思い出の夏休み   作:佐々木邦泰 

5 / 5
悪魔のような作品です
書いているだけで体からなにかを吸われているような気分にされてしまうような、そういう邪悪があります


五章

「アンタさ、思い出、作りたくない?」

「別にいいよ...時間が勿体無いから」

正直なところ、夏の思い出などには興味がない

暑いなあと感じたらアイスが食べたいとは思うし、そうめんが美味しい季節だろうとは思うが。そういうような一時的な感情を抱きたいのだ

(ここだけの話、宗教上の理由でそうめんは食べられない模様)

「思い出なんてそんなもの...」

「そういう無味乾燥な生活をしているから空っぽなんでしょう?」

「またそうやって耳の痛い話をする!なんにもない田舎に押し込まれて暇だからって僕を揶揄って楽しんでる!」

「自覚症状があるというだけでまだ治しようがあるね」

「そうであれば君は失業しないものな」

突き放したような言い振りになったことに、一瞬自分でも驚いたし、なにより怖かった

その内心の2割に値する軽蔑を察してくれたようで、しゅんとして

「それならそれで、やるべきこともあるかと」

明日ね、従姉妹が泊まりに来るから一緒に迎えに行こうよにうんとも答えられず、沈黙を首肯とした様だった

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

刻が忘却をくれると、そう言ったのは誰だろう?

少なくとも、強烈なトラウマを抱える機会のなかった、ある意味で幸運な人が言い出したのかもしれない

内面性は外見に出ると、どこかの人が言っていたが、もっともなことだと縦に振りたい気持ちと、横へ振りたい気持ちとが斜めに首を動かした

悪い癖だと自覚はあるが、生活の習慣を根幹から修復するのは大人であるほど苦労するのだ

「裏の倉庫にさ。確かリヤカーがあったと思うんだ」

「自転車も動きそうね!荷物運ばなきゃだからね。ボストンバッグ」

従姉妹を車でバス停まで迎えに行く予定は彼女の父親の急な仕事の都合で潰れてしまい、どうすべきかと考えあぐねていたところに、僕の顔が浮かんだと言った

「昔はここらで畑作やってたからね...!こうやって、自転車の輸送力を強化しようって後ろにこんなのを付けてたんだよ」

「『君は失業しないものな?』」

「ゲッ...あまり迂闊なことを言えないな」

チラチラと整備を見に来ては長話をするまでもなく、小話にはまるというわけでもなく

なにせ畑作などしなくなって10数年以上経っているわけであって、当時から旧型とも言われた機体はスクラップ寸前だった

ものがものの構造のために、修復だけは容易であったので、肝要たるはせめてこの場だけでもというだけであって、最低限の補修を行ったが、あまり長生きできるような状態のものでないことを触っていれば察せた

「最低限の動きはするな。なんとかなってよかった。でなきゃこの暑い中とぼとぼ歩く羽目になってたぜ?」

本日の気温は酷暑日です!熱帯夜です!

うわーん!人が生きるには過酷すぎます!

「こんなこと出来たなんて知らなかった」

「僕でも驚いてるよ。身の丈を超えなかったんだな」

「待たせちゃ悪いし、重いだろうし、早めに行こうか。帰ったら離れに来なよ。アイスくらい食べよう」

「いいの?アイスなんて...」

「アレルギーあったの?無理は言わないけど...ダメかな?」

生理は拒まなかったが、情としてはいけないことをしているように思えた

尚更、父親に悪いことをしてしまうようで、心苦しくもあった

それはまるで、杞憂であれと思うほど、空が落ちてくるのだったと思えた

もっともそれは空とは限らないのだった...

「かき氷、もらおうかな。粉末ジュース持ってるから、氷だけ削って貰えればいい」

「ああ!お母さんに渡しておけばいいのね?」

そういうことには鈍いようだった

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

リヤカーと2人が田舎道を滑るように走っている

「案外心地の良いものだな!」

「ハァ、ハァ、そうでしょ!?」

1人はリヤカーの前方自転車を漕ぎ、もう1人は並走して走っていた

なんだかんだでギリギリの時刻になってしまったのである

「こうしていると君が運動部に入ろうなんて考えた訳が理解できるよ!」

「そうでしょ!」

トラックのエンジンの冷却には自身で走行した時に生み出した空気抵抗を冷却風にしてしまう機種があるという

さながら真夏の運動会はそれらを人間でやるようだった

「足を止めたら暑いぞ!」

「やってる!」

2人は必死だった

必死でも、気持ちはよかった

スルスルと正面の視界にバス停が見えてきた

この時間なら一つ前のバス停を発った頃だろう

バス停には自販機が置いてあったから、そこでコーラでも買おうと密かに考えていた

「待たせるか?」

「かも...」

バス停に着いた頃には、うっすらと汗をかいた女性がいた

おそらく同年代、いや同い年なのか?

「久しぶり〜!」

と言って走ったまま抱きついた

手持ち無沙汰であると、なんとなく気まずげだった

「何年振り?去年は大会で忙しくって、その前は受験で...えっ!三年振り!?」

二人してキャーっとしていた

公然とそのようにしているのは見ていてあまり気分の良いものではなかったが、そうこういったってしょうがなかった

もしかすると潔癖症なのかもしれない

「それでこっちの木偶の坊は...一体なんなんだい?」

何かに気づいたような、それでいて憐れむような。見透かされたような気味の悪い視線が、全身を舐め切った時、ゾッとする悪寒が走った

真夏には相応しくないような、一気に空気が冷え込んで、また夏の暑さが蘇った

この間柄には血縁があるというのは生理的な納得があった

「失礼をいう。近所の者だ。盆の帰省で帰っている身分だ」

「歩きながら行こうか。涼しい部屋へ行こう。遼太郎もいいよね?かき氷食べよう!」

もし、彼女がここにいなければ。など考えたくなかった

それはきっと依存だ。と嘆きたくもなる。

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

怪物とはなんだったんだろう

恐れていたものとはなんだったんだろう

怖かったものはなんだったんだろう

 

「はっきりしない態度なんだね。あなたって。怒っていないだろうね?突きつけたことには謝罪したい。無礼だったよ」

無言で歩く帰り道は延々と続く終わりのない泥沼のようだった

地平線の先まで続くような沼や田をイメージしてほしい

そこからずっとずっと先を指差して「そこにゴールがある!ゴールポストは建てていないが、通れば判定は発生する!では始めだッ!さあ走れ!」と言われたようなものだった

それだけ人の心に絡みつくような、飲み込むような懐と魅力を従姉妹は持っていたし、それは邪悪でもあった

「そこにいなければ、いや、知らなければよかったことなんていくらでもある。僕は自分をまさしくそうであると認識しているし、センチであることもわかっている。いささかの過多が過ぎることも理解しているつもりだが...」

「はは〜ん...さては、わかるんだな?」

こっそり耳打ちする

「ミホってばさ、数年見ないうちに艶かしさをヤワな肉体で覆ったような女になったように思わないか?」

「そんなこと知らないよ。言い始めたのは自分だろうに」

引くリヤカーは家までまだまだだったが、こんなもの放り出して早く逃げ出したかった

「そう言えば貴女は、名前...」

「ノア。村瀬ノア」

姓が違ったらから、どうやら母方の従姉妹らしいと思った

父方の従兄弟などは自身の経験からしても会ったことなど3回あるかどうかだ

「母方が同じか?」

「ン、まあそうなる。察しのいい奴だな、アンタ」

「会ってそう間もない頃にそう言われると、こちらとしても多少の腹が立つがな?」

「遼太郎だろう。リョウだ。いいだろう?」

一つの確証というか、なにかを思いついたそんな顔をする

やはり、見れば見るほど気持ちの悪い納得がズルズルと脳に入り込んで汚染していくのだ

思うになにか、押し切りたい時は多少強引であってもよかったのだろう

「リョウ?」

と聞き返すと、続けて、

「遼太郎って名前な、ヤワだろう?かと言って、リョーちゃんなんてのも幼稚だ」

「ははあ」

「そこでリョウだ。ミホなら意味、わかるでしょ?」

「わかるよ。ノアの思うこと。わかるもん」

嫌な血筋だろう。そう思った

遼太郎はそれを精一杯の当てつけだと思ってすませる努力をした

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

久しく会っていなかった叔母と再会したノアの顔に笑顔が満ち足りた

中から湧き出したのか、それとも、叔母が補充したか、そのどちらであろうと、遼太郎にとってひどく不気味に思えた

「遼太郎くんね?娘がお世話になってます」

「イエ、ぼくこそお世話になってますよ。ぼくなんてほんと、面倒を見れるような人間ができていませんから」

「いやいや。このじゃじゃ馬がしばらく大人しいのは大したものです。非凡な才がお有りですよ。お上がり。暑かったでしょう」

肝心なところで子供というのも、要するに親なのである

こちらとしても遠慮でしばらく見ていなかった離れを訪れることができたのは、いい機会だった

「かき氷、食べるよね?」

「じゃあ...」

「ねーちゃんがカレシ連れてきた!?」

小学校二年生ぐらいだろう少年が指差して警戒している

「アッハ!?カレシだって!リョウ、そう見えるらしいよ?」

「そうか?介護されてるようにしか、見えないと思っていたが、違うんだな」

現実も世間も、そうは思わないし、事由も呑んではくれない...ということだ

姉と母にシメられる少年に可哀想とは思えないのも、そういうことなんだと、思わなければ、きっといつか、先に壊れてしまうのだろう。と、感じた

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

座椅子に並んで五人でかき氷を食べた

席は玄関から遠い席で、左右を女子、正面に母、姉と母の合間にちょこんと少年がと並んだ

左右前後を抑えられた。と考えてしまうのが今の遼太郎でもある

「シロップ、メロン?」

「そうだよ?欲しいの?」

「いや、そうは言わないが、気になって」

そういうアンタは粉末ジュース。という言葉は敢えて聞かないふりをしてみせた

「美味しいね。涼むなあ...」

「生き返るね。本当に...」

「そうだな。本当にそう思うよ」

「遼太郎は本心からそうを言わないとき、目線を外すよね?」

「おっしゃる意味がわからんが...」

「私になら、別に構やしないけど、案外、わかるものなんだよ?」

「...?」

「ほら、また。だ」

「ねーちゃん、この人気づいてないっぽいよ?」

「あんたは黙ってるの。本当に気が付かないんだ?」

教師に当てられ、間違った答えを言って恥をかくという、その何倍も恐ろしいような気分があった。

それが意味するところ、真実恐ろしいということには、やはり教師側にはわからない

「ああ...?是非、教えてほしいものだが」

「自分のことになると人間ってバカになるんだよな。今のリョウを見てると本当にそう思うよ」

「だからっ!僕がなにか気に障ることをしたなら、謝りたい...」

「気に障るんじゃないよ。不思議な人だよねって、そうやって話をしているの」

「不思議って...そうか。僕はやっぱり...」

 

みんなで笑った




白状というものをしてしまえば、どうしても書きたい部分があって、そのために肉付けした、いわば付け焼き刃のようなものでもあります
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