身も蓋もないことを言ってしまえば人並みに生きられるようになるための訓練です
人並みに生きられるように人並みでないものをそのように矯正しているのですからまあ辛いです
パーツとして機能しないものを修理修復して動かしているので、あまり負荷をかけるといけませんね
なにが言いたいかというとつまり『社会』というのは非常に薄情なのだと言うことです 〜あとがきに続く
8月上旬の日本列島は相次ぐ大型台風の容赦のない攻撃に晒されたことによって、土砂災害が相次ぎ各地の陸上自衛隊が災害派遣に駆り出されていた
さながら侵略者タイフーンvsの防衛戦争と言ったところだが、多勢に無勢であったか...
『ではここで各地の天気です。北陸関東は台風9号の影響圏から抜け、明日からは晴れとなるでしょう。東海地方明日は比較的過ごしやすい日になるでしょう。気になるのは大気の状態が不安定なところでしょうか。続いて関西中国四国地方は11号の影響が懸念されます。強い雨風を伴い、また非常に鈍足であることから影響が長引くことが予想されます。代わって九州沖縄は11号の影響で湿度が非常に高くなるでしょう』
ラジオからの天気予報を聞いていると、ドアが開いてミホさんが遊びに来た
「災害大国日本だねえ」
とぼそっと呟くと、アイスコーヒーを一服。
このままのペースで11号が侵攻すると8月6日の式に国内外から人が来れるか怪しくなる
「嫌な湿気ねェ」
普段は縁側に面したガラス張りのくれ縁から上がってくるが、大雨ともなると濡れ縁をしめたままなので、必然的に離れから家の中を通ってやってくる
返って堂々とすると隠し事はバレなかったり?
「湿気はもともと嫌なものでしょ。しかしよくバレなかったね、ばあちゃんはああ見えて地獄耳だよ」
「こう見えて実は鋭いのよ?」
「あら。随分自信があるのね」
「それに暇だし?どうせならラジオでもと」
「持ってないの?」
「うん」
それからラジオの洋楽枠を1時間ほど堪能しつつ課題を進めた
一方で課題を進める私に話しかけて妨害を試みる不届き者を片手間に捌くのは中々に困難を極めた
「意外と真面目なの...」
「どうせやらなきゃいけないんだから、苦しいことをいつやるか?というだけの話よ」
うへーと嫌そうな顔をして、ハッとしてまたどんよりし始めた
「課題やらなきゃ課題やらなきゃ...」
さてはサボってがっつり休んでいたな?
「やってないんだね?その様子じゃかなり怪しいけど?」
「終わるかなあ?」
「考えるより先に手を動かせばなんとかなるかもね。どうだか知らないけどさ」
台風では外へも出られないのだから籠って課題をやったりゆっくり本を読めばよい
それでも終わらないなど、それは怠けたツケだ
「体動かす方が好きなんだよね〜頭って糖分ばっかり消費するから...」
「へえ、なにかスポーツ...」
「陸上部にね」
「それで軽々と?」
「それじゃ30点かなー」
「世界は四角くないんだなあ...」
「アンタは金メッキだもんね」
「ちょっとムカっ腹ですよ」
「やっぱり面白いよ、遼太郎って!」
その日は結局、夕食の支度を手伝いに帰るまでこうしていたのだった
課題は終わらなかった
⭐︎⭐︎⭐︎
どうやらこの大雨は雨上がりというものを知らないようで、たった1日でどんよりな曇り空が大雨になった
どうも進路がずれて直撃コースへ変わったようらしく、朝からこの調子だった
強風域でこのような大荒れなら一体全体どれほどの被害が出ているのだろう
暴風域区では全く情報が入って来なくなった、正しく目を奪われた地区というのも既に出ているそうだ
実に恐ろしいことです
『ここでお天気情報です。今朝から出ていた武川、筑摩川、不知火川の氾濫警戒警報はレベル5へ変わり、改めて発令されました。どうかお気をつけてください』
機械合成音声のお天気情報が入ってきた
今時のラジオはハイテクなんだなあと思いました
「ありゃまあ...すぐ側だよ。大丈夫かね」
「意外とここらは高台だし大丈夫だろう。慌てる必要はない」
「薄情なのねえ...罪悪への意識も薄いのかしら?」
「うーん、確かにそうかもしれないなあ。どうも僕には“そういう”気質があるんじゃないかなとは薄々と思っているけどね」
ココロココニアラズといった様相をしていたので気の毒そうに声をかけてくれた
「土砂崩れ、起きなきゃいいけどね」
「そうだなあ」
「アンタ、どうしようもないことに対してはずいぶんのろのろしてるのね」
「そりゃあ僕なんかがあれこれここから言ったってしょうがないんじゃないの?あるがままを受け入れて、絶望したり喜んだりしたらいいんですよ。自分で周りを変えてみるとは言っても、所詮は人の世、神代の世。結局はどんなに努力したって変えられないことはあるんだ」
武川の氾濫警戒警報が今朝から出てからというもの、外へ出ずともこの田舎の牧歌的雰囲気の中にピリつく空気を感じていた
これはどこからやってきた空気なんだろう
「傲慢さと科学力に胡座をかいているようではオールドタイプな人間として野垂れ死んでいくだけだよ。それは...僕は嫌だ」
「欲浅い...そういうの、アリなの?」
「必死になってガツガツして、欲を満たして死んでいくこと。幸福ってなんだろうね?明日死んだって後悔ないと思えるように毎日を満ち足りた、満足のいくように生きていける。足るを知れ...身の程を知らぬ過ぎた力が己を滅ぼす...幸福の為の道は開いてあるのに皆そこへ行かないのだ。嘆かわしいよ」
もし仙人というものがいるのならこういう生活をしているのかもしれない
のんびりのほほんと...
あるいは絶望を超えた、一種の諦観に近い絶望論で武装して...
「アンタは自分勝手だよ。身勝手だよ。でも、ほんのちょっとわかる気がする...」
「迷惑をかけていない人間はこの世に存在し得ないからね。僕も、僕だって、君だってそうだ」
「それは理由にはならないわ」
「だから自分が許すしかないんだ。傲慢と僕らの知るもっとも善なる独裁、そしてそれらダブルスタンダードを信じ抜いて許すんだ。それだけが生き残る方法なんだ。もっといいやり方があるなら教えてくれってきっというよ」
少しだけ戸惑って、狼狽えて数秒後、言葉の意味はよくわかるが、遼太郎はよくわからない感情を目にして開口する
「そう...なのかもね。きっとそうよね、何か勘違いしてたみたい」
「悔しくないの?」
「『あるがままがを受け入れる』だから自分が許す。どうしてだろうね、そう思うようになったよ」
誰のせいかな?と言って笑った
やっぱり、彼女の方が役者が一枚上なのだ
⭐︎⭐︎⭐︎
嵐の猛攻衰えを知らず、我が故郷は踏まれ躙られ
父母声も風に消え、響く声も嵐に消え負け
思ったよりも台風の影響は凄まじく、河川の氾濫や土砂崩れなど関連する災害によって喜羽だけでも三名もの尊い命が失われた
心よりご冥福を祈ります
「しかし、今日でもう3日だというのにまだ穏やかにならないのだね」
空模様は依然として怪しく、龍が住んでいそうだった
「南には卵もあるんだってね」
「嫌だねえ、ツケ払いって。魂まで払わなくちゃいけないんだなあ」
「あのさぁ...」
「おかしな話ではあるまい。これは決定的な環境破壊だよ。ようやっとツケを払えるんだ。人類が犯した罪への強制的な贖罪なんだナァ...」
「それでお粥が食べれるなら苦労しないんだよ...」
「この辺りじゃ麦茶漬けだな」
文化的なのだな。意外と学がある
意外と?失礼、そういう風に見ていなかったから驚くべきものだったというだけです
「でも悪くない話だ。心臓が一つなら弱点だし、なにより心臓転位症だ。ありがたいことだよ」
「吉野弘詩集を読んでもなにも感じないのね、センチメンタルには程遠い鉄壁要塞のマジノ戦ね」
「そう?君のような人と話していてもポッとあがることもなくなったが...嬉しくないのかな?」
「見えるものを疑わず、そのままを飲み込むと楽だけど、そういうの難しそうよね...」
彼女なりの皮肉のつもりなので、深く受け止める意味はないようだ
いつだったかの娼婦街の近くで見た野良猫のような排他的で利己的な精神的な虚弱性が2人にはあった
不安定でもあった
しかしそれらは猫的だった
「根っこはいつまでも根っこなんだよ」
根本的な解決は植物を枯らす
当たり前だ
「姿勢の良さには感心するけど、大変なことだと思うし、なにより...」
「...?」
「全てを疑い続ける理工学者の執念が不幸な人間を生み出したってことよ。だから遼太郎は可哀想な人だなって」
どうも勘がいいらしい
ギョッとして目を見開いていると続けて、
「愛を愛と受け取れないから可哀想な人なのよ...」
「僕への批判のつもり?」
「やっぱり30点ってところかな」
赤点かな?
「受け取り方を知らない。だから可哀想だなって思ったの。そうだからこそ、そうやって最大数を愛そうとするのかも知れないけどね」
そういってふふッと笑った
なんだか意地悪だった
「そうやって人を見透かしたように笑うのは好きじゃないな。内面性や、人の本性に食いつきすぎると歯も折れるし、なにより痛いよ」
「違うよ!?私そんなんじゃ...そんな気じゃ...!」
ヒステリック気味にそう叫ぶと息が荒くなっていた
「僕の方がやっぱり上だよ」
「...呆れた。そんなだからパーソナルな問題を理工的に解決しようとするのよ。工学徒の才がないのね」
「嫌いになった?幻滅した?」
「訳ないよ。嫌いになんてなるもんか...」
実に酔狂である
「同時多発的に二面方向に同じことを伝えていけるインテリジェンスを持ってるんだから使ってあげなきゃだよ。僕にはそういうものはなかったけど...」
「そう?なんだか気分がいいわ。褒められるなんて久しぶりだもの」
「持たざる者の哀れな嫉妬心だよ。褒めるとは格上の人間がする行為だ」
「またそうやって卑屈になってる。謙遜ばかりで本当にチビだと思い込んでる」
本心を伝えられないことがこんなに苦しかったとは思ってないようだった昔の自分をぶっ飛ばしてやりたいような、それでいて合ってるような...
「そうかな。僕は本当にそういう人間だとロイヤルファミリーに言えるけれどね」
湿気はこんなにすごかったのかと今更実感すると嫌な汗が出ていることを自覚した
どうやら僕だけが感じていたわけではなさそうだった
「ここ、こんなに暑かったっけ?」
「さあ...?あんまり記憶にないかも」
ふーっと息を吐く
肺に溜まった嫌なガスが抜けていったのが気持ちよくて何度か息を吐いた
「僕ね、夏休みは嫌いなんだ」
「え?なんで?」
「でも夏休みは好き」
「なに言ってるの?怖いよ...」
本気で怯えた目をさせてしまった
「伝わってもらっては困るからね」
「そう...?スッキリしないけど...」
住んでいる場所にこだわってもらっては困るんだ
「もう時間よ。お父さん手伝いに行かなきゃ」
「暇坊主だから僕も行くよ」
⭐︎⭐︎⭐︎
西野遼太郎という人は俗にいう奇人変人の類に分類される人間ではない
彼はテロリストだ。秩序を乱す者だ
-平和とは次の戦争への備えだ。もし平和を願う心を持つ人間なら世界を一つにするようなことをするだろう
湿気の地獄蒸しの中、愛娘の横をテロリストが歩いてくる
つい小さく「バケモノめ」と呟いてしまった
愛娘にはいつものようにごく自然に席を外させ、二度目向き合った
たかが二回の交流で17年の蓄積した知識と考えを追憶できるとは思わない
一体なにがそこまでこの憐れな青年を駆り立てる?
なんのために?
「聞いてみたかったことがあるんだが、ひとついいかな」
「どうしたんだ?」
「君は僕の愛娘になにか聞いているな?いや、なにを感じていた?」
少し黙って向かいの青年は口を開く
「あなたがとんだ食わせ者だという以外はわからなかったけど、そのようじゃ嘘を言ったって気付くだろうね」
「正直でよろしい。クソテロリストめ」
「クソテロリスト...ねぇ。恨まれるようなことをした覚えはないんだけどね」
「あんたらならいつかどうせやると思ってね」
「権力と利権構造が産んだ回廊に閉じ込められた人間に説教をされたとして、果たしてそれがどう人に対して影響を持つだろう。いやない」
悔しいが負けだ。完敗したんだ。
「俺はどうこうしたいなんて気持ちで生きているわけじゃないからそこは保証してみせるよ」
「あんたらみたいなバケモノ相手の交渉なんてお断りだよ。どこまでも追いかけてきやがって」
「骨身に染み付いたその臭い、土汚れで落とせるようなものではないよ。まだ死ぬわけにはいかないだろ」
愛娘が作業を終えて合流する...
愛娘はせめて、なにも知らないでいて欲しい
知っていたとして、もっとも傷つかない方法があれば...
「無責任だもんな。人って他人のことになると無責任なことを平気で言う。だから諦めろなんて平気で言うんだ。他に方法があるなら教えてくれってきっと言うよ」
「どうしたの遼太郎?アンニュイ?」
「いや、いつかその高邁さが傲慢に変わった時が生贄の時なんだろうなって...」
「...?よくわからないんだけど...」
「課題だよ。課題を終わらせたんだ」
「あ、課題といえばミh「ちゃんとやってるから安心して!」
気迫ばかりが自分に似た
昔の自分に似た雰囲気をしている
この青年が言うように、そろそろ幸福を追いかけてもよかったのかもしれない...
湿気で蒸された地上のことを、天空の太陽は知らないんだろう...
あとがき
〜前書き
つまりは、人間社会というのは極めて高度なある種の機械といって差し支えないものなのです
機械化されたシステムは人情性質を持ちませんから、人間を消耗品と同等に考えざるを得ないのではないか?
産業革命以後、労働者はそのように扱われてきました
人間はどのように対外的にあるべきかを一緒になって真剣に考えてくれる人はどこにもいなかったのです
そこが現代人、ひいては遼太郎、啓治さんにとってもっとも不幸なことだったんじゃないかなと思いますね