理子ちゃん(ストロベリー風味)   作:呪術使えない

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理子ちゃん(踏んだり蹴ったり)

「あの……サインくれませんか!?」

 

「ん? あぁ、構わないけど」

 

 非術師の女の子に声をかけられる。

 最近は、心霊やらなんやらのメディアに出たりもしているから、少し有名だった。

 

 私が表紙を飾る雑誌に、マジックでサインを書く。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それでなんだけど、こんなの、知らない?」

 

 スマホの画像を見せる。それは、封印された特級呪物、両面宿儺の指だった。

 百葉箱にあるという話だったけど、中身は空っぽだった。

 

「えっと、これは……?」

 

「特級呪物。すごく危険なんだ。呪いを引き寄せてくる」

 

「呪いを……?」

 

 訝しげに、女の子はこちらを見つめてくる。

 私のことを知っているくらいだから、オカルトに興味がある子なのだとは思う。けれど、呪いを信じているかどうか、話は別か。

 

「知っているかい?」

 

「いえ、知りません」

 

 そう言って、彼女は去って行った。

 うん、たぶん知っているだろう。彼女からは、宿儺の残穢を感じる。

 

「夏油さん。尾けてきたんですね……」

 

「まあね、恵。可愛い家族に、危険なことはさせられないだろう?」

 

 恵の頬に、口が開く。それは恵の口ではない。

 

「指は俺が貰う。小僧とは、そういう契約だ」

 

 両面宿儺だ。

 恵は、両面宿儺と取引をして、指を集めている。

 

 目的は、私たちを打倒することだろう。

 恵が宿儺の器となっていることも驚きだったが、その上で呪いの王とさえ呼ばれる両面宿儺と取引をしているというのもまた驚きだった。

 

 今の恵に宿る宿儺の指は二本分。一本目の際、すぐさま悟の『無量空処』で魂を沈めたが、いつの間にか恵が手に入れた二本目で、宿儺は意識を取り戻した。

 

 一本ずつ沈めていくのは面倒だと言った悟は、しばらく放置し、宿儺を指を集めるレーダーとして使うことを提案した。

 リスクはあるが、宿儺という呪いを祓える機会だ。私もそれに乗った。

 

 おそらくだが、半分以上になった宿儺を沈めてしまえば、新たに取り込んだ指も覚醒することはなくなるだろう。それまでの様子見でもある。

 

「ま、こうして尾行して、私が指を回収すればね。食べさせるのはあとでまとめてってわけさ。リスクは最小限で済む」

 

 監視していないところで、指を呑み込み、呪いの許容量を超えるというのが、一番の懸念点だった。

 私と悟が見ている中で、恵の中にいる宿儺を沈めた後に、慎重に、『無量空処』をあてながら、反撃の余地を残さず一本ずつ取り込ませていくのが確実だろう。

 

「ふん、つまらんことをするつもりだな。呪術師」

 

「私は呪詛師さ。とびっきりのね」

 

「ちっ……」

 

 両面宿儺としては、それはもうつまらないだろうが、恵のためにも、ここは私が回収したい。

 恵としては、私たちを倒すという目標に、宿儺を利用したいのだろう。いっきに津美紀が強くなったことが、恵を今の状況に走らせた原因だったかもしれない。

 

「それじゃ、私は……」

 

「警備員さん! 怪しい人が!」

 

「すみません、あなた! 入校証は!」

 

「……あっ」

 

 恵は学生服だったから、他人のふりをし、さっさと離れて行ってしまった。

 これは困った。どうしようか。

 

 

 

 ***

 

 

 

「小僧、こっちじゃないか?」

 

 宿儺に言われ、その教室へと向かっていく。

 結局、宿儺の指を探すのに、あれからだいぶかかった。一度、宿儺の指の残穢のこもった箱を持った男子生徒を追いかけて、時間を食ったのがまずかったか。

 

「『玉犬』」

 

 おそらくは、宿儺の指の封印が解かれている。それに釣られて、呪霊たちが集まってきているのだ。

 邪魔をする呪霊たちを祓いながら進んでいく。

 

「ほら、頑張れ、頑張れ。指はすぐそこだぞ?」

 

「チッ……少しは手伝え……」

 

「いやだ」

 

 そして、目の前にいるのは、人間ごと宿儺の指を取り込もうとする呪霊だった。

 おそらくだが、この距離からでは間に合わない。

 

「しかたないか……」

 

 最悪、夏油さんが来ている。今、どこにいるかはわからないが、近くにはいるはずだ。

 指を取り込まれて、呪霊が特級になろうと、被害は最小限だろう。

 

「はぁ、だから小僧はつまらんのだ」

 

 宿儺は何かを言っていた。気に障る。

 けれど、いくら『玉犬』を走らせようと、間に合わないのは事実だ。

 俺の力では、目の前の女子生徒を救うことはできはしない。

 

「は……? 虎杖」

 

 窓を破って現れた男。虎杖悠仁。

 宿儺の指の入っていた箱を持っていた男子生徒だった。

 というか、ここ四階だぞ? 呪力なしに、どんな身体能力してやがる。

 

 虎杖は呪いを殴り、そのままの勢いで、呪霊に取り込まれそうだった人間二人を助け出す。

 

 すぐさま、『玉犬』で呪霊を狩る。

 

「これが、呪いか。なんか、思ってたのと、ちょっと違うな」

 

「くく……っ、小僧。非術師に助けられるとはな」

 

「うわ……っ、なに、その口?」

 

 俺をからかうために喋った両面宿儺に、虎杖は反応する。

 

「見えてんのか、これ。これは見えるもんなのか……いや、状況が状況だからか、呪霊も見えてるよな?」

 

「あぁ、バッチリ!」

 

 虎杖は、親指を立ててそう言った。まぁ、いい。

 

「それ、渡してくれ」

 

「あぁ、この指……探してるんだっけか」

 

 女子生徒のポケットからこぼれ落ちた宿儺の指を、虎杖はこちらへと渡そうとする。

 

「小僧、それを早く渡せ! 食わせろ!」

 

「食ってどうすんだよ? 危険なんだろ?」

 

「より強い呪力をこれに与えるためだ。まぁ、俺にもいろいろ……」

 

「え……?」

 

 話し込んでいたからだ。完全に油断していた。

 天井からの奇襲。狙いは、宿儺の指。

 

「逃げろ! 虎杖!」

 

 とっさに虎杖を庇う。呪霊の攻撃を受ける。

 

「きゅおぉお」

 

「が……っ」

 

 壁を突き破って、外に。

 四階だったが、三階までの棟の屋上に出る。床があるだけマシだろう。

 

 だが、今のダメージで術式が解除されてしまった。玉犬が消えている。

 

「宿儺……っ!」

 

「言ったろ、俺は助けん」

 

「ちっ……」

 

 おそらくは呪霊は二級。

 万全なら、絶対に負けるはずがない。

 

 術式を使え。痛みを堪えろ。俺にならできる。

 

「伏黒!!」

 

「来るな、虎杖!!」

 

 虎杖は動けない俺を助けようと、こちらへとやってきた。

 

「でも、伏黒、お前が!」

 

「きゅおぉお」

 

「呪力のないお前じゃ、呪霊は祓えねぇ! 逃げろって言ってるんだよ!!」

 

「そういうわけにも、いかないだろ!」

 

 虎杖は俺の言葉を聞かずに、呪霊へと殴りかかる。

 だめだ。呪力のないただの拳では、呪霊へのダメージにはなりはしない。

 

 呪霊に捕まれ、そのまま呪霊の口の中に放り込まれそうなところを、踏ん張って虎杖は耐えている。

 

「くそ……っ!」

 

 動けよ、俺の体。呪力だ。術式を回せ。虎杖を助けろよ……。

 

 

「あるじゃねぇか、全員助かる方法」

 

 

 呪霊に奪われかけた宿儺の指を、虎杖は口に咥えてそう言った。

 

「ケヒ……っ。愚か者が」

 

 宿儺が笑う。

 虎杖が、何をしようとしているのか、わかってしまう。

 

「やめろ!!」

 

「俺に呪力があればいんだろ!!」

 

 咥えた宿儺の指をそのままに虎杖は飲み込む。止められなかった。

 宿儺の指は呪いの塊。要するに、猛毒。常人が飲むこめばひとたまりもない。

 

「ケヒヒッ。なるほど、こうなるか……」

 

「は……?」

 

 受肉。虎杖悠仁の体を器とし、宿儺がこの世に姿を現す。

 

 宿儺の判断基準は己の快・不快のみ。自身にまとわりつく鬱陶しい呪霊を宿儺は一瞬で切り刻んだ。

 

「さて、どうしようか……」

 

 宿儺は首を傾げて言った。

 

「おい、宿儺! こっちにはいるのか!?」

 

 俺の体の中にいたはずの宿儺に声をかける。

 

「聞こえているぞ、伏黒恵。今は意識はこっちだ」

 

「縛りは、わかるんだよな?」

 

「あぁ。別々に受肉しようと、生得領域は一つか……」

 

 宿儺の記憶が共有されていると見ていいだろう。

 ひとまず落ち着ける。縛りがある以上、いまから、宿儺が無差別に人を襲い出すという事態はまず避けられる。

 

「宿儺……まずその体は虎杖に……」

 

「さて……この体をどう使おうか」

 

 聞いちゃいない。宿儺は思案を始める。

 俺と宿儺との一対一の縛りには、別の器のことなんて、考慮になかった。この受肉が、なにか想像もしないような縛りの抜け穴になる可能性がある。まずい。

 

「他人の体で何してんだよ……」

 

「は……? 乗っ取れん……?」

 

 宿儺が、抑え込まれていく。

 そう考える他ない、虎杖一人の会話だった。

 

「伏黒、今のって、指の……宿儺ってやつなんだよな?」

 

「虎杖……なのか?」

 

「え? そうだけど」

 

 縛りもなしに、宿儺から体を取り返す。宿儺の演技と言われた方が、まだ理解できる現象だった。

 

「宿儺……本当に乗っ取れなかったのか?」

 

「フン……気味の悪い小僧がいるものだ」

 

 そう悪態をつくというのなら、そうなのだろう。

 まるでイレギュラーな存在が、宿儺との駆け引きの中に割って入った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いやぁ、災難だったよ。ちょっと学校の敷地内に入ったからって、すぐに不審者呼ばわりだ。警察にまで連れていかれちゃってねぇ。最終的には、信者のサトウさんのおかげで助かったわけだけど……本当に、大変だったよ」

 

 なんとか穏便に自由になることができた。

 まぁ、すでに指も取り込まれたあとだろうが、一本だけなら大丈夫だろう。

 

「夏油さん……」

 

「えっと、恵。この子は?」

 

「虎杖悠仁」

 

「うっす」

 

 どういう成り行きでこの子と一緒にいるのかわからなかった。戦闘になっていたような痕跡だから、呪霊に襲われていたこの子を助けた感じだろうか。

 

「伏黒、この人、誰?」

 

「悪の親玉」

 

「悪の親玉、夏油傑だよ。よろしく」

 

 ま、呪詛師を取りまとめているわけだから、悪の親玉というのは間違いがないだろう。

 

「夏油傑って、もしかして、あれ! 先輩の持ってた雑誌の表紙の」

 

「先輩っていうのは、倒れてるその子かい?」

 

「ん? あ、そうそう」

 

 昼間、話しかけて、しらばっくれた子だった。

 おおかた、私が言うのだからすごいものだとでも思ったのだろう。その好奇心で痛い目に遭ったというわけだ。

 

「それで、宿儺の指は……」

 

「あっ、俺、それ食っちゃった」

 

「え? 恵じゃなくて?」

 

「あぁ、こいつも宿儺の器……だった」

 

 そんなことがあるのだろうか。宿儺というのは、強力な呪いだ。恵のときでも驚いたというのに、その呪いに耐えうる存在が一つの時代に二人も存在するとは、にわかには信じがたい。

 

「じゃあ、今、二人の体に宿儺が受肉してるってことだけど、宿儺は……」

 

「虎杖の方で表に出たら、俺の方には宿儺の意識はなくなる感じです」

 

「そっか……。ま、今の宿儺は私たちが怖いみたいだからね。表には出てこない。そこまで脅威じゃないだろうね」

 

 恵が宿儺と取引ができたのも、そのおかげだった。

 恵の記憶を読み取って、勝てないと踏んだ宿儺は、より利のある恵との取引に応じたようだった。その内容を聞き出すことができていないからこそ、宿儺を放置しておくのは不安だった。

 

「違う。表に出てこないんじゃない。虎杖のことを、宿儺は乗っ取りきれなかった」

 

「それは……」

 

「……あぁ」

 

 恵のことを今宿儺が乗っ取っていないのは、私たちに沈められることを恐れているからだ。宿儺は今、そうやって無害を装っている。

 だが、そもそも虎杖悠仁のことを宿儺が乗っ取れない。

 

「……器、というより檻……か」

 

 宿儺を滅ぼすというのなら、虎杖悠仁の方が適している。宿儺を沈めるならば、虎杖悠仁に指を食べさせていく方が、圧倒的にリスクが低い。

 

「夏油さん、どうするつもりです? こいつ。宿儺関係で利用するつもりなら、俺は反対ですよ」

 

 恵がそう言うのは、虎杖悠仁のことを心配してだろう。それに加えて、宿儺と結んだ縛りにおいて虎杖悠仁の存在が都合が悪いというのもあるか。

 

「もしかして、虎杖くん。宿儺と代われたりする?」

 

「ん? あぁ、たぶんできるけど……」

 

「じゃ、代わってくれない? それでだいたい……そうだね……一分くらい経ったら戻ってきてくれないかい?」

 

「えー、六十数えるの? まぁ、いいけど」

 

 そうして、虎杖悠仁の雰囲気が変わる。

 

「ふざけた真似をする……」

 

「宿儺、そっちの体で出てくるんだね。それも強制的に」

 

 恵を宿儺が完全に乗っ取った場合の保険として使えるかもしれない。

 恵の方で、それこそ十九本、のように飲み込んだ本数に差が出ればダメかもしれないが、それでも宿儺を弱らせれば、一本の方の虎杖に無理やり宿儺の意識を引き摺り出すことも不可能ではないか……。

 

「腹が立つ。少し付き合え。そのつもりだろう? 呪霊使い」

 

「まあね」

 

 恵のとき、一本の宿儺を抑えたのは悟だった。私は最後の領域展開に少し手を貸しただけ。

 

 ――呪霊操術。

 

 相手は話に聞く史上最強の術師。ご教授願おうか。

 

「……? ……っ!?」

 

 まず召喚したのは理子ちゃんだ。

 今日は簡単に済むと思い連れてこなかったが、宿儺が相手、万が一があるかもしれない。

 

 理子ちゃんは、ゲームのコントローラーを握った姿勢できょろきょろとしている。

 状況を理解したのか、宿儺と向き合った。

 

 そんな理子ちゃんの頭を撫でる。

 

「ごめん、理子ちゃん。それと、人工仮想怨霊……五体」

 

 畏れの感情に指向性を持たせ、結界術により呪力の淀みを発生させ、造り出した人工仮想怨霊たち。

 その中でも、有用な強化の術式を持った準一級程度の呪霊だ。

 

 呪霊のいない世界を作る呪霊の試作であり、それらのおかげで私は強くなった。

 

 呪力の出力を上げる術式、呪力に対する感覚を鋭くする術式、情報の処理能力を上昇させる術式……結果として、呪力出力はもちろん、術式の洗練度、さらには呪力効率さえも底上げされる。

 

「ふん、百体いるうちの五体。二十分の一……こちらに合わせているつもりか? 舐めた真似をする」

 

 恵の記憶が読める宿儺には、こちらの手の内がバレているようだった。

 

「さて、ね?」

 

「ヒヒ……っ!!」

 

「……っ」

 

 まず宿儺が殴りかかったのが、人工仮想怨霊だった。準一級とはいえ、宿儺にかかれば塵芥に等しい呪霊だ。

 

「やはり、消えんか……鬱陶しい」

 

 弱く、厄介なバフ効果を持つ敵から倒していくのがセオリーだが、そのセオリーを果たさせないのが呪霊の女王。

 宿儺に半身を吹き飛ばされた呪霊はすぐさま回復していく。

 

「私を忘れてもらっては困るね」

 

「……ちぃっ」

 

 式神使いは、術師が前に出ず、式神に戦わせるのが常套手段。

 ただ、呪霊たちに強化されているのは理子ちゃんと私だ。これで前に出ない理由はない。

 

 私の拳が、宿儺の鳩尾へと入る。

 

「さすがかな。呪力のガードも完璧だね」

 

「あまり調子に乗るなよ? 呪霊使いが」

 

 宿儺の呪力の高まりを感じる。

 術式か。呪霊操術により、呪霊の腕を顕現させる。

 

 ――『捌』。

 

 呪霊の腕は真っ二つだ。これが宿儺の斬撃の術式か。

 

「聞いての通りか……これなら、悟の無下限呪術の方がまだ怖いね」

 

「あの術式……ふん、二十本揃ったら殺してやる。まずは、あいつから、次はお前だ」

 

 そして、宿儺の呪力の高まりは、最高潮へと達していく。

 あぁ、当然、来るだろう。

 

「理子ちゃん。いこうか」

 

「領域展開」

「領域――」

 

 生得領域の具現。互いに、必中効果が……、

 

「あ……」

 

 宿儺の領域は不発だった。六十秒経ったのだろう。

 

「えっと、取り込み中だった?」

 

 宿儺から、虎杖悠仁に代わっている。

 

「いいや、ちょうどよかった。ちょっとヒートアップしすぎちゃってたからねぇ」

 

 二十分の一の宿儺に領域の押し合いで負けるなんてことはないだろうが、あのまま続けていたら、周りの建物への被害も相当だった。

 

 そして、これで虎杖悠仁が宿儺を閉じ込める檻としての役割を果たせるとわかる。

 

「夏油さん。もう一回言いますけど、虎杖が俺たちの方に来るのは反対です。呪詛師ってなると流石に生きづらすぎる。せめて、高専とか……」

 

「うーん、じゃあ、宿儺の指の件は秘密で、呪術高専に……それが一番かなぁ」

 

「え……っ、高専って……俺、転校するの!?」

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 電話を取り出して、かける。

 上層部の息のかからない人間で、私の知り合いとなれば、もちろん限られている。

 

「もしもし……」

 

「やぁ、七海。久しいねぇ。番号変えてないんだ」

 

「切っていいですか?」

 

 あからさまに嫌そうな声だった。

 七海は、呪術師を一度やめたが、なんだかんだで戻ってきている。話すのはだいぶ久しぶりになるか。

 

「実は、一人、術師の才能がある子を見つけてね。そっちで保護してほしい」

 

「私はただの一級術師なので。高専関係は灰原にお願いします」

 

 七海と同期の灰原は、今は高専で教師をしている。まぁ、普通に頼むのならそっちになるだろう。

 

「いやいや、灰原は素直で嘘が苦手だからね。それで、折り入って、頼みたいことがあるだけどさ」

 

「やっぱり切っていいですか?」

 

 絶対に面倒ごとだと確信したような声だった。まぁ、面倒ごとなんだけどね。

 

「実は、その子。宿儺の指飲み込んじゃってさ。宿儺は受肉したんだけど、どうやら、宿儺を抑え込めるみたいなんだ。だから、実質、無害無害。宿儺の指のことは秘密で、そっちで預かってくれない?」

 

「事態が飲み込めません。硝子さんは?」

 

「あぁ、まだ硝子には言ってないよ。硝子には、余計な心労をかけたくないしね」

 

「後輩は構わないんですか?」

 

「いや、だって七海だし。ね?」

 

 信頼をおける後輩でもある。こういうとき、七海のような一般人と同じような尺度で物事を考えられる術師は貴重だと、実感する。

 

「わかりました。こちらで検討させていただきます。後日、詳細は追って」

 

「了解。ありがとね、七海」

 

「それと、夏油先輩はお変わりないようで安心しました」

 

 そうして、電話が切れる。

 やっぱり、七海は断らない……か。十年も経つが、変わっていないのはお互い様だろう。

 

「えっと、俺は……?」

 

「数日後、たぶん迎えが来るだろうから。じゃ、そこからは、自分がどう進むか、ゆっくり考えればいいさ。これでいいよね? 恵」

 

「はい」

 

 一応、虎杖悠仁には、監視の呪霊をつけておく。

 私たちがいるからこそ、宿儺が暴れるなんてことはないだろうが、念のためだ。宿儺への牽制にもなる。

 

「あ、悟には喜久福買ってこいって言われてたんだっけか」

 

「ずいぶんのんきですよね……」

 

 お土産のお店はもうやってないだろう。泊まって、明日帰ろう。宿をスマホで検索する。

 

「どうする? 恵。相部屋にする? 一人?」

 

「俺は一人で」

 

 まぁ、そうなるか。

 とはいえ、恵に私にとっての悟のような同年代の友達がいないことを、寂しく感じる。

 そういう意味で、虎杖悠仁は恵のことを理解してくれる友達になってくれるのではないかと、少し期待してしまう。

 

「……ん」

 

 理子ちゃんは、スマホの画面のツインの部屋をつついてくる。

 急に呼び出したからか、機嫌が悪いことがわかった。呪霊操術でしまうのではなく、ホテルでゆっくり休ませてあげた方がいいだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「条件は二つ。五条悟の封印。そして両面宿儺の復活だね」

 

 漏瑚、花御、陀艮……未確認の特級呪霊三体に、これからのプランを説明する。

 彼らは、自分たちが新たな人間になるだとかいい出している、頭のおかしな呪霊たちだ。ちょうどいいから、協力してもらうことにしている。

 

「五条悟……それに、夏油傑か……」

 

「そ、私たちを阻むことになる相手だよ。特に夏油傑は呪霊操術を使う。まさに呪霊の天敵……君たち呪霊が相手をすることは不可能だろうね」

 

「しかし……」

 

 そういうと、漏瑚は不満を顔に出した。自らの強さを過信しているのだろう。危機感の欠如。これだから呪霊は……。

 

「言っておくけど、戦いにすらならないからね。ステージが違いすぎる。呪霊操術は階級が二つ下の呪霊なら、無条件で取り込めるのは言っただろう? そして、漏瑚は一番上の特級に相当するだろうけど……ただ、それは特級以上をはかる物差しが存在しないからだ」

 

「それは……もしや……!?」

 

「夏油傑の目の前に立った瞬間、漏瑚は取り込まれるよ?」

 

「そんなことが……」

 

 にわかには信じがたいと言ったような様子だった。

 まぁ、漏瑚は今まで自分より格上の相手に遭遇したことがない。私のようなか弱い術師とは違うわけだ。井の中のかわずとも言う。

 

 夏油傑の持つ手札、呪霊の女王……それに加え、百体の人工仮想怨霊。その強化の術式をフルに稼働させた際の術式精度、呪力効率は六眼にさえ匹敵する。

 五条悟に肩を並べる化け物だ。嫌になる。

 

「だから、夏油傑は宿儺にやらせる。絶対に、漏瑚たちが顔を出したらダメだよ」

 

「納得はできん……だが、今は聞いておこう」

 

 本当に理解しているかは怪しい口ぶりだった。困っちゃうよ。

 

「それでだけど、五条悟の封印には、特級呪物『獄門疆』を使う」

 

「獄門疆!!」

 

 漏瑚が興奮をすると、室内の温度が高くなる。

 感情も抑えられないとか、子どもみたいなものだろう。

 

「そ、獄門疆。殺そうとすれば束になろうと返り討ちさ。全員やられるだろう。封印……それが一番可能性があるかな」

 

「あの忌み物……持っているのか!?」

 

 私の言ったことを聞いていたであろうか、定かではない。

 

 ふと、店員が近づいてくる。ここはファミレス。そういえば話し込んでいたらオーダーを忘れていた。急かしに来たのだろう。

 

「お客様、ご注文は……」

 

 漏瑚は話しかけてきた店員を燃やそうとする。それを制して私は注文を頼む。

 

「メロンソーダを貰おうか」

 

「かしこまりました」

 

 ここで騒ぎを起こされると困る。本当に困る。ふらっと街を歩いている五条悟が興味本位に駆け込んでくる可能性さえある。その性格の奔放さからの『蒼』の瞬間移動で、呪骸の監視もときおり見失うことさえあるのが厄介だった。

 

「ちっ……」

 

「漏瑚、騒ぎはあまり起こさないでほしい。軽率な行動が後々どう響いてくるかわからない。できる限り、慎重にいきたい」

 

「獄門疆は儂がもらう」

 

「……本気かい?」

 

「その代わり、五条悟は儂が殺す」

 

 あまりにも無謀な言葉だった。

 できる限り、封印までは手駒の数は減らさずにいきたかった。ここまで言って、まだわからないというのだろうか。

 

「死ぬよ? 漏瑚」

 

「ふん、しょせん人間、貴様のような臆病者の過大評価に過ぎぬのではないか?」

 

「…………」

 

 ここで反論をしても、漏瑚を焚き付けるだけになるか。

 花御の力なら、死にかけの漏瑚を救出することも……いや、ミイラ取りがミイラになるか。

 

 ここを容認すれば、漏瑚が死に、最悪呪霊操術の手駒にされる。情報も奪われるか。

 

「答えろ、五条悟はどこにおる?」

 

「はぁ、わかったよ。しかたないな」

 

 

 

 ***

 

 

 

「『無量空処』」

 

「ほら、言わんこっちゃない」

 

 五条悟の領域展開に、漏瑚はなす術もなく閉じ込められてしまう。それを私たちは遠くから眺めていた。

 

「助けに行きましょう」

 

 花御の独自の言語の意味が頭に響いてくる。

 

「いや、おすすめはしないかな」

 

「……っ」

 

 花御も五条悟を遠目に見て、彼我の実力差を理解しているのだろう。

 

 電話をする。おそらくこの後、五条悟は漏瑚の首を持って夏油傑のところに直行だろう。それは、こちらの情報が奪われることを意味していた。

 

「もしもし、真人かい?」

 

「ん? どうしたの? (むた)

 

「いやぁ、実は漏瑚、負けちゃってね」

 

「へぇ……」

 

 それほど、真人は驚いてはいなかった。

 

「それで、たぶん呪霊操術で取り込まれて、全部ゲロっちゃうだろうから、真人もそこにいたら危ないよ?」

 

「え……マジ? 助けらんない?」

 

 今度は、いまひとつ真人は信じられない様子だった。

 

「そうだね。じゃ、とにかく、逃げておいてくれよ?」

 

「あぁ、うん。一応ね」

 

 そうして、電話を切る。

 漏瑚が取り込まれたときのリスクヘッジも、これで大丈夫だろう。

 

 そうこう話しているうちに、領域展開の結界が崩れていく。生首になった漏瑚を手に持つ五条悟が姿を現す。

 

 それを見て、花御が動こうとしているようだった。

 

「術式が焼き切れている今なら、助けに……」

 

「だから、やめておけって……」

 

 五条悟は、木を切り倒して切り株を作り、よっこらせとそこに座って、漏瑚の頭をサッカーボールのように転がして遊んでいた。

 術式が戻るまで待っているように見える。

 

「漏瑚……! 我慢できません!!」

 

「花御!! 漏瑚は『無量空処』のダメージが酷い。ここで助けても、意味がない!」

 

 ああなってしまっては、いくら呪霊とはいえ死んだも同然だ。

 

「漏瑚……っ!」

 

「花御!! 戻れ!」

 

「漏瑚……ぉ!!」

 

 呪霊の癖に情に厚い。

 

 花御は、まず、花を射出する。

 周りを花畑にし、敵の戦意を削ぐ呪術だった。

 

「わー、お花きれー、ウフフフ」

 

 術式が焼き切れ、さらには戦闘を終えて、ひと心地ついた五条悟には、覿面にこれが効く。

 

「……く」

 

 最強の術師にできた一瞬の隙。

 その隙に落ちていた漏瑚の首を花御は拾う。全力で逃げる。

 

「あ、呪術か……。舐めた真似しやがって」

 

「が……っ!?」

 

 五条悟が花御に追いつき、殴り飛ばして漏瑚の生首を取り返す。『蒼』を使った高速移動か。

 術式の焼き切れが回復したにしては早い。何かしたな?

 

「はぁ……できるだけ使いたくはなかったんだけど……」

 

 目眩し用に作った呪骸を一つ、使う。

 ここで花御までいなくなれば、五条悟を封印する際の戦力に不足が生じる可能性がある。

 

 さすがの花御、タフだ。

 五条悟の拳を何度か受けても、まだ形を保っている。これは、早くしないとか。

 領域を使われていないのは幸い。術式の焼き切れを回復した際に、なにか無茶をしたからと考えるべきだろう。

 

 呪骸は二人の戦う地点まで走ってたどり着く。

 爆発して、大量の蠅頭を吐き出す。

 

「ちっ、これ系かよ。術式順転『蒼』」

 

 一瞬で、蠅頭たちは『蒼』に吸い込まれて消えていった。

 花御は、無事だろう。その特殊な性質もあり、自然に紛れて六眼からも逃げ切れたようだ。

 

「まったく、嫌になるよ」

 

 呪霊の分際でね、ほんと……。漏瑚を失い、花御はしばらくは療養だろう。

 計画は少し変更しようか。

 

 

 

 ***

 

 

 

「傑ー!」

 

「ん? どうしたんだい? 悟。仕事は?」

 

 さっき出て行ったばっかりだろうに、悟が戻ってきていた。まさか、何の理由もなしに戻ってきたわけではないだろう。

 

「それよりも、これ、見てくんない? 特級呪霊」

 

「へえ……」

 

 火山のような頭の生首だった。

 おそらく、大地や噴火などの畏れに関する呪霊だろう。確かに、呪力から特級はあるとわかる。

 

「それでさ。これ、流暢に喋ってたし、倒した後、別の特級呪霊が助けに入ったんだよね。ウケるー。呪霊が呪霊に友情感じちゃってさ。助けに入ったそいつ、マジギレだったよ?」

 

「意思疎通ができるレベルの特級呪霊で、さらにそれが徒党を組んでるってわけか」

 

「そうそう」

 

 意思疎通ができるほどの知能を持つ。そんなレベルの呪霊が二体以上は確実にいる。

 不穏だった。

 

「で、そのもう一体は? 持ってきてないってことは、消し飛ばしたのかい?」

 

「いや、逃した」

 

「は……?」

 

 悟が呪霊を祓えずに逃すなんて、にわかには信じられない。

 

「呪霊と一緒に、呪骸にも襲われてね。たぶん、あれは去年の……あの、どこだっけ? 美々子と津美紀がピンチだったやつ……確か……」

 

「八十八橋」

 

「そうそう、八十八橋で襲ってきた呪骸と同じタイプだった。術師も絡んでるだろうね」

 

「そうか」

 

 あのときの術師を追ってはいるが、いまだに正体不明だった。

 私の家族たちを苦しめた報いは、しっかりと受けさせるつもりだ。こちらをまだ狙っているならば、好都合か。

 

「そうだ。天内いる? 術式の焼き切れの回復に頭一回ぶっ壊して雑に治したから、天内にちゃんと治してもらいたいんだよね」

 

「だいぶ無茶したね……理子ちゃん」

 

「ん……」

 

 理子ちゃんを呼び出して、悟の脳を修復してもらう。理子ちゃんの治癒の精度は反転術式よりも格段に高かった。

 

「じゃ、こいつ、ちゃっちゃと飲み込んじゃおうか」

 

「そうだね」

 

 悟の持ってきた火山の頭をした呪霊を、調伏し、取り込む。十年経っても、呪霊の味は変わらずにいた。

 

 すぐさま、呼び出す。

 

「じゃ、尋問スタートかな。理子ちゃん、よろしく」

 

 さっき呼び出した理子ちゃんに声をかける。

 理子ちゃんの術式によって、呪霊は頭だけの状態から、ボコボコと体が生え、無量空処で失っていた意識を取り戻す。

 

「ここは……?」

 

「君の仲間を教えてくれないかい?」

 

「花御、陀艮、真人に、術師の与幸吉……」

 

 最初の三体は呪霊だろうか。名前があるのか。そして、最後が、私たちを狙った下手人の名前ということか。

 

「えっと、それぞれの能力は?」

 

「植物を操る花御、海の呪霊の陀艮、魂を変形させる力を持つ真人。そして、傀儡操術を使う与幸吉」

 

 傀儡操術。やはり、そうなのだろう。

 そいつが、一年前の件を首謀し、私の家族たちを苦しめた相手か。

 

「なぁ、傑。与幸吉って、確か……」

 

「呪術高専、京都校二年。天与呪縛を持ち、それによる強力な呪力出力に、術式範囲は日本全国にも及ぶと言われている……かな」

 

 そんな話は聞こえてくる。

 傀儡操術……虫サイズの呪骸を作れば、こちらの動きの監視も可能か。面倒な相手かもしれない。

 

「やっぱり、歌姫のところの……」

 

「あぁ、どうして私たちを狙ったかは、本人を問い詰めるのが早いだろうね」

 

「とりあえず、歌姫、連れてくるかな」

 

「あ……うん」

 

 返事をする前に、『蒼』の瞬間移動で悟は行ってしまった。京都高専までは直通か。

 しばらくすると、戻ってくる。瞬間移動をしてきて、まず姿が見えたのは歌姫だった。すぐ後ろには、悟がいる。

 

「え……なにっ!? ここ、どこ!?」

 

「やぁ、久しぶりですね。歌姫先輩」

 

「えっ! 夏油!! もしかしてここ、クズどものアジト!?」

 

 きょろきょろと、歌姫はあたりを見渡している。真後ろにいる悟を見つけると、歌姫はギョッとしたような反応をして、さらには腰が引けていた。悟は手をひらひらと振っている。

 

「それでなんだけど、歌姫ー。オタクの生徒がこっちにちょっかいをかけてくれちゃったみたいなんだけど、どう、落とし前つけるつもり?」

 

「は? 知らないわよ。アンタらなんか」

 

「与幸吉くんって言うけど、どこにいるか知ってる? 知ってるよねぇ?」

 

 悟が、ぐいっと六眼を近づけて問い詰める。歌姫は、目を逸らさなかった。

 

「学生は売らないわ」

 

 毅然として、歌姫はそう答える。

 さすがだろう。

 

「じゃ、こうしようか。答えてくれたら、その顔の傷跡治してやる。天内がだけど」

 

「は? 傷跡とかどうでもいいんだけど。それに、学生は売らないって」

 

 さすが、悟か。今適当に思いついたのだろう、安直でまるでデリカシーのない交換条件だった。それに、歌姫の性格じゃあ、そんなのでは頷かないだろう。

 

 私が、歌姫に説明をする。

 

「実はね。さっき、こっちで捕まえた呪霊が、与幸吉が仲間だって言うんだ。それに一年前に呪骸の襲撃も受けててね」

 

「は? 呪霊が?」

 

「ほら、仲間は? 例の術師の」

 

 火山の頭の呪霊に命令を出す。

 

「与……幸吉……」

 

「なに、この呪霊……呪力つよっ……。というか、あんたが言わせてるだけじゃないの?」

 

「困ったね。そう言われてしまうと、こちらには証明をする術がないか」

 

 普通、呪霊は意思疎通などできないものだ。けれど、喋りはする。だから、呪霊操術によって、好きな言葉を喋らせることも可能。

 呪霊が知能を持って術師と結託するなんて、常識ではありえない。私が操って言わせている可能性が最も高いと判断するのも当然だろう。

 

「傑ー。もう、拷問する? 無理やり吐かせちゃおうよ。どんなにボロボロにしたって、天内の術式で元通りだし」

 

「心の傷まで消せるわけじゃないんだ、悟。それは最後の手段だよ。歌姫も、きっとそれまでに理解してくれるんじゃないかい?」

 

「な、なにされたって吐かないわ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「人の名前を勝手に使っテ……」

 

「いやー、ごめんね。私の名前がバレてしまうと、計画が台無しになるからね」

 

 額に縫い目の男へと、呪骸を通じて話しかける。相変わらずか、傀儡の、髑髏の三つ付いた奇妙な杖を、いつも持ち歩いている。

 同じ傀儡操術。俺のことを、ていのいいスケープゴートにこいつはしやがった。

 

「おかげで歌姫先生が捕まっタ。京都校には手を出さないという縛りだろウ?」

 

「手を出したのは私たちじゃないんだけどなぁ」

 

「お前がそう仕向けタ。同じことだろウ」

 

 京都校には手を出さないという縛り。この額に縫い目の男が、直接的にも間接的にもそうすることを禁じている。

 今回の件が縛りに抵触するかは、不明瞭。

 

「まさか、こうなるとはね。私も予想していたわけじゃないんだ。今回ばかりは許してほしいんだけど」

 

「チ……ッ」

 

 この言い草なら、縛りには触れないという判定か。俺よりも、この男の方が縛りには詳しい。縛りに反する行動はとらないだろう。

 

「それにしても、いいのかい? 私たちに味方して……。あっちの味方じゃなくってね。来ちゃうよ? 呪いの世が」

 

「ふん、どっちに味方しようと同じダ。夏油傑の、全て術師にするという計画も、待っているのは混沌だロ?」

 

 常に、あの呪詛師たちはマークし続けている。計画の内容も知っている。

 俺たちは大きな流れを前に、ただそれを眺めることしかできない弱者だ。

 

 俺がこの男に結ばされた特級呪詛師二人の監視を行うという縛りも、力で脅され半ば強制なようなものだった。断ったら殺されていただろう。嫌になる。

 

「嫌だねぇ、達観しちゃって。もうちょっと、生きる努力をしてみたらどうだい?」

 

「夏油傑に、五条悟と接触すル。歌姫先生を助けるために交渉ダ」

 

「私の存在を漏らさないっていう縛りは守ってくれよ? 君が黒幕ってことでよろしくね」

 

「チッ……」

 

 気がつけば、厄介な役割を押し付けられてしまっている。俺が黒幕だと否定すれば、それはこの額に傷の男の存在が露呈することでもある。

 なんにせよ、呪詛師連中から歌姫先生を助け出さなければならない。

 

「特別サービスだよ。真人に君の体を治させるから、それから行くといい」

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「ま、せいぜい頑張りなよ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「んで、君が与幸吉くんか。できれば、直接会いたかったんだけど」

 

「歌姫先生を返セ」

 

「そんなに歌姫が大事? まぁ、いいけど」

 

「うぐー」

 

 ふんじばった歌姫を、呪骸に渡す。それにしても、呪骸ねぇ。

 

「ふざけたことするよね、お前も。普通、こういうとき、顔突き合わせてごめんなさいじゃない? はー、最近の若者は全部メールとかで済ませちゃうって、そういう?」

 

「知ったことカ。用は済んダ」

 

 この態度。完全に、こちらを舐め腐ってやがる。

 

「駄目でしょ? まだ話は終わってない」

 

 もうすでに、術式の準備は終えている。呪骸は歌姫を連れて帰りたいのだろうが、そんな簡単には帰れはしない。

 

「まだ、何か用カ?」

 

「しらばっくれちゃってさ。今日の襲撃に、一年前の八十八橋。自己補完できてる呪骸だったから、残穢でも誰が命令してたかまではわからなかったけど、あれ、何か知ってるでしょ?」

 

「あぁ、俺がやっタ」

 

「へぇ」

 

 担がれた歌姫は驚いている。歌姫は完全に俺たちの言いがかりだと思って、ずっとだんまりだったからだ。

 それを見て、すぐさま、傑は尋ねる。

 

「それじゃ、歌姫はどうするのかな? 口封じに殺すのかい?」

 

「うがー、むー」

 

「そんなことはしなイ。京都高専に連れて帰ル」

 

「そっか」

 

 目的が見えてこない。俺たちをどうにかしたいのは確かだろう。なぜ歌姫を助けるかがわからない。仲間意識とかか? でも、なぜ呪霊と組む。

 

「歌姫先生は関係なイ。ただ、お前たちの計画……全ての人間を術師に変えるという計画をしているだロ? それをさせないためダ」

 

「ふーん。知ってるんだ」

 

「ぷは……っ。アンタら、そんなこと考えてたの!?」

 

 呪骸に噛ませた縄を解いてもらった歌姫はそう言う。

 

「そうですよ、歌姫先輩。術師は呪力をコントロールできていますが、非術師は呪力を漏出させ、結果として呪霊を発生させる。全てを術師とすれば、呪霊のいない世界がくる」

 

「その結果、混乱が生じル。そんなことは容認できなイ」

 

 呪霊と組んだのは利害の一致か。

 俺たちを協力して倒した後で、改めて敵対するつもりなのかもしれない。

 

「ふはっ、混乱? いいじゃんっ! 全部ぶっ叩けば、黙らせることも簡単だろ!? だって、俺たち最強だし!!」

 

「話が通じないカ……」

 

 歌姫は蔑むような目でこちらを見ていた。どうしてそんな目でこちらを見るのか、よくわからなかった。

 

 まぁ、いい。呪骸に向けて指をさす。

 

「いいさ。お前、見つけ出して殺してやるよ。二回も俺たちのこと襲って、舐めてるだろ? その口、二度ときけなくしてやるから」

 

「そうか」

 

 ずいぶんと余裕ぶってやがる。だが、それも今のうちだ。

 

「悟、どうだい?」

 

「あぁ、バッチリだ」

 

 隣の傑に触れ、『蒼』で空間を圧縮する。

 

 

 

 ***

 

 

 

「消えタ……?」

 

 五条悟と夏油傑が、メカ丸の映すモニターから消える。

 いつもの『蒼』での瞬間移動だということはわかった。五条悟の『蒼』での移動は、呪骸での追跡が困難で厄介だった。

 

「どこだ? どこへ行った……?」

 

 五条悟の移動先は、ある程度は固定されている。あらかじめ設置してある呪骸を用い、五条悟の姿を探す。

 

「ぐ……っ!?」

 

 衝撃。振動。爆発音。

 

「やぁ! 待った?」

 

「まさか!!」

 

 天井を打ち破り、姿を現した六眼の白髪の男。

 

「君が与幸吉くんだね。直接会えて嬉しいよ」

 

「なぜ!?」

 

「あー、逆探知。僕の六眼でね」

 

「いくら六眼でも……」

 

 呪骸での接触をする際に、気をつけていたことでもある。いつも経由地点を作り、ネットワークを複雑化させ、ダミーも用意した。

 こうもやすやすと看破されるはずはなかった。

 

「まさか……っ!?」

 

「あぁ、私の呪霊で強化したんだ。感覚の増強の術式効果でね。まぁ、悟を強化するのは初めてなんだけど……六眼の精度もちゃんと上がるみたいだから、上手く行ってよかったよ。他人に付与すると、私や理子ちゃんの強化がおろそかになるのが欠点かな」

 

「いやぁ、いいね、これ。今ならなんでもできそうな気がしてくる」

 

 そうだ。なぜ、思い当たらなかった。

 

 人工仮想怨霊のことは、知っていた。そして、それを用いて夏油傑が六眼並みの呪力効率や、呪力操作を可能とすることも知っていた。

 

 ――では、六眼が百の人工仮想怨霊の術式で強化されたらどうなる?

 

「メカ丸!!」

 

「ハハッ!!」

 

 数十もの呪骸が一瞬で……術式なしで一瞬で屠られていく。悪夢だ。

 あぁ、切り札だ。ここで、切り札を出すしかない。

 

 

 ――究極メカ丸絶対形態〝装甲傀儡究極メカ丸試作0号〟!

 

 

「あ……?」

 

 いわゆる巨大ロボ型のメカ丸だ。その頭部のコックピットに俺は搭乗している。対真人を想定して制作したメカ丸だったが、こんな形で使うことになるとは思わなかった。

 

 あぁ、だが全て、見てきた。五条悟が相手でも、勝ち筋はある。

 厄介なのは常時発動する無下限での不可侵の防御。それさえ、なければ、五条悟にもダメージは通る。

 

「いけ! メカ丸!! チャージ一年!」

 

 ――大祓砲!!

 

 天与呪縛。俺を縛った十七年分の呪力がこの呪骸には籠っている。その一年分を一度に出力する。

 膨大な出力の攻撃が、五条悟に命中する。

 

「かっけぇ呪骸持ってんじゃん!」

 

 やはり、効いていない。

 無下限に守られた五条悟は無傷。今ので俺の攻撃は無下限を破らないと確信したはず。

 

 そして、俺の攻撃への警戒を解いているのか宙に浮いたまま逃げようとしない。それどころか、スマホを取り出して、こちらを背景に自撮りを始めていた。

 

「ちっ……」

 

「恵たちに送っとこ。今から、こいつ倒しまーす……と。あ、歌姫にもか」

 

 完全に舐め腐ってやがる。

 まぁ、いい。油断をしてくれるだけ、こちらは助かる。夏油傑は…… 呪霊の女王と、強化の術式を持つ呪霊を展開して、完全に五条悟のサポートに回っているか。

 

 なら、ちょうどいい。こいつをブチ込む。

 

 ――術式装填!

 

「メカ丸! 撃て!!」

 

 術式を込めた弾丸が、五条悟へと放たれる。

 

「効かないって? わかるでしょ?」

 

 当然、無下限で弾丸は止まる。

 あぁ、弾丸の形状は麻酔銃の弾……つまりは注射筒のような形状だ。針の先から、術式が開放される。

 

 ――シン・陰流『簡易領域』!

 

「は……?」

 

 かつて蘆屋貞綱という平安時代の術師により考案された呪術だった。

 それは領域から門弟の身を守るために、一門相伝という縛りの上で成り立った弱者の領域。

 

 シン・陰流『簡易領域』。

 

 全て、見てきた。『領域展延』により、五条悟の無下限の防御が中和されることは知っていた。

 簡易とはいえ、これも領域。術式に直にブチ込めば、無下限に穴を開けることくらいはできるはずだ。

 

「今だ、メカ丸!! チャージ五年!」

 

 ――追尾弾〜五重奏〜!!

 

 出し惜しみはなしだ。

 この無下限の術式の防御が中和された瞬間に、五年分の出力を打ち込む。

 痛みと苦しみの五年という歳月が、五条悟に叩き込まれる。

 

 余波による衝撃。砂埃が舞う。

 

 やった。やれたはずだ。

 術式の中和はされていた。それに、特級レベルのこの出力。五条悟とはいえど、ひとたまりもないはずだ。

 

 砂埃が晴れる。

 そして現れる五条悟の姿は――無傷。服にチリ一つさえなかった。

 

「いやー、ごめんごめん。今、術式の出力上がってるからさぁ。いつもなら当たってたんだろうけど、そうじゃないんだよねぇ。僕強すぎて、気の毒になっちゃう」

 

「クソッ……! 化け物が……!!」

 

 そうだ。今の五条悟は、夏油傑の人工仮想怨霊によって全ての能力が底上げされている。

 俺の想定した五条悟よりも、数段上。

 

「天上天下……唯我独尊」

 

「全く。他人から強化してもらった力で調子に乗って……」

 

 まさに天下に並ぶものなし……か。

 笑える。笑えてくる。こんなものを敵に回して、俺も、呪霊も、あの額に縫い目の男もどうかしてる。

 

「とりま、こうだね」

 

「ぐ……!?」

 

 速い。

 呪骸の左腕が五条悟によって捕まれる。わずかに抵抗をするが、次の瞬間にはもぎ取られる。

 五条悟は、自身の身長の何倍もある呪骸の腕を、持ち上げると放り投げた。大地が揺れる。

 

 あぁ、冷静になれ。

 五条悟に『簡易領域』が効かなかったのは、夏油傑の呪霊によって強化されているからだ。

 なら、そうだ。夏油傑も同時に相手をするまで……。

 

 ――術式装填。

 

「いくぞ! メカ丸!!」

 

「また、それ? 効かないって……、……っ!?」

 

 狙いは夏油傑……その操る呪霊の女王。

 弾丸は射出される。完全にノーマークだったのだろう。くぐり抜け、呪霊の女王へと突き刺さる。

 

「理子ちゃん……?」

 

 込めた術式は、夏油傑、さらには呪霊たちとの戦闘を想定した特効薬。

 それはマイナスの呪力を掛け合わせ、作り出される呪力を打ち消すプラスのエネルギー。

 術式開放。

 

 ――『反転術式』!

 

 正のエネルギーにより、呪霊の女王は内部から破壊される。

 

 あぁ、だが、呪霊の女王から湧き出す呪力は計り知れない。この程度では祓えない。

 ただ、これで今はじゅうぶんだ。正のエネルギーにより、呪霊の女王の呪力は相殺され、乱れ、術式がわずかな間だが使えなくなる。狙ったのはこの状況だ。

 

「チャージ二年」

 

 ――二重大祓砲!!

 

 夏油傑へと、放つ。狙いは、五条悟へと強化を与える人工仮想怨霊。呪霊の女王の回復の術式のない今なら祓える。

 

「は……?」

 

「術式装填! シン・陰流『簡易領域』!!」

 

 夏油傑に注意を向けて、呆気に取られる五条悟だ。そこに、呪骸の右手の掌から突き出した針で、『簡易領域』を直にブチ込む。

 

「な……っ!?」

 

 無下限を貫く。

 そのまま、針は五条悟の心臓を貫いていく。

 

 決まった。だが、これでも安心できない。無下限は中和されている。だから、追い討ちをかける。

 

「チャージ一年」

 

 出力を、五条悟の頭部に絞る。

 二年以上は、拡散をして無駄になるだけだ。これが、今できる最高密度の一撃だった。

 

 ――大祓砲!!

 

 完全に決まる。無下限での邪魔もなかった。

 勝った。俺は勝った。

 

 これで、京都校のみんなと――、

 

「傑ー。生きてるー?」

 

「ちょっと危なかったかな」

 

 倒せていない。

 一年分の呪力を、頭部に集中させ当てたはずだ。それなのに、五条悟はなぜ生きている。

 

「クソ……」

 

 見れば、呪霊の女王は正のエネルギーのダメージから回復している。さらには、夏油傑は人工仮想怨霊の再展開を始めていた。

 

「攻撃を受ける寸前に人工仮想怨霊たちはしまっておいたからね。一体も減らずに済んでよかったよ。少し判断が遅れていたら危なかった。理子ちゃんもなんともない」

 

「じゃ、問題なしだね」

 

 五条悟は、軽く針から体を引き抜くと、全身を一瞬で回復させる。

 反転術式。今までのダメージは全てなし……いや、少なくとも疲労が蓄積しているはずだ。

 

「それにしても、彼、なかなかやる。悟には『簡易領域』、私には『反転術式』。それぞれに対策をした術式に、あの、おそらくは一時的にだろうが、特級相当の呪力出力だ」

 

「憂太、だったらいい勝負だったかな? さてと、手の内はわかったことだし、俺も少し真面目にやろうか」

 

「く……」

 

 爛々と輝く蒼い六眼が、こちらへと鋭く向いた。

 

 これまで、五条悟は攻撃に術式を使用していなかった。完全に遊ばれていた。

 こちらを認めてか、五条悟の枷が外されるのだろう。

 

「ま、術式も強化されてるから、ちゃんと面倒な制御しないと、自分も巻き込まれそうで使わなかったんだけどね」

 

 無下限の術式は、同じ無限の無下限の防御が効かないという性質がある。

 制御に失敗すれば、自爆……だろうが、呪術と同時に六眼も強化されているならば、それはおそらくは望めない。

 

 吸い込みの『蒼』。吐き出しの『赫』。そして速度と威力の『茈』。

 

 まず、『蒼』と『赫』ならば、メカ丸の装甲で、直撃さえしなければ数発は耐えられるだろう。

 

 問題は『茈』。あの威力なら、メカ丸の装甲ごと吹き飛んでしまう。

 だが、幸いに、『茈』にはタメがいる。間髪入れずに攻撃を与えれば、『茈』を発動させる隙もできないはずだ。

 

 これでいく他ない。

 

 呪霊の女王への『反転術式』。五条悟への『簡易領域』。そうして繰り返し、消耗させて勝ち切る。

 

「いくぞ! メカ丸!!」

 

「虚式――『茈』」

 

 早い。

 今まで見てきたどの虚式よりも術式の発動が早かった。妨害が間に合わない。

 そうか。これが、夏油傑の呪霊によって強化された術式の発動速度……か。最初から、勝てる目なんてなかったわけだ。

 

 脳裏に駆け巡るのは、歌姫先生に、京都校のみんなだった。青い髪の少女の笑顔が最後に思い出される。

 

 

 ――俺はみんなに……、

 

 

 

 ***

 

 

 

「いやー、彼には渋谷でも働いてほしかったんだけどね」

 

 与幸吉は死んだ。五条悟に夏油傑、二人を相手にしたにしては大健闘だった。ここで失われてしまったのは、本当に惜しい。

 全ては漏瑚という呪霊のせいだろう。

 

「与……の、本物は死んだんだっけ? なんて呼べばいい?」

 

「ま、そのままでも構わないかな。それで、真人。用っていうのは?」

 

 真人に呼ばれて、私は真人と合流した。真人は、与幸吉の夏油傑や五条悟との交渉の事前に、与幸吉の生まれつきの弱い体を治療するためにこっちにいたから、与幸吉の潜伏先のほど近くでふらついていた。

 

「あのさ。五条悟の封印、やめようかなって思って」

 

「どうしてだい?」

 

 場合によっては、この場で……。

 

 私は今回に賭ける他ない。もし、呪霊のいない世界にこの世界がなれば、天元は役目を終えたと自ら消滅する選択肢を取る可能性があるからだ。

 不死の術式とはいえ、術式は術式。無効化する手段なら、いくつか考えつく。

 

 どの道は、私はあの二人へと挑まなければならないわけだ。五条悟の封印は絶対に行わなければならない。

 なんにせよ、真人が何を考えて封印をやめようと言ったのか聞き出してからか。

 

「いや、だって、あれ、見てよ?」

 

 真人が指を差したのは雲だった。

 先ほど放たれた、夏油傑の呪霊たちにより強化された五条悟の虚式『茈』。それにより、『茈』の軌跡だけがすっぽりと存在しない雲がそこにはある。

 

「あれがどうしたんだい?」

 

「封印って言ったって、あんなの相手するわけでしょ? 与の話に乗るより、あいつらに見つかるまで、心のままに人間たちを殺し回った方がいいんじゃないかと思って」

 

 呪霊として、真人は真っ当だった。

 簡単な話だ。真人は、あの二人を抑えられる保証が欲しいということなのだろう。

 

「それじゃあ、真人。ちょうどいい宿儺の器がいる。宿儺の存在が、呪いの時代が来るに足りうるか、見定めてみるといいだろうね。あの二人をどうにかするのを諦めるのは、それからにした方がいいかな」

 

「そっか……宿儺の器か」

 

 宿儺の器、虎杖悠仁。懐かしい名前だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「憂太ー。ちょっといい?」

 

「五条さん?」

 

 ゲームをしているところだった。

 理子さんの作った簡単なゲームで、女の子と仲良くなっていくゲームだそう。主人公はなぜか僕で、いくつかルートがあるみたいだ。

 

 菜々子さんが登場するみんなの名前を変えて、ふざけてネット配信をしていた。失礼だな、純愛だよと、夏油さんを吹き飛ばすシーンがプレイしたみんなが中でも反響がいいという話だった。里香ちゃんルートらしい。

 本当になんなんだろう。

 

「そ、ちょっと来て?」

 

「うわ……っと」

 

 五条さんに連れられて、一瞬で移動する。

 目の前には、夏油さんがいた。

 

「それじゃ、憂太。憂太には、無下限呪術を使ってもらいまーす」

 

「六眼じゃないですし、使えないですよ?」

 

「そこは、ほら……傑」

 

「それじゃ、今から憂太の能力を術式で強化するから……」

 

 夏油さんは、とっさには数えきれないほどの呪霊を周りに出す。その全てが術式持ちの準一級以上。

 その中に理子さんがいないのは、黒井さんと二泊三日の旅行に行っているからだった。夏油さんのお願いにボイコットをするほど機嫌が悪かったみたいだ。療養も兼ねて草津温泉にと、夏油さんが提案をしたことで、ことなきを得たらしい。

 

 それはそうと、夏油さんのたくさんの呪霊が、僕に術式を重ねてかけ始める。

 感覚が強化され、目に映るもの、肌で感じるもの、情報量が増加していく。

 

「うぷ……っ」

 

「ちょっと、見えすぎて気持ち悪いか……」

 

 夏油さんに気を遣われる。このくらいなら、まだ五条さんに軽く殴られて吐いたときの方が辛かった。

 

「いえ、慣れてきました……」

 

 手を、開けて、閉めて、感覚を確かめる。強化の術式に、少し、どこかふわふわとしたようで落ち着かない。

 

「それじゃ、無下限呪術、使ってみようか。早く早く」

 

 五条さんに言われる。よくわからない。

 

「へ……?」

 

「私が保証するよ。今の憂太は、呪術に対する精度が六眼並みに高められているだろうから、たぶん使えるはずだね」

 

 無下限呪術は六眼がなくては使えない。それはひとえに、六眼が可能にする緻密な呪力操作が必要だから。つまり、六眼がなくとも、六眼並みの緻密な呪力操作ができれば、無下限呪術は使えるということ。

 

「里香ちゃん!」

 

「憂太ァ。なァに?」

 

「あれ、使いたくて……。五条さんからコピーした」

 

「あい」

 

 里香ちゃんを呼び出して、準備を整える。

 原子レベルの呪力の制御……この情報量でも頭はいつになくスッキリしている。

 

 ――無下限呪術。

 

「どう? ですか……?」

 

 五条さんが、つんつんと指を近づける。

 

「うん、できてるね。成功だ」

 

 五条さんの指は、僕の体に触れる前に止まっていた。

 

「すごい。これが無下限呪術……」

 

「それじゃ、次は『蒼』かな。憂太は反転もできるし、『蒼』ができたら、『赫』もできるだろうね」

 

「えっと……」

 

「そうだね。こう、無下限呪術を球状に、それで強化する感じで……あ、近くには反応作らないんだよ? 自分も吸い込まれちゃうから」

 

「わかりました。じゃあ、術式順転――『蒼』」

 

 球状、遠くに、強化……。

 反応が出来る。

 

「あ……」

 

 ただ、一瞬だけだった。すぐに消失してしまう。

 

「うーん。すぐにはできないか。僕のときは、本当にすぐできたんだけど、練習が必要か……」

 

「僕は五条さんとは違うんですよ?」

 

「天才でごめんね」

 

 無下限が使え、六眼並みの緻密な呪力操作が出来ようと、誰しもが五条悟になれるわけではないということを理解する。

 この人は、すごい。その言動から、あまり尊敬はできないけど。

 

「それじゃ、憂太。私といるときは無下限の練習をしようか。いつか役に立つかもしれないし」

 

「いいですけど、呪霊での強化ってことは、夏油さんがいるときにしか使えないですよね?」

 

「まぁ、そうだけど、いつか、殻を破ったような運用が出来るようになったときのためかな。手札は多い方がいいし」

 

「……?」

 

 夏油さんの言うことは、よくわからなかった。

 

「憂太、そういえば、私たちが宗教をやっている理由、話してなかったね」

 

「理由って、お金を稼ぐためじゃないんですか?」

 

 恵くんはそう言っていた。

 菜々子さんや、美々子さん、津美紀さんは、あの二人にひれ伏すのは当然だからと、話にならない答えをまじめに教えてくれるばかりだった。

 この中なら、恵くんの言っていることが、一番信憑性がある。

 

「いや、まぁ、それも目的、というか過程の一つなんだけど、一番はそうだね。呪霊のいない世界を作るためだよ」

 

「呪霊の……!?」

 

 わからない。どうして、それで宗教なのだろう。

 

「そうだね。じゃあ、話していこうか……」

 

 そうして、なぜ呪霊が生まれるか。星漿体の話。作り出された人工仮想怨霊。

 それを聞いて、なぜ、怪しい宗教を夏油さんがやっているのか、ようやく明瞭になる。

 

「でも、どうしてその話を、僕にしてくれたんですか?」

 

「憂太は、模倣で呪霊操術を使えるからさ。もしも私になにかあったときは、この計画のもろもろ……やるかやらないかも含めて、憂太に任せようと思って」

 

「なにかあったらって、……女性関係とかですか?」

 

「女性関係に気をつけないといけないのは、憂太じゃないかい?」

 

「……?」

 

 よくわからない。

 いや、里香ちゃんのことか。確かにそうだ。

 

 それにしても、夏油さんになにかあったらって、今ひとつ想像ができない。

 

「憂太。頼んだよ? もちろん、家族たちのことも、特に恵かな」

 

「恵くんは……そうですね。気にかけておきます」

 

「うん、ありがとう」

 

 恵くんは無茶をやっていて、みんな心配していた。

 ふと、思う。

 

「そういえば、夏油さん。今の話、恵くんには……」

 

「話してないよ? あまりこの件に巻き込みたくないからね」

 

「そうですか……」

 

 なるべく関わらせたくないという気持ちも理解できる。だから、僕は、今は夏油さんの意見を尊重しようと心に決めた。





登場人物紹介

理子ちゃん(踏んだり蹴ったり)
ゲーム中に呼び出されたり、内部破壊をされたりした。その気なら傑は、反転術式のアレを防げたと思って、さすがにキレた。

五条悟
術式の強化を受けて超強くなった。この世界心地良すぎると思ってる。

夏油傑
理子ちゃん(踏んだり蹴ったり)のおかげで、普通なら先に潰される弱い呪霊での、バフ重ねがけ戦法を実現した。五条悟と肩を並べられている。

伏黒恵
宿儺との縛りで、宿儺の指を集め中。打倒、五条悟、夏油傑。

虎杖悠仁
宿儺の檻。宿儺のことは内緒で呪術高専に入学。

七海建人
無理難題を押し付けられる。高専での手続きを頑張った。
夏油先輩が、呪詛師でも昔とあまり変わってなくて少し安心した。

漏瑚
無量空処。おしまい。サッカーボール。

花御
呪霊操術は、特級呪詛師の卑劣な術です。絶対に許しません。

真人
ちょっと、あれ、どうしようもないんじゃないかな。漏瑚やられたし。って思ってる。

庵歌姫
東京で開放されたけど、財布とか京都に置いてきたバッグの中だった。メカ丸、機能停止するし、お金なくて悲しかった。

与幸吉(メカ丸)
スケープゴートにされてしまった。
三輪ちゃんの簡易領域、家入さんの反転術式。全て見てきた。相手が悪かった。

乙骨憂太・祈本里香
無下限呪術、修行開始!

額に縫い目の男
呪霊たちも、宿儺の動きも想定と違う。頑張れ。

歌姫先生の帰り方

  • 黒井さんが送った
  • 東京高専まで徒歩、伊知地が送った
  • 縛りで起動した車型メカ丸が送った
  • 京都高専まで徒歩
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