理子ちゃん(ストロベリー風味)   作:呪術使えない

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理子ちゃん(術式ガチ勢)

 

「まずは、これからのことを明確化しよう」

 

 転がるのは死体の山だ。

 盤星教の人間は、すでに逃亡していた上層部も含めて、探し出し、皆殺しにした。条件が曖昧な以上、こうする他なかった。これで、傑には縛りのペナルティが発動しないはずだ。

 

「あぁ、そうだな」

 

 呪術高専に戻ることは、まずできない。

 

「理子ちゃんは言っていたんだ。死んでしまう直前に、呪霊に苦しむ人間が現れないようにと……あと、そうだね、悟にもお礼を言っていたよ」

 

「そうか、そうなんだな」

 

 そんなふうに言う天内なら、簡単に想像がついた。

 

 呪霊化した天内はしゃべらない。視線もぼんやりとしていて、意識があるかも怪しい状況だった。

 

「ありがとう、悟。そして、すまない……私のせいでこんなことに」

 

「俺の判断だよ。傑は悪くない」

 

 自分の命が危うかろうと、盤星教の人間を殺す選択肢は取らなかった。傑は、善悪の基準を違えないそういう人間だった。

 

「高専に戻れば、情状酌量もあるかもしれない。戻るかい?」

 

「いや、上は信用できない。最悪死刑だろ」

 

「そうだね。そうなるか。それじゃあ、そうだね……理子ちゃんの願いを叶えないとだ。そのために、私は動くよ? 悟はどうする?」

 

 天内も、傑も、自分の身を顧みずに他人を守ろうとする人間だった。だからだろう。傑は、天内にだいぶ入れ込んでいるように見える。

 

「俺も付き合うよ。天内が死んだのは俺のミスでもある」

 

 あれは一つ違えば勝っていたのはこちらだった。天内があの男に殺された責任は自分にある。

 あの不意打ちを防げたのにも関わらず、術式の防御に頼り、術式を解除する鉾を受けて、負けてしまったのだ。

 

「じゃあ、決まりだね。まず、新しく宗教を作ろう。立ち上げるか、今あるものを乗っ取るか……とにかく、都合のいい神を作って、畏れさせる」

 

「それは、天内が言ってたやつか」

 

「そうさ。そうして、都合のいい神を信じる人間から溢れ出す呪力は、天元様の結界のように結界術でコントロールし、呪霊の出現位置を誘導するってところかな。結界術に関しては、これからの試行錯誤になるけど」

 

「ま、なんとかなるでしょ」

 

 結界術に関しては、傑も俺も帳を下ろせる程度には使えている。そこからまた、工夫をしていかなければならないが、そこは実際にやってみる他ない。

 

「呪術規定はあまり考えずに、最短でいこうか」

 

 ふと、傑はポケットからなにかを取り出す。

 

「それって、ポケモンか? 天内の」

 

 カセットだった。傑はDSに入れて起動する。そのDSは傑の操る呪霊が持ってきたものだから、盤星教の誰かのものだったのだろう。

 

「あぁ、もらったんだ。よかった。壊れてないみたいだね」

 

「そっか」

 

 傑は血だらけだった。戦いの衝撃もあっただろう。よく壊れていなかったと言える。

 

 起動して、傑はなれない手つきで手持ちのポケモンを開く。

 

「理子ちゃんに言われたんだ。このポケモンたちを、理子ちゃんの代わりに新しい冒険に連れていくようにって」

 

 先頭にいるのは、みずタイプの最初のポケモンの進化系だった。手持ちのポケモン全てが、レベル五十で並べられていた。

 なにかこだわりがあったのかわからない。

 

「じゃあ、ダイヤモンド・パールやらなきゃか……」

 

「悟も手伝ってくれるかい?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「うわ、犯罪者コンビじゃん。何か用?」

 

「硝子一人になって、寂しがってないかと思って見に来てやったってわけ?」

 

「うわ……」

 

 悟の言い方に、硝子はドン引きしていた。

 

「ま、高専の現状を聞きにきたわけだね。私たちが抜けて、いろいろ大変じゃないかい?」

 

「まぁ、少しは」

 

「すまないね」

 

 術師は万年人手不足だ。そこに、学生とはいえ私たちレベルの術師が二人抜けてしまって、多くの人間に皺寄せが行ってしまっているのは申し訳ない。

 高専にいるときと比べるとだ。やはり、自力で調べて呪霊を探すのとでは、質が違う。これは、情報源を地道に増やし、根気よくやっていく他ないことか。

 

「一応聞くけど、冤罪だったりする?」

 

「ないね」

 

 悟が答える。

 硝子の表情を見れば、わずかながらに動揺していた。

 

「重ねて聞くけど、なんで?」

 

「…………」

 

 理子ちゃんが、すっと硝子の前に出る。

 

「……っ!?」

 

 その存在感に、気圧され、硝子は数歩あとずさるが、その後に状況を理解して、諦めたように肩をすくめた。

 

 悟は理子ちゃんの頭に手を置く。

 

「こいつは天内理子だよ。星漿体の。呪霊化して傑が取り込んだが、そんときに縛りで降伏を省いたってこと。で、あれがその結果」

 

「ふーん」

 

「理子ちゃんを殺したやつだけ仕留めたらいいと思ったんだけどね。そうもいかなかった。復讐で、縛りをしてしまったからね……縛りの内容を具体化していなかった私のミスだ。みんなには、すまないことをしたと思っている」

 

 手を汚させてしまった悟や、その結果皺寄せの行った高専のみんな、さらにはそんなことを望んではいなかっただろう理子ちゃんに、本当に申し訳なく思っている。

 

「一応だけど、事情は理解した。この子、特級?」

 

「たぶん、そうだね。上に認知されれば、そう認定されるだろう」

 

 理子ちゃんに近づくと、硝子はしげしげと興味深そうに見つめて、つんつんと触る。

 理子ちゃんが、がおーと両手を広げてポーズをとると、硝子はびくりと反応し、ばっと後ずさった。

 

「それで、これからどうすんの? 処刑対象だけど」

 

「それって、意味あることか?」

 

「意味って……」

 

「誰が俺たちを処刑できるかってこと」

 

 反転術式に覚醒した悟と、理子ちゃんのいる私だ。おそらく、呪術界の人間で、私たちに勝てる人間は誰一人いない。

 

 可能性があるとするなら、唯一の特級術師……だが噂では、真面目に上に従って仕事をするような人間ではなかった。

 

「呪術師全員に勝てるってこと?」

 

「俺たち、最強だぞ? あんなやつらが、束になっても勝てねぇよ」

 

 悟は自信たっぷりに言い切る。

 たとえ相手が特級術師だろうと、今の私たちに一人では敵わないだろう。なにより相手がいくら多かろうと、こちらには理子ちゃんに強化してもらった呪霊操術がある。

 

 硝子は、交互に私と悟を見やる。私や悟に訪れた変化を察したのだろう。

 

「最悪の呪詛師じゃん」

 

「まっ、そうかもね。それでなんだけど、これから呪霊のいない世界を作るんだ。硝子も協力してくれたら嬉しいんだけど? あぁ、まず当面の目標は、非術師を術師にする方法を探るところかな」

 

 それが理子ちゃんの願いだった。私の罪を償う方法は、それを理子ちゃんに見届けてもらうことだった。

 

「ははっ、意味わかんねー」

 

「術師かどうかは、脳の構造で決まるらしいね……硝子は、そういうの詳しかっただろう?」

 

「この状況で、拒否権ってある?」

 

「どうだろうね?」

 

 左右を私と悟に挟まれて、目の前には理子ちゃんがいる。

 硝子がそう言うのも納得できる。彼女はポケットから携帯を取り出す。

 

「もしもし、せんせー? 五条と、夏油、いましたよ? そう、そう、新宿。は? 無理に決まってるじゃん。助けてー」

 

「夜蛾先生かい?」

 

「そ、大変らしいよ?」

 

「そうだね。悪いことをした」

 

 先生に任された任務だ。それを果たせなかった結果がこれだから、先生には迷惑に加えて、心配もかけてしまっているかもしれない。

 

「それで、硝子はどうするんだい?」

 

「ついていくよ? 死にたくないし。ま、脅されて攫われたって言い訳するけど」

 

 名刺を渡す。とある宗教法人を乗っ取り、活動を始める際、まず作ったものだ。住所も書かれている。

 乗っ取りは超常的な力を見せればすぐに済んだ。

 

「そっか。じゃ、そこに集合ってことで。私たちは、夜蛾先生にも会っていくから、先に行っててほしい」

 

「はいはい」

 

 そうして硝子は立ち去っていく。

 

「よかったのか、傑?」

 

「なにがだい?」

 

「硝子のことだ。俺たちの拠点の情報を高専に持ち帰る可能性もあんだろ?」

 

「あぁ、そうだね。どっち道、硝子の立場は悪くならないだろう? そのためにさ」

 

「そうか……そうだな」

 

 私たちに共謀をしていると、疑いをかけられている可能性も、彼女にはある。

 高専に留まることを選ぶとしても、私たちの居場所を彼女がリークするということには、大きな意味がある。

 

 上に私たちの居場所がバレたところで、私たちをどうにもできないというのは、硝子は理解しているだろう。

 だから、これは彼女のために必要な接触だった。

 

 同じ場所で、しばらく待つ。

 急いで駆けつけたのか、息を切らした夜蛾先生がやってくる。

 

「やぁ……先生」

 

「お前たち……!」

 

 怒っている……というより、少し悲しそうな表情を先生はしていた。

 

「お久しぶりですね。先生」

 

「硝子から、だいたいの事情は聞いた……」

 

 いつものような調子ではなく、今日はだいぶしおらしい。先生には似合わない。

 

「どうするつもりですか? 先生」

 

「任務を与えたのは俺だ。今回の責任は俺が取る。お前たちは高専に戻ってこい」

 

「大丈夫ですよ、先生。私の罪は私が背負います」

 

 隣にいる理子ちゃんを抱き寄せる。その振る舞いに、夜蛾先生は察したように目を伏せた。

 

「ずいぶんと呪霊に入れ込んでいるようだな、傑」

 

「えぇ、理子ちゃんは言っていたんです。呪霊に苦しむ人間が現れないよう、そして理子ちゃんのような生贄がもう必要とされないようにと……。だから、私はそれを果たさなければならない」

 

 ――呪霊に苦しむ人間が現れないよう、そして妾のような贄が必要とされないよう、頑張っていくのじゃぞ?

 

 目を閉じれば、笑ってそう言う理子ちゃんを思い出せる。そして、無慈悲に銃弾で撃ち抜かれる後ろ姿もだった。

 

 自らを犠牲にすることで、皆を守ろうとした少女が、その覚悟を足蹴にされ、無意味に死んでいく。

 そんな世界だからこそ、変えなければならない。彼女の願いが叶うようなそんな世界にしなければならない。生き方は決めた。

 

「悟は……それでいいのか?」

 

「まあね。天内が犠牲になるのは、もともと胸くそ悪かったし……その前に殺されたのはもっとクソだろ? 呪術界の上層部……御三家に総監部は腐った奴らばっかりだし」

 

 星漿体で存在を秘匿されていたはずの理子ちゃんの所在が漏れた時点で怪しかった。

 上に盤星教のように天元様の同化を快く思わない人間がいるのか、足の引っ張り合いだったのかはわからないが、上層部は信用ならない連中の集まりだった。

 

「説得は無駄なのだな……」

 

 覚悟を決めたように先生は構える。

 

「やめておきましょうよ、先生。ちょうど、総監部に用があったんです。連れて行ってくれませんか?」

 

「……っ!?」

 

「総監部に、俺たち連れて行くって、事前に連絡してくれても構いませんよ? そっちの方が勝率あるでしょ?」

 

「本気……なんだな……?」

 

「まあね?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 道を阻んだ呪術師たちを蹴散らし、総監部へと乗り込んだ。

 

「もぬけの殻かとも思ったけど、意外と根性あんじゃん」

 

 結局のところ、総力戦で正面から戦い、私たちは勝った。そうして、総監部にたどり着いたわけだ。

 

「星漿体、天内理子が呪霊……それも特級呪霊になったということか……。く……っ、夏油傑……術式はなんだ!」

 

「術式? あぁ、私の術式なら、倒した呪霊を取り込んで操る呪霊操術だけど……」

 

 言われた通りに、術式を開示してみせる。

 

「傑。あんまり老先短いおじいちゃんたちをからかってあげない方がいいんじゃないかい?」

 

「ぐ……っ」

 

 もう戦いが終わったから、サングラスを悟はかける。総監部のご老人たちはそれほど強くない。もう、詰みだ。

 

「そうだね。ハハっ、理子ちゃんの術式を開示しよう。理子ちゃんの術式は再生呪術だよ。理子ちゃんの術式の影響下にあるものは、どんなダメージを受けようと再生する。どんなダメージでもだ」

 

「は……?」

 

 呪霊を出す。ただの四級呪霊だ。この階級の呪霊では、基本的に呪力で再生もしない。

 

「悟、やってみてくれないかい?」

 

「あぁ、いいけど?」

 

 反転の『赫』で四級呪霊の頭を撃ち抜く。急所を撃ち抜かれ、本来ならこれで消失してしまうはずだが、四級呪霊は再生を始めている。

 

「こんなふうに、理子ちゃんの術式の下にある呪霊たちは死なないわけだね。理子ちゃんの術式の影響を受けるのは私もだから、たぶん私も死なないんじゃないかい? やってみたことはないけど」

 

「な……っ!?」

 

「私の呪霊操術を究極の域にまで引き上げる……まさに理子ちゃんは呪霊の女王とは思わないかい?」

 

「だが、わかった……! 夏油傑……! 術者のお前ではなく、その呪霊から祓えば……」

 

「うーん……それなんだけど。私の呪霊操術は、なにも呪霊の全身を顕現させる使い方だけじゃないわけだ。こんなふうに、理子ちゃんに手だけを出してもらって、再生をかけてもらうこともできる」

 

 ――手だけなら、理子ちゃんは呪力ですぐに回復できるしね。

 

 いつもこれでは、便利に使うようで可哀想だから、理子ちゃんには、基本的に隣にいてはもらっている。相手によってはそういう使い方もできるというだけだ。

 

 それにしても、取り込んで最初に私を回復してくれたそのとき、それは反転術式によるものだと思ったが、そうではなかった。よくよく考えてみれば当たり前だが、呪霊が反転した呪力を使ってしまったら、負の呪力の塊である呪霊は反転した正の呪力と相殺され、自傷という結果になる。

 私を治癒してくれたのは、理子ちゃんの生得術式によるものだった。

 

「そして、これが領域展開――」

 

 理子ちゃんに、手印を結ばせる。理子ちゃんほどに強力な呪霊ならば、できない方がおかしい技だ。今回は私の呪霊操術によるサポートも加わっている。

 

「――『久遠色界』」

 

 理子ちゃんは呟く。

 現れるのは生得領域の具現。理子ちゃんの心の世界……暗く澱み、ときおり泡の立ち上る深海のような景色が広がっていく。

 寂しい……と、どうしても感じてしまう。これが理子ちゃんの心の世界だったのだろう。

 

 そうやって、できあがったのは必中必殺の空間だ。

 

「領域にいる対象の細胞一つ一つに再生の術式をかける領域だね。細胞は暴走状態に陥り、臓器や肉体として機能が立ち行かなくなり崩壊してしまう。……要するに全身が癌細胞になってしまうものかな」

 

「な……」

 

 すでに命は掌の上。理子ちゃん次第だ。領域への対抗手段も間に合った様子はない。

 理子ちゃんの顔を窺えば、少し機嫌が悪いようだ。ぷいと、私から顔を背ける。理子ちゃんに負担をかけすぎてしまったのだろう。

 

「傑、意味ない殺しはしないじゃなかったのか?」

 

「あぁ、殺しはしないさ。実力差を見せつけて、心を折ろうって腹づもりなんだけど……腰抜かして倒れちゃってるね、みんな」

 

「そんなもんだろ」

 

 威厳もなにもあったものじゃない。

 それでも、命乞いがないだけマシだろう。

 

「総監部のお歴々方。私たちに手出しはしないでもらいたい。なぁに、私たちも呪術界の未来を思っているからね。これからは仲良くやっていこうってことさ」

 

「仲良く……? こんなふうに脅しておいてか?」

 

「うん、私たちがいつでもここを潰せるってことは、(ここ)に入れておいてね」

 

 近づいて、人差し指でご老体の額を小突いた。

 

「ぐ……」

 

 ふと、理子ちゃんはあくびをしていた。

 

「じゃ、悟……これから理子ちゃんの術式が焼き切れるから、あとは任せたよ?」

 

 領域展開を解いてもらう。

 理子ちゃんは、服の裾を引っ張ってくる。休みたいのだろう。呪霊操術で理子ちゃんをしまっておく。

 

「天内の術式が焼き切れただけだろ? 別に傑の術式が焼き切れたわけじゃない。ぜんぜん戦えるでしょ」

 

「まぁね?」

 

 理子ちゃんがいるときに比べたら大きく劣るが、それでも一級術師程度に遅れを取るつもりはない。

 

 悠々と、私たちは帰って行く。

 

 

 

 ***

 

 

 

「特級呪詛師認定だって……」

 

「あちゃー、そうなったか……」

 

 畳の上でくつろぐ硝子の隣に座る。

 硝子は、私たちのところに入り浸っては高専に戻ってと、そんな立ち位置にいた。高専からのスパイか、はたまたパイプ役か。まぁ、少なくともすぐに敵対するようなことはないだろう。

 

 今回の特級認定は、呪術師基準の特級認定だろう。要するに、特級以外の呪術師は、出会い次第逃げろと公表したようなものか。

 

「ずいぶん派手にやったみたいだけど」

 

「私も悟も、新しい力で存分に暴れてみたかっただけだからね」

 

 無理に付き合わせてしまった理子ちゃんは、少しの間、拗ねてしまっていた。反省だ。これで死人が出ていたら、完全にそっぽを向かれていただろう。

 

「なにそれ、最低じゃん」

 

「ただ、目的はそれだけじゃないさ。ほら」

 

 硝子には、紙の束をみせる。混乱に乗じて、私が呪霊に盗ませてきたものだ。

 

「これって、任務?」

 

「そうだね……ぇ。発生している呪霊の情報を得るのも、私たちだけでは一苦労だったわけだから、こうして奪ってきたわけかな。悟には、もう緊急性が高いものには行ってもらっている」

 

 一応、呪霊を倒したのちに、今後のための人脈づくりも任せてあるが、悟はうまくやっているだろうか。

 

「夏油は行かないの?」

 

「私も行くつもりだよ。ただ、ちょっとどうしようかと思ってね……」

 

 隣の部屋を覗く。隣の部屋には黒井さんがいた。隣には理子ちゃんもいる。黒井さんは、呪霊になった理子ちゃんを見せたら、自分からついて来てくれた。

 彼女たちは一緒にDSでマリカーをしていた。

 

「あの子、ゲームもできるの?」

 

「なんというか、自我ははっきりしてないみたいでコースとか、キャラクターは選べない感じだね。ただ、レースが始まると反射的に操作を始めるみたいだ」

 

「へぇ……」

 

 理子ちゃんは、簡単な意思表示はしてくれるけど、しゃべってはくれないし、はっきりと自我があるのかもわからない。

 とても曖昧な状態だった。

 

「だから黒井さんは、どうにかして理子ちゃんの自我をはっきりさせることができないかって、ゲームをしてリハビリみたいなことをしようとしているみたいなんだ」

 

「涙ぐましいことだね……」

 

 正直、意味があることかはわからない。

 けれど、あの明るく元気だった理子ちゃんが戻ってくる可能性を捨てきれない気持ちはよくわかる。

 

 例がないことだから、なんとも言えないが、あぁ、ほとんど効果がないのではないかと思う。

 呪霊になった理子ちゃんは、理子ちゃんであって理子ちゃんでない。

 

 一緒にいた時間が長い分、理子ちゃんの死を受け入れられていないのだろう。なまじ、呪霊なんて状態で存在してしまっているし、黒井さんは死んだ瞬間を見てもいない。

 わかっていても、きっと心が納得できないのだ。

 

「すみません、黒井さん。理子ちゃん、借りていきますね」

 

「夏油様! はい、分かりました。すぐに片付けます」

 

 黒井さんの顔を見れば、目の下が赤い。毎日毎日理子ちゃんと泣きながらゲームをしている。心の傷もなかなか癒えないのだろう。

 

「すみませんね。理子ちゃんがいなくとも、私は戦えはするんですけど、なにぶん特級案件なもので……万全を期っしたい」

 

 特級と戦うのなら、いくらか元ある手持ちの呪霊が倒されてしまうことも考えなければならないが、理子ちゃんがいれば、私の手持ちの呪霊を消耗しなくてすむわけだ。

 

 理子ちゃんのおかげで、セコセコ低級の呪いを集める必要が、ほとんどなくなり、私としてはとても助かっていた。

 

「はい……では、ご武運を」

 

「がんばれー」

 

 二人からエールをもらい、私と理子ちゃんは、呪霊を祓いに向かう。弱きを助け、強きを挫く。高専時代とやることは変わらない。

 

 すぐに終わらせて、理子ちゃんを黒井さんにまた任せよう。

 呪霊を祓って、お土産を買って帰る。そこらへんも高専時代と変わりはしない。これが新しい日常だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 高専から離れて、もう一年ほど時間が経つ。

 

「傑、本当にその格好で行くのか?」

 

「あぁ、こういうのはハッタリも大事だからね。悟も着るかい?」

 

「俺は遠慮しとくさ。暑くねぇのかよ」

 

 今の私は五条袈裟を身に纏っている。非術師からすれば、いかにも、幽霊を祓えそうな格好だ。

 カジュアルな服装で、呪霊を祓いにいくよりも、こういう格好の方が信用をしてもらいやすかった。

 

 ある程度、コネもできて、今は呪霊の情報も、それなりに入ってくる。高専の術師とバッティングする機会もあるが、その時は簡単に気付かれないようにサポートをしていた。

 後輩二人が、階級に合わない一級呪霊と戦っている姿を見たときは、正直肝が冷えたというものだ。

 

 呪霊の情報に関して言えば、ときおり高専からも情報が流れてくるが、そういう情報は基本的には高専側ではどうしようもできない特級相当の案件だ。

 ま、それでこちらが死ぬのなら上々、呪霊が祓われるならそれもまたよしということだろう。関係としては、そこまで悪いものでもない。

 

 今回は、寒村の神隠しやら変死やらの調査だ。この際だから、その村全員に例の神を信じさせて畏れさせようと、そういう計画だった。

 

「さて、行こうか……」

 

「やぁ、君たちが例の特級呪詛師だね。どんな女がタイプかい?」

 

「……っ!?」

 

 振る舞い、立ち上る呪力から、彼女は並の人間ではない。

 

「いやぁ、そこまで警戒しないでほしいな」

 

「どちら様で?」

 

「特級呪術師、九十九由基……って言えばわかるかな」

 

「特級……!」

 

 悟に目で合図を送る。

 最低でも、私たちと同等と考え、構える。伏黒甚爾の例がある。油断はしない。

 

 あれから、悟は無下限の防御をオートで発動できるようになり、自身の研鑽に余念がなかった。

 私も呪霊を多く取り込み、呪霊操術の極ノ番や、理子ちゃんの術式の応用もいくらか開発を続けていた。

 

「面白いことをやってると思ってね。超常の力を与える神、ね」

 

 黒井さんに作ってもらった宗教法人のパンフレットを眺めながら、九十九由基がそういう。

 

「なにか問題でも……」

 

「いや、要するにこの神の特性に近い生得術式を持った仮想怨霊が生まれることを祈って、そうしたら君の呪霊操術で操ろうって魂胆だろう? 術師の軍でも作るつもりかな」

 

「そうだとしたら……」

 

「いや、私の話を聞いてもらいたくてね。私は、呪霊の生まれない世界を目指してるんだ」

 

「……そうですか」

 

 そこからの九十九由基の話は、理子ちゃんに聞いたことと同じ話だった。

 そうして、九十九由基が、すべての人間を術師とすることにより、呪霊のいない世の中を目指しているという話だった。

 

「どうだい? 私に協力してもらえないかい?」

 

「理子ちゃん……」

 

 呪霊操術によって、隣には理子ちゃんが現れる。

 

「なるほど、それが例の星漿体の子の特級呪霊か」

 

「…………」

 

「まぁ、星漿体の件は気に病まない方がいい。あの時、すでにもう一人星漿体がいたか、新しく生まれたかで、天元は安定しているよ」

 

「そうですか……」

 

 なんとなく、想像のついていたことだ。

 同化に失敗したはずだが、呪術界は今までと変わっていない。なら、そういうことなのだろう。

 

「ふざけんじゃねぇよ」

 

「悟……!?」

 

 九十九由基へと、後ろで私たちのやりとりを見ていた悟は掴みかかっていた。

 

「天内はな……友達も作らずに、同化のために未練を残さないようにって……それなのに、殺されたんだ。だったら、天内は好きなように生きてよかったし、死ぬ必要もなかっただろ? どうして……」

 

「…………」

 

 理子ちゃんは、悟の服の裾を引っ張る。

 

「天内……」

 

 それに気がついた悟は、九十九由基に掴みかかった手を引いた。

 

「すまない。デリカシーに欠けることを言ってしまったね。謝らせてほしい」

 

 なんとなく、九十九由基という人物が、どういう人物なのか、今のやりとりで理解できる。

 

「いえ……。悟、なにも掴みかかることはなかったんじゃないかい?」

 

「傑は、天内のことをあんなふうに言われて良かったのかよ?」

 

「よくはないけど、彼女に言っても仕方ないことさ」

 

 全ては世の中の仕組みだ。

 呪霊のいない世界こそが、理子ちゃんの望みで、私の叶えるべき理想だ。

 

「それにしても、天内理子ちゃんかな。さっきから、私にぜんぜん目を合わせてくれないね。ま、嫌われるのも当然かもしれないけど」

 

 理子ちゃんと目を合わせようと、九十九由基は回り込んだり、そんなふうにしていたが、理子ちゃんはふいと顔を背けていた。

 

「嫌われるのが当然……というのは?」

 

「あぁ、私は元・星漿体なんだ。この子にしてみれば、私は役目を放棄して、好き勝手やってるズルい人間というわけさ」

 

「そういうことですか」

 

 元・星漿体ならば、理子ちゃんと同じように、呪霊の生まれない世界にしたいという発想に思い至るのも理解できた。

 この人も、この人なりの考えで動いているのだろう。

 

「それで、どうだい? 私に協力してくれる気にはなったかい?」

 

「いえ、そもそも理子ちゃんから、呪霊の生まれる仕組みについて聞いていました。この仮想怨霊に指向性を持たせ、呪霊操術で操る方法も理子ちゃんが考えたものです。呪霊が生まれない世界は最期に理子ちゃんが望んだことですから……」

 

「呪いだね……」

 

 九十九由基は、呟いた。

 

「……っ」

 

 その意味は理解できたが、深く考える必要のないことだ。

 

「それじゃ、仲良くやっていけそうだ。また来るよ。私はこれから用事があるから、じゃあね」

 

 そうして、九十九由基はバイクで走り去っていく。

 

「それじゃ、今度こそ、私たちも行こうか」

 

 

 

 ***

 

 

 

 そこで見た光景は、醜悪なものだった。

 女の子が二人、木製の牢の中に閉じ込められている。女の子二人の顔は、殴られたのだろう、ひどく腫れ上がっていた。服に隠れて見えないが、全身も酷いはずだ。怯えて、二人で抱き合っている。

 

「これはなんですか?」

 

 理解しがたい。

 村の人間たちは、ごちゃごちゃとなにかを言っていたか、それは聞くに値するものではなかった。

 

 すでに祓った呪霊ではなく、特別な力を持つこの子たちが原因と思われたということか。

 村の人間は、この子たちを化け物と呼び罵っていた。

 

 理子ちゃんは、檻をすり抜けると、女の子二人を抱きしめる。

 

「大丈夫……」

 

 そうして、理子ちゃんは言葉を発した。それは、理子ちゃんが呪霊となって初めての言葉だった。

 

 同時に、優しい光が彼女たちを包んでいく。傷が癒えていく。

 

「ひ……っ、ば、化け物……!?」

 

「やはり殺しておくべきだった……!」

 

 急速に傷が癒えていく光景を見て、村の人間は酷く怯えていた。

 

「なぁ、傑……こいつら、殺すか?」

 

「悟、短絡的すぎだ。すぐにそういう選択肢を選ぼうとするのはよくない」

 

 村人たちを外へと誘導する。

 村人を全てまとめて、呪霊操術により、呪霊たちを呼び出した。

 

「傑、どうするつもり?」

 

「ま、ある程度の罰は必要だろう? 死なない程度にだね」

 

 その後、村人たちは放置する。後で高専の人間たちが気がついて、保護でもなんでもするだろう。

 

 例の檻にまた戻る。

 

「…………」

 

 理子ちゃんは、優しく二人を撫でていた。二人は安心してか、理子ちゃんに寄り添って眠っている。

 

「さて、この二人は連れていこうか。ここにおいておくわけにはいかないだろう」

 

「そうだな」

 

 呪霊に乗せて、二人のことを運んでいく。

 理子ちゃんは、また、愛しむように二人に寄り添っていた。

 

「理子ちゃん……」

 

「……?」

 

「いや、なんでもない」

 

 理子ちゃんは、二人に喋りかけたから、自我が戻ったのではないかと期待したが、そうではないようだった。

 

 だけど、そう、黒井さんには良い報告になるかもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「総監部の掌握はじきにすむ。天元が同化を果たせなかったというのは僥倖だね……」

 

 呪力のない男によって、星漿体が殺されたことにより、呪力により結ばれた因果は完全に破壊された。

 天内理子ほどの才能を持った星漿体は新しく生まれることはなく、天元は進化し、新たなステージへと進んでいる。

 

「さて……あとは呪霊操術だけど……これもハズレか」

 

 額に縫い目のある女はそう呟く。

 

 術師と非術師の違いは、脳の構造にある。非術師でも、生得術式を持って生まれる人間もいる。呪力は使えないから、その術式は宝の持ち腐れとなるわけだが。

 

 そして、呪霊操術は珍しい術式ではなかった。

 一つの時代に一人はいるような、そんな術式だ。

 つまり、そう、呪力の扱えない非術師を探せば、夏油傑以外にも、呪霊操術の術式を持つものを見つけることは可能だろう。なにせ、日本人は一億人もいる。

 

「六眼の封印は、家入硝子か、最低でも夜蛾正道あたりを使えば……かな」

 

 なるべく近しい人間であればいい。そういう意味でも、夏油傑が適任だったが、呪霊の女王とも言うべき特級呪霊を従えた以上、一筋縄ではいかないだろう。

 

「夏油傑と天内理子には、宿儺をぶつけるしかないかな。女王には王というわけだ。楽しみだね」

 

 なんにせよ、気長にやっていくだけだ。

 そうして、千年、この世に刻まれた呪いは蠢く。






登場人物紹介

理子ちゃん(術式ガチ勢)
領域展開使った。疲れた。ボックスの中では呼び出されない呪霊をからかって遊んでいる。すごく強い。伝説のポケモンだぞー! 呪霊の女王だぞー!

夏油傑
原作と同じく五条袈裟を着ることになった。宗教法人をなんとなく乗っ取った。気長に呪霊の生まれない世界を目指すことになった。死んでいった盤星教のみんなにはすまないと思ってない。

五条悟
夏油が一緒にいるため、少し原作よりしっかりしてない。力で全て解決しようくらいの勢い。総監部をぶちのめせてスッキリしてる。

家入硝子
バカ二人がバカなことやって迷惑している。バカ二人との連絡役を任されて頭が痛い。面倒なことしやがって。

夜蛾正道
受け持ちの生徒二人が呪詛師認定されてメンタルがやばかった。さらには首謀者の疑いもかけられたが、他の術師と一緒にボコられたから疑惑のまま保留になった。というか、手を出して虎の尾を踏むのが怖いらしい。

総監部の人たち
ボコボコにされた。特級二人とか聞いてない……。

黒井美里
理子ちゃん(術式ガチ勢)が自我を取り戻してくれないか頑張っている。

九十九由基
理子ちゃん(術式ガチ勢)としては少し苦手意識がある。理由は、夏油闇堕ちの間接的な要因の一つだったから。星漿体うんぬんはあんまり関係ない。

枷場美々子・菜々子
助けてもらった。理子ちゃん(術式ガチ勢)に懐く。黒井ママ。

額に縫い目のある女
諦めない不屈の精神で頑張っている。努力家。

ナナミンが呪術界を去った理由

  • 先輩二人離脱。やっぱ呪術師はクソ
  • もうあの二人だけでいいんじゃないですか?
  • 灰原に励まされて、去ってない
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