理子ちゃん(ストロベリー風味)   作:呪術使えない

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理子ちゃん(呪霊の女王)

 

「ん? 伏黒?」

 

「げ……虎杖!?」

 

 偶然だった。宿儺の指の集め帰りに、ばったりと出くわす。

 今回は、何者かに先を越されたようで空振りだった。おそらく先を越された相手は呪術師ではない。なにか、不気味だ。

 

「伏黒、その人は?」

 

 隣には、目隠しの白髪の男がいる。俺が答えようとする前に、虎杖の隣にいたスーツの男が反応する。

 

「……っ、五条悟!?」

 

「ん? お前だれだよ? ま、僕有名だしね」

 

 そんな軽薄な反応を五条悟はスーツの男へと返す。

 

「……っ!? 虎杖くん! 逃げましょう。ここはいったん退くべきです」

 

「ん? どうして、伊知地さん」

 

「虎杖くん! はやく! 彼は凶悪な呪詛師なんです!」

 

 五条悟から虎杖を守るように、伊知地と呼ばれたスーツの男は前に出る。伊知地さんは震えて、膝が笑っているようだった。

 

「いや、なにそれ……。僕の扱いどうなってんのよ。別に快楽殺人犯ってわけじゃないのよ?」

 

「ひ……っ」

 

「それに、伊知地……伊知地……確か、そうだね……僕らが高専辞めた後に入学したっていう。硝子から聞いたよ?」

 

「ひぃいい……!!」

 

 すっかり、すくみ上がってしまっている。

 別に五条悟は威圧しているわけではないが、大丈夫だろうか、この人。

 

「呪詛師……? そういえばあの袈裟の人も……伏黒も、そうだって言ってたけど……」

 

「ん? 傑に会った……あぁ、なるほど、アレだね」

 

 虎杖のことを夏油傑から聞いていたのだろう。五条悟は頷く。

 

「虎杖くん。繰り返し言いますが、呪詛師というのは呪術を使って悪いことをする人たちの総称です」

 

「え! じゃあ、伏黒たち、悪い奴らだったの!?」

 

「まぁ、否定はしない」

 

 特級呪詛師、夏油傑に、五条悟。その庇護下にある以上、いくら嫌っていても俺はその仲間だった。

 

「でもさ、でもさ。僕ら、特級案件だったり、そういう厄介ごと、呪術師たちの代わりにやってやってんじゃん。感謝しなよ?」

 

 そして虫唾が走る話ではあるが、この特級呪詛師たちによって、呪霊の被害は抑え込まれている。この国が成り立っているのは、この二人の気まぐれにすぎない。

 

「え? じゃあ、そんなに悪い人じゃない?」

 

「虎杖くん、いけません。この人は、高専から離反する際に百人以上の一般人を虐殺した人です」

 

「百人!? そんな……」

 

 動揺した後、虎杖は五条悟を強く睨んで、拳を構える。

 それを見て、五条悟はニヤリと笑った。

 

「やってみる? いいよ?」

 

「……っ」

 

 その言葉とともに、虎杖は五条悟に殴りかかる。

 速い。この短期間に、虎杖は呪力の扱い方をそれなりに身につけているようだった。あの素の身体能力に呪力が加わり、凄まじい力を発揮される。

 

 だが、それも五条悟の前では無意味だ。

 

「はい、届かない」

 

「は……?」

 

 無下限呪術の不可侵。近づけば近づくほどに遅くなるその力に、虎杖の拳は止まる。

 

「虎杖、やめておけ。お前じゃ、五条さんに攻撃は当てられない。五条さんの無下限呪術は、お前じゃ破れない」

 

「そういうこと。じゃ、おしまいね」

 

「うわ……っ」

 

 虎杖を、五条悟は軽く払いのける。軽くたたらを踏んで、虎杖は道路に尻餅をつく。

 

「虎杖くん。帰りましょう」

 

 伊知地が虎杖に手を貸して、立ち上がらせる。

 

「でも……」

 

 虎杖は五条悟が気がかりに思うのだろう。こんな人間を野放しにしていいのかという顔をしていた。

 

「だから言ったでしょ、快楽殺人犯じゃないって。あれも十年以上も昔の話だし」

 

「だからって……」

 

「いやー、あのときは僕の身内がやられちゃってさ。だから、それを仕向けたやつら全滅させたわけよ」

 

「そいつらは、悪い奴らだったのか?」

 

「さあね。そんなことに意味なんてないでしょ?」

 

「は……?」

 

 五条悟はそういう人間だ。

 力を振るうことに意味は求めない。力の振るう先に、善悪の基準は関係ない。なにをするにも、いい加減な人間だった。

 

 自分と違う価値観で生きている人間を目の前にして、虎杖は混乱をしているようだった。

 

 五条悟は伊知地の方を向く。

 

「それで、何してたの? そっちは」

 

「情報を漏らすわけにはいかないので」

 

「じゃあ、追いかけて……嫌がらせしちゃうよ?」

 

「く……っ。ある人物の監視をしていました。呪霊被害があったので、その際に居合わせた少年です。呪詛師の疑いがあるので」

 

「へぇ、面白そう。恵、この後暇でしょ? 付き合ってあげなよ?」

 

「え、俺がですか?」

 

 この後は確かに用事がない。用事がないならないで、津美紀たちに引っ張られて街をふらつくことになるんだろうが。

 

「そ、僕はその辺でパフェ食べて帰るから、よろしく」

 

「興味ないんで、俺も帰りますよ」

 

「ついてきたって奢らないよ? ま、恵は少し同年代に友達がいた方がいいかな。だから、手伝ってあげな」

 

「俺、呪詛師ですよ? 俺が誰かと関わるなんて……」

 

 高専の人間に関わって、どうしろと言うんだ。俺には、見ず知らずの誰かを助けるなんて、性に合わない。

 

「伏黒! 俺、伏黒が一緒だと心強い!」

 

「な……っ。虎杖くん!」

 

 虎杖は、その不用意な発言を伊知地にすぐさま咎められていた。

 

「伏黒、ダメか?」

 

「はぁ、仕方がない」

 

 なんとなく、悪くない気がした。

 俺が助けたいのは、津美紀や、美々子や菜々子……そんな身近な人間だけだ。虎杖が言ったから、俺は手を貸したいと思ったのだろう。

 

「え……っ! これ……! 私、どうしたら……っ」

 

「あ、言い忘れてた。うちの恵に手ェ出したら、マジビンタだから」

 

「ひ……っ!」

 

 凄んで、伊知地を脅して、五条悟は帰っていく。

 気まぐれで、何を考えているかわからない。相変わらずそんな人だ。

 

 しばらく、三人で歩く。

 

「伏黒くん……でいいんですよね?」

 

「あ、はい」

 

 伊知地に声をかけられる。なかなか、ぎこちない。

 

「まだ子どもでしょうに、呪詛師なんて……。善悪の判断もついてないでしょう。まだ間に合います。高専に来なさい」

 

 良心的な大人だということはわかった。

 しかし、こちらも好きこのんで呪詛師でいるわけではない。まぁ、これを言われたのが美々子や菜々子だったらキレていただろう。

 

「…………」

 

「そうだ、伏黒。高専、いいところだぞ?」

 

 虎杖も、会話に入って誘ってくる。だいぶ、高専に馴染んでいるようだった。

 

「いや、俺は無理だ。俺の術式は禪院家相伝の十種影法術。実際に禪院家に狙われたこともある。呪術界は俺のいられる場所じゃない」

 

 あの二人に守られなければ、俺は今頃禪院家にいただろう。

 

「禪院……? そういえば真希先輩が……」

 

「呪術師の歴史ある御三家の一つです。悪い噂はかなり聞きますね」

 

「伏黒は、そこが嫌なのか?」

 

「いや、俺は別に割とどうでもいい。それでも俺には、守りたい家族がいるから」

 

 俺が高専に行ったところで、どうにもならない。

 

「じゃあ、その家族みんなで、高専で守ってもらうのはどうだ?」

 

「家族って言っても、血が繋がってるわけじゃない。大なり小なり、あの人たちに恩があって、心酔しているし……規定に則れば、処刑されているはずの人間だっている。そうやって、つま弾かれた人間が、より集まって家族なんだ」

 

「そっか……」

 

「それに、あの二人は……強い」

 

 津美紀や、憂太さんが今くらい強くなったって、結局はあの二人の気まぐれ次第でどうにでもなってしまう。この世界は、安心を得るには危うすぎる。

 

「強いって……」

 

「特級呪詛師……五条悟に、夏油傑だ。さっきの目隠しに、虎杖が学校で前会った袈裟の男」

 

「あぁ、うん」

 

「あの二人は単独でも、この国をひっくり返せる。そのくらい強い。これは誇張なしだ」

 

「は……?」

 

 伊知地の方を俺は向いた。

 渋面で、伊知地は虎杖に説明を始める。

 

「呪霊の特級とは違って、術師の特級は、一人で国家転覆が可能な術師がつけられる、いわば要注意のレッテルのようなものです。そう呼ばれているということは、間違いなく……」

 

 しばらく、虎杖はその言葉の意味を咀嚼する。

 

「でも、だったら、みんなで戦えば……」

 

「すでに十年ほど前、総力を結集した呪術師たちを、たった二人でうち破り、総監部を陥落させました。それ以降、いわゆる怒らせてはいけないタブーのような扱いになっていてですね……」

 

 本当にどうしようもない。

 当時は事情を知る中では、この国は終わりだと、海外へと逃げた人間もいたらしい。

 

 たった二人の呪詛師を、この国はどうにもできずにいる。

 

「そんなに……強いの?」

 

「はい、強いです。さっきみたいな無敵バリアの五条悟に、無限再生の呪霊を操る夏油傑です」

 

「なんていうか、どっちもラスボスみたいな能力してるなぁ」

 

「あぁ、そうかもな。ラスボスで済めばいいが……呪術界や国の味方をするよりも、むしろあの二人のもとに付いている方が安全だって考える人間もいるくらいだ」

 

 津美紀なんかはその典型かもしれない。あの二人の存在が絶対で、その下で生きていくことをなんの疑問にも思っていない。誇りにすら感じている。

 

 考えれば考えるほど、自分の非力さに苛立ちが募る。

 

「じゃあ、そこまで悪い奴らじゃないのか? 国はひっくり返ってないし……伏黒たちのこと、育ててくれてるんだろ?」

 

「あの人たちにとって、俺なんか……育てたカブトムシみたいなものだ」

 

「え……カブトムシ?」

 

 五条悟や、夏油傑は、向けてくる視線がなんというか、同じ人間を見るような目ではない。

 

「俺たちが術師として実戦に出るのは……あの人たちにとっては、育てたカブトムシを戦わせるようなものなんだよ」

 

 俺たちの力は、本当にあの人たちと比べたら、微々たるものだ。俺がどうこう動こうと、被害なんて誤差の範囲でしか変わらない。しかも、しっかりお守りの呪霊もついている。

 

 術師なんて、正直に言えばやってられない。

 

「ごめん、伏黒。高専の話とか、悪かった。伏黒もいろいろあるんだな」

 

 そう言って、虎杖は謝ってくる。

 

「別にいい。俺も正直に言えば、あの二人はいない方がいいと思ってる」

 

 今の世界のバランスは歪すぎる。

 あの二人がもし暴虐を尽くしても、誰も止められない。そんな世界のあり方は、認めるべきではないだろう。

 

 俺たちは籠の中の虫と同じだ。

 津美紀も、菜々子も、美々子も、いつ飽きられて捨てられるかわかったもんじゃない。菜々子たちも、それは理解をしていて、もしそのときが来たとしても、受け入れるつもりでいるのもわかる。

 

 ただ、俺にはそれができない。俺の姉たちが、理不尽に幸せが奪われることに恐怖を感じていた。

 

 ――ケヒッ。

 

 だからこその、宿儺だった。

 

「いました。彼がターゲットの吉野順平です」

 

 高専の簡単な任務。どうして五条悟が、俺に同行しろと言ったのかわからない。あの人は気まぐれでいい加減だから、考えるだけ無駄だろう。

 

 さっさと終わらせて、帰ろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「晩御飯、食べてかない?」

 

 吉野順平の母親だった。虎杖は、吉野順平と話を弾ませていたところに、話しかけてきた彼女だった。

 伊知地は、吉野順平が呪霊が見えるかどうか確かめるために放とうとして逃した蠅頭を捕まえるために追いかけて、どこかへ行ってしまった。

 

「いえ、俺はご飯は。多分、家で、家族が俺の分も作っているので」

 

 津美紀から、メッセージが来ている。事前に言っておいたわけでもない。予定を変更したくはなかった。

 

「伏黒んちのご飯って、どんなの? 精進料理?」

 

「普通だからな」

 

 夏油傑の格好から、虎杖は想像したのだろう。あの人は格好だけだ。やっている宗教も、そこまで仏教が関係するものではない。

 

 そう話していたら、俺の携帯が鳴る。

 

「伏黒、出たら?」

 

「すまない」

 

 少し離れて、電話を取る。

 

「もう! 恵! 既読つけたんだったら返信くらいしなさいよ!」

 

「すみません」

 

 怒った津美紀だった。

 虎杖たちと離れたら、返信を送ろうと思ったところだ。間が悪い。

 

「それで、恵。ご飯どうするの?」

 

「帰って食べます」

 

「へぇ、ふーん。五条さんから、虎杖くんと一緒だって聞いたんだけど、食べてこないの?」

 

 虎杖のことは、津美紀にはもう知れ渡っていた。それと、五条悟は津美紀に今日のことを伝えたのか。

 

「予定と違うと、津美紀さんにも迷惑がかかると思って」

 

「はぁ、恵。別にいいから、食べてきなよ。恵の分なんか、憂太に食べさせればいいだけだし」

 

「さすがにそれは……」

 

「それと、恵はいつまでそんなふうに敬語続けるの? 憂太がきたあたりからだっけ?」

 

「……っ」

 

 憂太さんが来て、憂太さんに敬語を使うのと同時に、美々子や菜々子、津美紀とも話すときに敬語になっていた。

 何度か、美々子や菜々子にも、喋り方でしっくりこないからやめた方がいいとか、そう言われている。

 

「じゃ、帰ってきても、恵ご飯なしだから」

 

「な……っ」

 

 プツと電話が切られ、ツーツーと、音が聞こえるだけだった。

 津美紀が言うんだから、本当にご飯なしだろう。適当にコンビニで何かを買って食べようか。

 

「伏黒、ご飯なしだって……?」

 

「な……虎杖! 聞いてたのかよ……」

 

「ふふ、私の料理、食べていきなよ?」

 

「ちょっと母さん」

 

 なんというか、断りずらい雰囲気になってしまう。

 

「よろしくお願いします……」

 

 そうして、吉野順平の家に上がる。

 

 ご飯を一緒に食べることにまでなってしまった。虎杖は吉野順平や、吉野順平の母親と会話を弾ませて、雰囲気を盛り上げていた。

 

 それでご飯の後には、吉野順平のおすすめの映画をビデオデッキで見て、解散になる。

 

 虎杖と、吉野順平についてを話す。

 

「吉野のこと……虎杖はどう見る?」

 

「どう見るって、いいやつだったじゃん。なにも知らないっぽかったし」

 

「でも、呪術師のことは知ってただろ? 確実になにか隠してる」

 

「え……? そういえばそうか」

 

 呪術師で、人を殺したことがあるかを吉野順平は尋ねてきた。駆け引きなしのストレートだった。虎杖の人柄のおかげで引き出せた言葉だっただろう。

 

「少なくとも、監視は続ける必要がある」

 

「でも、俺は大丈夫だと思うよ。順平も、順平の母ちゃんもいいやつだったし」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

 嫌な予感がする。

 なにか、決定的なものを見落としているような、そんな気分だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 里桜高校。帳が下りる。

 

 順平を使い、宿儺の器である虎杖悠仁を釣り出すことには成功した。

 もう一人、伏黒恵まで現れたことは少し予想外だった。

 

「与、帳の効果は?」

 

「五条悟、夏油傑の侵入不可かな。その代わり、彼ら以外は素通りできるようにはしてある」

 

「できれば、人間どもも逃げられないようにしてほしかったんだけど……」

 

「贅沢はよくないな。そういう縛りで結界の強度を上げているんだから」

 

「えー」

 

 嘱託式の帳……と与は言っていた。

 本人ではなくとも帳を使えるように、杭に結界術を組み込んだものだった。与は、自身の残穢が見つからないように、慎重に動いている。

 

「それじゃ、私は行くよ。真人も早くすませるんだ。そうしないと、怖い呪詛師に襲われるかもしれないからね」

 

「はいはい、わかったよ」

 

 慎重すぎるのも考えものだけど、そうじゃないと漏瑚みたいになっちゃうか。

 

 学校に順平がやってきて、生徒たちを眠らせる。

 その後、順平は順平が恨みの持つ一人の生徒を式神で甚振っていた。

 

 全く、順平も愚かだ。順平の母親を殺したのは俺。だというのに、俺の言葉を信じて、関係のない相手を呪うんだ。

 

「何してんだよ! 順平!」

 

「関係ないだろ! 呪術師!」

 

 そうして、虎杖と順平は戦い出す。

 決着はすぐについた。実践経験のない順平と、もう何度か任務をこなした虎杖とでは、勝負にはならなかった。

 

「何があったか話してくれ。俺はもう、順平を呪ったりしない」

 

「う……っ」

 

 そうして、虎杖は順平の心をほぐす。

 順平は、自分の身に起こった悲劇を、虎杖へと話し始める。

 

「順平、高専に来いよ! 母ちゃんを呪ったやつも、きっと見つかる」

 

 さて、出番だ。

 階段を降りる。

 

「やぁ、初めましてかな。宿儺の器」

 

「真人さん……っ!?」

 

 この後に及んで、順平はこちらに信頼を向けてくる。本当に愚かだ。

 

「な……っ」

 

 自身の腕の魂の形を変えて、肥大化させる。そのままに、虎杖悠仁を壁に押し付け、拘束する。

 

「虎杖……?」

 

「順平、逃げろ! 逃げてくれ!! こいつとどんな関係かは知らない! でも、今は逃げてくれ!」

 

「安心して、真人さんは、悪い人じゃ……。人……?」

 

 順平は硬直する。頭の中で色々な考えがめぐっているのかもしれない。

 

「順平って、君が馬鹿にしている人間の次くらいに馬鹿だから」

 

「ひ……っ」

 

 順平に手を触れる。魂を捕える。順平は本能のままに逃げれば、まだ生き残れる可能性があったというのに、本当に愚かだ。だから、死ぬんだ。

 

 ――『無為転変』。

 

 魂の形が変わり、順平は人間からしてみれば、異形の化け物に変わる。

 そうして、虎杖に襲いかかる。

 

「さ……ラウンドツーだ」

 

「順平! 待て……待ってくれ! 今治してやる。宿儺ぁあ! お前ならできるんだろ!?」

 

「はぁ……つまらん」

 

 宿儺はそう言う。

 伏黒恵が宿儺となにか縛りを結んでいることは知っている。その上で、伏黒恵との縛りの際に想定されていなかったもう一人の器である虎杖悠仁との間にも、縛りを結ばせれば、宿儺が有利になる。

 そういう算段だった。

 

 だが、そうはならない。

 無為転変は、反転術式でどうにかなるものではないはずだ。あるいは、宿儺ならばなにか手があるのかもしれないと思ったが、見込み違いか。

 

「宿儺……!」

 

「ふん……」

 

 不貞腐れるように、宿儺はこぼした。

 

「は……?」

 

 瞬間、本能が震える。とっさに俺は後ろへと飛び退いていた。

 

「はぁ。相変わらず、つまらんことをする奴だ。呪霊使い」

 

 ――『久遠色界』。

 

 術式だろう。目の前に、見えはしないが、確かに境界が引かれる。本能が訴えている。この見えない線を踏み越えれば、俺は死ぬ。

 

「順平……? 順平!!」

 

「うぐ……」

 

 そして、無為転変で姿を変えたはずの順平が、元の姿へと戻っていた。

 冗談のようだ。あの術式は魂へと干渉している。発生源はグラウンド。

 

 踵を返し、壁を破壊し、俺は逃げる。

 

「マジ?」

 

 外に出れば、帳は降りたままだった。

 あの、順平を元に戻した術式は、おそらくは夏油傑の手持ちの呪霊……その中でも最高位の呪霊の女王。

 

 そうか、与が設定した帳の侵入不可能条件は、五条悟と夏油傑。夏油傑は、何らかの手段で呪霊だけを、帳の中へと送ったのだろう。ふざけている。

 

 壁をぶち破って、降りる先には、すでに夏油傑の呪霊が待ち構えていた。

 

 いくら殺そうとも、再生をすると与からは聞いている。相手をするのは愚策だろう。

 ストックし、手のひらサイズに縮めていた改造人間を使う。校舎に改造人間の足を突き刺し、そのままさらに改造を加え胴体を伸ばす。俺は改造人間の頭を掴み、呪霊たちの頭上を通り抜けていく。

 

「さて、どうする?」

 

 このまま帳を抜けて逃げるか。帳から出た瞬間に、夏油傑に出くわす可能性もあるが、そこは運だろう。やはり、事前の脱走ルートが一番安全……けれども、その入り口は呪霊の女王の術式の範囲内。

 

 さぁ、困った。

 ちんたらはしていられない。時間が経てば、帳を破り、夏油傑がこちらにやってくるだろう。

 

 いや……呪霊の女王は順平を助けた。俺を殺すことではなく、改造人間を救うことを優先した。

 たぶん、これは夏油傑の命令だ。

 

「なら、簡単だね」

 

 吐き出す。全ては改造人間。

 呪霊の女王相手に、改造人間をちらつかせ、動かす。そして、事前に用意した脱走ルートで、逃げる。これが安全な勝ち筋。

 

 踵を返す。

 改造人間を引き延ばして、エレベーターのように使い、屋上へ。やはり、グラウンドには呪霊の女王がいる。伴っているのは、例の人工仮想怨霊か。

 すさまじい呪力に震える。たしかにあれは、格が違う。

 

「……っ!」

 

 呪霊の女王は、こちらを一瞥した。

 

「さ、始めようか」

 

 観察する。

 グラウンドというよりも、その向こうの帳の端だ。血のように紅い珊瑚のオブジェクトがある。おそらくはあそこを起点に、球形に術式の範囲内となっている。侵入した瞬間に、術式を発動したというわけか。

 

 その術式の起点から、だいぶ歩いて、グラウンドの中心にいる呪霊の女王は、こちらをじっと見つめている。

 

「…………」

 

「さて、どう出る?」

 

 想定よりも、相手の術式の範囲が広い。帳のど真ん中で、発動し直されたら詰みか。だが、そうしないというのなら、なにか理由がある。

 

 牽制代わりに、改造人間を数匹、放つ。術式の縁でうろちょろとさせる。

 さぁ、どうなる。

 

「……!!」

 

 呪霊の女王が動く。

 次の瞬間には、改造人間を捕まえていた。そのまま、術式の範囲内に放り込むと、改造人間は人間へと戻る。

 

 やはり、術式の範囲はあれ以上、広げられないか。そして、起点の場所を変えないのにも理由がある。

 

 考える。呪霊の女王が、帳の淵にあのオブジェクトを置いている以上、俺は術式の範囲内の帳の淵からは出られない。

 俺が夏油傑だったら、迷わず反対側に回って待ち構える。やはり、最初に校舎の裏から帳を出ずに正解だったか。

 

 呪霊の女王以外にも、いくつか呪霊がこちらを襲うが、軽く飛び跳ねいなしていく。

 

 さて、次だ。

 

「これはどうする?」

 

 針のように改造人間を射出し、地面に埋め込む。地面に埋め込まれたそれらは、地中に根を張り、引っ張り出すことはできない。

 彼らを助けるには、術式の範囲内に放り込むことではほとんど不可能。術式を貼り直すしかない。

 

 その隙に、逃げる。自身の魂の形を変え、体の変形をする準備を整えておく。

 

 呪霊の女王が動く。

 

「……っ」

 

 貫手で、地中に埋まる改造人間の体を貫く。

 改造人間の魂が、修復されていく? 元の形に、地中に張った根もなくなり、引き抜かれ、無事な姿の人間が現れる。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 俺の無為転変は、オリジナルの手の形のままに、手のひらで相手に触れることが条件。

 ただ、呪霊の女王は俺よりも、その条件が厳しいのだろう。

 

 与は言っていた。体内は一種の領域だと。呪霊の女王が貫手で、改造人間を貫いたのは、その領域に侵入するため。

 体内の領域への侵食。少なくとも、それが呪霊の女王の術式の条件。

 

 であれば、そうか。あの珊瑚のオブジェクトを起点とする治癒。生得領域の具現化により、腹の中へと相手を飲み込む。結界で閉じていなかったからこそわからなかった。けれど、今なら確信を持てる。

 

 ――領域展開。

 

 呪術の秘奥だ。結界で閉じない形のそれは、初めて見る。漏瑚でも不可能だった。

 そうであるなら、確かにおいそれと貼り直せるものではない。何せ、領域展開が終われば、反動として術式が焼き切れる。

 

 どうすればいいか。思わず領域を解きたくなる、そんなことをする他ない。

 呪霊の女王が領域の張り直しを完了すれば、こちらは詰み。それを利用する他ない……か。リスクはあるが、大きく隙を見せ、誘い込む。

 

 鳥の翼に腕を変え、羽ばたく。

 気がつけば、空間が夏油傑の呪霊たちで溢れかってきていた。帳の破壊が行われずとも、これは早々に決着をつけなければまずいだろう。

 

「あ……っ」

 

 食われる。背後から忍び寄った竜の呪霊だった。校舎の中から突然に飛び出し、こちらに食らいついた。

 無為転変で自分の魂さえ強く保てば、どんなダメージも自己補完の範囲内で修復可能。俺は今、呪霊の口の中だ。

 どうしよう――、

 

 ――っ!?

 

 呪霊の牙に傷つけられた肩の傷が修復しない。

 呪霊の女王の姿が脳裏に浮かんだ。体内を術式で侵略され、変形ができていないのか。とっさに傷口を自切してそれ以上の侵食を防ぐ。

 危ない、危ない。俺の魂が削られてしまった。

 

 おそらくだが、俺の術式の観点から言えば、この呪霊たち、あの呪霊の女王と魂を一にしている。

 であれば、この呪霊を傷つけようと、本来なら魂の核となる部分を破壊しようと、再生するのは道理か。要するに、呪霊操術の雑魚たちは、呪霊の女王の手足の部分というわけだ。

 

「フフ……っ!」

 

 ――無為転変!!

 

 呪霊に向けて使うのは初めてだが、呪霊にも魂はある。

 魂が一つというなら、呪霊の女王にもこの無為転変は数珠繋ぎに作用するはずだ。

 

「あれ……?」

 

 何も起こらない。効かない。

 分厚い呪力の鎧で魂が覆われている。たとえば、シチサンの一級術師は、魂が本能的にかうっすらと呪力のガードに覆われていた。だが、呪霊の女王は明確に魂を知覚して、魂を呪力ではっきりと守っているのか。

 

 術式で魂まで修復できるのなら、当然か。俺の無為転変が、この呪力差、まるで歯が立たない。

 

「なかなかどうして……」

 

 ――天敵、という言葉が頭に浮かぶ。

 

 正直、手さえ触れてしまえばどうにでもなると、甘く見積もっていた。

 夏油傑も、目の前に立たず、調伏されないように立ち回り、奇襲で一撃で、これでなんとかなると、だが、それは甘い考えだったようだ。

 

 こちらの攻撃は効かず、あちらの攻撃だけを一方的に受ける理不尽。まさに、俺が人間に強いてきたことか。

 

「因果応報、人間の言葉で言えばそうかな?」

 

 俺を飲み込んだ呪霊はどこかに向かっている。

 呪霊の女王の術式の範囲内か。

 

 いや――、

 

 無理やりに体の形を変形させ、呪霊の肉を切り裂き、喉元から飛び出る。

 

 晴れる帳。

 そして、俺を待ち構えている――、

 

「やぁ!」

 

 ――夏油傑。

 

 やはりか、一目見て、その格の違いはわかる。

 死ぬ……死……。あぁ、死を目の前にして、鮮烈なインスピレーションが巻き起こる。

 

「フフフ」

 

 掌印は、口の中に手を作り、妨害はされない。

 

 ――領域展開。

 

「……!?」

 

「『自閉円頓裹』」

 

 生得領域の具現、そして術式の付与。

 領域展開それは賭けだ。対象は夏油傑に限定する。

 

 事前に情報はある。

 夏油傑の領域対策は領域展延。生得術式と展延の同時使用は不可能。領域から夏油傑の呪霊たちを完全に締め出し、術式を使わせる余地を残さない。

 

 そして、領域の必中ならば、おそらくは魂の呪力のガードを貫通できる。

 もし展延が遅れ、一瞬でも、必中(あた)れば……、

 

 

 

 ***

 

 

 

 無為転変。

 魂に作用する術式で、魂を改造することのできる術式だった。私の術式も魂には干渉できるが、修復するくらいで、無為転変ほど器用ではない。

 

 そして、その術式を他人に発動する条件は、原型の手のひらで相手に触れること。

 

 一見、最強の術式のように見える。ただ、この無為転変には、致命的な欠陥がある。

 

 相手の魂に接触してから、魂を変形させるまでにラグがある。いや、魂に触れる術式と、魂を変形させる術式は根本的には別のものなのかもしれない。

 

 つまり、まぁ、魂に触れた瞬間、こんなふうに、

 

「は……?」

 

「ははっ! なかなかの間抜け顔じゃな」

 

 私の生得領域に引きずり込まれる、というわけだ。そして、魂を改造される前に、ここでカウンターを放てば、真人は魂に致命的なダメージを受ける。

 

「へぇ、君が呪霊の女王ね」

 

 にっこりと笑って、真人は意外とフランクだった。

 というか、そうだ。真人は呪霊が呪霊に仲間意識を感じちゃう系の呪霊だ。真人からしてみれば、私は仲間なのかもしれない。

 ま、いい。

 

「状況はわかっておるか?」

 

「少しは。俺が触れたのは夏油傑なんだけど、君の魂が混ざり合っていたんだろう? それで、俺は君の生得領域に引きずり込まれた」

 

「ま、そうじゃな。無為転変、試してみるか?」

 

「うーん。どうせ術式が発動する前に、カウンターで俺はお陀仏だろう? 君とお話をする方が有意義そうだ」

 

「買い被ってくれるのぅ」

 

 そう言いながら、おそらくは、真人は抜け目なく打開策を考えている。

 

「それにしても、呪霊操術ね。呪霊を生きたまま操るって、趣味が悪いみたいに花御は言うんだけど、どんな気分」

 

「ん? 本当の自分になれたようで心地がよく、毎日とても幸せな気分じゃ。どうじゃ? 試してみるか?」

 

「うわっ、マジか。洗脳? できれば遠慮したいね」

 

 真人はドン引きしていた。

 

「冗談じゃ。まぁ、悪くはないのじゃな。妾の場合はじゃけど」

 

 私は笑って、真人にそういう。真人は半信半疑にこちらを見つめていた。

 

「俺ら呪霊なら、人を殺したい本能があるんじゃない?」

 

「まぁ、そうじゃな」

 

 呪霊として、人を恨む気持ちはある。呪力、というのもともとマイナスの感情から溢れるもの。その体を持つ私も、そこからは逃れられない。

 

「それ、抑えつけられて、最悪でしょ」

 

 どこまでも呪霊の視点の真人だった。

 

「ま、お主も一度人間になってみればわかるじゃろ。呪いというのは、結局は人間の一部じゃということじゃな」

 

「ふーん。そう言えば、元は人間だったんだっけ」

 

「ま、そうじゃな」

 

 果たして、元人間と言っていいのかは判断に困る。記憶も、魂も、天内理子のままだった。ただ呪霊の私は、あの天内理子が死んだときに、生まれた存在と取ることもできる。

 成れの果てか、搾りかすか……私が天内理子なのは間違いないが、天内理子が私かと言えば、それは難しい話だろう。

 

「はぁ、俺も詰みかぁ……」

 

「意外とそうでもないかもしれぬ」

 

 諦めた真人に、私は思わせぶりに言った。

 

「ここから逆転でもする方法があるの? 君が呪霊操術を破って暴れてくれるとか?」

 

「残念じゃが、それはできぬ」

 

 なんというか、真人はシンパシーを持って、心をこっちに寄せている。ちょっと気持ち悪い。

 

「方法があるなら、教えてくれると嬉しいんだけど」

 

「まず、呪霊操術によって操られている妾は、生得領域内(ここ)でお主を術式でボコボコにせねばならぬ。そうしたら、お主は領域展開が解けて詰みじゃ。晴れて妾の仲間になる」

 

「順当に行けば、そうだね」

 

 ま、そういうのでも私はかまわない。むしろ私はそっちの方がいいと思うけど、きっと、そうもいかないだろう。本当に傑は馬鹿じゃ。

 

「そこで、縛りを結ぶ。ここで妾の術式を受けるのと同等程度に、お主が損害を受けたと感じるレベルで、お主の今後の行動を縛る。これで妾は呪霊操術を掻い潜り、お主を見逃すことができるというわけじゃ」

 

「それで、その縛りって?」

 

「お主は、これから能動的に人を殺すことを禁じる。期限は今年の十月いっぱいとでもしておこうかの。人を殺せぬのはさぞ辛いじゃろう」

 

「なるほど、確かにそれは大きな縛りだね」

 

 いろいろと抜け穴はある。だからこそ、真人は意地の悪い笑みを浮かべている。その程度のことでいいのかという顔だった。

 

「そして、まぁ、これから傑から逃げる策じゃが……」

 

「というか、呪霊操術の支配下にあるのに、そういうこと言っていいの?」

 

「ある程度、妾の自由意思は尊重されておるのじゃ。これは妾の自由裁量の範囲内じゃの」

 

「ふーん。そういう関係?」

 

「そういう関係じゃ」

 

 傑も、悟も……もう妾のことなど見てはおらぬ。そこが妾は寂しいが、しかたがない。

 妾は死人じゃ。もう、終わっている。

 

「それで、方法は?」

 

「ま、待て、焦らずともこの生得領域の時間の流れは現実よりも早い。結界術の応用じゃ」

 

「そういう結界もアリか」

 

「そして、お主の目の前には、New3DSに、ポケットモンスターウルトラムーンがあるじゃろ?」

 

「これのこと?」

 

「そのボックスの中には、前回の使用率トップ二十位のポケモンが、それぞれ型三種類で、計六十体が入っておる」

 

「へぇ、何言ってるかわかんないけど」

 

「妾も同じ中から選ぶ。ポケモンバトルじゃ。まぁ、ポケモンバトルは育てるところからが勝負じゃが、今回は妾が育てたので勘弁してやる。三戦する妾から一戦でも勝てたら、脱出法をタダで教えてやるのじゃな。そのときは縛りはなしでよい」

 

 真人は、ゲーム機をぽちぽちといじっている。

 ちょっと、操作が不安だった。間違えてポケモンを逃したりはしないだろうか。

 

「威力に……命中率……。命中率を下げる縛りで、威力を上げているのかな」

 

「そうじゃ、そうじゃ」

 

 素直に遊べばいいものを、なんにでも呪術に結びつけるとは、気も休まらない。

 

「というか命中率って、ここって生得領域でしょ? 自由に操作できるんじゃ」

 

「そういうズルをしたら縛りにはならぬ」

 

「それもそうか……」

 

 そういうところには厳格なのが縛りだった。確率操作は御法度。これで、心置きなくポケモンで遊べるというもの。

 

「とりあえず、一戦やってみるのじゃな。エキシビションじゃ。これは三戦に含めぬ。気楽に来るとよい」

 

「ていうか、こんなので勝って、本当にタダで逃げられていいの?」

 

「クク、妾にポケモンバトルで勝利するという無理難題、それを突破した褒賞と考えるならバランスは取れておる」

 

「へぇ」

 

 真人は、本腰を入れる姿勢になって、真面目にポケモンたちと向き合っていた。

 さて、どうなるか。

 

 そういえば、前の火山頭は、ほのおタイプ。お花の呪霊はくさタイプ。海の呪霊は、みずタイプ。最初のポケモンと同じじゃ。

 であれば、真人……こやつは、ピカ……いや、なんでもない。無為転変で黄色い耳を生やした真人の姿の妄想をふりはらう。

 

「じゃ、バトルスタートじゃ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「虎杖くん。状況は?」

 

「つぎはぎ顔の呪霊が……順平が改造人間にされて……それで治って……」

 

 今ひとつ、要領を得ないが、だいたいの状況はわかる。

 

「虎杖くん、改造人間が治ったというのは本当ですか?」

 

「うん」

 

 虎杖くんが視線を向けた隣では、吉野順平が眠っている。ここに来るまでにも、おそらくは学校の関係者ではない人間が、何人か外に倒れていた。

 こんなことをしてしまう人間には、心当たりがある。

 

「夏油さん。あなたですか」

 

「や、七海。呼んだ?」

 

 袈裟の姿の男だ。昔と変わらない前髪をしている。特級呪詛師と名高い彼だ。

 

「ちゃんと倒したんでしょうね」

 

「いや、それが逃げられちゃってさぁ。領域展開の結界の座標をずらして、地下の下水道に逃げ込まれちゃったんだ。器用だね、あの呪霊」

 

 領域展開まで習得したのか。一度私が遭遇したときより、確実に成長している。

 

「追わなかったんですか?」

 

 夏油さんの呪霊ならば、それができたはずだ。ましてや、領域展開後に、術式が焼き切れ、呪力を大きく消費した相手でもある。

 

「あの呪霊は、私がこの十年で探していた呪霊なんだ。けど、まだ成長しきっていない。呪霊操術で取り込んだ呪霊は成長が止まるんだ。だから、もう少し待ってから取り込もうと思ってね」

 

「……っ!? 夏油さん!! あなたにとっては取るに足らない相手でも、私たちにとっては違うんです! これから犠牲になる人間を考えれば、即刻、祓うべきでした……っ。どうして?」

 

「大義だよ」

 

 夏油さんの後ろから歩いてくるのは、星漿体であった天内理子が呪霊に転じた姿のそれ。天内理子なら、空港で一度顔を見た。

 全てが狂ったのは、あのときだ。夏油傑は、天内理子に狂わされている。

 

「あなたの言う大義は分かりません。ただ、あなたは少ない犠牲を見過ごす人ではなかったはずです」

 

「うん、だから少し嫌われちゃってね」

 

 ちらりと、夏油さんは呪霊の方を見ると、呪霊は顔を背ける。

 夏油さんは、呪霊に思い通りの行動を取らせることができる。だからこそ、それはひどく自罰的なものに見えた。

 

「はぁ、改造人間はあなたなら治せるでしょう? なら、責任はちゃんと取ってください」

 

「もちろん、そのつもりだよ。あぁ、私は忙しいから……じゃあね、七海。虎杖くんとうまくやってるようでよかった」

 

 そういって、夏油さんは帰っていく。

 疲れた。もう定時過ぎか。今日は後始末に残業だろう。

 

「ナナミン」

 

「虎杖くん……その呼び方、やめてくださいって……。それと、もし次に改造人間と戦うとき、躊躇はいりません」

 

「え……っ? でも、順平みたいに治るんだったら」

 

「そう都合よく夏油さんがくるわけではありませんから。まずは自分の身を第一に考えてください。あなたは呪術師ですから」

 

「でも……」

 

「あなたが死ぬことは、これからあなたに助けられる人を見殺しにすることと同じだと、肝に銘じてください」

 

 ここまで言っても虎杖くんは、救おうとしてしまうのでしょう。仕方のない人だ。

 

「夏油さんの呪霊、すごかった。順平のことも治して……」

 

「はぁ、私が苦労してやっと倒せる相手も、あの人なら操る呪霊を一匹派遣するだけでおしまいです。正直言って、やってらんねーですよ」

 

「ナナミンは、どうして呪術師やってるの?」

 

「前にも言いましたけど、自分に適性があったから、ですかね」

 

 一度、呪術師の道は辞めた。

 本当にこの国はおしまいだと思っていた。適当に稼いで、あとは海外に逃げてプラプラと日々を暮らそうと考え、お金を貯めていた。

 

 あの人たちが呪詛師になっても、なにも知らない人たちは、いつも通りに生活を続けて、いつも通りに日常が続いていく。

 

 気がつけば、お金のことばかり考えていた。そのとき、偶然呪霊の被害に遭っていた人を助けて、お礼を言われた。

 自分が、仕事にやりがいを求める人間だとは思わなかった。呪術師を続ける同期の顔が思い浮かんだ。

 

「う……っ」

 

「順平!!」

 

「虎杖……?」

 

 吉野順平が目を覚ます。改造人間にされたという話だが、本当に無事のようだった。

 

「とりあえず、後遺症がないか、検査ですか」

 

 ないとは思うが一応は必要だろう。伊知地へと電話をかける。

 家入さんにも、報告をしなければか。

 

 

 

 ***

 

 

 ハロウィン。渋谷。

 

「それで、お前たち、そんなことで勝てると思ってるわけ?」

 

 五条悟と相対する真人に、花御、陀艮。受肉した呪胎九相図の一番から三番。夏油傑は、地上や駅構内にばら撒いた改造人間への対処に追われている。五条悟は、単独。

 

 真人は笑う。

 

「フフフ、どうだろうね」

 

「へぇ、なるほど? お前がつぎはぎね。強くなった? そろそろ収穫どき?」

 

「はぁ」

 

 あくまでも、害虫駆除……あるいは雑草を刈るような気分で、五条悟はこの渋谷駅の地下五階に降りてきたのだろう。

 

 真人は、額に縫い目のある男との会話を思い出す。

 

 ――五条悟が強いのは、足手纏いがいないときだよ。

 

 ――足手纏い?

 

 ――そう、五条悟の足を引っ張らずに戦えるのは、夏油傑だけだろうね。まず非術師で、彼の周りを固める。

 

 ――ふーん、それで?

 

 ――『赫』も『蒼』も、非術師たちがいれば巻き込むことになる。そうなれば、五条悟は攻めに回ることはできないだろうね。

 

 この渋谷駅の地下五階に、あらかじめ一般人は閉じ込めておいた。

 準備は済ませてある。

 

「陀艮、あれが漏瑚の仇です」

 

「殺す……五条悟、殺す」

 

 目標は五条悟の殺害ではない。だが、陀艮のその言葉がいいブラフになる。

 

「マジ? こんなんで本当に俺のこと殺せると思ってるわけか」

 

 ――五条悟の領域展開は? どう対策する?

 

 ――『無量空処』を使えば、駅にいる全員を殺すことになるだろうね。九分九厘発動できない。

 

 五条悟は掌印を組む。

 

「あいつ、嘘つきやがった」

 

「まとめて祓っ(ぶっころし)てやるよ」

 

 ――『無量空処』。

 

 周りにいる非術師も含め、無量空処による情報量が脳内に流れる。

 特級呪霊が、再起不能になるレベルの無量空処。渋谷駅の地下五階で、巻き込まれた一般人は耐えられるはずもない。目や鼻から血を吹き出した一般人は、死に絶え、倒れる。

 

「後で傑に怒られるよな……これ。ま、いっか」

 

 立つのはただ一人、五条悟のみ。

 屍の山を踏みつけながら、特級呪霊が倒れた下に歩を進める。

 

「こいつ、傑が言ってたくらいに育ってるといいんだけど……」

 

 そうして、いつものように真人の頭を引き抜く。

 

「あ?」

 

 気がつく。奇妙な箱が地面に落ちている。あれには、呪いがこもっている。

 

「獄門疆、開門」

 

 箱が開く。奇妙な目玉がこちらを見つめる。何かの術式の範囲内だと六眼は言う。まず、距離を取って様子を見る。

 

 ――五条悟といえど、人間。同じ人間を大量に虐殺して、精神的に平常であるはずがない。確実に疲弊をしている。

 

 獄門疆の封印の条件は、封印有効半径四メートル以内で、脳内時間の一分が経過すること。

 

「悟。何をしている? 非術師を皆殺しにして、いいわけがないだろ?」

 

「は……?」

 

 死んだはずの恩師からの叱責に、五条悟は振り返った――、

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて、私は地上の改造人間を片付けなくちゃならないんだけど」

 

「ふん、呪霊使い。お前が先になったか」

 

「恵……今じゃないとダメかい?」

 

 宿儺だった。雰囲気が違う。感じられる呪力の大きさが違う。

 

「良い。お前から、殺してやる」

 

「二十本揃ったのかい?」

 

「十八本。だが、お前を殺すにはこれで十分だ」

 

 狙い澄ましたようなタイミングだった。悟と私の分断、そして狙いは各個撃破だろう。

 間違いなく、段取りを済ませた首謀者がいる。

 

「はぁ、相手をするしかないみたいだね。理子ちゃん」

 

「ん……」

 

 そして、百体の人工仮想怨霊を呼び出す。

 

「布瑠部由良由良」

 

 ――八握剣異戒神将魔虚羅。

 

 宿儺は魔虚羅を召喚する。やはり、すでに調伏済みか。

 伏黒の体の十種影法術を用いて、攻めるつもりか。

 

「恵の術式頼りかい?」

 

「ふん……どうだろうな」

 

 魔虚羅、一度受けた攻撃には適応する。確かに厄介な相手ではある。

 ただ、手数の多い呪霊操術ならば、いくらでも攻略の方法は存在する。

 

 ――呪霊操術『特級呪霊・漏瑚』。

 

 やはり、呪霊の中ではなかなかの格の高さだった。人工仮想怨霊でのバフを与えて、漏瑚の能力を引き上げる。

 

「残念だけど、一撃で破壊させてもらう」

 

「そう簡単にいかんぞ?」

 

「く……っ」

 

 魔虚羅の前に出た宿儺は、漏瑚を蹴飛ばす。漏瑚はビルを突き抜け、吹き飛ばされていく。やはり、漏瑚を強化した程度では、宿儺の相手にはならないか。

 

「ゆくぞ、魔虚羅!!」

 

 そして、宿儺の狙いは理子ちゃん。

 魔虚羅を召喚した理由は、その膨大な正のエネルギーを帯びる退魔の剣を利用するためか。

 

 露払いは宿儺が行い、理子ちゃんへと魔虚羅を宿儺は直進させている。

 

 なら、使うしかない。

 

 ――呪霊操術・極ノ番『うずまき』。

 

 理子ちゃんからの伝言で、それは気がついた。

 通常、『うずまき』は呪霊を圧縮し、呪力として放出する。手持ちの呪霊を失う分、下級の呪霊でも十分なほどの威力となる。

 

 ただ、理子ちゃんの再生の呪術がかかった呪霊の場合はどうなるだろうか。

 簡単な話だ。『うずまき』で圧縮する前に呪霊は再生してしまい、中断。『うずまき』の呪力の放出は不発となる。

 

 一見、使えなくなったかのように見えるが、これにはこれで使い道がある。

 術式を持つ呪霊を『うずまき』で、圧縮した際に起こる現象がある。術式の抽出。呪霊から抽出された術式は、呪霊操術の術者へと還元され、一時的に術者はその呪霊の術式を使用できる。

 

 つまり、そう、呪霊が再生し、キャンセルをした『うずまき』でも、術式は抽出され、術者のもとへとそれは宿る。

 特級呪霊・漏瑚の術式が、私のものとなる。

 

 理子ちゃんの前に立ち、収束させた炎を宿儺へと放つ。

 

「どうだい? 宿儺」

 

「正気か……!? それはっ!?」

 

 片腕を焼けこげさせた宿儺は、反転で修復させつつそう叫んだ。

 呪霊操術と、漏瑚の術式……術式の並行使用。凄まじい脳への負担は、理子ちゃんの再生の呪術で踏み倒す。理子ちゃんの再生が、反転よりも精度が高い故に可能となる荒技だった。

 

「魅せてくれたな! 夏油傑!!」

 

 目を見開いて、宿儺は言う。

 

「それは、光栄だね」

 

 術式により、地面から炎を吹き出させる。宿儺は予兆を察知し、軽々と躱していく。

 

「なぜ、領域を使わん? 俺との押し合いに自信がないか?」

 

「使う理由がないからだよ。宿儺、君の領域は割れている。斬撃なら、こちらは再生で耐え切れるさ。それよりも、こっちの術式の焼き切れが怖いからね」

 

「気がついていたか。小賢しい」

 

 こちらの起点は、理子ちゃんの再生だった。それが失われれば、瓦解は早い。

 負け筋があるとしたら、術式が理子ちゃんだけ焼き切れた場合だ。

 

「領域は使わないよ」

 

「なら、こちらは遠慮なく使おうか」

 

 ――領域展開『伏魔御厨子』。

 

 宿儺の領域展開は、閉じない。理子ちゃんや悟が最近よくやるそれと同じだ。

 結界で閉じないという縛りにより、その有効半径は、通常の領域展開と比較にならない。

 

「うん、これなら問題ないね」

 

「ちっ……つまらんな」

 

 宿儺の斬撃よりも、理子ちゃんの術式の再生速度の方が速い。斬撃を受けるたびに、立ち所に再生していく。

 見立て通り、領域対策も押し合いも不要。

 

 宿儺の方はといえば、式神の魔虚羅も無傷。術式の範囲外……いや、事前に適応を済ませていたのか。

 

 領域のバフ効果により、先ほどよりも宿儺の動きはキレがよくなる。

 近接戦。もう一度、うずまきを使い、術式を切り替える。

 

「……!?」

 

 ――魔剣『爛生刀』。

 

 特級呪霊・黒沐死。その攻撃に掠った宿儺の体の中を、無数のゴキブリの式神が食い荒らす。

 魔虚羅を前に出せない宿儺は、領域内とはいえ実質的に術式なしで戦わなくてはならない。であれば、やはりそこまで不利ではない。

 

 宿儺はすぐさま反転での治癒を行う。その隙に、魔虚羅へと接近する。

 魔剣『爛生刀』は、峰から呪力の放出を行うことにより、その剣戟の勢いを増す。魔虚羅の退魔の剣との鍔迫り合い。正のエネルギーを無理に押し切り、魔虚羅を吹き飛ばす。

 

「理子ちゃん!!」

 

 魔虚羅に理子ちゃんを追随させる。

 魔虚羅が吹き飛ぶ先は、宿儺の領域の外。狙いはもちろん、理子ちゃんの領域による魔虚羅の一撃の破壊。宿儺の領域をこちらは領域なしで受けたのはこのため。

 

「領域――っ、……!?」

 

「ケヒ……ッ!」

 

 影から飛びかかる獣がいた。

 

 ――嵌合獣『阿形』。

 

 おそらくは玉犬・白に、鵺、大蛇、円鹿、虎葬を継承させたものだろう。円鹿の反転が、理子ちゃんにダメージを与え、領域展開をわずかに遅らせる。

 

 そうか。十種影法術の同時に顕現できる式神は二体。

 この瞬間まで、用意周到に、宿儺は手札の一つを隠していた。

 

 体勢を整えた魔虚羅による退魔の剣の一撃が理子ちゃんに突き刺さる。正のエネルギーにより呪力が乱され、理子ちゃんの術式が止まる。

 

 とっさに、人工仮想怨霊たちを呪霊操術でしまい込む。

 

 ――『領域展延』。

 

 かろうじて、領域の必中からは逃れるが、これでもすぐに剥がされる。それほどまでに宿儺の領域は洗練されている。

 展延を使っている間、生得術式は使えない。これを打開するには、術式を使うほかないか。

 

 ――呪霊操術『簡易領域』。

 

 展延から、呪霊操術に切り替え、仮想怨霊による簡易領域に切り替える。

 次の瞬間には、呪霊の簡易領域は宿儺の領域に剥がされていく。

 

「ふん……再生が使えなくなった途端にこれか……。あの呪霊も、退魔の剣の正のエネルギーに後何秒耐えられるか……」

 

「呪霊操術・極ノ番」

 

「くどいな」

 

 宿儺は呆れているが、どうやら勘違いをしているようだった。『うずまき』を、呪霊から術式を抽出する()()の技だと思っているようだ。

 

 だからこその隙だった。『うずまき』の本来の使い道。高出力の呪力の指向放出を魔虚羅に向ける。それを宿儺は見逃している。

 使うのは、人工仮想怨霊を含む九百七十二体。これからの戦いへの取捨選択をし、魔虚羅を確実に打ち滅ぼす。

 

 この『うずまき』の後、時間は限られるが、人工仮想怨霊の術式は私へと引き継がれる。大丈夫だ。何も問題ない。

 

「……っ!? 魔虚羅ぁああ!!」

 

 私は、『うずまき』を中断する。

 

 ――虚式『茈』。

 

 魔虚羅は、その一撃をかろうじて躱す。その代償に、呪霊の女王は自由になる。

 一瞬だった。今まで魔虚羅に呪力が削られていたのが嘘のように、完全に回復する。

 

「傑。そういうのは、俺と戦うときに使ってくんない?」

 

「遅かったじゃないか、悟」

 

 理子ちゃんを隣に呼び寄せる。『うずまき』ですり潰しかけた人工仮想怨霊たちを理子ちゃんの術式で修復し、再度展開する。

 

「練習、しておいてよかっただろ?」

 

「まさか使うときが来るなんてね」

 

 抱き寄せ、理子ちゃんに掌印を組ませる。

 悟も、同時に掌印を組む。

 

「領域展開」

「領域展開」

 

 

 

 ***

 

 

 

 電車の中。

 二人の生徒が向かい合う。

 

「メカ……丸……でいいんだよね?」

 

「あぁ……」

 

 三輪霞に、そう尋ねられたのは包帯を全身に巻いた与幸吉くんだった。

 

「あのね、メカ丸……。東京校での交流戦では、みんなとの距離が縮まったって、そんな気がするんだ。ほら、メカ丸いなかったでしょう?」

 

「あぁ」

 

「仲良くなったら、いなくなったとききっと辛いけど、それでも私はもっとみんなと仲良くなりたかったから……」

 

「そうか……」

 

「だから、メカ丸と――」

 

「――三輪、俺は呪術師を辞める」

 

 三輪ちゃんが言い切る前に、与くんはそう言う。

 

「え……っ?」

 

「もう、俺は術式が使えない。呪力を使おうとするたびに、体に激痛が走る。もう俺は戦えない」

 

「そんな……」

 

 あのバカ二人に殺され、そして生き返らせられたらしい。命こそ呪霊の女王の術式により繋がれたが、縛りを反故にしたその代償にか、与くんは呪術が使えなくなった。

 

「だから、高専は辞める」

 

「……っ!」

 

 三輪ちゃんは息を呑んだ。

 彼女は、京都校のみんなを大切に思っていた。それだけに、仲間がいなくなるのが嫌なのだろう。

 

「みんなには世話になった。じゃあな」

 

「待って!」

 

「……どうした?」

 

「また……また会えるよね? メカ丸!」

 

「あぁ、そうかもな」

 

 そう言って、与くんはこちらへと歩いてくる。電車の連結部のドアを彼は開ける。

 

「よかったの? 本名を教えなくて」

 

「いいんです。一目見れただけで」

 

 彼から連絡があったのは、あのクズどものアジトから帰ったときのことだった。

 お金がなかったから、私は歩いて京都まで帰った。それを硝子に愚痴ったら、東京高専まで行って、送ってもらうなり、お金を借りるなりすればよかったと言われてしまった。まぁ、その後だ。

 

「そう。あなたの処遇だけど」

 

「死刑ですよね。わかってます」

 

「…………」

 

「これから渋谷で、呪霊たちと呪詛師による大規模な戦い……あるいは、戦争が起こる」

 

「そうね」

 

 与くんの持ち帰った情報はそれだった。

 どちらが勝っても、この国に未来がない戦いが起こる。あのクズどもには怒りが湧く。

 

「俺たち呪術師が狙えるのは漁夫の利。東堂以外は、事前に手を回して京都以南の任務につくよう細工した。だから、これから向かっても無駄です。戻ってください歌姫先生」

 

「私の可愛い生徒をこんなふうにして、あのクズどもは一度殴ってやらなくちゃ気が済まない!」

 

「あの二人の理不尽さは、歌姫先生が一番よくわかってるはずです! バカなことはやめてください!」

 

 確かに、あいつらは後輩だった。認めたくはないが、あの頃でも今の私よりは強かった。そして、今はきっとあの時よりも強くなっているはずだ。

 

「ずいぶんと低く見積もってくれるな」

 

「カワイイ後輩ぼろぼろにしたやつは、ブチのめさなきゃダメでしょ?」

 

「東堂だけっていうのも気に食わない……」

 

 加茂くん、西宮ちゃん、真依ちゃんの三人が与くんへと詰め寄る。

 

「お前たちは、あの二人と直接戦ったことがないからわからないんだ。何もできないなら、まだいい。一級ですらないお前たちは、足を引っ張り、仲間に迷惑をかける可能性さえ、ある。それでもか……?」

 

「当たり前ね」

 

 それが、みんなの総意だった。絶対にあいつらは許さない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜蛾先生のこと、そして獄門疆の封印については、あの巨大ロボの学生をとっちめて聞いていた。

 俺の『茈』で一度は殺したが、そのすぐ後に天内が領域展開で蘇らせた。

 

 そう、同じ傀儡操術だったが、あの自己補完のできる呪骸を使わないことには違和感があった。自身の残穢を残さないよう慎重に立ち回っていた傀儡の使い手が、歌姫を取り戻すためとはいえ、呪力の辿られる通常の呪骸を使ったことも疑問だった。

 

 結果として、夜蛾先生の体が何者かに乗っ取られていることが、あの傀儡操術使いの口から語られる。

 地下五階で現れた先生を乗っ取っていたあいつは、すぐに首チョンパで殺して、楽しそうなこっちへと俺は来た。

 

 二者による必中効果を棲み分けた領域展開。

 俺たちの合体技は、宿儺の領域を完全に押していた。押し切られる数秒前、宿儺は動く。

 

 宿儺の両の肩から、副腕が生える。宿儺の指は二十本。それは、腕が四本あった故にだ。

 新たに副腕で、宿儺は掌印を結ぶ。

 

「力を貸せ!! 伏黒恵!」

 

 ――領域展開。

 

「恵の領域か!?」

 

 拮抗。

 術式が二つあろうと、領域は二つ使えない。ただ、一つの体に二人いれば、それは別か。

 

「ふ……っ」

 

「いや、恵、一人だけ場違いだろ? ジワジワこっちが押してるじゃん」

 

「その前に貴様らを殺してやれば済む話だ」

 

 ――っ!?

 

 斬られる。宿儺の切断の術式だった。袈裟懸けに、胴体が切断される。

 

「悟……!?」

 

 傑の呪霊に飲み込まれる。その呪霊の体内にいた別の呪霊に体を繋がれ、天内の術式で治癒される。同時に、ダメージで領域を中断したせいで焼き切れた術式を回復。再度領域を展開する。

 俺を飲み込み守った呪霊は宿儺の切断の術式で細切れにされる。『蒼』を使い、脱出する。

 

「あっぶねー。死ぬとこだったじゃねぇか!」

 

「やはり、世界ごと、存在ごと切れば、不可侵関係なく切れるか。半年、修練に励んだ甲斐があったものだ」

 

「呪いの王、めっちゃ対策してきてんじゃん」

 

 伏黒が宿儺に体を開け渡して、宿儺は俺の不可侵を破る練習を素振りか何かでやっていたのだろうか。

 想像をするだけで笑えてくる。

 

 そのまま、宿儺は魔虚羅をしまう。というか、切断と十種、術式を同時に使用していた? 何かカラクリがあるのか。

 

「『玉犬』『渾』」

 

 ――嵌合獣『阿形』『吽形』。

 

 現れる二体の式神。

 鵺、大蛇、円鹿、虎葬を継承した玉犬・白。蝦蟇、満象、脱兎、貫牛を継承した玉犬・黒。

 

「マジか……」

 

 そして、宿儺自身は魔虚羅の方陣を頭に浮かべ、退魔の剣を握っていた。

 十種影法術で同時に使用可能な式神二体。魔虚羅の能力だけを引き出してその制約を掻い潜っている。

 

 魔虚羅の能力に加え、四種の式神を継承した渾が二体。十種フル使用であろうと、宿儺は動じていなかった。

 

「あくまでも理子ちゃん狙いかな」

 

 宿儺は、傑の呪霊を二体の式神で足止めをし、打ち払おうとしていた。そのための退魔の剣か。

 

「そっちばっかり見てていいのか?」

 

「フ……ッ」

 

 そして、こちらには斬撃の術式。

 初見では驚いたが、この斬撃はなんとなくわかってきた。『蒼』を応用し、空間座標をランダムにずらすことにより、斬撃のダメージを反転術式での回復が可能な圏内に収める。

 

 傑へは、十種影法術。こちらへは宿儺本来の斬撃の術式。

 有効となる術式を並行で使用し、戦いは拮抗する。

 

「……脱兎の特性か……!? 厄介な」

 

 傑の打撃を受けた玉犬の渾が、ばらける。多数の小さな式神が群として一つの式神を形取っているのか。破壊の難易度が高い。

 

 気を取られている隙に、宿儺は天内の方に近づく。

 

 ――術式順転『蒼』。

 

「ま、させないけど」

 

 宿儺を『蒼』でこちら側に引きつけ、殴る。ガコンと、宿儺の頭の上の方陣が回った。

 追い討ちに、傑があの火山の呪霊の術式を放つ。俺は無下限で無事だ。宿儺は……展延で威力を落として防いでいるようだ。

 

「く……っ」

 

「十種の負担、恵が引き受けてるのか? あとは、脳の反転のガン回しで耐えてる感じ。術式の同時使用なんて無茶、長くはもたないね」

 

 あとは、左右で使う術式を限定する縛りか。傑の術式の二種同時使用よりも荒い。

 

 俺への斬撃に、傑への十種の式神の正のエネルギー。的確な手段で宿儺はこちらに攻撃をするが、俺たちを倒すには足りない。

 

「〝位相〟 〝智慧の瞳〟

    ( )〝黄昏〟    ――」

 

「……っ!?」

 

 ギアが一つ上がった。

 無下限は、空間、時間を操る術式。『蒼』により、空間を圧縮した高速移動はできている。

 

「時間を手繰り寄せる感覚っていうのが、どうにも掴めなかったんだけどね」

 

 術式反転の『赫』による発散。それにより流れの変わった時間により唱えられた高速の呪詞。常に百パーセントを超える出力の術式が可能になる。

 

「百二十パーセント、『蒼』!」

 

 引力により、全てを飲み込み、進んでいく。

 脱兎の力を受け継いで、分裂していた式神たちが潰れていく。

 

「布瑠部由良由良」

 

 宿儺の判断は早い。完全に全て潰される前に、残った脱兎の力を受け継ぐ数匹の式神を解除して、宿儺は魔虚羅を召喚する。

 

 完全にではないが、方陣の回転が一つ分か、魔虚羅は『蒼』に適応している。

 魔虚羅で宿儺は『蒼』の引力を凌ぐ。

 

「宿儺、避けられるかい?」

 

 術式順転の『蒼』、宿儺、そして傑が直列で並ぶ形だった。天内が円鹿の反転術式を持つ方の玉犬を蹴り飛ばして、押さえ込んでいる。

 

 傑は、銃を撃つように、構える。呪霊操術により、イカの呪霊を弾丸のように打ち出していく。

 

「……っ!?」

 

 俺の『蒼』により加速され、傑の打ち出した高速のイカの呪霊は、宿儺の体を貫く。

 

 天内の術式は、再生の術式……ではなかった。

 術式による同化とも呼べるような生得領域の侵略。それにより付与される永遠。術式により回復したように見えるのは、永遠を妨げる要素が排除されるという過程によるものだった。

 

 ごめん、天内。

 この天内の術式があるからこそ、傑は俺と並べている。俺は、それを喜んでいる。

 だから、天内があのとき死んでよかったと、俺は感謝している。そうでなければ、宿儺のように、俺はきっと一人だった。

 ごめん。本当にごめん。

 

「ぐ……っ」

 

 イカの呪霊を通した天内による体内の領域への侵略。それを防ぐために、宿儺はイカの呪霊ごと自身の細胞を摘出した。その後に反転で修復しようとしている。

 宿儺のダメージに、領域の均衡が破れる。

 

「宿儺、確かにお前は史上最強かもしれない。でも、恵使って二対二だろ?」

 

「……っ」

 

「俺たちは――」

「私たちは――」

 

「二人で最強だ」

 

 ――『無量空処』。

 

 ――『久遠色界』。

 

 

 

 ***

 

 

 

 領域の必中効果を宿儺は受ける。

 

 瞬間、宿儺の脳内に溢れ出す()()()()()()()

 

 ――宿儺、呪術師たるもの弱者を守るためにあるものだろう?

 

 ――六眼なしでその呪力効率か。やっぱり宿儺はすごいよな。

 

 ――宿儺の顔は確かに怖いけど、そんなに怯えないでいいさ、恵。

 

 ――え? なにしてんの? 宿儺も早くこっちこいよ?

 

 ――俺たちは三人で最強だろ?

 

「……ふっ」

 

 領域により付与された術式、『無量空処』により宿儺の意識が沈んでいく。『久遠色界』により、伏黒恵の肉体から受肉が剥がされていく。

 

 平安の時代から続く、呪いの終わりだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それにしても、失敗したなぁ」

 

 五条悟の獄門疆での封印は失敗した。まぁ、上手くいくかは五分五分くらいだったから、これは仕方がない。

 

 五条悟には、首をもぎ取られたがなんとか保険が効いて、別の肉体に移ることには成功した。

 私は六眼に何度殺されたらいいのやら、全く。

 

 地面に落ちた、三つしゃれこうべのついた呪骸の杖を私は拾う。肉体は変わったが、問題はない。

 

 それにしても、宿儺が負けたことは予想外だった。一対一ならまず負けなかっただろう。宿儺というジョーカーをここで失ってしまったことは、のちに大きく響いてくるだろう。

 

 ともかく。

 

「まさに、今私は、新築の真っ白な壁の前でクレヨンを持った子どものような気分だよ。参っちゃうね」

 

 状況は悪いが、始めるしかないか……死滅回遊。

 

 真人の首を手に持つ。五条悟が倒し、放置をして宿儺のもとに駆けつけて行ったからこそ、こうもあっさり手に入った。

 

 ――呪霊操術。

 

 私が今、使える術式の一つがそれだ。真人の術式が、これからの要になる。

 

 呪霊操術により、真人を降伏させ、取り込む。

 

「――っ?」

 

 取り込めない。

 どうしてか、弾かれてしまう。

 

 今の真人と私では、実力差など比べるまでもない。

 であれば、考えられる可能性は、真人と誰かにすでに主従関係が成立しているということ、

 

 

 

 ***

 

 

 

「いやぁ強いね。負けちゃったよ。本当に一回も勝てなかった」

 

「なら、妾の脱出の秘策を授ける前に、一つ縛りを結んでもらおう」

 

「どんな縛り?」

 

「くく、呪霊の女王たる妾の下僕となることじゃ。無論、呪霊操術下にある場合の妾の命令は無視してもらってかまわん」

 

「オッケー。もし呪霊操術から解放されたら一緒に呪いの世を作る感じか。別にいいよ」

 

「あ、あと、この約束は妾がいいと言うまで忘れることじゃな」

 

「それでもいいけど、なんで?」

 

「気取られたくないからじゃな」

 

「まぁ、そっちの方がいいか。よし、じゃあ、成立かな」

 

 

 

 ***

 

 

 

 主従関係、というのは絶対服従ということだ。花御や、陀艮なんかではあり得ない。夏油傑か? いや、真人の性格的に、それは死んでもやらないはずだ。

 

 誰だ? 誰が真人と主従関係を結んだ。今からでも、それを倒せば……。

 

「笑っちゃうね」

 

 時間はかかるが、別の方法にしようか。

 五条悟が封印できなかったが、まだチャンスはある。幸い、獄門疆も回収はできた。

 

 花御、陀艮は問題なく呪霊操術で回収できる。やはり真人だけはできない。

 九相図の一番から三番は、まぁ、放置でいいか。結局役に立たなかった。

 

 高専の連中が、消耗した特級呪詛師を倒そうと勇んでいるところだ。私も、状況を見て参戦をしようかな。

 

 






登場人物紹介

理子ちゃん(呪霊の女王)
真人を下僕にした。すごい術式だった。
二人とも自分のことを見てないと思っている。

夏油傑
恵から、順平が後天的に見えるようになったと聞いて、駆けつけた。真人をわざと逃した。宿儺との戦いで、死にかけた。

五条悟
恵カブトー。津美紀クワガター。憂太ヘラクレスー。美々子・菜々子チョウチョウ。そのくらいの認識。
天内はあのとき死んでよかった。

伏黒恵
友達作りのために、ご飯なしにされたりした。
一人だけ場違いだった。

虎杖悠仁
改造人間の襲撃に遭い、偶然かナナミンに助けられ、順平を追うことになった。

伊知地潔高
虎杖に振り回される。大人の役目を果たそうと頑張っている。

伏黒津美紀
今回は声だけ。恵が同年代に友達がいないことを心配している。

吉野順平
真人により改造人間にされたが治療される。高専で虎杖と一緒に任務に行ったり交流戦をしたりできたらしい。

吉野凪
順平の母親。人並みにダメなところもあるけど、人並みにいい人だった。
真人に殺される。

七海建人
真人逃すなよと思ってる。虎杖のことを心配している。

両面宿儺
敗因は恵が弱かったこと。一応、まだ指二本ある。

真人
ポケモンで負けた。『無量空処』でやられた。

陀艮
初手『無量空処』でやられた。

花御
初手『無量空処』でやられた。

脹相・壊相・血塗
初手『無量空処』でやられた。

与幸吉
生きてた。理子ちゃん(呪霊の女王)の術式に賭けて、縛りに反して情報を吐いた結果、術式を失い呪力がほとんど使えなくなった。
みんなと会えた。

三輪霞
メカ丸が生きててよかった。役に立つため渋谷に向かっている。

庵歌姫
クズどもぶん殴る。

禪院真依・加茂憲紀・西宮桃
京都校の人たち。
仲間がやられて黙って引き下がるわけにはいかなかった。

額に縫い目の人
頑張って指十六本集めた。
封印失敗したし、ヤケクソ死滅回遊しようとしたら真人取り込めなかった。
諦めるにはまだ早いらしい。

渋谷事変いろいろ。これから書く予定のもの。どれに期待?

  • 東京校組の動向
  • 十六本飲まされる伏黒に居合わせた乙骨たち
  • 宿儺戦後の五条悟と夏油傑
  • 渋谷に集まる一級術師たち
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