興味があればぜひ視聴してください
配信サービスでは見れないのでTSUTAYAに行くことになると思いますけど...
「ご迷惑をお掛けしました」
「そうは思ってないし、そういうの、欲しくてやったわけじゃないから」
祖母の家の前まで送ってもらって、車の音を聞いた祖母が家から出てきた
「えっちゃんごめんねェ、迎えにバス停まで行こうと思ってたのにこの天気だし、この歳じゃ足腰もガタが来てるからねェ引退バアさんですよォ」
「ばあちゃんは車の免許も返納したもんね」
「いくつになっても人殺しにはなりたくないからねェ...」
「ん...そう、だよね」
えっちゃんというのは愛称で、本当は榎原啓治という名だった
つまり娘さんは榎原ミホというわけだ
榎原さんは田舎暮らしに憧れて、ツテを頼った末に私の祖母に辿り着いたという
一人で住むには広すぎる祖父母の家は団塊世代を支えた頃の家だったし、田舎のばあちゃんの家のいかにもなテンプレート的な見た目の家で、長男の祖父が継いだのもあっていまだに祖母が管理している
構造が特殊で離れというか、家の区画の一部を後から増築、付け足した構造になっていて、その区画ごと榎原さん一家が住んでいるのだ
いつぞ、機を見てお母様にご挨拶に伺う必要があるな...
祖母としてもやぶさかではないらしく、肌艶がよくなり明るくなったように思う
最後に会った頃にはすでに一人暮らしだったし...
「離れを人に譲ったんだ?」
「こんな田舎で山の肥やしになるよかよっぽどマシだろう。腹減ったろ、焼きそば作ってあるからさあさ食べよう」
「あっー!おキヨさんがウキウキしてたのってお孫さんくるからだったのね!どうりで!」
「うん、夏はよろしくね」
「冬は帰ってこないの?」
「来年、大学行くから忙しくて」
「同い年なんだ」
その歳の割には少し子供っぽかった
幼さ残る顔だった
「中学生かと思った...」
「なんか難しいこと考えてる顔してる」
「わかるの?」
「充分よ」
賢い人なんだなあと思った
「荷物置いて食べよう、一緒にねェ」
⭐︎⭐︎⭐︎
祖母の作る焼きそばはソース焼きそばではない
塩焼きそばなのでソースを使わない味付けで、これが大変美味しいのでソースに脳を汚染された人々を駆逐しなければならないのだ
とにかく食ってみろ!馬鹿!
ソース万能論では解決出来ない代物である
祖母の塩焼きそばは、年金受給暮らしらしく、肉の代わりに竹輪が入っていたり、野菜の割合も高めで、徹底的である
物も人件費も上がっているから生活の質を下げてやりくりしているそうだ
「久しいねェ、孫の顔はいくつになってもいいものだよ」
「そう?」
「もちろん」
「怒ってないの?」
「理由がないよ。その責め、遼ちゃん一人だけで負うべきものじゃないって思うからねェ」
本当は引っ叩きたいに決まってる
でもそこで終わっちゃいけないから、ってわかってるからだ
ただただそれだけなんだ
「線香、あげなきゃね」
「盆でいいよ」
「許せないからあげるんだ」
「真面目だねェ、遼ちゃん」
「同じこと、東京駅でカフェを相席したおじさんにも言われたよ。気持ちのいい人だった」
「頭がいいんだろうね」
「察しの力と推測がテストの点数に直結するとは思わないけど...」
「頭のいい人らの考えることはわからんよ。わかれば苦労なんてしないからねェ」
あの東京駅で声をかけてくれたおじさんのことを僕は忘れない
彼は僕のことをテロリストのように見ていたが僕はそれでもよかった
ソース味のしない焼きそば、塩焼きそばを食べながらそう思った
⭐︎⭐︎⭐︎
翌日の朝は7時に起きた
早起きの習慣を崩すと夏休み明けに辛い思いをすることになるし、なにより課題を順次終わらせていかないと休み明けが恐ろしい
朝活という言い方をして、朝っぱらから勉強をするのだ
縁側に面した、庭の目の前の畳の部屋でこの夏を過ごすように部屋をあてがってもらった
この庭は昔、ビニールプールを広げて遊んだ記憶がある
近くの池でザリガニを釣って飼ったこともあった
水鉄砲で遊んだこともあった
今でもその記憶がありありと思い出せる
どうしてこんなにはっきりと思い出せるのだろうね
田舎の空気と田舎の風景は都会の空気に汚染されたものの毒気抜きにもってこいだ
田舎の空気はそれだけ心身によかった
田舎へ療養にと数々の文豪たちが行ったのも頷ける
心が落ち着く気がする
気休めの薬でも、ないよりもずっといい
よくはないけれど...
「遼太郎、遼太郎?」
ミホさんの声だ
ほとんど同じ家に住んでいる同居人のようなものだから、遠慮がないので、庭だって平気で彷徨く
目的もなく歩いているようだったが私を見つけて立ち寄ったようだ
「はい、遼太郎でございます」
「え、あ、な、なにしてるのかなって」
「課題ですが...ミホさんもあるのじゃないの?」
「まだ時間あるから大丈夫だよ」
「そうやって後々血反吐を吐くハメになるんでしょ?」
「あんたすごいね、私がサボり癖あるってよくわかったね」
「溜め込む人にろくな人はいないからね」
「文学国語は苦手ですが戒めと軽蔑って意図を読み取りました!頑張りました!偉いですか?」
「どうかしら...」
時刻は午前9時になっていて、もう30℃近くまで気温が上がっていた
「しかし暑いねー...遼太郎は暑くないの?」
「日向にいるから余計に暑いんだろう。日陰に入って風を抜けば大した暑さではないよ」
「あがっていい?暑くて倒れそう...」
「あくまで体温を上げない措置なだけで、上がってしまった体温は気化熱でしか下げられないことに留意しなよ」
「ふえええ...」
そのままぐったり倒れて眠ってしまって声をかけても起きてこなかった
私は課題に向き合い直し、課題を進めていた
歴史は得意であったから、歴史のレポートなどから先に取り組んだ
11時前になって起きてきたミホさんは冷えた麦茶を飲んだ
私は飲まなかったが
「午前はここらでおしまいにしよう」
「午後もするの?真面目ね」
「後になってめちゃくちゃに苦しまないことを真面目とは言わないと思うけどどうかしら?」
「...ごもっともです!...というのはそうとして、レポート作ってたんでしょ。ちょっと見せて?」
「自分でやろう終わらせようって努力はしようとしないの?」
「面白いこと書いてるからどうしてそう思ったのかなって」
「ああー...」
物好きな性格らしい
他人のレポートが気になるとは、さては学者向きの性分か?
反論は潰したと思っていたが欠けた視点があったようで、そこに引っかかったのだろうか
教養が高い
賢い上に物好きとは面白い人だ
「資本主義の限界は、共産主義によってのみ解決可能であると書かれているけど共産主義は絶対王政でないと不可能だって。わけわかんないよ?遼太郎のいうこと傲慢だよ」
「歴代の失敗は強欲さと無知由来だからなのよ。絶対に間違わない独裁者が博識であれば問題なく運用可能なシステムなわけ」
「それはコンピュータか神様がやることでしょ」
「人が人の作ったものに支配されてるなんて滑稽ね」
皮肉なものだ
人類と知性への冒涜だ
「ポルポト政権が正しかったって言いたいの?」
「理由で人殺しが正当性を持つなら考えものだな」
「遼太郎って時々怖いね」
聞こえていたセミの声が聞こえなくなって、怖いという単語だけが恐ろしく嫌なほど聞こえた
暑さでセミがやられて鳴くのをやめたのではないと思いたい
「世が世ならテロリストになってたかもね」
「やめてよ縁起でもない。怖いこと言わないでよね」
「冗談でも比喩でもなく...ね」
「遼太郎がテロリストでよかった。理由がまだわかるもん」
「本当はわかっちゃいけないことだけどね」
「難しいこと考えたからお腹空いちゃった。お昼食べてくるね。午後もここにいるんでしょ。また来るね」
ひらひら手を振って離れに向かう背中を見た
不思議な人だと思った。
⭐︎⭐︎⭐︎
「遼太郎って時々オカマ言葉するよね。なんで?」
「意識したことなかったわね」
「また!」
昭和の男の生霊が憑依しているのかもしれませんね
というのはさておき、日中最も暑い時間帯に差し掛かった
死人が出てもおかしくなさそうな暑さで、流石に扇風機をつけたがそろそろ暑くなってきました
冷えピタを額に貼って塩を舐めながら水を飲んでの持久戦に移行した
「性分だからね、しょうがないことなのよ」
「のび太くんみたいで変な感じ...」
「読むんだ、そういうの」
「ウチ、結構マンガあるから。今度遊びに来てよ」
「ある程度片付けば考えておくよ。そこまでストイックではないけど早い方がいいかもね」
そういうとムッと顔をしかめてブスーっとしてしまった
「たまに卑怯だよ、遼太郎って...」
「性分なのよ」
自分でも嫌な人だと思っている
染み付いたものは落とせないし消せないから、自分でも困っている
現状を打破する方法があるなら教えて欲しいくらいだな
「でも面白いから遼太郎のことは好きよ」
「面白いって...揶揄ってるわけじゃなく?」
「さあてね、どっちでしょ?」
「ミホさんだって人のこと言えないじゃないか。大人なんだね」
「遼太郎もね」
そう...なのかな?
そうなのか...
そうかもしれない
そうに違いない
「私も課題やるから持ってきていい?」
「なんで僕の目の前でやるんだよ」
「遼太郎も私も課題をやらなきゃいけない。私の部屋には上げられない。遼太郎は話が面白いからもう少しお話ししたい。全ての要求を飲むにはこうしたらいいと思うけど」
数分後、課題を抱えて戻ってきたミホさんと課題を進めた
お互いがひと段落して休憩した
「田舎って、人との繋がりが密のようで薄いじゃん?だからこういう投げ石みたいな人だとついね」
「引き寄せられるって?鯉じゃないんだから...」
「アハハ!面白いよやっぱり!アハハ!」
お腹を抱えてゲラゲラ笑い出したのに釣られて少し笑った
「やっぱりおもしろ〜い!」
「餌だね、僕は」
「そんで、私が釣れちゃうんだ...ククッ...」
「...そんなに面白い?」
「地区の人なんてみんな顔見知りだもん。毎日同じより変化がある方が面白いよ。特に都会からなんて。昔ね、大阪住んでたんだよ。十三が最寄りでね」
「高校上がる時にここへ?」
「そそ。私のタイミングとサラリーマン辞めるのが丁度で都合よかったんだよ」
「そっか。大変だったろう」
「それほどでも」
じっとりと暑かった
人が溶けるような暑さは少し穏やかになって、少しは過ごしやすくなった気がします
「大分涼しくなったね」
「いや暑いよ?」
「終わるまで終われんよ。呪いの様だよ」
「暑さ地獄照り地獄蒸し地獄、同時に味わう日本の夏...」
夏の地獄は恐ろしいなあ
そんな地獄には行きたくないなあ
「ね。遼太郎、ここ、寝泊まりもするのにちっとも華がないね...」
「うん。枯れちゃうから。管理が回らないんだ」
「金魚の風鈴余ってるからあげよっか。金魚は枯れないよ」
「元はと言えば僕の家のものだったなんてオチじゃないだろうね」
「持ってきてあげる。涼しさマシよ、風情あるもん」
話を聞かないというか、ズカズカ人のテリトリーに足を突っ込んで掻き回す人なんだなと思った
嫌な感じはしなかったけれど...
不思議なことです
しばらくするとミホさんが風鈴を抱えて戻ってきた
「金魚の風鈴は金運関連のアイテムなんだよ?遼太郎は幸薄そうだからよっぽどいいと思うよ」
「余計なお世話を焼いてくれてありがとう!良さげじゃないか」
「皮肉屋って嫌ねえ。本心を隠してる。ツンデレさんなんだ!」
「そんな人間に思うの?」
「うん、思う。いつもは本心を明かしたくないのに隠し切れてなくて、こっそりネズミが忍び込むとね。それでね?」
「うん、うん。伝わるよ。伝わってるから」
「じゃああげるね。これ」
やっぱりどこかで見覚えのある金魚の風鈴なんだよなあ
フチが欠けてるんだよなあ、ばあちゃんんちの風鈴って...
「欠けてるの?多少欠けてても触らないんだし大丈夫でしょ」
「金運アイテムが欠けてるのも縁起が良くないような気がするけどね」
「気にするようには見えないなあ...」
「なんで僕の服装を見るの?」
「気にする人間ならそんな服着ないなって思って」
時々失礼なことをいうのだ
遠慮がない
「生まれの血は抗えないね」
「そういう遼太郎も皮肉屋なのは京由来だったりして」
「酷いよ」
長押に風鈴を飾るために釘が打ち込まれているので、そこにヒモを引っ掛けた
扇風機の首を風鈴へ当ててやるとちりりんと音がする
「いいねえ。涼しげじゃない」
「いい清涼剤よね。気持ちいいわ」
清涼剤...ですか
「風鈴ありがとう。もらっておくよ」
「明日も課題しようね」
彼女といると、話してばっかりで課題が進まないから嫌なんだよなあ
口には出さないけど...
その日の晩御飯は庭で採れた大葉とトマトを使った冷製パスタを食べた
身体が冷めていくようで気持ちよくて美味しかった
その日の晩は風鈴の音を聞きながら寝た
「音がこんなに心地よかったって、忘れていたなあ。気持ちのいい音だ」
ふっと声が出たような気がする。でも誰にも聞かれずに消えていった
扇風機の首が風鈴を見るたびにいい音がする
その晩、ずいぶん久しぶりに心からゆっくり休めた
遠慮がないのが安寧の手段の一つなら、ミホさんのやり方は正しい...
あの子から学べることがあるのかもしれない
昔の僕なら考えなかったことです
あとがき
出来るかぎり急ぎますが中盤終盤公開頃には夏が終わってるのは確実なので当初のスケジュールは無視して今後は急がず焦らずのんびり作ります
でもこんなペースで作ってるのはちょっとまずいかもしれないですね
頑張ります