあります。しかし何もなくなった今だからこそ、自らの意思で進み、数多を選び、手に入れていく過程を楽しめるというもの。これより僕はハーウェイではなく、王ですらなく、ただ一個人のレオとして道を歩んでいくのです」
そう語るレオは晴れやかな顔でにこにこしていた。
本当に楽しそうで、漠然とした不安を覚える俺とは正反対な姿に見える。
「そしてその道に、王となったあなたが居た」
俺を見る目を細めて、楽しそうに、少しだけ声を弾ませながらこっちに踏み込んでくる。
「生徒会長とは言い得て妙ですね。学園の長となるか、単なる旗手となるか、それともこの世界の新たな王となるのか。なんにせよ、元王の立場としてあなたを導くこともまた一興。誰かに強いられるのではなく、自分の意思でそうしたいと思うんです」
正直に言うと何が何やらって感じだ。けど、彼は今後も俺を手助けしてくれるみたいだ。
なぜか触れるくらい近くに立って手を握られる。
膝を折らずに立ったままとはいえ、まるで騎士がお姫様にするみたいに、手の甲にちゅっとキスをされる。金髪だし、こういうのは俺が知らないだけで当たり前なんだろうか? というより実際にこんなことがあるんだ、なんて思って感動さえしてしまった。
「僕は、君が生徒会長に選ばれたこと、好ましく思っています」
「え、そうなの? ありがとう……でも俺は、やっぱりレオの方が適任だと思う、けど」
「心配いりません。僕があなたを支えます。そうした立場や判断も、以前にはあり得なかったものですから素直に嬉しいんです」
「そうなんだ……それはよかった」
まあ、嬉しそうなんだからよかったんだろう。
にこっと笑いかけられて、非の打ち所がないくらいの美少年なもんだから、男だとわかっててもついつい見つめ合うと照れてしまった。
「はーい終~了~‼」
なんて思ってたら今の今まで静かにしてたアストルフォが勢いよくぶつかってきた。
レオに握られていた手が振り払われて、俺の胸を強く押して、強引に距離を開けさせられる。
非力な方とはいえサーヴァント。危機感を覚えるくらいには一瞬呼吸ができなくなった。あれでよく転ばなかったな、俺。
「はいはい、なしなし! シリアスっぽい雰囲気だから黙って聞いてたけど何さ! そういうのは誰にも望まれてないからね!」
「いきなりなんなんだ、お前は……」
「ボクのためのBLタグでしょうが! ポッと出の男が使っていいもんじゃないよ!」
「何言ってんだって、さっきから」
なんでかアストルフォは激怒している。
喜怒哀楽はしっかりしてる奴だから想像しなかったわけじゃないが、怒った時もやっぱり騒がしいのは変わらず。ただ意外にここまで怒るんだなと少し驚いた。
「ふふ、認められませんか?」
「ええ認められませんよ! そんなの許さないから!」
「しかしあなたが認めようが認めまいが、僕は手加減する気はありませんよ」
おや? なんだかレオの顔つきが違うような……。
アストルフォも異変に気付いたみたいだ。ひぇって情けない声を出している。
「敗北を知り、多くを失い、新たに生まれ変わったのが今の僕です。もはやハーウェイに縛られた以前の僕ではない。欲しがりますよ、戦いに勝ってね」
「おやぁ……?」
「ま、マスター逃げてっ! 超逃げて‼ アレ本気の目だから今すぐ逃げてェ⁉」
なんだか騒がしかったり急に空気が冷たくなったり息苦しくなったりしたけど、アレだ、結局のところこれから仲良くしていけそうだってことだな。
アストルフォがうるさいから仕方ない。そろそろ一緒に遊んでやるか。
屋上を後にする寸前、レオはフフフって目を光らせながら笑っててやけに大きく見えた。なんか魔王みたいだった。でもまあ、大丈夫だよな? 多分……きっと。